バトルフロンティアが廃人の施設とか言った奴出てこい 作:麦わらぼうし
そして次回からは、そうとう遅れると思います。時間が欲しい……。
あれから私の頭の痛みが治まって、ようやく私とシロちゃんは階段を上るのを再開した。
シロちゃんは先程の言葉をまったく気にしていないのか、むしろいつもより楽しそうにしている。それに反して、私は気分が酷く沈んでいた。
シロちゃんが言っていた『タイプ・トレーナー』という概念は、自身の得意なタイプを理解して極めようとする人たちのことだ。
なので、厳密にいえば世界中の全ての人は、自身の得意なタイプを持っている。その中で強いトレーナーが、自然と自身の得意なタイプを使っていることから『タイプ・トレーナー』という概念が生まれたのだ。
だから『タイプ・トレーナー』というカテゴリは、何もポケモンのタイプだけに限った話ではない。総数は少ないが、ポケモンのタイプ以外に適性を持っている『タイプ・トレーナー』も存在するのだ。
普通の『タイプ・トレーナー』と同じぐらい多く存在する『ひとがた』や『ふていけい』『りくじょう』などの『タイプ・トレーナー』などがある。
特に『すいちゅう』に分類される『タイプ・トレーナー』は種類が多いらしく『すいちゅう1』『すいちゅう2』『すいちゅう3』と態々3つに分けられているらしい、今後に新しいポケモンが発見されれば更に種類が増える可能性もあるぐらいだ。
そんな『タイプ・トレーナー』の中でも、歴史上で1人しか分類されていない特殊な『タイプ・トレーナー』も存在する。
それは、このバトルフロンティアにいるチューブクイーンのアザミさんの『へび』のようなポケモンの身体的特徴によるモノや、ドームスーパースターのヒースさんの『そら』のような『ひこう』の『タイプ・トレーナー』に似ているモノもある。
そういう意味では、シロちゃんの『なし』タイプも、その特殊な『タイプ・トレーナー』なのだろう。
かつて『あく』や『はがね』『フェアリー』などのタイプが発見されていなかった時代、自身の適性タイプが分からなくて『タイプ・トレーナー』は特別な存在と考えられていることもあったらしい。
それでも、そのトレーナーにだって適性を持っているポケモンが寄り添って、そのポケモンと同じ種類のポケモンにも適性を持っていることから、新しいタイプの発見に繋がったなんてこともあった。
だが『なし』タイプというのは、ポケモントレーナーであれば誰でも知っている既存のタイプだ。
ポケモンには『タイプ』があるのが当たり前であり、未発見のタイプは『???』とされている。かつて『のろい』のタイプが『ゴースト』だと分からなかった時代『のろい』は便宜上として『???』タイプとされていた。
つまり、自身の適性が分からなくても、発見されていないタイプが適性のタイプであるという可能性があるのだ。
しかし『なし』タイプは違う
ポケモンの技である『もえつきる』や『はねやすめ』のような、使うと自身のタイプを一時的に失ってしまうという、ポケモンバトルの解説をするために「どうしてなのか」を教えるための矛盾点。それを例外として扱うための特殊タイプだ。
ポケモンはタイプを持っているのが当たり前、その前提を覆す在り得ない現象に位置付けられているのが『なし』タイプ。分類としては、先ほど戦ったラティアスの『ダーク』タイプと同じぐらい、本来は在り得ないモノなのだ。
未発見のタイプではなく、在り得ないタイプにしか適性を持たない。それはおそらく、世界中の全ての人ともポケモンとも違う存在であるという、強烈な疎外感を受けることだろう。
そしてそれは、シロちゃんのポケモンたちだって同じだ。
ラティアスも、ウツロイドも、カミツルギも特異個体で、シロちゃんが適性を持っているということは、タイプ『なし』という本来在り得ない存在。
そんな子たちが、どういう奇跡か出会い、一緒に居る。
だからこそ、彼らはお互いを異常なほど大切にし、逆にその他に対しては攻撃的なのだろう。
酷過ぎる……。
親から、名前も、まともな食事も貰えず、楽しかったというポケモンたちと遊んでも、自身が違う存在であるということは何となく分かってしまうはずだ。周囲の感情に敏感な幼少期であれば、尚のことだろう。
どこにも居場所がない。生まれた瞬間、世界でひとりぼっちだ……。
身長が異様に低いのも、おそらくソレが理由だろう。むしろ、小さくても健康に見えるのが不思議なくらいだ。瞳が虚ろだったのも、なにかを諦めたような表情をしていたのも、それで全部説明が付く。
この子たちが一体何をした、って言うんだ……。
私が同じ立場だったら、よくて引きこもりになる自信があるし、最悪自殺している可能性もある。
なのに、話を聞く限り、シロちゃんは引きこもることができる場所すらなかったんだ……。
そんな状態なのに、この子の優しさは本物だった。
なんでだッ!
