無惨様しか美しく見えなくなった鬼狩りの恋   作:029

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第十一話 反撃

冬の足音が迫る深夜の森を抜けて、荒れた庭先に立つ。

無惨が運転する車に揺られること数時間。目的地は、知らなければ獣道と間違えそうな隘路を歩いた先にあった。

……こんな辺鄙な場所に別荘を建てるあたり、奥涯教授というのは確かに変わり者だったらしい。

 

帝大の医学教授が、個人的な研究に利用していたという別荘。教授が急死したために近々遺族が処分する予定だというここにやってきたのは――その別荘で、“青い彼岸花”の研究が行われていたという噂を耳にしたからである。

 

「今度こそ、見つかるといいね」

「……」

自分の前を行く黒いコートを羽織った背中に声をかけるも、返事はない。

千年間探し続けてそのすべてが空振りであった彼からすれば、この別荘も期待するに値しないということかと思ったが、玄関前の階段に差し掛かったとき、無惨がぽつりと言った。

 

「もし、ここにも無かったら……青い彼岸花は、もういい」

「えっ……?」

 

当惑に目を瞬いて、無惨を見上げる。

「ど、どうしたの? 太陽を克服するためには青い彼岸花が必要だって、そう言ってたじゃない?」

陽光にも灼かれない、完全な不死身となる。それは鬼舞辻無惨にとって、何よりも優先すべき目標ではなかったのか。

歩みを止めた無惨は、自身の心の内を探るように地面に視線を落として続ける。

「その筈なのだがな……また私の感情に“変化”が生じたらしい。青い彼岸花よりも、もっと欲しいものがあるような……」

「もっと欲しいもの……?」

変化を劣化だと言って嫌っていた無惨である。困惑を通り越して心配になりながら問いかけるも、鬼の始祖の横顔は静謐だった。

「よくわからん。だが、不思議と悪い気分ではない。むしろ今の私は――」

顔を上げた無惨が、微笑みを浮かべて私を見る。

悪戯めいた、けれど深い情愛を感じさせる眼差し。

 

「この千年間が、お前と出会うためにあったように感じるのだ」

「――」

 

私は赤くなった顔を両手で覆って俯いた。

「……卑怯でしょ、そんな不意打ち」

嬉しい。嬉しすぎて、照れ隠しに恨み言を零してしまう。

指の間から上目遣いで睨む私に愉快そうに肩を揺らしつつ、無惨が玄関のドアノブに手をかける。

 

――その瞬間、閃光と轟音が炸裂した。

 

 

 

…………いったい、なにが、おきた?

 

無惨が咄嗟に作りだしたらしい肉の繭に包まれて、混乱したまま、私は外界の音を拾う。

「無惨だ!! 鬼舞辻無惨だ!!」

「絶対に逃さない! 必ず倒す!!」

「これで私を追い詰めたつもりか!? 目障りな鬼狩り共!」

複数の人間の鳴き声と、無惨の怒声。

(鬼殺隊が……いるの……?)

衝撃波による痺れが残る腕で肉壁を押すと、思いの外あっさりと組織が崩れ、熱風が髪を巻き上げた。

 

天を焦がすほどの炎が、別荘も周囲の森もまとめて焼き尽くしている。

 

(これは、大量の爆薬で建物を吹き飛ばした……?)

驚きに鈍った頭が漸くそこまで思い至り、私は自分の迂闊さに臍を噛んだ。

「ごめん、無惨! 青い彼岸花の噂自体が罠だったなんて……!」

人里離れたこの別荘に鬼舞辻無惨を誘き出し、鬼殺隊の総力でもって叩く。そのために青い彼岸花の存在を仄めかす噂を密かにばら撒いていたのだろう。

噂の力で鬼殺隊を犯罪者集団に仕立て上げた自分としては、屈辱的なしっぺ返しだった。 

「気にするな。後が無い異常者共の悪あがきであることに変わりはない……見よ」

焼け焦げ、抉れた顔を再生させながら、無惨は手にした肉塊の頭を掲げてみせる。

 

爆発の直後に斬り掛かってきたらしい剣士は……首だけでありながら鬼の始祖を睨んで声を発した。

 

