本郷猛のがっこうぐらし!   作:日高昆布

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大変お待たせしました〜(小声)
色々ありましてね。まあトラブルではなくゲーパスのフォールアウトにハマってしまいましてね
気付けば半年以上たってました
次はもっと早く投稿したいなあ(願望)

感想・批評よろしくお願いします


その13

「……『死神博士』ね。随分と巫山戯た異名だね」

 

 青襲の指摘は皆の胸中を端的に示していた。冗句だと思われかねないと判断したのか、女性は焦りを強めながら捲し立てるように言葉を紡いだ。

 

「気分を害したのなら申し訳ありません! ですが事実なのです! 彼はその非凡な頭脳で嘗てショッカーと言う秘密組織に所属し」

 

「ショッカーだって?!」

 

 琴美が強い語気と共に詰め寄る。話を遮られた事よりも、ショッカーと言う単語に反応を示された事に女性は動揺し、また琴美の鬼気迫る表情に圧されていた。襟首を掴む寸前の所で男が間に割って入った。

 

「待ってくれ、君はショッカーを知ってるのか?!」

 

 そこで漸く自分が先走ってしまった事に気付く。少なくとも2人がどう言う立場であるのかが明確にならない限り、猛の存在を告げる事はできない。自分の迂闊さに辟易としながら、彼の存在を誤魔化すために亡き親友の事を口にした。

 

「……親友とその兄貴が巻き込まれたんだ。そいつらの実験に巻き込まれたんだ。風見志郎と風見ちはる。ナノマシンの実験体にされて、ちはるは、死んだ。自殺したんだ。もしアンタ達がショッカーを使って何かをしようってんなら、今ここで」

 

「違う! まずは話を聞いてくれ! さっきも言った通り、この事態を収集するために動いてるんだ!」

 

 男の言った通りであった。つい先程の言葉も、猛の存在を誤魔化すと言う事も忘れ、感情のままに口走ってしまう程に頭に血が上っていた事を自覚する。しかしそれもやむを得ない事ではあった。彼女にしてみればショッカーはちはるを死に追いやり、猛を苦しめ続けている存在なのだ。

 務めて深呼吸し、落ち着きを取り戻すが、最後までそれを貫き通す自信はなかった。

 

「頭護。悪いけど、代わりに話を聞いてくれ」

 

 頷き立ち位置を変える。

 

「ありがとう。死神博士と言うのは、分かると思うけど、類稀なる頭脳を持っているんだ。彼が発明した技術、人体のサイボーグ化、ナノマシンによる人体の強化。一つでも表に出れば、人類が持つそれが数段階は上がる代物だ。そしてこの希少性の事は、彼自身は勿論、ショッカーも替えの効かない存在だと認識していたんだろう。そこで行われたのが、バックアップの作成だ。その時点での知識や記憶、人格の全てをコピーした脳を作ったんだ。そして我々ランダルを始めとする幾つかの企業に技術提供して保管させたんだ」

 

「じゃあ、他にもまだあるって事なのか」

 

 聞き役を譲ると言った琴美が食って掛かった。

 

「いや、数年前に、恐らく本郷猛達が戦っている時だと思うけど、ショッカーから連絡があって、それのログを見たんだけど、ランダルに保管されていたもの以外の全てが破壊されたから、近いうちに戦闘員を派遣するって内容だった。でもそれ以降のログは一切見つからなかった」

 

「ショッカーそのものが壊滅したから、ですか」

 

 琴美に発言させる前に頭護が言う。

 

「確かめる手段はないけど、恐らくそうだろう。そして重役達もそう判断したんだろう。本来ならばこの時点で脳を破棄すべきだったんだが、彼の持つ技術に惹かれていたんだ。なまじその一端を提供された事で、より一層魅力的に見えたんだろう。彼の脳から技術を引き出す事が決まったんだ」

 

「ランダルがいきなり大企業になったのって」

 

「多分考えてる通りだと思う。今回の事もその一環だったんだ。ナノマシンを用いた医療技術。概要通りに行けば、間違いなく人類の医療技術は大きな前進をするはずだったんだ」

 

「それがなぜ暴走したんですか」

 

「いや、ナノマシンは暴走していないんだ。アレは……アレは意識を取り戻した死神博士の脳によって操られているんだ」

 

「……それが呼び起こしてしまった、と言う言葉に繋がるんですね。でもどうやってそんな事が分かったんですか」

 

