大変失礼な話だが、霊夢は来客のグレードに合わせて接待の質に格差を設けている。その中でも、勝手知ったる魔法使いなんかには何番煎じかも分からない茶葉すら出してやるのが惜しいくらいだが、今回は話が違った。
戸棚の最奥、劣化しないように大切に保管してある茶葉を取り出し、一人で味わうつもりだった取っときの茶菓子まで準備した霊夢は、居間に待たせている客人のもとへ向かった。
「お〜、やっと来たか〜」
「ま、魔理沙さん、そんな言い方したら失礼ですよ」
ちゃぶ台の前に並んで座っていたうち、客じゃない方がこちらに気付くと、ひらひらと手を振り、労いでもない言葉を送ってきた。お客の少女の苦言も意にも介さず、早く茶を出せと強請ってくる。というかもう少女に名乗ったのか。手早いというかなんというか。
「はいはい、粗茶ですがどうぞ」
高級品である。
律儀に座布団の上で正座している少女と、客じゃないのに居座るあぐらの魔法使いにお茶を注いだ。
「ありがとうございます。……ぷはぁ、おいしいです。お茶」
「それは良かったわ」
目が見えないはずの少女は、やはり茶托から湯のみを手に取ると、茶を吐息で何回か冷やしてから、ズズッと飲んで笑顔を見せた。一連の所作に淀みが無い事にもはや驚きもせず、勝手に二杯目を淹れようとする魔理沙を制しながら、少女に問いを投げかけた。
「それで、どうしてこの神社に?あのお願いのためだけに来たってわけじゃなさそうだけど」
全ての植物が元気でいてほしい、だったか。もうすぐ夏も本格的に始まる。そうすれば嫌でも植物ははびこるだろうし、幻想郷の住人は草刈りで面倒くさい思いをさせられるだろう。それをわざわざ願いに来るというのは少し過剰に思う。
自然が好きというならまあ分からなくもないが、だからと言って大枚をはたく程切羽詰まった願いでもないはずだ。恐らくは、彼女が住んでいる地域で何かがあったんだろう。言葉を待っていると、彼女が口を開いた。
「はい。……あ、その前に、すっかり忘れてましたが、自己紹介してもいいですか?」
言われてみれば、この少女の名前を知らない事に気が付く。正直に言ってしまえば、名前を知らずとも別に困らないが、逆に知って不都合があるわけでもない。
どうぞと言って促すと、少女は居住まいを正して自己紹介を始めた。
「では、改めて。
ペコリと小さくお辞儀する少女、葉の被る帽子の飾り葉が揺れるのを見て、名は体を表すを地で行っているものだとしみじみ思った。シンプルだが、分かりやすくて覚えやすい、いい名前だ。
「葉ね。私は博麗霊夢。よろしく」
「さっきも言ったが霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。よろしくな!」
同じように自己紹介をすると、何やら葉が驚いて見せる。
「博麗霊夢、さん…」
「ん?どしたの?」
「あ、いえ…。えっと、博麗さんは、異変を解決する巫女さん、ですか?」
間違ってないとはいえ、少し抵抗のある認識だ。祀っている神様の名前も知らないが、私は神社の巫女であって、異変解決はあくまで副業だ。そう思いたい。しかし、そんなことを葉に言っても仕方ない。
「霊夢でいいわ。確かに異変が起きたら解決してるけど?」
「私は魔理沙でいいぜ。ちなみに、私も異変解決を趣味でやっている」
「え、えっと、…じゃあ、霊夢さんと魔理沙さんで」
別にどちらでも構わない。今までの態度からも思っていたが、丁寧な話し方が彼女の常用語らしい。さん付けを選ぶのも、その方が言いやすいからだろう。
「で、どうしてこの神社まで?」
「それが……私の住んでいたあたりの植物が、みんな元気がなくなってしまって」
自己紹介もひと段落したところで改めて事情を尋ねると、やはり葉の住む地域で何かがあったらしい。
「冬にはまだ遠いぜ?というかもうすぐ暑くなるだろ」
「元気がないっていうのは、枯れちゃったりとかするってこと?」
「冬も植物は元気ですよ?寒さに耐えられるように大人しくしてるだけです。元気がなくなるっていうのは、枯れるのもそうなんですが、見た目はいつもと変わらないのに話す気力がなかったり……とにかく、元気がないって感じなんです」
