そろそろ終盤です
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大学の正門が見えた時、複数の人影が門扉を飛び越え侵入していくのが見えた。遠目から見えたそのシルエットは、頭部のみが異形の物になっていた。
「まずいぞ……初期変異体だ」
初期変異体とはその名前が示す通り、変異体に至る前段階の個体を指している。今目の前で見せた通り、身体能力は比較すれば劣っているものの、人間は上回っており、校舎内に取り残されているであろう生徒達の救出への大きな脅威である事に間違いはない。
正門横の壁に横付けし、降車すると後続車の窓を叩く。
「すまないが1人ついて来て欲しい。我々はここの構造を熟知していないから、救助に時間が掛かってしまうのだ」
「私が行きます!」
男の言葉に、慈が一も二も無く志願した。本音を言えば男性陣のどちらかに来て欲しかったが、彼女の意思を無碍にする事は今後の信頼関係に影響を及ぼしかねず、また無理強いをすれば却って足手纏いになる可能性もあった。
「あたしも行く。朱夏を引っ張るのは他の奴らには無理だ」
「分かった。なら2人について来て貰おう。もしここに留まる事が難しくなったら、すまないがあちらに車に移って逃げてくれ。足は残して置きたい」
伝えるべき事を早口で言うと、2人を伴い、社員の男女は敷地内へと走っていった。
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校舎が見えてくると、すぐに割られているガラスが見えた。所々に血が付着しているが、動きの遅延を期待できるものではない。後を追い、校舎内に入る。耳を澄ますと、同階で暴れている事が分かる。ここにいる事は分かっても、階数までは把握できていないようだった。不幸中の幸いである。
「皆はどこにいる?」
「屋上にいるはずです」
「分かった。2人はオレ達の間に入るんだ」
迅速かつ静穏に。
慈は祈った。神ではなく、猛に。
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由紀達は、事前の取り決め通りに屋上への避難に成功していた。侵入してきた奴らもまだ気付いていないのか、気配や音は感じられない。しかし安心は全く出来ない。変異体がいれば、こんな扉あっと言う間に破られるだろう。抗う事など出来ない。瞬く間に殺されるだろう。いや、もしかしたら苦痛の限りの中で殺されるかもしれない。
由紀は胸に抱いている仮面を、より強く抱きしめた。
「由紀、あまり柵に近寄るな」
胡桃が手を引く。その時に気付いたのか、胸元の仮面に視線を落とした。少しだけ顔が綻んだ。
「それ、持って来てくれたんだな。ありがとう」
「うん、無くしちゃったら先生困ると思ってね」
傷だらけの仮面を優しく撫でる。お守り、と言うには大き過ぎて無骨だが、皆にとって、特に猛を知る者達には安心を与えてくれる物だった。
「……早く返してやりたいな」
「……うん」
肯定したが本心では返したくなかった。正確には猛にはいて欲しかったが、これを使って欲しくないのだ。
彼は絶対に弱音を吐かない。最後に見た姿は傷だらけで血だらけだった。苦しくないはずがない。痛くないはずがない。その苦痛に自分達は報いているのだろうか。
不意に訪れた静寂が、階段を駆け上る音を皆に気付かせた。身を強ばらせるのも一瞬、急ぎドアの下に皆で駆け寄り抑え込む。生存者の中で鍵の所在を把握している者がいないからだ。
心臓が外に出ているのではないかと思う程に鼓動がうるさかった。
しかしその不安は杞憂だった。
「慈です! 皆いますか?!」
「めぐねえ!」
扉を開けるといの一番に飛び込んできたのは、銃を持った見た事のない男女だった。思わず悲鳴を上げそうになるが、それが最悪を呼び込む行為だと、寸での所で堪える。説明を促すように慈の方に視線を向ける。
「味方と言ってもすぐには信じられないだろうけど、さっきの放送でここが知られてしまった可能性が高いから、今すぐ移動しないとまずいんだ」
端的に言うと、階段を下るようにと顎で促す。疑問は尽きない。しかし今現在ここが奴らに襲撃されている事は事実であり、また判然としない存在だが武器を持っているならついて行く方が生存の可能性は高まる。それは2人が同行しているなら、少なくとも敵ではないのだろう。そう判断した面々は頷き、階段を急ぎ足に降っていく。
「澄子、朱夏は?」
「デカデカと我々の存在を周囲に外部放送知らしめて、放送室に立て篭ってるよ。『本郷猛が来るまで出ない』ってね」
