バフデバフ   作:ボリビア

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塵も積もればなんとやら

「降参だ呪術師。」

 

 山の中を高速で駆け上がり神社へと辿り着くと、中から男が降参の意を示すように両手を上げて出てきた。

 

「どういうつもりでしょうか。」

 

「どうもなにも、降参すると言っている。

 嗅ぎ付けられた時点で此方の敗北は必至、下手に逃げて五条悟と戦いたくない。」

 

「此方が信じるとでも。」

 

「信じるも何も、俺は誰も殺してないしな。

 下手に抵抗の意思を見せたほうが危ないだろう。」

 

 抵抗して殺されるリスクを考えたら、降参して命だけは保証される事を望むという事か。

 なるほど、確かに大人しく降参したら命の保証はされるかもしれない。

 抵抗しなければな。

 

「…いいでしょう。」

 

「いや、待ってください七海さん。」

 

 七海さんが投降に応じようとするのを止める。

 此方をチラリと見て、一歩引いてくれた。

 俺が話す事に了承を得たので、呪詛師を視界に捉えて話しかける。

 

「一つ気になってた事があったんだ。

 金目的なら何であんな方法を取るのかって。

 だってそうだろ?

 抵抗せずに投降を選択するような人間ならもっと慎ましく金を稼げる筈だ。

 金持ちでも適当に呪ってマッチポンプでもすれば良い。」

 

 今回の一件で少し気になっていた。

 中学生をターゲットにした金稼ぎにしては手が込んでるし、時間もかかる。

 単純に子供の苦しむ姿が好きなイカれた呪詛師なのだと思っていたが、目の前の男は抵抗もせずに投降を選択するほど理性的である。

 金が目的ならもっと堅実な方法を選択する筈だ。

 その謎にようやく気づけた。

 

「その懐に隠したブツに呪力を溜め込ませるのが、目的だった訳か。」

 

 この呪詛師は中学生の前に堂々と姿をさらして呪具を売り渡していた。

 呪力とは負の感情によって生まれ、人々の発する呪力は共通の認識の元、特定の場所に集まって呪霊となる。

 今回の事件の場合、既にこの呪詛師は三つの中学校で事件を起こしている。

 被害者は全学年全生徒に近く、全員が呪詛師に強い恨みを抱いた事だろう。

 一般人の呪力なんてたかが知れているが1000人近い人間の強い恨みから生まれた呪力なら相当なモノになる筈だ。

 

「お前を恨むことで生まれた呪力を身代わりとして懐のそれに溜め込ませている訳だろ。」

 

 強化された五感が懐に隠してある呪物を捉えている。

 封をされているが、抱えている呪力が膨大な為僅かに漏れ出ているから発見できた。

 

「…ばれたか。

 本当は商品だったがまあ良い。

 次は上手くやろう。」

 

 答え合わせと言わんばかりに呪詛師は封を解いてソイツを俺達へと放ってきた。

 その姿は大蛇だった。

 人の体で構成された肌色の大蛇。

 胴は人の背より太く、全長はビル4F位はあるだろう。

 これが1000人近い中学生の心を潰して呪詛師が育て上げた商品らしい。

 呪霊が放たれた瞬間に俺は大蛇の呪霊に、七海さんは逃亡しようとしている呪詛師に向かって走り出すが。

 

「…っが!」

 

 突如頭の中に大音量のノイズが走る。

 恐らく呪詛師の術式だろう。

 咄嗟に張り手で鼓膜を破ったが、鳴り止まない為直接頭に流し込んでいるらしい。

 奴の作った呪具からしてテレパス系統の術式だと思っていたが、こういう事も出来るのか…!

 

(頭が割れそうだ…!

 …まずい!?)

 

 動きが止まった所を敵が許すはずもなく、俺と七海さんは大蛇の凪ぎ払いによって吹き飛ばされた。

 

「大丈夫ですか、轟君!」

 

「問題なし!」

 

 一瞬焦ったが問題はない。

 俺は術式による強化で、七海さんは受け身を取る事で軽傷で済んだ。

 大蛇は俺達を殺そうと巨体に見合わぬ速さで追撃をしかけてくるが、真正面から受け止める事で動きを止める。 

 

「轟君、そのまま受け止めておいて下さい。」

 

 七海さんの術式は対象を線分した時に7:3の点に弱点を作り出す術式。

 格下の相手であれば、布を巻いた鉈でも一撃で両断出来るし、格上でも致命傷が与えられる必殺の術式。

 今の七海さんの鉈には布は巻かれておらず、抜き身の状態で大蛇の側面、俺が頭を押さえている為、全身でのたうち暴れまわる大蛇をかわしながら、術式を行使する。

 

7:3

 

