おきのどくですが、皆様の文明は消えてしまいました 作:rikka
「また街に行って来たのか?」
グイディル・フォレストパーク。
かつて、まだ連合王国という概念が残っていた頃からこの一帯は緑が豊かだったらしい。
なんでも、自然保護だか鳥獣保護だかの理由で多少の整備をしていた場所が大量にあったらしいが、それが今の自分達――人間の主な居住区となっている。
「回収したモノは全部アタシの小屋に置いてきたよ、爺ちゃん」
暗くなる前にどうにか安全地帯まで逃れ、一拍してから愚妹と共に帰還したが、収穫はほぼゼロといってよかった。
精々が、触っただけでポロポロ崩れそうなしょうもないインテリアのカタログ雑誌くらいか。
せめて昔の学校の教科書や参考書くらいは欲しかったのだけれど。
あとは……辞典とか辞書とか。
「……余り周囲に不審の種を撒く物ではない」
「ちゃんと仕事はしてんじゃん。肉も山菜も卸したし、野犬とかは見つけ次第殺してるし、ついでに井戸掘りにも参加したし!」
「……あのカビもそうだが、皆お前が毒を持ち帰ってくるのではないかと恐れておる」
「金属なんて持ち歩いていないし、毒の胞子だって一時間も外気に晒されてれば消えるよ!」
爺ちゃんは、アタシが外を探険する事を止めさせはしないけど、帰って来てから小言をいう事も止めないのだ。
「皆、アレを詳しくは知らんのだ。アレを正しく知る人間自体、あの時代にもどれほどいたことか」
「……爺ちゃんは、カビに覆われる前の街で生まれたんだよね?」
「生まれはそうらしいな。物心ついた時には、私はとっくにここではない森の中で生活していた」
嵌め込み式にしては、結構しっかりと作られている丸太小屋。
アタシ達の家の端に、爺ちゃんはいつも小さな椅子に座ってテーブルの上に置いた不細工な陶器のポットとマグカップで、いつもお茶を楽しんでる。
「皆街から離れようと言いつつ、街が見える場所に住もうとしていた。誰もかつての暮らしは捨てられない」
「だから、アタシがその切っ掛けを――」
「ケイ」
復興させる。
もう一度、あの大きな場所に人を帰らせる。戻らせる!
今あるセラミックで作った歯車のおもちゃみたいなものじゃなく、本に書いてあった本物の『機械』に囲まれた、文明生活を!
なのに皆……っ!
「皆、新しい生き方を模索してきた。そして掴もうとしている」
なのに皆、それを捨てるべきだと思っている!
「お前の言い分も分かる。多少はあの頃の生活の残滓を知っている私だ、郷愁の念はある」
「それでも、求めちゃダメって言うの?」
「……いいや」
「じゃあ、なに?」
「卑怯な言い方だが……」
「均衡を意識しなさい、ケイ。新しい意識と、古い意識のだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あ、ケイ姉。お説教は終わった?」
「ええ、ええ。いつも通りよ」
家の扉を開けて階段を下りると、そこには妹が待っていた。
まったく、せっかくなら一緒に家の中に入ってきて、ちょっとくらい空気を軽くする手伝いしてくれてもいいんじゃないかしら。
「チェルシー、アンタ何してんの?」
「見て分かんない?」
あまり夜に家の外に出るのは推奨されていないが、
辺りの小屋や、大きな樹に階段と床を付けた大げさなツリーハウスのデッキ部分には、何人かが月明かりを楽しんでいる。
「昨日の仕事のお駄賃でもらったエールを飲んでる」
「嘘! なんの仕事!?」
「ラリーさんの所の畑の拡張作業」
「なんで教えてくれなかったの!」
「ケイ姉、一昨日まで狩猟でここにいなくて、昨日はほぼ一日中寝てたじゃん」
そうだった! そろそろ冬前に肉を確保しなきゃと思ってしばらく森の中で生活してたんだった!!