「宣戦布告があったのさ。街中でのパンデミックが確認されて間も無く、社内のネットワークがダウン。そして我々にだけ宣戦布告したのさ。『死神を起こした報いを受けてもらう』ってね。その時点で研究室や制御室は全てロック。時間を置いてもう一度行ってみたけど、変異体に阻まれて社内に入る事さえ叶わなかった。九死に一生だ。ただ最初の段階で持ち出せる紙媒体の資料は持ち出してね、その中で事の顛末と本郷猛の存在を知ったんだ」

 

「警察や自衛隊では対処出来ないんですか」

 

「弾丸が当たりさえすれば倒す事は出来る。」

 

「……仮に本郷猛と合流できたとして、どうすればこの事態は収束するんですか」

 

「死神博士を倒してナノマシンの制御を取り戻せれば、自壊コードで破壊する事ができる」

 

「本郷猛なら変異体に確実に勝てるのか?」

 

「彼自身の詳細なスペックは分からないが、後発の改造人間達のスペックは分かってるから、それらに勝っているのだから大丈夫だ」

 

 その言葉に慈は違和感を覚えた。複数体と戦っていた時はともかく、小学校で初めて遭遇した時から、少なくとも圧倒していた様には見えなかった。

 胸の内にじわりと不安が広がる。

 彼は自身の体の大半が機械になっていると言っていた。機械。それがどんなハイテクノロジーのものであっても、整備を受けずに稼働し続けられるはずがない。そしてその整備が出来るのは、敵対しているショッカーしかないとしたら。性能が遥かに下回っている変異体と互角の戦いを強いられる程弱体化しているとしたら。そしてその行為による反動があったとしたら。

 そう言うものだと思っていた、戦闘後の猛が見せていた疲労。数を重ねる毎に強くなっていたそれが、そして最後に見せた鼻血がもし無理を繰り返した事によるものだとしたら。一時的なダメージではなく、回復不能な恒久的なものだとしたら。

 吐き気にも似た不安が押し寄せる。口に出そうになるのを必死に抑え、それを事実でないと必死に自身に言い聞かせる。

 ──でなければ。そうでなければ、本郷猛の犠牲なくして生き残る事ができないではないか。

 

 

 ・

 

 

『自分だけは大丈夫』。そう言った思考はその強弱、意識無意識に拘らず、ほとんどの者が持ち得る考えだ。しかし大抵の者は人生のどこかで痛い目に遭いその考えを正す事になる。

 だが時にそのタイミングが遅い事で、胸の内で燻らせ続けてしまう者もいる。神待朱夏もその内の1人であった。学内の知人や友人、無関係の人間が次々と感染し、駆除され、もしくは駆除していく事でその考えは加速度的に強まっていった。それはやがて『自分だけは大丈夫』から『自分は無敵の存在であり、世界は自分のためにある』と変化していった。どれだけ周りが感染しても、どれだけ無茶な駆除活動をしても、自分は決して感染しない、死なない、と。

 彼女は崩壊した世界で、これまでの人生で最も充実と自由を感じていた。血は化粧、悲鳴はファンファーレ、奴らは供物。

 それは変異体により、ただの滑稽な幻想だったと突きつけられ、彼女の精神は変調を来した。

 その日は学内に残る変異体の駆除を行っていた。振り慣れたシャベルを持ち、踊る心を噫にも出さず、真剣な表情と態度で従事していた。

 死ななかったのは、ただの偶然だった。自身の前にいた武闘派のメンバーが、変異体の刺突を胴体にまともに受けた。胴体を容易く貫通し、真後ろにいた朱夏にも猛然と迫った。

 死ななかったのは、ただの偶然だった。反応する間もなく、胸の高さで構えられていたシャベル。その柄が刺突を受けたのだ。中身の詰まった木材をまるで朽木の様にへし折る一撃。しかしそれが明暗を分けた。その衝撃に耐えられなかった彼女は、廊下に倒れ何度も転がった。

 止まると同時に走った手首の激痛が自失を許さなかった。脱臼か骨折か、右手首が力無く折れていた。その痛みは、世界は自分のためにあると思っていた彼女が初めて感じたものであり、錯覚を壊すものだった。

 そして目の前で起きている殺戮が、彼女の心を壊していく。

 彼女は生き残った。しかし充実と自由に溢れたはずの世界は、いまや死と恐怖に満ち満ちた世界へと変貌した。その世界で生きていく勇気も、自死への狂気も持てず、彼女はただ日々を怯えて過ごし、無意味に命を消費していった。

 

 

 ・

 

 

