おきのどくですが、皆様の文明は消えてしまいました   作:rikka

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「あぁ、ケイ君。今日はどうしたんだい?」

「ランディさん! 今日はちょっとお願いがあって……」

 

 あのリヴァプールを目指した探険の日から二か月。

 もう冬の足音が聞こえてきたために、アタシも好奇心を押さえて、毎日狩猟の日々を送っている。

 少しでも多くの肉を干して、脂を確保する。

 今頃チェルシーも近くの川で魚を釣っているか、罠を仕掛けている事だろう。

 

「実は、使ってたセラミックブレードが欠けちゃって、手入れをお願いしたいの!」

「おや、またかい?」

「ごめんなさい。最近は獲物の解体でよく使うから消耗も早くて……」

 

 ランディさんは、うちの集落で唯一セラミック技術の研究をしている人だ。

 頭の固い上はセラミックよりも黒曜石器を好むけど。アタシはセラミック製の物の方が好き。

 なんというか、ちゃんと『人』が作った物っていう気がする。

 

「今のセラミック製品は、昔に比べてどうしても加工設備が足りないからね。正直、安定性という意味では石器の方が確かさ」

「いーのよ。少なくとも、こっちの方がアタシの好きな形に作ってくれるし」

 

 事実だ。

 黒曜石のナイフの切れ味が悪くない――いや、よく切れるという事はアタシも認めるが、しっかりとした形に作ってくれるセラミックスナイフの方が使い勝手という点でははるかに勝る。

 少なくとも、アタシはそう信じている。

 

「とにかく調整お願い!」

「うん、分かった。それで、何か追加で欲しいモノはあるかい?」

「とりあえず鋭いフックが欲しいわ。解体の時に使えるから」

「よし、分かった。出来るだけ頑丈に作っておくよ。多分これまでのより少し重くなると思うけど構わないかい?」

「大丈夫よ! お爺ちゃんみたいに仕事以外で鍛えてる人ならともかく、そこらの男じゃアタシには腕も脚も敵わないよ」

 

 だいたい、キャンプの人間はだらしないのが多すぎる。

 馬にさえ乗れない奴が何人いる事か。

 

「とにかくお願い! 当分の間は石のナイフで我慢するからさ!」

「あぁ、分かった。一週間はかかると思うけど大丈夫かい?」

「大丈夫!」

 

 そもそも、当分の間自分の仕事は解体ではない。

 獲物を仕留める事と、その簡単な処理だけ。

 自分なりに磨き上げた弓と石ナイフだけで十分だろう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 狩猟といっても、森の中を弓矢やセラミックス銃を背負ってただ走り回ればいいという物ではない。

 無論、獲物に気付かれずに跡を追う技術や静かにチャンスを待つ忍耐力、トラップなどの小細工は必要だが、それ以上に大切な物がある。

 

 簡単にいえば、キャンプ間同士の縄張りの把握だ。 

 

(出来る事なら、外側から中に追いやる様にしたいけど……)

 

 いつからそういうのが出来たのかは分からないけど、きっと下らないやり取りがあったのだろう。

 今でもそうだ。

 ここから先で山菜を取るな、果実をもぎ取るな。

 ここらはいい。分かる話だ。

 だが、こっちが仕留めた鹿を物々交換に出した時に、『この傷はウチから流れた獲物に違いない! 元々こっちのものだ!』とか抜かす奴らは全員滅べばいい。

 

(……いた)

 

 見つけたのは、なかなかデカい豚だ。

 爺ちゃん曰く、昔の牧場とかで飼われていた奴が逃げ出して野生化したという事だ。

 

(あんな暴れん坊をよく飼いならしてたもんよね、昔の人は)

 

 やけに噛む力が強くて、あれが元家畜と聞いて捕獲しようとした奴が指を噛み千切られた事があった。

 

(あぁ、くそ。綺麗に矢を当てないと。下手に内臓傷つけたら一気に生臭くなっちゃう……)

 

 自分たちで焼いて食べるにせよ干して保存するにせよ、状態を良くしておかないと価値が下がる。

 ただでさえ、自分は他の住人からそう良く思われてはいない。

 基本の仕事でミスをするわけにはいかないのだ。

 

(十分な食料の確保をしたうえで、冬に向けて燃料の確保。こっちは爺ちゃんがやってる)

 

 今頃運び込まれた木材を次々に薪にしているハズ。

 大半はキャンプに収めるけど、その後の配布分も含めてそれなりの数は用意しているだろう。

 

