バトルフロンティアが廃人の施設とか言った奴出てこい 作:麦わらぼうし
そんなのはゲームだけだ……。
ガラル地方におけるジムチャレンジにおいて、多くのトレーナーが挫折することになるのは、3番目のジムリーダーである炎ポケモンの使い手、カブさんとのバトルだった。
それはどうしてか?
3番目のジムが特別難しいから?
否、ジムチャレンジはガラルにおける最大のイベントである。バランス調整ができていないなど、全地方に対して恥を晒すようなモノだ。そもそも、1年に1度の行事であるのに調整が間に合わないなど、ジムリーダー以前にトレーナーとして落第点も良いところである。
では、なぜ多くのジムチャレンジャーがカブさんを突破できないのか?
その答えを、私はジムチャレンジ中に出会ったトレーナーと一緒にキャンプをしていた時に聞いていた。
「怖くて、もうバトルできないんです……」
そのトレーナーは、決して弱くはなかった。いや、ポケモンの育成能力も、バトルに対する知識も、予想外に対処する判断力も、全てが高水準に纏まっていた。
しかし、ただの一点。バトルフィールドに立ち続ける恐怖に、耐えることが出来なかったのだ。
ポケモンバトルは、ハッキリ言って危険な競技である。それは、伝説のポケモンでなくてもだ。
そこら辺を歩いているウールーでさえ、その強靭な脚力を急所に当てれば、人間はたやすく命を落とす。
1つ目の草タイプのジムでは、初めてジムに挑戦することもあり、興奮で感覚がマヒしているのだろう。
2つ目の水タイプのジムでは、ダイストリームによる雨で、技の影響力を目の当たりにして圧倒されるだろう。
そして、3つ目の炎タイプのジムでは、迫りくる巨大な炎と肌に感じる熱で、ようやく自身が置かれている場所に気が付き、心の弱いトレーナーは挫折するのだ。
恐怖とは、人から正常な思考力を奪い、肉体の行動能力を奪い、たやすく精神を破壊する。ある意味、ポケモンバトルを行う上において最も必要な才能は、この恐怖に打ち勝つことかもしれない。
だが、そのトレーナーの言葉を聞いた私は、正直その言葉の意味を理解することが出来なかった。
知識としては知っているし、頭では納得できる。だが、私は生まれつき身体が頑丈だったために、ポケモンバトルで恐怖というモノを感じたことが無かったのだ。
初めて、自分が死ぬかもしれないと思ったのは、ムゲンダイナとバトルをした時。
もしあの時、ホップが隣に居なかったら……。
もしあの時、ザシアンとザマゼンタが助けに来てくれなかったら……。
私も、恐怖で動けなくなっていたかもしれない。
そう、だからこそ―――
◆
「――くっ」
時の咆哮が、無限大のビームが、周囲に降り注ぐ。
ソレをなんとか、私は紙一重で回避した。
「待ってて……」
足に力を入れる。全身のバネを使い、迫りくる『死』の軌道を予測し、ただ1つのゴールに向かって突き進む。
「今、
どうしてポケモンを出さないのか?
どうして、こんな危険地帯を生身で突き進んでいるのか?
