『ペンタス』
森の中を少女が歩いている。手荷物や背負い籠を持たない軽装を見るに、森の実りの恩恵に与ろうというわけではないようだ。
幼い外見も相まって、一見すると迷子か何かのように見えるが、その足取りに不安や迷いは無く、はっきりとした目的があって森を進んでいるのが分かる。
「……ふぅ。そろそろ休憩しましょうか」
少女はしばらく黙々と歩みを進めていたが、ふとぽつりと呟き、手近な木にもたれかかった。
「もうすぐ博麗神社に着くんですね。……なんだか緊張してきちゃいました」
苦笑気味に不安を漏らす。彼女が歩く道は、幻想郷の守護者である博麗の巫女が住む博麗神社へ続いている。
博麗の巫女に会うために家を飛び出し長旅をしてきた彼女だが、いざ目的地に辿り着くとなると逆に緊張してくる。ちゃんと話を聞いてもらえるだろうか、問答無用で追い返されたらどうしようか。最悪、人でないからと退治されてしまうかもしれない。
「うぅ、今になって怖くなってきました。博麗の巫女さん、いい人だといいんですが……」
一度不安に思ってしまうと、途端に嫌な可能性を何通りも思い浮かべてしまう。木陰越しの空を仰ぎながらどうしようどうしようと渋面で唸っていたが、唐突に表情を変えると、悩みを振り払うように顔をブンブンと振った。
「そうですよね、ここで悩んでいても仕方がありません。私がみんなを助けるんです!」
決意を込めてガッツポーズ。勇み足で道を進んでいくが、一歩二歩と、歩を重ねるごとに、意に反するようにみるみる足取りが重くなっていく。
「うっ。そういえば、まだ休憩の途中でしたね。ま、まあ、ここまで無理なく来たんですから、今更無理は禁物ですよね。はい、もう少し
誰かへの返事のようにそう言うと、少女の他には誰もいないのに、まるで誰かと話しているように喋り始めた。
たった一人で森の中にいる彼女のその
くさむらに笑みを向ける少女の顔には、目隠しのように包帯が巻かれていた。
…
「霊夢ー、なんか依頼来てないのか?」
「ないわよ。平和でいいことね」
ある日の昼下がり。博麗神社の境内で、白黒の少女と紅白の少女が話している。そのうちの一人、博麗神社の主である紅白の独特な意匠の巫女服を着た少女、博麗霊夢は暇を謳歌していた。
「ちぇ、退屈だぜ」
大きなリボンの付いた黒い三角帽に、黒い服の上から白いエプロンドレスを着たいかにも魔法使いといった風体の少女、霧雨魔理沙の不満気な様子に、霊夢は思わずため息を吐いた。
暇だと嘆いているが、別に暇自体は悪い事ではない。妖怪退治・異変解決を生業としている彼女が暇というのは、それだけ幻想郷が平和な証拠だ。知り合いの魔法使いが退屈しのぎに絡んでくるのに目をつぶれば平和なのはいい事だと霊夢は思う。楽だし。
しかし、博麗の巫女としてはそれでいいが、神社の巫女としては、暇というものは到底度し難いものだった。
「いや、いいって言ってもさ、ここ最近ずっと妖怪退治してないだろ。……お前も結構、溜まってるんじゃないのか?」
「残念だけど、お賽銭と同じく何も溜まってないわよ」
そう、参拝客が来ないのだ。
本日はお日柄もよく快晴である。初夏を迎えた幻想郷の空は晴れ渡り雲ひとつない。陽射しは少し暑く夏の訪れを予感させるが、むしろ穏やかな風を爽やかな心地よいものに思わせてくれる程よい熱気と言えるだろう。
こんな天気のいい日は、外に出掛けるには、特に神社にお賽銭をお供えするには、正にぴったりな日だと霊夢は自信を持って言い切れる。
だというのに、やっぱり参拝者は訪れない。
まあ、思い当たる理由はいくつかある。神社への道に鬱蒼と茂る森が鎮座しているからだとか、道中に妖怪が出るからだとか、巫女も正体をよく知っていない神に御利益を感じられないからだとか。
そもそも神社でなく宴会場とでも思われているかもしれないし、なんならその全てが原因かもしれない。
唯一いる暇な魔法使いは参拝客ではなくただの暇人だし、たまに遊びにやって来る妖怪たちと違ってお土産の食べ物や酒も持ち込んできていない。賽銭の一つや二つもあれば話は違うが、それすらない魔理沙を歓迎することはない。土産なき知り合いに礼儀は不要なのだ。
何にせよ、霊夢からすれば困った話だった。
「そりゃあ確かに残念だ。にしても本当に暇だなあ、異変のひとつでも起きたらいいのに」
うだうだとしながら不吉なことを言い出す魔理沙に霊夢は顔をしかめた。言霊というものがあるのを分かっていて言っているのが厄介だ。
「縁起でもないこと言ってんじゃないわよ…そんなに暇ならほら、掃除してよ。善行積みなさい」