さすがにずっと、不安定な寝床で寝てたのと空腹で疲れて昨日は一日体力の回復に当ててて……。
「う、うぅ……うぅぅぅぅぅぅ!」
こんな暮らしの中で、日々の娯楽はかなり限られる。
カードやチェスといったゲームに食事、娯楽としての狩猟、それに……酒。
「もう……ちゃんとケイ姉の分も取ってあるから」
薄い板をつなぎ合わせたテーブルの影に、隠すように置かれていた陶器の瓶を取り出す。
「チェルシー!」
「……我が姉ながら、このややこしいんだか単純なんだかよく分からん所はどうにかならないものか」
余りの嬉しさに思わず最愛の妹を抱きしめる。
なにかボソボソ言ってた気がするが、よく聞こえなかった。
とにかくお酒だお酒。
チェルシーがもう一つの器にトクトク~っと中身を注いだ物を受け取り、隣のイスに腰を下ろす。
「ケイ姉、ホントお酒好きだよね」
「アタシの気分を良くしてくれる物ならなんだって好きよ」
「なにそれ。自らわがままに生きる宣言?」
「自分に正直なのよ」
「ハイハイ」
いつも通りの温いエールだが、それでも自分の気分を高揚させてくれる『今の時点』での最高の品だ。
「ぷはーーーーーーっ!」
「ケイ姉、おっさんくさい」
「うっさいわねぇ、これが一番美味しい飲み方なんだってば」
「どこからそんな知識を得たのかねぇ、ウチの姉は」
チェルシーも酒を好む方だけど、自分とは違いいつもチビチビ飲む。
おそらく外の調理場で作ったのだろう、マッシュルームと山菜を油で炒めた物を一口にちぎったバゲットに匙で乗せて口にしながら、チビチビと飲んでいる。
「ケイ姉はさ、どうしたいの?」
「……何を?」
「この生活」
そういう妹は、そっと辺りを見回している。
おそらく、このフォレストパーク・キャンプだけで言えば全員で六十人前後くらいが住んでいる。
他のキャンプも似たり寄ったりだろう。
例外は、ここよりちょっと下に行った所にあるキャンプか。あそこはエラく人数が多かったはずだ。
たまに物々交換の仕事で向こうに行く事があるが、ここよりもはるかに大きい農場や牧場を持っている。
「どうって言ってもねぇ」
「ケイ姉は、何かを変えたくて昔の街に行ってるんだよね?」
「それはそうだけど……」
変えたい物はたくさんある。
たとえば、これから冬を過ごすとなる時の恐怖。
山菜もキノコも肉も作物も、それらを調達する機会のほとんどを失い過ごす不安。
今では自分が狩猟にかなり力を入れているから多少は楽になってこそいるが……恐らく、一月ほどすればまた皆で一生懸命薪や板を作って、周辺の集落の食糧と交換しに行くのだろう。
「食べ物多く持ってる奴らって。こっちの足元見てくるじゃん」
「あぁ~、うん。こっちの余裕がない時に足元見てくる奴ら多いよね」
いつだって、食えない人間は弱い。
なかには食糧と引き換えと言って、あからさまに身体を要求してくるような奴だっている。
「畑や牧場の拡張こそやってるけど、思うように進んでないし」
「うん、中々育たないよね。すぐに枯れたりしてさ。皆で色々と試してるけど」
「……きっと、昔はこんなんじゃ無かったんだ」
「あのスーパーマーケットって所凄かったよねぇ。あんな大きい建物に、たっっくさん食べる物が並んでたんでしょ?」
前にも何度か、この妹はアタシの探険に付き合っている。
その中で、この子も文明という物を知っている。
「チェルシー、アンタは思わない? あの大きい建物に入るくらいたくさんの食べ物を、簡単に作れる生活」
「ん~~~。冬でもお腹いっぱい食べたいな~とは思うけど」
山菜も肉も魚も、冬になると食べれる量は限られてくる。
当然本格的な冬が来る前に頑張って食料は集めるが、モノによっては長く保存できない。
現状、長持ちすると断言できるのは穀物に干し肉、干し魚。それに一部のドライフルーツくらいか。
「でも、やっぱ怖いよ。ケイ姉」
「なにが?」
「んもぅ、分かってるでしょ。あのカビ!」
いつの間にか炒め物を食べ終わっていたチェルシーが、ジトっと睨んでくる。
やめなさいって、可愛いだけなんだから。
「覚えてる? 昔、周辺の金物の撤去作業中、急に雨が降り出して」
「……皆、死んだわね。パパも、ママも」
それまで気配もなかったのに、とつぜん降り出した豪雨。
そしてそれに呼応するかのように、突然メタルイーターが輝きだした。
夜にもなっていないのに、突然奴らは毒を吐きだした。
自分とチェルシーはその時、離れた所で金物を埋めるための穴を掘っている所だったので助かった。
風上に立っていたのも幸いだった。
まぁ、そういう作業をする時に出来るだけ風上に立つのは当たり前なのだが……。
「やっぱり怖いよアレは。いつ何があるか分からないもん」
あの時、チェルシーはまだ小さかったから、尚更あれが怖いのか。
あれで初めて、雨が降っても毒を吐くという事にアタシ達は気が付いた。
ひょっとしたら、他のキャンプの連中はとっくに知ってたかもしれないけど。
「でもさ、きっと何か解決方法はあるはずなんだよ」