(豚にシカ、羊。獲物には困らないけど、コイツら迂闊に暴れさせると面倒なのよね)

 

 大きなツノで襲いかかってくるシカ、気が付いたら群れを作って迫ってくる羊、迂闊に近づいたら最も危ない豚。

 それに……気が付いたら畑を荒らしていくあのクソリス共。

 

(狩猟にもっと力を入れろっていうのは分かるけどさ)

 

 豚はまだこちらに気付いていない。

 逆に言えば、アタシが少しでも下手に動けばすぐに気付かれ、逃げられてしまうだろう。

 こっちから見て横を向いていてくれれば、首を撃ち抜いて仕留めるのだが今は背中を見せている。

 綺麗に脊髄をブチ抜ければ最高の状態なのだが、ズレて腹――消化器官に穴を空けるとアウトだ。

 

(もっとセラミックスの技術が上がれば畑やキャンプを守る壁だって、今の石とか木の壁なんかよりもしっかりした物になる。キツネやリスに倉庫を荒らされたりするのだってもっと減らせる)

 

 この秋が食糧を溜める闘いなら、冬は食糧を守る闘いになる。

 気を抜けばどこからか侵入してきて倉庫を漁るキツネやリスは、遠くのカビよりも厄介な相手だ。

 これに加えて、ちょっと外を歩くとどこからか群れを成して襲ってくる野犬も。

 

(道具よ。こんな超古臭いモノじゃなくて、昔の生活に少しでも近づかないと益々苦しい事になる。去年も一昨年も、それで色々と苦労したんじゃない!)

 

 どうやら豚は、地面に生えてる草かなにかを食べているようだ。忙しなく頭だけ動かしている姿を真正面に捉えたまま、音を立てない様にゆっくりと矢をつがえて、弦を引く。

 

 ゆっくり、ゆっくり……。

 

(どうしてどいつもこいつも、文明を怖がるのかしら。金属が怖いってのは分かるけど、それでも何かを作っちゃいけないなんて事はないでしょうに)

 

 仮に矢が綺麗に当たっても、よっぽど急所に的確に当たらない限り十秒ほどは動きまわれる。

 最悪なのは、せっかく矢が当たったのに見失って。仕留めた獲物がどこに倒れているのか分からなくなる時だ。

 近くに川があって流された時なんか最悪の中の最悪。

 

 いつでも走れるように注意しながら、決して指から力は放さない。

 

(金属がダメなのは仕方ない。だけど、違う方法で技術を進化させなきゃどうしようもないでしょうが!)

 

 ゆっくり動け。

 ゆっくり動け!

 ゆっくり動けッ!

 

 豚が一歩前に動き始める。

 この場を離れるつもりだろうか。

 ならば、もう仕留める以外に選択肢はない。

 

 弦から指を離す。

 長い間一人で探索した結果見つけた、専用の糸。

 特殊アラミド繊維というらしいソレは、そこらの長い雑草から手作りした紐よりも心地よい音を立てて、木の矢を前へと押し出す。

 綺麗に回転しながら真っ直ぐに獲物へと向かう自作の矢は、真っ直ぐ首元へと向かい、

 

 

 突然何かに気を取られた豚が右へと動き、皮一枚をかすめて地面へと突き刺さる。

 

 驚く豚。

 飛び退く豚。

 走り去る豚。

 

 そして、茫然と豚を見送るアタシ。

 

「ふっ、ケモノ風情がこうも足掻くか」

 

 前に拾った、翻訳されたジャパンという国のコミックのキャラみたいな事を思わず口走りながら、木々の隙間から夜を見上げる。

 もう少しすると暗くなる。つまり気温は一気に下がり、視界も悪くなる。

 これ以上の活動は無理だろう。

 

「はぁ……。寝床と火の用意をしなくちゃ」

 

 今日の収穫は、途中で他の人に処理を任せた鹿一匹。

 手持ちの食糧はクルミ数粒と細く切った、おやつ程度の干し肉のみ。

 あと塩と水か。

 

「……やっぱり、文明は大事よ。ホント」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうにか本格的に冷えこむまでには火を起こせたか。やっぱ、木だけで火を起こすのは辛いなぁ)

 

 キャンプの人間はセラミックスというものをあまり信じていないが、こればっかりは皆重宝している。

 軽くて耐熱性に優れた焚火台。

 下手に山火事などが起こるのを防ぐために、ランディさんが考案した一品。

 きっと今頃、他の面子はもう自分達の小屋に戻っているか、あるいは同じように野宿しているだろう。

 その後者の人間は、皆これを使っているはずだ。

 本来のセラミックスよりは確かに脆いが、人が土や石といった原料を加工し手を加えた、確かな文明の一品。

 