なんでなんだッ!
なんでこんな優しい子にッ!
神様は、こんな酷い運命を与えたんだッ!?
なんでッ!
私はッ!
最初に出会った時に、この子の闇に気づけなかった……
酷い……。
酷過ぎるよ……。
神様も、私も、酷過ぎる……。
目の前で、本当の笑顔かも分からないのに……その楽しそうなシロちゃんの顔を見ると、思わず涙が出そうになる。
苦しんでいるこの子に気づけなかった私に、泣く資格なんてないのに……。
「先輩?」
私が見つめていたことに気づいたのか、シロちゃんは不思議そうな顔をこちらに向ける。
だが、すぐに何かを理解したように困った顔を浮かべて、申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません先輩。先程、いきなり変なこと言ったから困っているんですよね」
「それは……その」
なんと、言えばいいのだろうか……。
シロちゃんの考えは分からないのに、私の考えは全て見透かされている。疑問形で聞いてこないのは、そういうことだろう。
「先輩が気にする必要はありません。むしろ僕は嬉しかったから、つい愚痴みたいにこぼしてしまったんです」
「嬉しかった?」
どういうこと?
たしかにシロちゃんは、話を終えてからずっと上機嫌なままだ。だが、さっきの話をして嬉しくなる要素が私には思いつかない。
そんな私の疑問は、やはり見透かされているのか、シロちゃんは理由を教えてくれた。
「約束をくれたからですよ。僕には死にたい理由があるのに、死ぬことを怖がっていました。だから、生きる理由が沢山欲しかったんです」
そう言ってシロちゃんは、手持ちのボールに視線を移す。
「この子たちも、僕が生きていく理由の1つです。でも、この子たちを見ていると、あることを思い出してしまうんです。それは僕にとって、とっても大切なことなんです。
それこそ、無意識に死のうとするぐらいに……」
そう言って、シロちゃんは再び視線を私に向けた。
「だから、他にも理由が欲しかった。この世界でなければいけない、生きていく理由が欲しかったんです。それを先輩はくれました。先輩が困っていたら助ける。そう約束してくれたことが、僕は嬉しかったんです」
「それは、そんなつもりじゃ……」
確かに言った。
でも、それは『約束』ではない。
それは『呪い』だ、『依存』だ。
自分の命を約束という名の鎖で雁字搦めにして、自己を殺してしまう契約でしかない。
そんなことの為に、私は あんなことを言ったんじゃない。
だが、そんな私の思いすらシロちゃんは見透かしていた。
「分かっています。先輩がそんなつもりではないことも、これが依存でしかないことも。
でも、それでもいいんです。
少なくともコレで、僕は今のところ死ぬことができなくなりました。
だから生きているうちに、また別の生きる理由を探すことができます。
そして、その理由を見つけたら、また次の理由を探すことができます。
そうやって生きていく理由を沢山集めれば、いつか僕が死ぬ理由を上回ることができるかもしれない。
その最初の切っ掛けを、約束という形で、先輩はくれたんです」
これは自分の問題、だから気にする必要はない。
そんなふうに、前向きなのか後ろ向きなのか分からない考えをシロちゃんは独白してくる。
「人間は、ご飯があっても、寝るとこがあってもダメなんです。
人間は、希望があるから、明日を目指して頑張ろうとすることができるんです。
その希望に向かうことができずに躓いていた僕の手を、先輩は引っ張り上げてくれました。
だから今更クーリングオフなんて出来ませーん! べー! です」
そう言ってシロちゃんは、いたずらが成功した子供のように笑いながら、軽く舌を出す。
そして、そのあまりに滅茶苦茶な言い分に、私は言葉を失っていた。
「だから先輩。笑っていてください、かっこいい先輩でいてください。
勝手なことを言っているのは分かっています。
でも、今の僕には先輩との約束しか死なずにいられる理由が無いんです。
だから、僕が生きていける希望を見つけるまで、先輩との約束に縋らせてください。
どうか、お願いします」
そんなこと言われて、どうすればいいのだろう……。
