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10月中旬、誰にも知られていない秘密基地で与幸吉は静かに待っていた。
ダムの中に作られた彼の為だけの秘密基地は常に湿度が一定以上に保たれて皮膚を刺激する事はないが、今日この日だけは精神の昂りから皮膚が逆立ち、刺激が身体中を走り回る。
(やつらは、俺の守りたい者を危険に晒した。)
そんなことが無謀に近い戦いをする理由足り得た己に少し驚いた覚えがある。
夏油傑の体を使う何者かから持ちかけられた、望まない天与呪縛からの解放は彼にとって高専を裏切る理由としては十分だった。
けど、解放されるからこそ皆と共に歩きたいという願いが生まれてしまった。
だから彼は戻るために覚悟をしたのだ。
(策は用意した。
体を得た後に、奴を祓う。)
「遅かったな。
忘れられたのかと思ったぞ。」
「そんなヘマしないさ。
呪縛の恐ろしさは君が一番良く知っているだろう。」
「相変わらずカビ臭いねここ。」
現れたのは二人の怪物。
夏油傑の体を使う謎の男と、継ぎ接ぎだらけの特級呪霊真人。
与幸吉は真人に体を治させる事と、京都校の人間に手を出さない事の二つを条件に高専の情報を流すことを縛りとして契約したのだ。
魂の形を変える真人の術式ならば天与呪縛によって歪められた肉体を魂本来の姿に戻す事が出来る。
恐らく彼の人生で一度しか無い、呪縛から解き放たれるチャンスだ。
(縛りが無くなる事で莫大な呪力出力は無くなるが、俺には天与呪縛を強いられていた時間を縛りとして使用できる。)
向こうはまだ彼に利用価値があるため、ここで失うことが惜しいと言っているが、奴等の一人が京都校の人間を危険に晒したのは事実。
「早く直せ下衆。」
「うっかり芋虫にしちゃうかも。」
真人の発言を夏油傑が注意する。
他者との縛りを破る事は強力な反面、自ら課す縛りと違い代償が何か分からないというデメリットがある。
ここで与幸吉の体を治さなければ、真人と夏油傑にはどのような罰が下るか分からない。
彼らが10日後のハロウィンに五条悟を封印しようとしているのを与幸吉は知っている。
だからこそ計画に支障が出る可能性があり、特級が呪力を回復出来るギリギリを考えて、向こうが『万全に計画を実行する為に与幸吉を殺さなくてはならない。』この日を選んだのだ。
夏油と真人の口論がすんで、真人が与幸吉に近付き頭に触れる。
「感謝してよね、下衆以下。」
目を瞑り、術式を受け入れた瞬間から本来の姿に戻っていくのを感じた。
目を開いて手足の具合を感じとる。
(これが俺本来の体か。)
本来の形である体に不調はない。
取り戻した右腕と両足は最初からそこにあったかのように感じ、立ち上がる事すら出来る。
だが感動している暇はない。
現在、真人と与幸吉の間に縛りは無い。
用済みのスパイの末路は、ロボットアニメでよく知っている。
だがそれは彼も同じだ。
皆と一緒に歩くためには目の前の呪霊と呪詛師を呪術師として祓うしか残された道は無い。
「さあ、やろうか。」
やる気に満ちた、闘争を楽しもうとしている真人に対して与幸吉は潜ませていた複数のメカ丸を一斉に仕掛けるが、真人は右腕を肥大化させて凪ぎ払った。
真人が与幸吉のいた場所に目を向けると既に姿は無い。
「つまんな。」
真人は逃げたと考えてたが、それは違う。
あのメカ丸達は確かに時間稼ぎだが目的は逃げる事ではない。
与幸吉は高専の服に着替えて、下の階にあるロボットを起動させた。
しゃがんだ体制から起き上がる事で、下から施設ごと真人を突き上げる。
全てを突き破り現れたのは全長数十メートルはある巨大ロボット。
名を『究極メカ丸絶対形態』、乗り込む事で操縦を可能とし、与幸吉が初めて製作し改良を重ね続けた最古にして最新のメカ丸、子供の頃からの憧れの具現である。
『拡充比正常』
『知覚フィードバック遮断』
(センサーは問題ないが、電波は駄目。
やっぱり帳を降ろすよな。
…保険が間に合うと良いのだが。)
与幸吉の勝利条件は五条悟である。
どのような手段を取ってでも五条悟と連絡を取る事が出来れば勝利は確定する。
しかし、それは夏油傑が帳を下ろした事で困難になる。
チラリと夏油傑の方を見るが、笑顔で真人と戦う事を促している。
帳を降ろすだけで戦いに参加する気は無いらしい。
(先ずは真人を祓う!
