イッシュ地方・ホドモエシティにある、ヤーコンロード。
そこはあまりにも奥が深い鉱山で、どれだけ先へと歩いても地底というものは見えない。
ただ、地底はないに等しいものの、行き止まりならばある。
行き止まりには、不思議な扉があった。しかしそれは、どのような手段を用いても開けない、いわば開かずの扉であった。
その扉の前にひとり、青年が呆然と佇んでいた。
「こんな所に、扉があったなんてな……」
あっけらかんとした様子で青年は呟く。
誰も行き止まりに扉があるとは思うまい、と内心で続けた。
調べようと青年が一歩、地面を踏みつけた刹那、カチリという音が鳴る。
すると、地響きが青年の耳に入り、彼は身の毛をよだたせた。
扉の奥に何かがいる! と直感が囁き、背から今まで出したことがないほどの冷や汗が出ていることを感じる。
ホウエン地方で戦ったチャンピオン・ダイゴ、イッシュリーグの決勝戦で自身を打ち負かした、ダークライ使いのトレーナー。みな非常に強かった。
そんな数多の強者と戦ってきた青年だが、今、自身を取り巻いている空気はそれらを凌駕している。
緊張しているはずなのに、青年の足は自然と扉に歩んでいた。
そして彼は、開かずの扉を開いた。
扉を開いた先にいたのは、岩塊のような巨人――即ち、ポケモン。
青年にとっては見たことのないポケモンだった。
顔部分に点字が刻まれており、それがさらに無機質さを醸し出す。
その無機質な点字が、光を纏う。
途端に、まるで機械が起動したような音を上げ、巨人が動き出した。
岩塊の巨人は点字を点滅させながら、青年のほうを見向く。
そして、腕に球状の電磁を顕現させ、放った。
「うおっ!? あっぶねぇ!」
寸でのところで回避したものの、直撃すれば間違いなく青年の命を刈り取るほどの破壊力。
それをほぼ予備動作、チャージなしでこのポケモンは放ってきたのだ。
「こいつはヤベェな……! だけど、ここで捕まえる!」
青年はそう宣言すると共に、自らのポケモンが内蔵されているモンスターボールを手に取る。
右腕を翳し、それを宙に放り投げる。
「行くぜ、ワルビアル!」
青年の手から放たれたモンスターボールが開き、青色の光が飛び出る。
その光は深紅の体躯を持つ、ワニのポケモン――ワルビアルとなり、地を揺らすほどの咆哮をあげる。
これこそが、ポケモンを繰り出す、ということだ。
「ワルビアル、『あなをほる』!」
繰り出してから間を与えず、青年はワルビアルに「技」の指示をする。
ワルビアルはそれに応え、地面を両腕の爪で掘り、地中に潜り込む。
あの岩で造られた巨人の隙を突き、一気に倒す、という戦法を採ったのだ。
この戦法はいい一手だろう。通常のポケモンであれば、為す術もなく倒されることだ。
そう、
巨人が地面に向かって右腕を振り下ろした刹那だった。先述の戦法が家を倒壊させたように、崩れ落ちたのは。
青年は一時的に何が起こったのか分からず、思考を停めてしまう。
それからハッと気付く。いや、気付いてしまった。
自慢のポケモンの一体であるワルビアルが地面から飛び出し、瀕死の傷を負っていたことに。
なんて強さだ、と脳内を逡巡する言葉が青年の恐怖心と闘争心の両方を煽る。
負けてしまう、という恐怖心と、なおさら挑み甲斐がある、という闘争心。
それらの感情がさらに、青年の本領を引き出した。
「ワルビアル、すまん。戻れ」
ワルビアルに赤光を当て、モンスターボールに引き戻し、それとは違う、もう一つのモンスターボールを取り出す。
本気の本気で行くっきゃない――!
青年は胸中にその想いを浮かべて、放った。
「メタグロス、いっけぇっ!」
この場に出されたポケモンは、青銅のようなもので身体が構成されている、堅牢な四本足の生命体――メタグロス。
「『しねんのずつき』!」
ワルビアルの時のように間髪入れずに指示を発する青年。
それにメタグロスは即座に対応し、紫色の念波を胴体に纏わせ、巨人に突貫する。
その一撃は確かに巨人の岩肌に直撃した。
しかし、巨人にはまったく損傷はなく、むしろメタグロスを軽々と受け止めていた。
メタグロスを受け止めている腕の力がだんだんと強くなっていく。
まずい、と瞬時に状況を把握し、青年は次の技名を告げた。
「『コメットパンチ』で脱出するんだ!」
その言葉を認識して、メタグロスは白銀に煌めく足を巨人に振り下ろした。
すると、効果が抜群だったことも相まって、巨人はメタグロスを手放し、一歩だけ後退する。
「続けて『バレットパンチ』だ!」
これを好機と見たか、青年はさらに紡ぐ。
メタグロスは再び足を煌めかせ、弾丸の如く鋭い連撃を巨人に浴びせた。
それらは巨人にかなりの痛撃を与えており、一撃一撃を喰らう度に巨人はのけぞる。
だが、巨人も負けじと青年に撃ち放った技――『でんじほう』を繰り出した。
躱せ! という青年の指示が洞窟内に響き渡り、メタグロスもそれに合わせ、『でんじほう』を回避する。
「これでとどめだ! 『コメットパンチ』!」
青年から紡がれた言葉に応え、足を白銀の拳と化し、メタグロスは豪速で巨人に向かっていく。
しかし、それは巨人に届かなかった。
次に青年が目の当たりにしたのは、下から湧き出た巨大な岩石に突き飛ばされ、倒れ伏したメタグロスであった。
それは一瞬の出来事だった。
――まさか、『ストーンエッジ』か!?
巨大な岩石を一瞥したのち、青年は巨人のほうに首を向ける。
すると青年の予想通り、やはり巨人は地に腕を振りかざしていた。
「……今まで戦ってきた相手の中で、ホウエン地方のチャンピオン・ダイゴの次に手強いな、お前」
青年はメタグロスをボールに戻しながら巨人に語り掛け、宣言する。
「――だけど、必ず、勝つっ!」
その言葉を紡ぎ出した刹那、モンスターボールを投げた。
それから繰り出されたのは、翡翠のトカゲのようなポケモン――ジュカインだった。
ジュカインは巨人と対峙し睨む。
「『リーフブレード』で足を挫け!」
その途端、ジュカインは目視できないほどの速さで巨人に駆け寄り、動きを捕捉される前に足を両腕の刃で斬った。
巨人は足に一撃を喰らったため、動けない。
「これで終わりだ! 『リーフブレード』ォォォッ!!」
刹那、ジュカインの刃が巨人の躯体を斬り伏せた。
巨人は今の一撃で力尽きたのか、点字の光が徐々に薄れゆく。
それを見た青年は、空のモンスターボールを手にし、巨人に投げた。
ボールは巨人を収納したのち、カチリ、という音を立ててその場に留まる。
「……よしっ!」
拳を握りしめて、最大限の喜色を表す青年。
そして、「ありがとうな」とジュカインに労りの言葉をかけ、ボールに戻す。
改めて青年は、巨人を捕獲したボールを手に、ポケモン図鑑を翳した。
『レジロック。いわやまポケモン。全身が岩で構成されている』
「レジロック、っていうんだな。んじゃ、改めて俺の名前は――」
――ミユキだ! よろしくな、レジロック!
青年――ミユキの声が、響いた。
レジアイスを出したい……。