そもそも、この子の苦しみに気づけなかった私に、縋りつくこの子を支えることなんてできるのだろうか……。
助けてほしいと、手伝ってほしいと、お願いしてくるシロちゃんは笑っている。私のことを信じて、笑っている。
―――だが、その笑顔の中には、不安が見え隠れしていた。
シロちゃんが優しいから、断っても私に罪悪感を抱かせないようにしているんだろう。
だったらもう、仕方ないじゃないか……。
「分かった。ただし、私の約束は利子が高いんだから、早く返せるようにならないと許さないからね!」
「―――ッ! はいッ!!! いつか必ず、先輩が受け取れないぐらいのお返しをさせてもらいます!」
そう言って、シロちゃんは花が咲いたような明るい笑顔を見せる。
その顔を見て、私は決意した。
いつか必ず、この子がこんな風に笑えるように、笑顔のままで居られるように、私はこの子の先輩であり続けよう。
それは、私が新しく見つけた1つの希望になった。
◆
「あっ! 先輩、次の階に着きましたよ! 階数的に考えれば、たぶんこのフロアが最後の階だと思います」
そう言って、周囲を見まわすシロちゃんと同じように、新しいフロアに着いた私も周りを見渡す。
そこは、一言で言えば「ジャングル」だった。
今までずっと閉鎖空間の迷路だったのに対して、ここには道らしい道はなく、建物のなかとは思えないほど広く開放的だ。拡張された空間が広すぎて、天井が見えずに空になっている。太陽らしきものはないのに、晴天のような青空と生い茂る緑が1つの世界を形成していた。
おそらく、ここまで進んできたバトルピラミッドの中で、自然に最も近い環境だろう。
明るい場所に出たことで、少しだけ気分が晴れる。私は一度大きく伸びをして体をほぐすようにしてみるが、シロちゃんは相変わらず手足を拘束されているのでそのままだった。
「じゃあ、ウツロイド。護衛を一旦交代にするから、下に降ろして」
「……………」
シロちゃんが、一度ウツロイドを休ませるために拘束を解くように言うが、声を聴いたはずのウツロイドは触手を離す素振りを見せなかった。それどころか、逆に触手に力を入れているように見える。
「……ねぇ、またなの? なんで離してくれないの? ウツロイドだって疲れてるよね? 僕は大丈夫だから離してくれないかな?」
「……………」
シロちゃんは、若干困ったように再度ウツロイドに離すように言うが、やはりウツロイドは触手を離そうとはしない。それどころか――
「ッ!? ん゛――――ッ!? う゛ぐぅ――――ッ!?」
「べのめのん!」
シロちゃんの口に触手を突っ込んで、口を塞いだ。
「ちょっ――シロちゃん大丈夫ッ!?」
「ん゛ぐぅ――――ッ!!!」
驚きのあまり思わず私は声を掛けるが、シロちゃんは小さな口をウツロイドの触手で無理矢理広げられているせいで涙目になったまま、首をブンブンと横に振って くぐもった声を出すだけだった。
シロちゃんは ウツロイド の触手を噛まないように、なんとか口から出したいと何度も首を横に振っているが、一向に触手が離れる気配はない。
「べのめのん!」
「あー……」
そして一度、強く鳴いたウツロイドに、私は何となく言いたいことが分かってしまった。
『こっちより、自分の心配をしろ』
と、こんな感じだろう。
ラティアスも、ウツロイドも、カミツルギも、みんな基本的にはシロちゃんが第一優先だ。戦略的な命令ならともかく、気遣われて言われたところで聞いてくれないのだろう。
やり方は少し過激だけど、カミツルギに比べれば ウツロイド の方が全方向から守ることができるし、間違った判断とも言い切れない。シロちゃんがボロボロなのもあって、運ぶことのできない カミツルギ より、ウツロイドの方が適任だ。
そこで、ふと私は、現在の状況を再認識してしまった。
自身は、濡れていた服が乾いて少しよれてしまったものの、それ以外は怪我一つ無い状態だ。
そんな私の前には、ボロボロの服と傷だらけの状態でポケモンに口と手足を拘束され、涙目でイヤイヤと首を振っている、異性の小さな子がいる。
あれ? これハタから見たら、私がシロちゃんをポケモンで誘拐しようとしているように見えない?
写真でも撮られたら、私は社会的に死んじゃうよ?