「お前、は……今日、必ず……地獄に堕ち、る……」

「今まで何百もの人間が私にその言葉を吐き散らかしたが、それが叶うことは決して無かった。気の毒なことだ」

嗤笑と共に剣士の首を握りつぶす。零れ落ちた肉片が、塵となって消滅していった。

周囲の焼け野原を見渡せば、無惨に薙ぎ払われたと思しき第一陣の攻撃者たちの体が散らばっている。そいつらの肉体も、切断面から組織が盛り上がり蠢いているのが見て取れた。

「隊士が、鬼になってる……!?」

「正確には違う。三百年以上前、鬼を喰うことにより一時的に鬼の体質となる剣士がいた。こやつらからは、それと同じ気配がする」

「鬼を!? そんな……いや、だとしたら鬼殺隊は、本気でこれを最後の戦いにするつもりで……」

ここ最近、鬼殺隊の活動は鈍かった。刀鍛冶の里が潰され、協力者とも連携がとれなくなったことで、組織の立て直しに腐心しているものと思っていたが、今日この日の為に準備を整えていたということか。

憎くてたまらない鬼の力に縋ってでも、鬼舞辻無惨を倒すために。

予想外の出来事の連続で麻痺していた感覚が、森の中から集結しつつある気配を捉える。そのすべてが人ではなく、さりとて鬼の気配とも異なる。柱を除く鬼殺隊の隊士全員――恐らくは隠も――戦闘力の底上げのために無惨の言う鬼喰いによって鬼擬きとなったのだ。

傷の治りも遅く失った手足が元に戻ることもない、それでも人を守るために鬼に立ち向かう鬼殺隊の矜持を捨て、一瞬で強くなる手段に頼るという邪道。そしてこれほど鬼に近い気配を宿している以上、もはや陽の光の下で生きることは叶うまいが――鬼舞辻無惨を夜明けまで日の差す場所に拘束し続けられたならそれで良いということか。

乾坤一擲。背水の陣。鬼の始祖を道連れに全滅する捨て身の戦法。

 

「いいだろう、望み通り鬼狩りは今宵残らずあの世に送ってやる――鳴女!」

 

無惨が呼ばわるのに答えて、足元の空間が開いた。

私を抱えて落下しながら、鬼の絶対的支配者は続けて命令を下す。

 

「十二鬼月を集結させろ! 全ての鬼狩りを無限城に落とし、皆殺しにするのだ!」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一ツ目の鬼が琵琶をかき鳴らす。撥を振るうたびに空間が歪み、建物の構造が複雑に変化する。

無限城に転移した後、私はこの鳴女という鬼の傍らに残された。

 

「この空間はあの鬼の血鬼術だ!あの鬼を殺せ!」

「横にいる人間が匂坂か……!?」

「裏切り者め! 覚悟ォ!」

 

無限城に落とされた隊士たちは、彼女の血鬼術によって分断され、それぞれ別の場所で鬼と交戦しているようだ。

時折私達のいる場所にも隊士がたどり着くものの、斬りかかろうと接近するたびに変形する建物に潰され、あるいは別の場所に転移させられる。

(私、やることないな)

鬼舞辻無惨はどう考えても誰かを守って戦うなんて芸当ができる性情ではないから、敵を近づけさせないという、防御面では随一の血鬼術を使う鬼の元に私を置いて行くのは適切な判断だが。

自分が拾ってきた噂が彼を危険に晒す結果になった挙げ句、戦いの蚊帳の外に置かれている現状は、曲がりなりにも剣を執ってきた身として情けない。

……そんな不満の奥から、元鬼殺隊としての私が、かそけき声で囁きかけてきた。

 

――「何かおかしい、油断するな」

 

鬼殺隊の狙いは、鬼舞辻無惨を夜明けまで拘束し、陽光で灼き殺すこと。であれば、戦場がこの無限城に移された時点でその目論見は潰えているはず。

しかし、見えずとも肌で感じる戦いの空気に、失意や落胆といったものは微塵も無かった。

鬼をこの世から屠り去るまで百世不磨を誓う鬼殺隊が、敵わずとも一矢報いたい、などという生ぬるい了見とは思えない。

たとえ針の先ほどに僅かな可能性だとしても、未だ勝ち筋が存在するはずなのだ、この光差さぬ異空間の中にあっても……

「――――ッ!」

 

そこまで思い至った刹那、私は琵琶鬼の横の空間を抜き打ちで切り払った。

 

盲滅法に薙いだ日輪刀の切っ先に、微かな手応え。紙のようなものが、両断されてはらりと落ちる。

「!? くそっ……!」

無念げな呻きと共に、鳴女に忍び寄っていた肉塊が姿を現した。

 