 その上でパチパチと音を立てて光と熱を伝えながら揺らめく焚火を眺めながら、木と葉っぱで作った簡単な差し掛け小屋の上で身体を横にして身体を休めている。

 

「はぁ、まいったわね……。もう一匹くらい仕留めておきたかったんだけど」

 

 食糧をどれだけ貯蔵しているか。

 これは乱立するキャンプのパワーバランスに直結している。

 自らの力で食えない者は、弱い。

 食糧や物資を余所に頼れば頼る程、そのキャンプは弱くなる。

 

 自分の所は、食糧の生産に問題はあれど木材関連では周りに力を貸す立場だ。

 だからこそ現状どうにか上手く立ちまわっているが……それも危ういバランスの上に成り立っている。

 やはり、食べる事に関してはもっと力を入れなければならないと強く思う。

 

「もう……適当な石を泥で固めただけの壁なんて、ずる賢い狐や小賢しいリスが越えちゃうんだって事はもう分かってんじゃん」

 

 何度畑を荒らされたか、何度倉庫を荒らされたか、何度苗や種をやられたか。

 それでも老人達は、対抗策に石やら木やらの自然にあるものしか使いたがらない。

 馬鹿か!

 自然に生きる奴らに、自然に存在している物だけでどれだけ対抗できると言うんだ!

 

「……私の小屋みたいな所こそ、理想と思うんだけどなぁ」

 

 一応自分は爺ちゃんの小屋に住んでいることになっているが、実質自分が『住む場所』と思っているのはそこじゃない。

 キャンプリーダーからの命令で建てた隔離のための小屋。

 他のキャンプからも離れていて、馬がないと行き来出来ない場所にある小屋だ。

 

 灯り取りによくある木枠の窓じゃなく、街から切り取って来たガラスを嵌めこんでいる完全に自作の小屋。

 表向きは外から持ち帰った物の保存庫となっているが、あの小屋こそ、本当の意味での自分の本拠地だ。

 

「やっぱり図書館を探さなきゃ。もっと専門的な本を保存しながら勉強して、技術の手掛かりだけでも手にしなきゃ」

 

 知識の蓄え。

 これがなければ、自分の夢は叶わないだろう。

 どうにか手に入ったゴムや、自作した歯車とかで色々と――例えば出来そこないの機織り機や紡績機、自転車モドキなどを作ってみたが、どれも上手くいかずに作り直している。

 上手くいったのは、近くの川の水を引き込んで水の重さを利用した大きな杵(きね)とかか。

 チェルシーと一緒に掘った穴を臼代わりにして、ランディさんの研究の手伝いになればと作ったアレは今の所上手くいっている。

 

(アレだけはキャンプの連中、喜んでウチにも作ってくれって呑気に言いやがって。十分な量の水が流れ続けるように仕込むのにこっちがどれだけ時間を使ったと思ってんのよ!)

 

 おかげでシャベルやクワの類を大分消耗してしまった。

 たしかに、物を細かく砕くには便利だけど……。

 あぁちくしょう。色々と腹立たしい事を思い出してしまった。

 

(手持ちで色々作ろうとしてもアレだ。せめて話を聞いてくれる人――ううん、相談できる人がいれば……)

 

 ふと、何かの羽音がする。デカイ虫でも飛んでいるのだろうか?

 この時期ならば、もう虫の類は大人しくなり始めるハズなのに。

 

(もう、うるさいなぁ……生木もっとくべて煙を出すか)

 

 そんな事を考えていたら、突然上の方で木の枝がバキバキッ! と折れる音がする。

 虫じゃなくて鳥か蝙蝠だったのか? と上を見上げると――なにかが落ちてきた。

 

 焚いている火のすぐそばに、何かがガシャンと落ちる。

 

「……なに、これ」

 

 それは虫ではなかった。

 鳥でもない。蝙蝠でもない。

 そもそも、生物ではない。

 

 そう、生物ではなかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「んーー…… 信号(シグナル)ロストですかぁ」

「クルト様。可動範囲テストの結果、この拠点から見てアイルランドやブリテン島北部、及び東部方面の一部はともかく、最も離れている南部方面の陸地の観測は難しいです」

「みたいだなぁ。でも――」

 

 

 

 

 

「焚き木みたいな炎を捉えたんだよなぁ。……一瞬だけど」

 

 

 

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