こいつは危険過ぎる!)
「チャージ1年!
焼き祓え、メカ丸!」
『大祓砲』
究極メカ丸の右手から真人めがけて、一年分の呪力を込めた砲撃がダムの一部を巻き込んで炸裂する。
その威力は優に特級クラスの威力があるが、真人には効かない。
特級呪霊真人の術式『無為転変』は魂に干渉し魂の形を変える事で肉体を変化させる。
そして真人自身も例外ではなく肉体にダメージを与えようと魂に届かなければダメージとならない。
(俺の呪力が尽きるまで攻撃するつもりか?)
(俺の攻撃は魂に届かないと真人も分かった筈。
これで、どんな攻撃を仕掛けようと攻めの姿勢は崩さない筈だ。)
メカ丸は逃げる真人を更に拳で畳み掛けるが、足を獣に変えた真人は跳ねるように避けていき、全身を魚の姿に変えてダム湖を泳いで距離を取り始める。
(此方の動きが読まれる前に、誘い込む!!)
「チャージ2年!」
『二重大祓砲』
メカ丸は両手から二年分の呪力をダム湖を放ち、ダム湖全体が爆発的な衝撃を発生させる。
(ラッキー。)
真人はメカ丸の生み出した衝撃を利用してメカの頭、コックピット近くまで飛び上がり、肥大化した拳を打ち付け、打ち付けられたメカ丸はその衝撃によろめく。
装甲が軋み、悲鳴を上げる。
後、数回同じところを殴られたら恐らく破壊されるだろう。
(何てパワーだ…!
だか、これで奴は近づいた!)
鳥となって距離を取ろうとしている真人に照準を合わせて、懐から取って置きの弾丸を取り出してメカ丸に充填する。
そしてセンサーが真人を捉えた。
『術式装填』
「(狙いは心臓…!)
行け、メカ丸!!」
メカ丸の人差し指から放たれた弾丸は真人の左肩、厳密には左翼の付け根に突き刺さる。
(心臓は外したか、だが!)
突き刺さった次の瞬間、真人の左肩が吹き飛ぶ。
本来あり得ない現象に驚いている隙にメカ丸は真人を叩き落として、効果があるうちにラッシュを喰らわせるが間一髪で真人は再び鳥人になって脱出した。
(また鳥か…!
左腕は再生している!?
いや、魂の形を変えて補っているだけか。
俺のこの技は効いている!)
与幸吉の考えは当たっていた。
真人は虎杖悠仁以来の自分にダメージを与えられる存在に困惑と歓喜が湧いていた。
(面白い!
どの攻撃が魂まで効果あるのか見極める…!)