既に口をついて出てしまったので手遅れな気もするが、諦め気味に咎めておく。これで面倒ごとが起きたら魔理沙のせいだとうんざりしながら、霊夢は鳥居に立てかけてあった魔理沙の箒を指さした。
やることがないなら神社にご奉仕しろという意味で言ったのだが、魔法使いの箒は掃除用具じゃないぜ!といちゃもんを付けられる。相手をするのも面倒なので、渋々と奥の倉庫に竹箒を取りに行こうとした時、鳥居の方向を見ていた魔理沙が声を上げた。
「おっ」
「ん、どうしたの?」
釣られて振り向いた霊夢は、鳥居の方から一人の少女が訪れてきたのを見た。
コツ…コツ…
その少女の第一印象は緑だった。ところどころに差し色が混ざってはいるが、着ている服も被る大きな帽子も、肩にかけたウエストポーチや目を覆うように巻かれた包帯すらも、大体の主色が緑色だ。唯一彼女がついている白い杖だけが緑色で無く、それが逆に異彩を放っている。
杖をついていて、目に包帯を巻いている。外見通りに捉えるなら、あの少女は目が見えないのだろう。だが、その割には足取りに迷いはなく、まっすぐと鳥居をくぐって自分たちのいる方、つまりは境内へと進んできている。連れ添いはいないようなので、どうやら一人で神社まで来たらしい。
どうやら来客のようなので、応対しようと少女の方に体を向ける。通り過ごされて気まずい気持ちになるのは嫌なので声をかけて制止しようとしたが、すれ違うまで数歩というところで少女が足を止めた。どうやら要らない心配だったようだ。
目の前の少女の容姿を改めて見る。
とにかく帽子がでかい。でかい上に、見慣れない丸い形をしている。人里でこんな帽子を被る人を見た事はないし、知り合いにも同じことが言える。
帽子にちょこんと飾られている二つの葉っぱはやけに瑞々しく、飾り用の作り物ではなくまるで本物の植物に見える。
「あ、あの」
次に目につくのは、目を覆う包帯と手についている杖だろう。若葉色の包帯は薬屋や竹林からの薬売りの行商では見かけない代物で、まさか単なるお洒落なのかと少しだけ疑うが、外では目によくないものをもらってしまった人は白い杖を使うのだと、競合相手である山の神社の巫女が言っていた覚えがある。
彼女もそうなのかは分からないが、わざわざ目を隠して有益な事もないので、恐らくは
「えぇと……」
体格は小柄だ。背丈は自分の肩に届かないくらいだろうし、体の線も細い。紅い館の吸血鬼といい勝負だろう。
「おい……おい、霊夢」
何となく、この少女は人間では無さそうだと感じた。この幻想郷で人間で無ければ、大概は妖怪だろう。あくまで予想でしか無いので断定はしない。
妖怪であるならば、盲目というのは珍しい。妖怪は再生能力が高いので、人間では治らない傷や欠損を負っても安静にしていれば大概は治るのだ。初めて見るというわけでもないが。
恐らく生まれつき目が見えないのだろうが、目の前で足を止めたり、今もこちらに顔を向けていたりと、少女はこちらを認識出来ているようにも思える。何かしらの手段で見えない分を補っているのだろう。
「……」
そういえば、この少女の服装にはどこか見覚えがある気がする。さすがに緑一色は色々と無いが、ワンピースにロングスカートを布帯で締め、上からケープを羽織る。
こんな感じの着こなしを、どこかで見たような……
「霊夢!」
魔理沙の大声にハッとする。しまった、客の前で思いきり考え込んでしまっていた。慌てて意識を引き戻すと、少女が困惑していた。そりゃそうだ、申し訳なくなりながら誤魔化しを入れる。
「ごめん。ちょっと考え事をしてて。えっと、何かしら」
「い、いえ……あの、博麗神社って、ここで合ってますか?」
「ええ、そうだけど」
軽く謝罪をすると、苦笑してはいるがあまり気にしていないようなので内心ほっとする。地理に疎いためだろう問いに肯定を返すと、少女は困惑を霧散させ、無邪気に喜びを見せた。
「そうなんですか!やった!やっと着いたー!あ、とりあえずお参りして行ってもいいですか?」
少女はなんと、お参りをしてもいいかと聞いてきた。お参りというのはつまり参拝の事で、つまり少女は久しぶりの参拝客という事だ。
頰が緩む。大方自分に用があって、参拝はあくまでそのついでなのだろうが、そんなのは関係ない。もちろん人妖も関係ない。賽銭が入るなら大歓迎だ。
「えー、こんな神社やめといた方が「もっちろん!ささっ、こちらへどうぞー」あだだ、いきなり殴るなよなー」