 自身の五感に届く情報が実際のものなのか、錯覚なのか朱夏には分からなくなっていた。風の音や足音が、影の揺らめきの全てが奴らに繋がっていく。その度に悲鳴を上げ、錯覚だと知る。学友の声さえ死神の声にしか聞こえず、彼女の心は急速に摩耗していた。

 そんな折に聞こえた本郷猛と言う存在。それは一筋の光明だった。真偽などどうでもいい。今すぐここに来て安寧を齎してくれ。しかし更に聞けば、本郷猛は安否も行方も不明と言うではないか。それでは困るのだ。ガリガリと爪を噛みながら彼女は必死に考えた。

 ──そうだ、彼の居場所が分からないならこちらの居場所を教えればいいのだ。

 ラジオ放送機器を使えば気付いていくれるはずだ。それと通常の放送機器も使えば更に盤石になる。

 久しく抱いていなかったポジティブな感情を自覚し、彼女は笑みを浮かべた。

 

 

 ・

 

 

 待機を命ぜられていた慈以外の巡ヶ丘組は、それぞれ頼まれていた校舎内で済ませられる用事をこなしていた。胡桃に与えられたものの中に、朱夏への食事の配膳があった。彼女と会うのはこれが初めてだが、顔合わせも挨拶も必要ないと言われていた。大きめのノックをしたら、扉の前に置いておくだけで良いとの事だった。

 先生がいなかった自分達も真面ではいられなかっただろうな、と考えながら歩いていると目的の教室の扉が開いている事に気付く。いきなら聞いていた状況と違う事に不安になりながら、一言入れてから中を覗く。カーテン越しの濁った日差しに照らされた室内に人影はない。隠れられる所もない。これはマズイのでは、と考えた瞬間、ハウリングと共に大音量の放送が校舎内外に響いた。

 

 

「助けて!」

 

 

 思わず耳を塞ぐ程の大音量。しかし心配すべき事は耳などではない。こんな状況の世界でこんな行為、ただの誘蛾灯にしかならない。止めなければと思うが、まだ校舎の構造を把握していないのだ。周辺の通常個体の数が少なくなっている事は聞いているが、いなくなった訳ではないのだ。今すぐ行動しなければ手遅れになる。食料を置くと、全力で廊下を駆け出した。

 

 

 ・

 

 

「大変です!」

 

 外で待機していたのか、3人目の社員らしき男性が血相を変えて飛び込んで来た。まさか奴らが来たのか、と問うと首を振る。

 

「イシドロス大がラジオ放送してます!」

 

「何だって?!」

 

「何が大変なんですか!?」

 

「それはまた今度だ!」

 

「イシドロスはこちらの拠点なんですよ!」

 

 その言葉に男がギョッとしたが足を止めずに言う。

 

「まずは車まで行こう!」

 

 話し合いは中途半端なまま、慌ただしく終わった。

 

「これは確かな手段で確認できた事じゃないんだが、死神博士はラジオ放送を聞いているんだ。避難所の情報、個人の救助要請、ここが襲撃されたのも恐らくそれが原因だ! 君達は後ろからついて来てくれ! 武器なら幾らかは積んである!」

 

 その事実に一気に血の気が引いていく。変異体の襲撃を受けたのは言われた通り、どちらでもラジオ放送を行った直後だったからだ。

 今大学にいる面々では間違いなく全滅する。いや仮に全員がいたとしても怪しいが、しかし不幸中の幸いと言うべきか、対抗手段を持った者達がいる。討伐は難しくとも、撃退ならば出来るかもしれない。最大の問題は、間に合うかどうかだ。その焦りは先行する社員達も同じなのか、乗り捨てられた車両とぶつかりながら猛スピードで走っている。

 車内には痛々しい沈黙が満ちている。その中心となっているのは琴美の隣に座っている慈だ。その心中は察して余りあるものだ。高校生組は全員が残っているのだ。

 ──もし、もし間に合わなかったら。私は正気でいられるだろうか。

 血の気の引いた悲壮な顔の慈に、琴美は何も声を掛けられず、ただ肩を抱き寄せる事しかできなかった。どれだけ力を込めても、震えを抑える事はできなかった。

 頭護はその状況をミラーで見て同情を抱く一方で、いざと言う時の事を冷静に考えていた。即ち見捨てて逃げる事だ。考えるだけで嘔吐感を覚えるし、信頼も地に落ちる行為だが生き残るためにはやらねばならないのだ。

 しかし。しかしと思う。

 ──願わくば、どうか間に合ってほしい

 ──願わくば、どうかヒーローに来て欲しい


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