ぱっと思い付いた事を尋ねると、葉は答えを返してはいるが、言いあぐねているというか、どう言葉にすればいいか分からないという風だった。
ひとまず気になるのは、話す気力という言葉。植物が喋ったりするなんて聞いたことがない。魔理沙も同じことを疑問に思ったようで、葉にどういうことかと尋ねている。
「話す気力?植物って話すのか?」
「はいっ!みんな気さくでいい草たちです。特に向日葵さんなんか、夏は毎日熱唱してますよ」
「それは、なんか近づきたくなくなるな…」
揚々と語る葉の言葉に釣られて、畑に並んだ向日葵が太陽の方を向いて一斉に歌っているのを想像してみた。
……命蓮寺の山彦妖怪がかすむほどやかましそうだ。植物の声なんて聞こえない方が幸せだろう。
「でも、今は向日葵さん達も何も言ってくれません……それに、お姉ちゃんもみんなと同じタイミングに具合が悪くなったんです」
一変して気落ちした葉がぽつぽつと語る。
「ん?葉にはお姉さんがいるのか?それに具合が悪くって……ひょっとして、葉のお姉さんは植物の妖怪なのか?」
「はい。でも同じ種類の妖怪ってわけじゃなくて、生まれてすぐに何も分からなかった私を、お姉ちゃんが色々助けてくれたんです」
「なるほどね、それで一人で来たってわけか」
合点がいった。言い方は厳しいが、幻想郷は目が見えない妖怪が一体で生きられる程甘い場所じゃない。今日まで生きてこられたなら、力のある存在の庇護下にあるか、助け合う仲間がいるはず。
そういった連れ添いが来ていないのも、体調が優れないということなら一応は納得が行く。どうやって一人で来たのかは未だに謎だが、詮索する事でもない。
「植物にはあんまり詳しくないけど、病気か何かってわけじゃないの?」
「それはありえません。もし病気だったら、私だけ無事なのはおかしいです」
葉に対する疑問は置いといて、とりあえずの仮説を立ててみたがきっぱりと否定される。お姉さんはどうやら異変の影響を受けたみたいだし、植物にかかる病気なら葉だけが無事なのはおかしいわけだ。
「お姉ちゃんも一緒に来たいって言ってたんですけど、少し動いただけでぜえぜえ言うし、ずっと咳き込んでるしで、とても神社まで、体が持ちそうになかったんです。それで、私が一人で行くからって言って、ここまで来たんです」
途中途中で言葉を詰まらせながら、お姉さんについて話すのを聞く。彼女の目は包帯に隠されて見えなかったけど、声がとても悲しそうな色をしていた。お姉さんをどう思っているかは、それだけで十分に分かった。
「大事なのね?そのお姉さんが」
「……はい」
葉は心細げに返事をした。
葉は目も見えないのに、お姉さんや植物を助けるためにたった一人でここまで来たのだ。神社に着いたときにすごく嬉しそうだったのは、長旅が終わったからだけじゃなくて、これでみんなを助けられるという安心感もあったのかもしれない。まだ怪しいところもあるが、少なくともその思いは本物だろう。
「大丈夫。異変解決は私に任せて!私の専売特許だからね」
「賽銭恵んでもらってなければいいセリフなんだけどな〜」
「そこ、うるさい」
元気付けるために、いつもよりも明るく頼れそうな感じを意識して振る舞う。魔理沙が茶々を入れてくるが、あえて空気を読まないでくれるのは、湿った空気を切り替えるためにはむしろありがたい。
「じゃあ、私も異変解決のために頑張るぜ~」
「別にいいけど、あんまり邪魔になるようならどかすわよ」
「うげ、それは勘弁だぜー」
「……霊夢さん」
「ん?まだ何かあった?」
魔理沙と漫才を続けていると、葉が声をかけてきた。まだ話してないことがあったのだろうか。
「いえ。ただ……ありがとうございます」
「あぁ、そんなこと。いいのよ、お仕事だもの」
「それもですけど……えっと、とにかくありがとうございます」
「……どうも」
あぁ、もう、ほんとうに。
柄じゃないわ。
幻想コソコソ噂話
異変解決は任せて!〜の下りはキャノンボールの微妙にキャラが違う霊夢をネタにしたつもりだったが、旬は過ぎているしサ終もしてしまった。