「虎杖の訓練飽きた。」
「えぇ…。
突然やる気無くなったと思ったら酷くない?」
「だってお前殴る蹴るしかないじゃん。」
訓練開始から数日分、虎杖との特訓は順調だった。
死ぬかもしれないという緊張感は虎杖を急激に成長させ生成する呪力量の上昇及びコントロール精度が上昇した。
逕庭拳と通常の打撃の使い分けも出来る様になり、術師として総合的に見れば二級位の実力はあると思う。
ただ、俺個人としては虎杖は術式を持ってないので戦闘方法が殴る蹴るのみで飽きてきた。
五条先生は時間が立てば宿儺の術式が刻まれるとか言っていたが、何時になるのだろうか。
「あと教える事も黒閃くらいかな。」
「何それ?」
「呪力の衝撃と打撃が同時に行われると、起こる現象。
威力が2.5乗になるし、呪力への感受性も上がるから確実に強くなるには必須技術。
あ、技術じゃないか。」
技術なのは俺だけだ。
取り敢えず、虎杖に黒閃デコピンを披露する。
「ほら、呪力が黒く光るだろ?
だから黒閃。」
「チョー強い技じゃん!!
どうしたら出来る様になるの!?
教えて!教えて!」
黒閃を見て、虎杖もえらくはしゃいでいる。
どうやら本人も自分に必殺技が無い事を気にしていたみたいだ。
残念ながら通常の呪術師は狙って黒閃を出せない。
そこは虎杖も例外ではない。
「黒閃は技というより、現象だ。
原理は簡単で呪力と物理的な衝撃が0.000001秒以内に衝突すると黒閃になる。」
俺は術式で感覚強化出来るから、何時でも何処でも打てるけど。
「イメージとしては呪力で出来た自分の体と実在する自分の体の動きを完全に一致させれば良い。
虎杖は集中力あるし、コントロールも良くなってるからその内打てるだろう。」
虎杖と対戦して分かったが、虎杖は目が良い。
相手の動きを常に捉えて次の一手を放ってくる。
目が良いと言うことは、集中力もあるだろうから多分打てる。
「……何か、打てたらラッキーって感じだな。」
拍子抜けした顔をしてるが、お前はこれからの事を考えたら黒閃一回でも経験しないと死ぬぞ。
「今の虎杖は攻撃力だけなら一級上位と思って良い。
弱い特級なら勝てる可能性もあるだろう。
けど、火山頭には多分届かんぞ。」
あの木の呪霊も難しいだろう。
「…!」
俺の言葉に虎杖の顔つきが変わる。
「自覚したな、お前がまだ弱いって事を。
今のお前では例え宿儺の術式が刻まれたとしても火山頭相手なら死ぬだろうな。
だけど、黒閃を経験し呪力への理解が深まった場合は話は別だ。
どうする虎杖?」
「死んでいる今の時期に黒閃を放つ!」
「OK、じゃあ次の目標は黒閃だ。
あ、ちょっと待って準備するから。」
良いことを思い付いたので、懐からトランプを取り出してシャッフルする。
「よし、始めるぞ。」
「え、何を。」
「何をって訓練だよ。
さっき自分で目標言ったじゃん。」
若年性痴呆という奴だろうか、頑丈だからと殴りすぎたか?
「いや、そのトランプ何?。
ババ抜きで訓練すんの?」
「ああ、これは昨日皆で遊んだトランプで偶々ポッケに入ってたんだよ。」
皆で遊ぶトランプは大分白熱した。
勝者が敗者に罰ゲームをやるルールにしたので、釘崎と棘先輩はノリノリだし罰ゲームが割りとガチなのが分かってから回避する為に伏黒も真剣になりだし大分楽しかった。
「何それ、羨ましい!