カビを殺す方法か、あるいは上手く避ける方法か。
「それでなに? ケイ姉はそれを見つけて世界を救うつもり?」
「そうじゃないけど」
残ったグラスの酒を飲み干して、一息吐く。
「そういうんじゃないけどさぁ……」
「ん?」
別に、カビを全滅させて英雄になろうとかそういうのではない。
ただ、
「自分の手で何か変えてみたいって思うのは……普通じゃん?」
「いや普通じゃないよ。ケイ姉の頭は普通じゃないよ」
んだとコラァ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まずは労働力の確保から。そういうことですね? クルト様」
とにかく現状を整理すると、今ここにあるのは精々二,三人でどうにか生きていくのに精いっぱいの設備しかない。
そして、その問題を解決するために必要な労働を行う手が全く足りないというのが最大の問題であった。
「でも、どうするんですぅ? このドームに外から人を連れてくるのは反対ですよぉ?」
「あ~。いつかはそういう事も必要だと思っているけど、そもそも現状では無理だしなぁ」
ある程度の説明の後、念のために防護服を着て外の様子を見てきた。
二体のガイノイドが説明した通り、かつての都市部は完全に燃やされていた。
更にはコンクリートまで剥がされて、おそらく金属の類を深く埋めたのだろう場所はセメントで作られたグラウンドのようになっていた。
一応、念のためにこっちには近づかなかった。
なにせ百年近く立っているのだ、あのカビが想定外の変異をしていてもおかしくない。
「運搬に使われたと思うセラミック船も、風化して沈んだのか姿が見えなかったしな」
完全な無人島。しかも、しっかりしたエンジン付きの船というものが完全に消えている世界だ。
運搬手段はまず期待できない。
「外部と接触する手段がないんなら、助けに行く事も助けを求める事も出来ないよなぁ」
「はい、それで労働力を確保するとは?」
「んー、とりあえず」
とりあえずガイノイド二体を引き連れて、使えそうな物がないか設備を調べてみる。
今ある建物は三つ。
居住用の建物、農場プラント、そして倉庫。
とにかく使えそうなツールがあるとしたらここなのだが、今の所積まれているコンテナの中身を確認しても、セラミック製の建材などしか出てこない。
「せめてモーターの一つくらい転がってないのか……確か金属じゃなくて導電性のプラスチック繊維を利用したモーターあったよな? 研究段階だったけど、あの後どうにかなったんじゃないのか?」
「従来の物よりもはるかに耐久性や信頼性は欠けますが、一応完成しております」
「……現物は?」
「スイスの対策委員会の地下貯蔵設備にあるかと」
「クソめ!」
委員会の連中、真面目に復興計画立ててたんだろうな!? どうせそいつらはもうお亡くなりになってるだろうから文句行っても仕方ないけど!
「そもそも、運ばれたのが俺たち保存されていた人間だっていうんなら、それ以外の作業員だっていたはずなんだ。あるいはそれに変わる物が」
「クルト様は、人か人の代用品をお探しなんですかぁ?」
人工頭髪を短くしている、ガイノイドらしくない喋り方をする方がセラミックス・コンテナのロックを外しながら聞いてくる。
そうだ、こいつらにも名前を付けないとややこしい事になるな。
「あぁ。なんでもいい。俺は知らんが、重機やクレーンの代わりになるものであればなんでもいいんだ」
とにかく今は労働力だ。
農作業にせよ設備の強化・拡張にせよ、実質一人じゃ限界がある。
(マンパワーが見込めないなら、せめて代用品くらいどこかにあるだろうがっ!)
あくまで、本当に委員会が復興計画を考えていて、かつその計画に致命的なトラブルが起きていなければだが。
「クルト様。こちらのコンテナロックの解除、完了致しました」
なお、ロックといってもかつてのデジタルの物ではない。
やはり特殊セラミックスで作られた、アナログな南京錠だ。
本来ならばあるはずのキーがどこにも見当たらないため、なるだけ細長くて固い物を見つけ出してそれを鍵穴に刺し込み、どうにかこうにか開錠を試みているのだ。
「なんでガイノイドにそういう事が出来るんだ……」
「ただの計算です」
「計算か」
「計算です」
こっちのウェーブかかった髪をサイドで束ねている方は、やけにお洒落している髪型とうって変わってこれこそガイノイドと言わんばかりに仏頂面だ。
「さて、今度こそ建材とか以外であってくれよ?」
開口部自体それほど重くないはずなのに、手ごたえはかなり重い。
恐らく、厳重に密閉されているのだろう。これまで確認したコンテナも、通気口にしっかりとフィルターが付けられていた。金属の類が一切ないといっても、万が一に備えての処置だろう。
最初こそ重く感じたが、少し空気が入ると一気に軽くなった扉を開け放つ。
中身は――当たりだ。
「解体されてるけど、水力利用の発電設備に作業用のアームロボット……そして、大量のドローンか」