無惨の配下の鬼とも鬼擬きとも違う気配。――コレには、一度会ったことがある。

 

「愈史郎さん、ですよね? お久しぶりです、珠世さんは元気?」

「……匂坂、真実ィ……!」

地獄の鬼もかくやといった底無しの憎悪の声が私の名を呼ぶ。

「お前だな……!」

「何がです?」

質問の意味を判じかねて首を傾げると、肉塊はより一層殺意を膨れ上がらせた。

「俺たちの情報を鬼舞辻に売ったのは、お前だろう!!」

「……ああ、たしかに、鬼殺隊には報告しないと約束しましたが、他ではうっかり口を滑らせちゃいましたね」

当時はまだ“月彦さん”が鬼舞辻無惨だと確信していたわけではないが、もしそうだった場合、居所を知られた彼らがどうなるか、考えなかったわけではない。けれど、ただ血を売る取引をしただけの肉塊の命運に興味など無かった。

むしろ、彼が鬼舞辻無惨だった場合、裏切り者の隠れ場所を教えたら喜んでもらえる――という期待が心の何処かにあったから、雑談で「売血に行った先の医者が鬼だった」なんて話したのだと今はわかる。

こうして思い返せば、私はかなり早い段階から、偽りの“月彦”ではなく鬼舞辻無惨という存在に惚れ込んでいたのだ。

そのことに面映い思いを抱きながら、愈史郎に語りかける。

「じゃあ珠世さんは、もう死んでるんですか? たしかにこんなやり方、彼女らしくないですよね」

あの女性とはほんの短いやりとりであったが、人でなくなることは辛く苦しいと捉えていたようだ。彼女が、無惨を倒すためとはいえ、鬼殺隊全員が鬼擬きとなるなどという戦法を肯定するとは考えられない。

この状況は、珠世を失った愈史郎が途方も無い執念で作り上げたもの。

本来数百年に一人の特異体質である鬼喰いの能力を付与する薬を開発し、鬼殺隊の隊士に行き渡らせる。

そして鬼擬きたちを陽動に、愈史郎が姿を隠す血鬼術で鳴女に近づき、彼女の頭を乗っ取る――というのが、鬼殺隊の策だったのだろう。

 

(……やらせるものか)

 

「お前のせいだ……お前のせいで珠世様は……」

動揺を誘うつもりで珠世の名前を出したが、効果は期待以上だった。

ぶつぶつと呟く声を聞けば、女神のように慕い崇めていた女性の死が、彼にとってどれほどの絶望だったのか、聴覚の狂った私にも伝わってくる。

 

「私のせいじゃありませんよ。あの日、血を売った帰り道で、私を殺さなかった愈史郎さんのせいです」

 

その絶望に、私は全力で毒を塗り込むことにした。

 

「な――何だと?」

「本気で自分たちの居所を隠したいなら、私が口でなんと約束しようが殺すべきだったと言ってるんです。それとも、人を殺して珠世さんに嫌われるのがイヤだった? 好きな人を守るためなら、自分の手を汚すなんて何でもないことでしょうに……愈史郎さん、あなたの想いってその程度だったんですね」

「黙れ……!」

「あーあ、がっかり。私、あの時の愈史郎さんの言葉に感動したんですよ。誰かを好きになるのに良いも悪いもないって、自分が代わりに地獄に堕ちてやるって、あの言葉に勇気づけられて今の私があるのに、珠世さんを守れなか――」

「黙れ、黙れ黙れ黙れえぇぇえぇぇぇーーッ」

「あは……!」

咆哮する愈史郎から琵琶鬼を背後に庇い、右足を引いた脇構えの姿勢になる。

 

今目の前にいる鬼は、この戦いの扇の要。彼が鳴女を乗っ取り、鬼舞辻無惨を配下の鬼とも分断して地上に排出すれば、極小ながら鬼殺隊に勝利の可能性が出てくる。だが愈史郎を殺せば、今度こそ鬼殺隊の勝ち目は零だ。

 

無惨に、青い彼岸花はもういらないと言われた。ならば代わりに敵の血華を咲かせて彼に捧げよう。

 

「俺から珠世様を奪ったこと、後悔して跪け……!!」

「すぐに珠世さんのところへ送ってあげる!」

 

 

 

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