チャンピオンの資格も剥奪されて…………いや、それはそこまで気にすることじゃないか。
意外かもしれないが、私はチャンピオンを続けられなくなることに関しては、割とすんなり諦められるように意識している。
ダンデさんから受け継いだ地位であり、ガラルの守護者としての誇りは当然ある。だが、チャンピオンとは移ろいゆくモノなのだ。
無敵のチャンピオンと言われていたダンデさんに、私が勝利して変わったように。
私もいつか、私より才能あふれた挑戦者が現れて敗れることは決して在り得なくはない。
負けるつもりなんて微塵もないが、このバトルフロンティアに来てから、自身より強いトレーナーが居るのは嫌というほど理解した。
そして私が敗北した時、私の意地で、よりガラルを安全にしてくれる存在に迷惑をかけてはならない。
だから、私はチャンピオンとしての誇りを持つと同時に、チャンピオンを手放さなければならないことを覚悟している。
故に、続けられなくなった時は仕方ないと割り切らなければならない。
私がチャンピオンに勝った時、負けたダンデさんが帽子で顔を隠した時に、どんな表情をしていたのか。今の私には分かる気がするし、私を祝福してくれた時の気持ちも理解できる。
チャンピオンとは、そういうモノなのだ。
だが、それとは別に今の状況はとても困る。
諦められるからと言って、諦めたいわけではないのだ。それも誤解によって辞めさせられるなんて、私を信じてチャンピオンを託してくれたダンデさんと、チャンピオンを目指している人たちすべてへの侮辱だ。
だが、こんな状況を知り合いにでも見られたりしたら、私の人として立場は最底辺にまで落ちることになるのは確実だろう。
そう改めて理解したら、このバトルフロンティアにマスコミなどが来れないことは、非常に有り難いことだと感謝した。
そんなことを思っていた時、ジャングルの奥からガサゴソと草をかき分ける音が聞こえてきた。
―――こんな時に野生のポケモンッ!?
そう思って視線を音がした方に向けると、そこには
「あれ? ユウリ、お前なんでこんなところに居るんだ?」
「ホップ!?」
草をかき分けてジャングルから出てきたのは、幼馴染のホップだった。
「ホップこそ、なんでこんなところに居るの!?」
「いや、なんか エニシダ って人にバトルフロンティアに招待されてな。少し前にこの階に来たんだけど、広すぎて迷ってたんだぞ」
そうだった……。
ホップだって分類としては『マルチ・トレーナー』という大きな才能を持っているし、一緒にムゲンダイナと戦ったり、ザマゼンタをゲットした凄腕のトレーナーだ。バトルフロンティアに招待されていたとしても、不思議なことではない。
そんな私のライバルであったホップは、視線を私の隣に、シロちゃんの方に向ける。
「それよりユウリ、これってどういう状況だ?」
「いやッ! 違うからッ! 誤解だからッ! そんな見たこともない目でこっちを見ないでッ!?」
知り合いに見られたくなかったと思っていた矢先に見られたことに嘆けばいいのか。
それとも、見られた相手が幼馴染であるホップだったから弁明できる機会があって良かったと思うべきなのか。
今まで決してしたことのない目をして引いているホップに、私は現状を正しく伝えられるように思考をまとめようとする。
その時だった。
「――ぷはっ 違います先輩ッ! 避けてくださいッ!!!」
「え?」
突然、シロちゃんから叫ぶように言われた言葉に、私は呆けてしまう。
そんな私を見たシロちゃんは、無理矢理ウツロイドの拘束を振り切ると、私の腕を掴んで思いっきり引っ張られた。
体重差の関係で、引っ張ったシロちゃんは私の居た場所と入れ替わるように位置を交換する。
突然どうしたの?
なんて思っていた私の目の前で
―――シロちゃんが空に突き飛ばされた。
そして私の目の前には、シロちゃんによって位置を入れ替えられる前にいた私の場所に『ストーンエッジ』によってできた巨大な岩が、天に向かってそびえ立っていた。
「ミュ~♪」
そんな声が聞こえた。
私の視界の端には、先程までホップが居た場所で、そこに居た幼馴染の代わりにピンクの宙に浮いているポケモンが楽しそうに はしゃいでいるのが見える。
……そうだ。ホップがここに居る訳がなかったのだ。
だってホップは、すでにポケモントレーナーを止めてポケモン博士を目指しているのに、ポケモントレーナーとして戦うバトルフロンティアに来る訳がなかった。
そんな分かり切っていたことなのに、動揺していた私は気づかなかったのだ。
―――ぴちゃっ
「ッ!? ―――シロちゃんッ!!!!!」
そんな軽い現実逃避から戻った私が叫んだのと
―――胸の中心に大穴を開けたシロちゃんの血が顔に掛かったのは、ほとんど同時だった。
主人公「(せんぱいを……まもれて……よかった……)」