タップ、正確にはタップアウトという行為を皆は知っているだろうか。
試合に於いて閉め技や関節技等を決められた時に戦意喪失・試合続行不可能と判断した場合に行われる行為で、相手の体や床等を叩いて審判に知らせるものだ。
試合中に選手が怪我しない為の措置であるが、逆に言えば試合中でもなく審判もいない様な場合はタップという行為は無意味なのである。
一応相手に降参の意思を伝えるので意味はあるかも知れないが怒り心頭の場合はやはり無意味に等しい。
「京都に送り出して二日目で大暴れしやがって…!
推薦人の面子潰すとはどういうことだァ…!」
卍固めを初めて受けたが痛い。
筋と関節が死ぬんじゃないかって位に痛い。
「あの時の俺はおかしかったんですって!
絶対東堂が悪いって、あいつ催眠術かなんか使えますよ!」
「呪術師が催眠術に引っ掛かる方がもっと悪いだろうがー!!」
「やぶ蛇だったー!!」
「受けるーwww。」
次の日、俺は都立東京呪術高等専門学校に帰ってきた。
高専の場合、停学中は学内で過ごす決まりであり、俺の所属はコッチなので出戻ってきたのである。
学長に呼び出されて一瞬で関節技を決められて今に至る。
今、この場にいるのは夜蛾学長と五条先生と俺の三人である。
「さて、轟悟。
貴様は一週間の停学処分だが、何故その程度で済んだか分かるか。」
「えっ待ってこのまま続けるの…!?
そろそろ軋みをあげているんですけど!
主犯は東堂だし俺は許可貰ってるモノだと思ってました!」
一応そういう呈で話したが手合わせの時点で、あいつがつまらない奴らの作ったルールを守る気が無い事は分かってた。
根本は違えど俺も東堂もルールを気にしないタイプだし。
けど東堂は三年で俺は一年、世間の見方からすれば悪い先輩に騙された可哀想な一年という構図になるはずだ。
「一年だろうと三年だろうと呪術師が軽々しく呪術を使えばどうなるか分かるだろうがバカタレが!
東堂に関して言えば、過去の実績と貴重な若手の一級呪術師だから一週間で許された。
それに比べて、まだお前には何も実績が無い。」
なるほど、確かに一理無くもない。
ぶっちゃけ俺の方が敷地ぶっ壊してるし退学からの呪詛師認定もありえたか?
なら、処分が軽くなる理由として思い浮かぶのは一つ。
未だにゲラゲラ笑いながらスマホで写真撮りまくってる高身長クソガキである五条先生だ。
考えすぎかと思うが、お上からしてみれば俺の背後には五条先生がいるのは明らか。
五条先生への嫌がらせ、あるいは俺への処罰を緩くする代わりに五条先生に何かしらの楔を打った可能性もある。
「俺の処分を軽くする代わりに五条先生が上と取引したとかですか?」
「違う。」
(…違うのかい。)
いい線いったと思ったが学長に直ぐ様否定された。
「もしそういう事をするならお前の身柄はここにはない。」
なるほど、確かに。
死闘からそんなに時間が経ってないし、取引をするなら人質は手元に置いておくだろう。
納得していると、ようやく学長が技を解いてくれた。
「皮肉にもお前が東堂を倒した事で、お前の強さが証明された。
まだ入学したての一年が一級術師を倒したという点と呪術師は人手不足、この二点から条件付きで一週間の停学で済んだのだ。」
なるほど、敷地を吹き飛ばして罰を喰らったが、裏を返せば敷地を吹き飛ばす程の強さを示したという事にもなる。
ついでに一級呪術師である東堂を倒すほどの人材という事で敢えて厳しい処分はせず寛大な処分で恩を売るという訳か。
「で、条件とは。」
「一つ、卒業まで京都校出禁。
二つ、卒業まで一級審査は凍結だ。」
なるほど、前者はどうでも良いとして、卒業まで一級になれないというのは普通ならまあ厳しい話だろう。
(というか、これが五条先生への嫌がらせになるのか。)
客観的に見て今回の入学即一級審査というのは異例。
そして俺の背後には五条先生。
つまり、二つ目の条件は俺を一級にさせようとする五条先生の意図を潰す事になる。
「俺としては階級に興味は無いんですけど、五条先生的には良いんですか?」
「え、あ、うん別に。
轟の強さが伝わればそれで良かったし。
いやーでもまさか早々に大暴れして戻ってくるとは思わなかったけど、超うけるー。」
ようやく笑いが引っ込んだ先生は何時も通りニヤニヤしながらあっさりと問題ないと言い放った。
学長は先生の発言にため息をつく。
「…まあ、悟の思惑は知らんが実際今回の一週間という期限も東堂は療養、轟は手続きとしての意味合いが強い。
停学明けに準一級としての資格が認められるから問題起こすんじゃないぞ。
停学中の問題行動は流石に無理だ。」
学長の折檻と停学の理由を聞き終わり、退室する。
五条先生はまだ用があるようで残らされていたが、帰り際に見たら俺と同じようにプロレス技を喰らっていた。
写真を撮ろうと思ったが多分皆見慣れていると思って止めた。
退室し寮へ戻るために通路を歩いていると、向こうからガラガラというスーツケースを引き摺る音と共に家入先生が歩いてきた。
(相変わらず美人なのに隈が酷い。
もう少し肉付きと筋肉の張りがあればな…。
って違う!)
どうやらまだ洗脳の影響が残ってるらしい。
「家入先生、こんにちは。
出張ですか。」
「やあ轟少年。
出張というか、君の尻拭いだよ。
随分と派手に東堂をぶっ飛ばしたみたいじゃないか。」
ああ、なるほど。
東堂を治しに行くのか。
確かにあの傷を治すにはかなりの腕が必要だと思うが、家入先生が必要な程か。
死闘を終えた東堂の状態を端的に説明すると全身粉砕解放骨折と言った感じか。
本人は満足げに笑いながら気絶してたから平気と思ったがやはり重傷らしい。
素直に頭を下げる。
「すいません、ご迷惑おかけします。
…でも先生って貴重な人材ですよね?
それなら東堂を持ってきてもらった方が良いんじゃないですか?」
他者への反転術式を行える人材はある意味特級よりも貴重な存在だと思うが。
「本来ならそれが正常なんだが、上層部はこっちで治すとまたお前と私闘を始めるのではと強く警戒していてな。
そんなに心配するな、護衛には悟が付くし私もたまには関西の酒が飲みたい。
じゃあな、問題起こすなよ。」
…否定出来ない。
俺から仕掛ける事は無いが向こうからやってくる可能性も否定できない。
いやでもあいつも得られたモノを消化する時間が必要だから案外安全なのでは?
五条先生が残っていたのは家入先生の護衛だからか。
家入先生にもう一度頭を下げてから別れる。
家入先生はああ言っていたが、今回の件で一番迷惑かけたのはある意味家入先生な気がしてきた。
というわけで京都から強制帰還です。
なお、一番迷惑をかけたのは伊地知さんな模様。
粉砕骨折=骨が砕ける
解放骨折=骨が飛び出る。
なお、本人は満足げに気絶してた模様。