ポケモンの――それも『伝説』である ムゲンダイナ と ディアルガ の攻撃が入り乱れる空間で、自身のポケモンを出さずに、この身1つで突き進むなど自殺行為も良いところだろう……。
だが、私はこうしなくてはならなかった。
あの時の―――バトルピラミッドでシロちゃんに鉢合わせした時と、あまりにも状況が似ていたからだ。
目の前に居る私ではない私は、言っていることが支離滅裂だ。だがそれは、あの時のシロちゃんにとてもよく似ていた。
拒絶しながらも、助けを求めている。
諦めしながらも、救いを欲している。
そんな――あの時のシロちゃんと、目の前に居るダレカがどうしても重なって見えてしまっていたのだ。
………だったらもう、自身が取らなければならない行動は、1つしかないだろう。
「ッ―――つぅ……」
攻撃が掠っただけで身体中に激痛が走る。その程度で済んだ自分の頑丈さに感謝しつつ、私は足を止めない。
私が怪我を負ったことに気が付いたのか、懐に入れてあるモンスターボールが揺れる。
それは、何かあったときの為に連れて来ていた ムゲンダイナ と、ガラルからわざわざ送ってもらった ザシアン と バトレックス が入っているボールだ。
《余の力を持ってしても、揺らすことしか叶わないとはッ……》
ボールの中にいる王様から、念話から聞こえてくる。
―――どうやら、バトルピラミッドで ラティアス とバトルしていた時のように、機械の類が一切機能しなくなっているらしい。
その原因は目の前に居る私から向けられている、この殺意、敵意、悪意が煮詰まったような激しい怒りの感情の所為なのだろう。
以前は空間そのものに作用しているように感じたことから、場の状態を変化させているモノだと思っていた―――だが2回目となると、なんとなく仕組みが分かってくる。
これは、ポケモンの特性や技によるフィールドを支配する力ではない。
もっと、単純な――怒りによって感じる恐怖が引き起こしている現象なのだ。
恐怖とは、あらゆる機能を奪う。たとえ非生物であるレジ系のポケモンたちでも、恐がってしまえば動けなくなってしまうのだ。
ならばボールなどの機械が、恐怖で機能しなくなってしまうことは、決しておかしなことではない。
機械のポケモンが恐怖で動けないことと、本物の機械が恐怖で動けなくなることに、いったい何の違いがあるのか?
もちろん。自我のない機械に恐怖を感じさせるなどという、馬鹿げたことを実現させることが前提という。普通に考えれば、絶対に在り得ない事象だが。
目の前にいる私からは、それほどの怒りの感情が漏れ出ているのだ。
どうしてそれほどの怒りを抱かれているのか、私には全く分からない。でも、こういう相手には何を言っても無駄だ。だから一旦、落ち着いてもらわなくてはならない。
だが―――仮に王様たちをボールから出してバトルで勝利すれば、それで落ち着けるだろうか?
こちらを拒絶している相手に、その子のポケモンを傷つけて心開いてもらうことなどできるだろうか?
―――無理だろう
だからこそ、私は駆け出した。
「まだッ―――まだッ!」
無機物を恐怖させるほどの怒りが、私の身体に何倍もの重力を感じさせるような重さを感じさせる。
この時、かつては感じることしかできなかった『恐怖』という感情を、私は初めて理解した。
あぁ、恐い……。
身体が
こんな感覚、1度として味わいたくはない。2度目なんて絶対にゴメンだ。
「それッ! でもッ!」
怖いからなんだッ!? 恐いからなんだッ!?
「とど、いたッ!」
『ッ!? さ、触らないでくださいッ!』
降り注ぐ『死』の弾幕を掻い潜り、ようやくゴールに辿り着いた私に、その恐怖の根源は拒絶の意思を示す。
うるさい。お前の意思なんて関係あるかッ。
『離れろッ!』
「ぐふッ!」
抱き着いた私の
さいわいと言っていいか分からないが、ムゲンダイナ と ディアルガ による攻撃は、目の前に居る私に当てない為に止まっている。その代わり、足元に居るウールーがポフポフと音が出そうな弱い力で私の足に たいあたり をしていた。
『こッ! のぉッ!!』
「ぐッ――ッ」
抱き着いていた腕を万力のような力で掴まれる。そして、その腕を握る力は徐々に強くなっていった。
『離れなさいッ! じゃないと腕を折りますよッ!』
「イヤだッ!」
そう叫ぶと共に、更に濃密な殺意をぶつけられる。遠くからですら無機物を恐怖させるほどの怒りと殺意を、密着するほど距離で浴びているだけでも正直キツイのに、さらに強くなるなんてシャレにならない。
でも、だからと言って、この子をここで放す訳にはいかないんだッ!!