じゃなくて、トランプ何に使うの?」
「武器だよ。
お前と普通に戦うの飽きてきたし。」
マジシャン見たいにトランプをパラパラしてみる。
うん、思ったより使えそう。
「いや、もうちょっと真面目にー」
何か、虎杖が面白いとこ言ったので、トランプを投げて右耳を切り裂いてやった。
「真面目に?
面白いことほざくな虎杖。
今のお前はさ、俺から見たらトランプ武器にしても勝てる位に弱いんだよ。
ちょっと我が儘が過ぎるよなぁ?」
右耳を押さえて、驚いてる虎杖を見て決めた。
これから毎回違う玩具で戦おう。
少し強くなって付いた自信をバカにしながらボコボコにしよう。
じゃなきゃ、俺が飽きてしまう。
「真面目にやって欲しかったら、少しは強くなれよ虎杖。」
一年で一番楽しめる可能性があるのは虎杖だ。
宿儺の器としての頑丈さと宿儺の術式が使えるようになれば絶対に楽しめる。
ちなみに二位は伏黒。
「で、切り刻んだ結果がこれか。」
俺は今、冷たい解剖室の床で正座している。
目の前には家入先生。
解剖台の上には全身に包帯が巻かれた虎杖が寝ている。
「切り口が綺麗だから、殆どの傷口は圧迫するだけで済んだが目は別だ。
なあ轟、私は面倒臭い傷を作るなと言った筈だが。」
「……あまりにも黒閃打つ気配なくて追い込もうとしたんですよ。」
全然、黒閃を打つ気配がないので何かの漫画で読んだ『五感を一つ閉じる毎に残された感覚は鋭くなる。』という理論を試してみたのである。
目とついでに頬毎舌を切り裂いて視覚と味覚を閉じれば黒閃打てるかなと虎杖を思って試してみたのだ。
まあ、結果は出血多量で気絶してしまったが。
(…意外とトランプは使いやすかったな。
これから常備しとこ。)
「…君は悟と違って教師向いてないね。」
「いや、でも気絶する直前は結構いい線まで行ってたんで、効果はあったと思うんですよ。」
「それは、追い詰められていただけだろう。」
確かに。
次はもっと手軽に追い詰める事の出来る玩具にしよう。
「次はスライムを使います。」
「どう結論付けたのか知らないけど、面倒臭い傷つけなきゃ構わないよ。」
説教も終わったので、取り敢えず虎杖を担いで匿われている部屋に移動させるか。
「そうだ、今日ちょっと付き合ってよ。」
虎杖を担いで解剖室を出ようとすると、家入先生に呼び止められた。
「今回の罰って事でお酒、付き合いなよ。」
虎杖を部屋に放り込んだ後、家入先生と向かったのは浅草駅にある居酒屋だった。
赤提灯にビールの看板。
普通ならおっさんのサラリーマンが通いそうな居酒屋に慣れた素振りで入っていく家入先生。
「おう、硝子ちゃん!