 術式によって作り出された弱点を大鉈で切り飛ばし、大蛇の胴体が宙を舞った瞬間、ノイズが消えた。

 どうやら術式は大蛇が発していたらしい。

 

「轟君は呪霊の核となっている呪物の回収を、それと私は呪詛師を追うので術式の行使を。」

 

「了解。

 筋力強化、3分です。」

 

 七海さんは術式を施した瞬間から走り出した。

 余談だが、俺の術式と七海さんは相性が良い。

 七海さんの術式はあくまで対象に弱点を作り出すだけで、弱点に攻撃を当てるのは術者本人の技術である。

 スーツの下には長年の鍛練で形成された鋼の肉体があり、その技量は達人に匹敵する。

 故に肉体を強化された時の適応が速く、強化された肉体に振り回されずに十全を発揮出来る。

 

(あの人、術式の都合上なのか動体視力化け物だし適正高いよな本当。

 さて、こっちも片付けますか。)

 

 七海さんが捕縛に動き此方も呪物を探そうかと思っていると上から影が差している事に気付いた。

 そして頭に響く大音量の雑音。

 

「ま、生きているとは思っていたよ呪霊だもんね。」

 

 1000人分の恨みの結晶である大蛇は、致命傷を受けてなお生きていた。

 切り飛ばされた部位は手と手を取り合う形で無理矢理繋がっている為、完全回復とは至っていない。

 まあ、呪詛師がリスクを犯してまで作り出した呪霊である、あの程度で終わるとは七海さんも俺も思ってはいない。

 互いの役割分担の邪魔だから一時的に倒したが、本来は俺一人で片が付く。

 

「ああ、それともう効かないからソレ。」

  

 脳の音を認識する機能を術式反転で弱めているため雑音を頭の中に響かせても情報として処理されなくなっている。

 

「呪霊は俺の担当だしサクッとやりますか。」

 

黒閃

 

 頭から縦に叩き割れた。

 

「そちらも終わりましたか。」

 

 暫くして、後ろに気配を感じて振り替えると七海さんが戻ってきていた。

 片手には件の呪詛師を持って。

 

「終わりましたよ。」

 

 自身の仕事が終わった事を示すように、呪物を見せる。

 呪物は蛇の脱け殻だった。

 恐らく何処かしらの神社で祀られていたのを利用したのだろうそれは、呪力に耐えられなかったのか黒く腐敗している。

 

「では、高専に呪詛師と呪物を引き渡して任務は終了です。」

 

「じゃあ、鰻食べにいきません?」

 

 あの蛇を見て何となく食べたくなったのだ。

 

「構いませんが店は私が決めます。」

 

「了解です。」

 

 そして鰻屋にて二人とも特上をつつきながら雑談をする。

 

「そういえば、商品って言ってましたけど何処に売り付けるつもりだったんですかね。」

 

「そこも含めて今後明らかになるでしょうが、ろくでもない存在である事は確かでしょう。」

 

 自身に恨みを向けさせて呪霊の糧にするとか一歩間違えれば自分が破滅する手段である。

 実行させるメリットを提示した依頼人について気になるがそれは今後の調査次第だし、今のところ俺達の仕事ではない。

 

「にしても、未だに七海さんが五条先生の後輩と思えないんですけど。」

 

「私はあの人を術師として信頼はしてますが尊敬はしていません。」

 

「その気持ち分かります。」

 

 

 

 

 

 




呪詛師 
 思考を伝える術式を使う。ある以来を受けて、一連の事件を起こして大蛇の呪霊を育てていた。
 元々は術式を利用して相手の思考に自分の思考を紛れ込ませて誘導したりして詐欺等をしていた。
 大蛇の呪霊を解き放って逃走したが、強化七海に一瞬で確保、気がついたら捕まっていた。

大蛇の呪霊
 人のパーツで出来た蛇。
 鱗は手で目は眼球が集まった複眼、口には人の歯がびっしり並んでいる。
 一連の事件で集中した呪詛師への負の感情を身代わりとして溜め込ませて生まれた。
 呪詛師を経由して溜め込まれていた為、術式が刻まれてノイズを頭の中に直接ぶちこむ術式を持っている。
 核となっているのはとある神社に祀られていた蛇の脱け殻
 呪霊としての強さは一級上位か特級下位

七海への肉体強化
 シンプルに肉体の出力を上げる強化で七海の元々の身体能力もあって伏黒パパレベルまで上昇。
 普通は通常時との差が有りすぎて振り回されて立てない。

七海健人
 出力強化に数回で慣れた化け物。
 スーツの下には鍛え抜かれた鋼の筋肉が詰まっているはず。
 実は今回の事件は最初から怒り心頭な模様。

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