『――――――――――ッ!』
そんな離れる様子のない私を見て、目の前の私は握る力をさらに上げる。そして―――
―――――――――バキッ
「ッッッッッッッッッッ!!!!!!」
乾いた枝を踏んだような音が私の腕から鳴ると共に、とんでもない激痛によって目がチカチカする。それでも、何とか悲鳴だけは上げなかった。
《ユウリッ!?》
「だいッ―――じょうぶッ!」
ボール中から聞こえてきた王様の叫びに、私は心配させないように返事をする。
《大丈夫な訳あるかッ! 腕を折られたのだぞッ!?》
「このくらいッ―――なんッ! ともッ! ないッ!!!」
そうだ。これくらい、なんともない。
ただ、腕が痛いだけだ。ただ、汗が止まらないだけだ。
その程度のことで、私が諦める理由になんてならない。
『なッ!?』
折られた腕で私は更に抱き着く。それによって腕に激痛が走るが、そんなの知ったことじゃない。
「私は、あなたと戦いたくない」
優しく、穏やかに。何でもない、いつもの口調で、私は自分の気持ちを伝えた。
そう、私はこの子と戦いたくない。
こんな、シロちゃんみたいに、苦しんでいる子と戦うなんて絶対にお断りなのだ。
『っ―――! ふざけているんですかッ!?』
「ふざけてなんてない」
そう、ふざけてなんている訳ない。私は、自分がこうしたいから、しているだけ。自分のやったことは、全部自分の責任だ。だからこそ、私は常に自分が悔いを残さない選択を続ける。
仮に、ここでなんとか王様たちをボールから出して、この子を倒したとしよう。それがこの子を落ち着ける最善の方法だったと、私は自分に胸を張って言えるか?
何となく、ソレでは駄目だと思う。この子を落ち着けさせるのに、力で捻じ伏せるのは違う。そう感じたからこそ、私はこの方法を選んだだけだ。
『―――――――――――――――ッ!』
「……………………………………………」
そんな私の様子に、ただ小さく震えるだけで何もしてこない。そんな様子に、私も何もせず、ただ黙って優しく抱き着き続けた。
………………………………………………。
それで、どれくらい時間が経っただろうか? そう考えるぐらい、私たちは何もしないまま無言の時間が過ぎた。
そして―――
『どうして―――倒してくれないんですか……『私』も『俺』も、あなた達に倒されるために創られたのに……』
そんな言葉が、小さく聞こえてきた。
「あなたの事情なんて知らない。それなのに、敵かどうかも分からない相手にバトルさせるほど、私の仲間たちは安くないんだ」
私は聞こえてきた声に、そう答えた。
力ずくでしか解決できないことだって当然あるだろう。でも、なんの事情も分からないのに、この子が誰かも分からないのに、敵意を向けてきたからと言って力ずく以外の手段を捨てていいのか? そんな方法で解決できたとして、本当に満足できるのか?
私は、そうは思わない。ただ、それだけのこと。
「お願い。どうしてあなたが、そんなに怒っているのか。私に話して?
そうしないと私は、あなたを敵と思うこともできない」
《ユウリ……》
ボールの中から、王様の呆れたような声音が聞こえてくる。
分かっている。自分が無茶苦茶なことを言っているのは分かっているのだ。殺そうとしてくる相手に抵抗しないなど、正当防衛という言葉が何のためにあるのかというような考え方だ。
それでも、こんな―――明らかに、無理をしているように見える子に、私はそんなことは出来ない。さいわいなことに、私は身体が頑丈なのだ。この程度の事、どうということはない。
『もう………なんなんですか、あなたは……』
「ん~? 私はただのガラル地方チャンピオンで、シロちゃんの先輩で―――あなたみたいな子を放っておけない、頼りになるお姉さんだよ?」
『やめてください……『私』と同じ姿をしているあなたが言うと、こっちが恥ずかしいです』
「そう?」
何か恥ずかしく思うようなことを、私は言っただろうか?