今日は良いマグロが入ったよ!」
「じゃあ、後で合う酒と一緒に貰いますよ。」
ザ、大将って感じの店主からの言葉で家入先生が完全にここの常連だと確信出来た。
店員に奥の座敷席へと促されて対面で座る。
「何かダメなものある?」
「特に無いです。」
「じゃあ、適当に頼むから。
飲み物はコーラで良い?」
「大丈夫ですよ。」
家入先生は店員さんを呼びつけて慣れた手つきで注文していく。
唐揚げ等の揚げ物は此方への配慮だろうか。
人生初の居酒屋に少しそわそわしていると、店員が飲みの物を運んできた。
「ハーイ、ご注文のハイボールとコーラとクリームソーダでーす!」
馬鹿みたいに陽気な声の店員が飲み物を運んできたが、クリームソーダを家入先生が頼んだ覚えはない。
オーダーミスかなと思っていると、配膳した店員がどかりと横に座ってきた。
顔をみると五条先生だった。
「げぇ。」
「やあ、轟。
元気?」
オフなのだろうか、何時ものネックウォーマー見たいな目隠しではなく髪をおろして黒丸なサングラスをしている。
家入先生は五条先生の登場に動揺せずにつまみとハイボールを楽しんでいる辺り予定調和らしい。
「はー、美人と飯食えると思ったのになー。」
「美人とイケメンと飯食えるんだからお得じゃん。
ハイ、カンパーイ。」
五条先生と乾杯してコーラを飲む。
家入先生が何で俺を誘ったのかと思ったらこれが目的だろうか。
それなら残酷過ぎる。
「ていうか、轟って硝子みたいのがタイプなの?」
「タイプじゃないけど、美人じゃないですか。」
「だってさ硝子。」
「嬉しいけど、仕事が恋人かな。」
「「かっこいい~。」」
暫く、支離滅裂な話に支離滅裂な答えをしながら適当に飲んでつまみを食べていく。
五条先生と会話するときは何も考えない方が楽だしストレスが溜まらない。
たまに我に返って死にたくなるが。
メニューを眺めると丼ものがあった。
「焼き鳥丼頼んで良いですか?」
「いいよ。」
家入先生の許可が降りたので、焼き鳥丼を頼む。
こういう店の焼き鳥だから多分旨いだろう。
「で、何で俺呼ばれたんですか?」
焼き鳥丼が来る間に、今回の意図を把握するために少し真面目に質問する。
意図がない可能性もあるけど、多分何かしら意図があるだろう。
「悠仁について最近どうかなって。
元々今日は硝子と飲む筈だったけど、たまたま轟が硝子に会ってたから連れてきて貰った。」
なるほど。
「まあ、虎杖は強くなってますよ。
何度も倒しても諦めないし、叩けば響くって感じです。
そういえば逕庭拳でしたっけ。
何で放置したんですか?」
普通に考えればあれは悪癖だ。
武器としてはそんなに強くないし。
「純粋に面白い技だし、それに自覚させて使っとけば正しい攻撃覚えた後も使いこなす事出来るでしょ。」
「まあ、使いこなすまでボコボコにしたので使い分けは出来るようにはしました。」
「流石♪」
「それ、含めて先生が教えれば良いじゃないですか。」
「予定としてはこの後、重めの任務行ってもらうから取り敢えず任務こなせるレベルの力で良いと思っててね。
寧ろ、轟が面倒見良いのが予想外な位だよ。
ひたすらボコってお仕舞いだと思ってた、ごめんね。」
最初はそうする予定だが、余りにも虎杖が弱すぎた。
「まあ、良いですよ。
ただ、最近は教える事無いし虎杖と戦うの飽きたので、黒閃打てるまで玩具を武器にして遊んでます。
今日はトランプで次回はスライムです。」
血の付いたトランプを取り出して五条先生に渡す。
「…良いね。
轟の術式なら結構良い訓練になるし、悠仁も色んな経験が積める。
もっとやって良いし恵達にも試してみてよ。
この時期は呪霊もおとなしくて経験積みにくいから。」
「面倒な傷作らないでね。」
五条先生から一年二人にやれと許可を貰い、家入先生から忠告を貰った。
「五条先生、何かこう強い敵いません?
火山頭見てからストレス凄いんですけど。
禪院家襲っちゃいますよ?」
「うーん、僕の予想が正しければ今年中に事態が動くと思うからそれまで我慢して。
その時になったら好きに動いて良いから。
ていうか、確実に来るよ。
悠仁が本格的に器として強くなる前に、向こうは仕掛けるでしょ。」
あり得る。
恐らく呪霊が活発になる秋から冬の時期に確実に仕掛けて来るだろう。
しょうがない、我慢するか。
玩具を武器にするの結構楽しそうだし。
特級には流石に使わないけど。
五条先生が逕庭拳を放置していた理由を
・重めの任務こなす予定なので、取り敢えず戦える様にした。
・後々、正しい使い方覚えれば武器になると判断した。
と仮定してます。
実際、渋谷で武器になってたし。