やめとけやめとけと会話に割り込もうとする魔理沙をウキウキ気分のままどついてどかす。大袈裟に痛がる魔理沙を尻目に、突如響いた鈍い打撃音に首を傾げている少女に手を差し出す。
「じゃ、いらっしゃい」
「はい、よろしくお願いします!」
手を握り、ありがとうございます!とにっこり笑顔を向けてくる少女。伸ばした手をスカさなかったあたり、やっぱり何か視覚の代わりになるものがありそうだが、まあどうでもいい。今は賽銭だ賽銭。
ゆっくりと、少女を博麗神社が誇る素敵な賽銭箱の前まで連れて行く。途中で階段があるので注意をしたが、つまずかずに上がっていたので不要な心配だったようだ。
一応参拝の補助が必要か尋ねたが、大丈夫ですと断られたので後ろに下がった。
さて、いくら入れていってくれるか。最近カツカツだから多めだと助かるなあ、でも目が見えない妖怪の女の子じゃあまり期待は出来ないかなあ。
そんな不埒な事を考えながら背中を強視していると、少女が怪訝そうにこちらを振り返ってきた。
「ん、どうかしたの?」
「いえ、その……強めな視線を感じるんですが、何かしてしまいましたか?」
「あ、ごめんごめん。気にしないでね」
確かに見守るというより、睨むと言った方が正しいくらい視線を強くしすぎた。魔理沙の責めるような視線を受け流しつつ、さっきより優しい視線を意識して参拝の様子を眺める。
「えっと確か、ご縁がありますようにって入れるんだよね…」
懐をごそごそとまさぐりながら漏らした言葉に思わず舌打ちする。合ってるには合ってるが、もう少し色を付けてほしいのが正直なところだ。具体的には10倍、いや5倍くらいは恵んでいってほしい。責める視線が強くなったのを感じる。無視。
舌打ちが聞こえてしまったのか少女が振り向くが、少しすると気のせいだと思ってくれたようで再三賽銭箱に向き合う。懐から5円玉を取り出し、賽銭箱に投じた後に二礼二拍一礼する。
「幻想郷の全ての植物が、元気でありますように……」
少女の願いに、思わずたった5円でスケールの大きい願い事をするなあと思ってしまった。すると、少女が振り向いてきた。眉を下げているので多分困っているんだと思う。
どうやら声に出てしまっていたらしい、いやあうっかりうっかり。責める視線に哀れみが混じった。無視無視。
「えっと、あの、や、やっぱりちょっと少なかったですか?」
少女がおずおずと聞いてくる。これは押せばひょっとしたらお賽銭が増えるかもしれない。期待を込めてアドバイスを送る。
「そ、そうね~。もうちょっとあげたら、神様もやる気出してくれるかも?」
「お前、さいってーだな……」
何も聞こえない。耳も心も痛くなってきたが、自分をなじっているのが、宴会のたびに酒を浴びるように飲んで後始末を放棄する迷惑な魔法使いなのだと思うと罪悪感が薄れていく。
それはそれとして、盲目少女に高額賽銭を強請ろうとしているのは間違いないのだが。
霊夢が自分に言い訳をしている間、少女は立ち往生してどうすればいいか迷っている様子だったが、何かを決心したように顔を上げた。
「そうだよね……皆を助けるためだもん」
そう言って、少女は懐にあるだけの紙幣を全て取り出した。
……ちょっと待て、あれいくつだ。ひい、ふう、みい、よお…
「えぇっ!?そんなに貰っちゃ流石に申し訳「えいっ」あっ……」
ぜ、全部入れちゃった。合計いくらかは分かんないけど、全部万札だったような……
「これで、神様はお願い聞いてくれるでしょうか?」
まだ足りないと思っているのか、少女が不安そうに尋ねてくる。こう言うのは失礼だが、包帯で顔が隠れていて良かったと思う。罪悪感で少女の顔を直視出来ない。
一転してニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる魔理沙を後でしばこうと胸に誓いながら、しどろもどろと少女に相対する。
「えーっと、あぁー……よ、よし!キャッ……せっかくお参りしてくれたんだし、私が少しお話聞いてあげようかな!」
「わっ、ほんとですか!?」
「まぁー仕事のうちだから。さ、上がって上がって。お茶でも出すから」
そう言って、多分目を輝かせているだろう彼女の手を取る。いつもだったら億劫なところだが、あれだけ貰っておいてはいさようならはいくらなんでも寝覚めが悪すぎた。
しれっと先に中に入っていった魔理沙に何度目かの溜息を漏らしながら、霊夢は見知らぬ盲目の少女を連れて、神社の中へと入って行った。
幻想コソコソ噂話
作者はこの作品の題名を四回変えてまだ確定出来ていない。
追記:決まりました。現在の題名で確定します