「…………………………」
『…………………………』
そのまま無言の時間が過ぎる。相手が話してくれるまで、私は相手の顔を微笑む我慢比べを続けた。
「……………………………………………」
『……………………………………………』
「……………………………………………………………………………………」
『……………………………………………………………………………………あぁ、もう……』
そして、沈黙の果てに相手は声をこぼし始めた。
『……『私』は、あなたが嫌いです。たいした思いもないくせに、バトルが強かっただけでチャンピオンになった あなた が大嫌いです………………』
「え?」
その、あまりに予想外の言葉に、そんな声を漏らしてしまった。
だが、別に気にする程のことでもなかったので、私は思っていることをそのまま口に出すことにした
「うーん、そうだね。否定はしないよ。私は別に、チャンピオンになることに、そこまで強い思いを持ってジムチャレンジには挑んでなかったから」
しかし、その返答が気に入らなかったのか、目の前の私はキッとこちらを睨んでくる。
『その所為で、あなた よりも真剣にチャンピオンを目指していた人が―――ホップが諦める原因になったあなたが、大っ嫌いです!』
「は?」
そして、その次に出てきた言葉に、私は少しカチンときた。
「ちょっと、ふざけないでよ。私に負けたぐらいで、ホップが諦めた? 私の幼馴染をバカにしないでくれる?」
『なっ!? 負けた
驚愕後に怒りを向けてくる目の前の相手に対して、私も負けじと声を荒げてしまった。
「あなたが何を見てきたのか知らないけど、あなたの方が見てないでしょッ! ホップに勝って、悔しそうな顔をしていたのは見てるよッ! でも、それだけだったッ!?」
『ッ!?』
「私は、あなたが誰か分からないし、何を知っているのかも知らない……でも、これだけは言える。
私とバトルしたホップは、悔しさも何もかも全部のみ込んで、私に託したんだよ。
ホップだけじゃない。一緒にジムチャレンジをしたトレーナーたち、いろんな道具をくれた人たち、ただ頑張れって応援してくれた観客の人たち。
ガラルの全てから、私は託されたんだ。あなたの言う通り、初めはホップに誘われただけだった。
でも、今は違う。
私は、私をチャンピオンと認めてくれたガラルの人たちに恥じないチャンピオンになりたいって、そう思ったんだよ。
私のことを嫌うのは別にいいよ。でも、ガラルの人たちのことバカにするのは絶対に許さないッ!
特に、私にそんなチャンピオンになる切っ掛けをくれた。
そんなッ!
ホップの思いをッ!!
バカにするなぁあッ!!!」
『…………………………………』
気が付けば私は吠えるように叫んでいた。
目の前に居る私と同じ姿をした誰かは、そんな私に冷たい眼差しを向けていた。
『ホント……なんで、主人公って……』
そのまま、なんだか呆れるような声音で、そんな言葉が小さく呟かれた。
「………………………」
『………………………』
そのまま、また少しの間、無言の時間が過ぎる。
そして―――
『だったら……』
強い憎悪が宿った瞳で此方を睨みつけながら―――
『だったら、あの子
私以上に吠えるような叫びをあげた。
◆
「………………」
『……なんだよ。あんだけイキっといてアッサリと負けたのが、そんなに可笑しいか?』
ボロボロの姿で大の字に倒れている黒い少年に、同じ姿の少年は何も言わず無言を貫いていた。
『結局、どうあっても『運命』には勝てない、ってことか……チクショウ……』
「………………」
『……さっさと行けよ。お前を導いている『運命』さまは、お前をアイツらの場所まで連れて行く筈だ』
「………………」
『そのまま『運命』に導かれて、世界を救って、シナリオは終わり。もう、2度と『俺』の前に現れるな。クソッタレ……』
「………………」
ただただ悪態を吐き続ける黒い少年に応えることなく、同じ姿の少年は彼に背を向けて、先程までのバトルで壊れてしまった暗闇の空間を歩いて行った。
『……なにが「生きる伝説」だ…………ただの操り人形め』
そして少年の姿が見えなくなった頃、黒い少年は身体が徐々に透明になりながら、そう呟いた。
『なぁ『私』……『俺』たちが頑張った意味って、なんだったんだろうな……』
そんな誰にも届かない声を最後に、黒い少年は暗闇の中に消えて行った。
■■■■の ■■■との
勝負に 勝った!