メカ丸の呪力による誘導弾を避けながら、真人は思考する。
(今までの攻撃は全部、あの攻撃を打つ為のブラフ。
そしてわざわざ大技放てる位呪力あるのに攻撃はそこまで強くなかったから、多分別枠として用意した筈。
そして多分数も少ない。)
真人の考えも当たっていた。
与幸吉が対真人用に用意したのは、とある呪術が入った筒だ。
遥か昔、呪術全盛の時代にある術師が凶悪な呪霊や呪詛師から門弟を守るために生まれた術式。
領域展開のあらゆる術式を中和するという特性のみを抽出し、門外不出の縛りによって成り立つ現代では対領域対策として最も安易な呪術。
『シン・陰流簡易領域』
与幸吉はスパイとして全てを見てきた。
生徒達の活躍を全てを長い間見ていく中で、三輪霞の簡易領域の攻撃への転用を思い付いたのだ。
そしてその技を見て盗み、筒の中に封印という形で術式として成立させ、真人の内部で発動させる事で魂にダメージを与えたのだ。
(用意出来たのは四本だけ……!
後三本で確実に仕留める……!)
メカ丸は与幸吉の覚悟を汲むように猛攻を真人へと叩き込み、確実に打ち込む為の隙を作り出す。
真人を叩き飛ばして狙いを定める。
(行ける!!
これで勝つ!!
会うんだ皆に!!)
(……とか思ってるんだろうね。)
勝利を確信して術式をメカ丸へと充填していく。
その様子を真人は冷めた目で見つめていた。
真人は魂の動きで与幸吉の感情を読み取れる。
己の勝利を確信して夢と希望に震える魂は呪霊である真人に取って不快でしかない。
さっきまでの分析を放棄して敵の喜びを打ち砕く為に行動を開始した。
「領域展開。」
『自閉円頓裹』
真人はメカ丸を領域へと引きずり込み、頭部にある魂に術式を行使しすると、メカ丸はコントロールを失ったのか自重で倒れこんだ。
「はいおしまい。」
真人の領域展開、自閉円頓裹の効果は無為転変の必中化。
即ち、領域に引きずり込んだ時点で勝利が確定する。
「俺が呪力ケチって領域使わないと思った?
10日もあれば呪力は回復するんだよ。
全く、戦いに夢や希望を持ち込むなよ。」
興味を失った真人はメカ丸から離れていく。
後ろで動き出すメカ丸に気付かずに。
「は?」
次の瞬間、後ろからメカ丸の中指で串刺しにされた。
中指には肩を貫いた時と同じ弾丸が装填されている。
次の瞬間、真人は爆ぜて領域が解除された。
「■■■■■!!!」
勝利を確信したメカ丸が咆哮を上げる。
真人の領域対策に二本目を使用しわざと死んだふりをして三本目を真人のど真ん中に炸裂させたのだ。
後は夏油を倒して帳を解除するだけだ。
(簡易領域一本、呪力9年分を残して夏油と戦える…!)
大祓砲を放とうと夏油に標準を合わせる。
(皆に会える!!
勝てる!!!)
「打て、メカ丸!!」
瞬間、コックピットが破壊された。
与幸吉の目の前には虫の様に手足を増やした真人がいる。
真人が取った手段はシンプルだった。
体内で簡易領域が発動する前に自ら体を破裂させて領域を解いた。
要するに与幸吉と同様に死んだふりをしたのだ。
驚愕する与幸吉に対して真人は満面の笑みを浮かべている。
(その顔が見たかった…!)
与幸吉に手を伸ばす真人。
与幸吉も四本目を直接打ち込もうとするが、確実に間に合わない。
そして真人の手が与幸吉に触れる直前。
与幸吉の目の前から真人が消えた。
「一体全体、どういう事なのか説明してくれますよね。
メカ丸先輩。」
その声が誰のものか与幸吉には直ぐに分かった。
特級の任務を操作する事は与幸吉には出来ない。
だが、準一級の学生なら話は別だ。
彼が宿儺の指探しを中断した事は知っていたから、任務をでっち上げて異変に気付ける様に配置したのが機能してくれたらしい。
「……遅かったな。」
「巻き込んどいてそれは無くないですか?」
最後のやりたくて三人称だけど最初の方原作まんまだけど大丈夫かな?
というかこれ三人称になってる?