「ったくあんのバカ……」
その声色に何かを感じ取ったのか、澄子が不安気に問う。
「まさかとは思うけど」
「引きずり出しにいくよ」
「正気かい?! 既に奴らは侵入してるんだ。今すぐ逃げないと、君まで犠牲になる」
常の姿から程遠い焦りと怒りを滲ませた声と表情。
正気を問われずとも、自分が如何に愚かしい事をやろうとしているかの自覚はある。しかし、琴美には譲れない一線があるのだ。
「見捨てたら、先生と会えなくなる」
屹然と、彼女はそう言った。
先生に誇れる人間になる。その一心で更生したのだ。その思いは崩壊した世界であっても変わらず、彼女を人間たらしめていた。
「────君は本当に『先生』が好きなんだね」
「そうだよ。後1人残ってる奴がいるから、連れて来る!」
そう言うや否や、琴美は隊列を離れる。最後尾にいた女がギョッとし、先頭の男に慌てて指示を乞う。勝手に離れた事への怒り、安否への不安、バディを向かわせた場合のリスク……。それらが複雑に混ざった表情で逡巡した後、男は決断する。
「まずはこの子達の安全を確保する!」
・
只管落ち着かない時間だった。皆の安否、自身の安全。最早ここは安全地帯ではないのだ。それは同乗者も同じで、鬱陶しいはずの貧乏揺すりを誰も咎めなかった。
不意に車体が揺れる。すわ襲撃か、と慄くが助手席の城下の体動だった。
「来たぞ!」
城下の顔を押し退け、皆の無事を確認する。しかしすぐに琴美と朱夏がいない事に気付く。死んだのか、と動揺するが、待機組、特に高校生組に動揺が見られないため、すぐにその考えを改め、そしてすぐに結論に至った。
「菊間のやつ、1人で引っ張りに行ったのか?!」
その考えを肯定するように、男が助手席の窓を叩く。
「彼女達を乗せたら、君達は先に出発するんだ。ここが我々の拠点になっているから、ここに向かうんだ」
印の付けられた地図を押し付けられる。どうしたらいいのかと、頭護に伺うような視線を寄越すが、彼もまたどうすべきか逡巡していた。勿論、自分達がここにいた所で2人の救出に役立つ訳ではない。寧ろ余計な危機を招く可能性だってある。自らの命の事も考えれば、言われた通り早急に向かうべきなのだろう。しかし琴美と朱夏との付き合いは、短くない。簡単に分かりました、と納得できるものではないのだ。
形容できぬ思いに急かされるように口を開こうとした瞬間、合流組から悲鳴が上がった。何事かと助手席に身を乗り出すと、校舎の3階の外壁の僅かな縁に2人がいるではないか。それは即ち通常のルートでの脱出を諦めるほどに追い詰められていると言う事だ。しかもその逸脱したルートでさえ脱出は困難を極める。否、足の半分しかない足場に、窓の冊子を掴みながらの移動し、地上にまで続くパイプに辿り着くなど不可能だ。
最早彼女らを見守る者達に出来ることは、祈る事だけ。
ああ、だが世は常に無情だ。透明のガラスの向こうにいる彼女らを、奴らが見落とす訳も、見逃す訳もなかった。ただその身を強かに打ちつけただけ。それだけで彼女らの体は宙に放り出された。
言葉にならない声が、悲鳴が、叫び声が、虚しく溶けていく。
──溶けた声も、溶けようとする声も、全てを切り裂く爆音が轟いた。
・
「猛!」
マフラーから炎を吹かせ、宙を飛ぶと言う冗談のような光景と共に彼は現れた。宙から掻っ攫うように2人を抱き抱え、着地。タイヤを焦がしながら止まる。2人は生還したのだ。
琴美が最後に見た時分より、幾分か老けていた。しかしその目に宿した熱き意志も、精悍な顔付きも変わっていなかった。その事実に、琴美は泣きそうになっていた。
猛は2人を地面に降ろすと、降って来る奴らと対峙した。琴美達からゆっくりと離れる猛を追い、全員が動く。猛の姿を認めた途端、それ以外の存在を無視し始めていた。
連携などなく、互いにぶつかり合いながら、殺意を漲らせ、猛へと走る。その先頭に蹴りを叩き込み、後続にぶつけ勢いを殺す。拳を払い落とし、裏拳で顔面を撃ち、中段への蹴り足を掴み膝をへし折り、タックルの勢いを殺しながら前傾の顔面を膝で蹴り砕く。
「先生!」
殺意と敵意に満ちた空間であっても、由紀の声は驚くほどに明瞭に耳を打った。大きく振りかぶって投げられた仮面。瞬間、猛は跳躍し、仮面を受け取った。着地と同時にクラッシャーが装着され、全機能がオンラインとなった事を示すように複眼が光る。
開かれた右腕を仮面を隠すように掲げ、握り締められた左腕をタイフーンに添わすように腰へと引いていく。
「先生が帰って来た!」
・
本郷猛の無事に歓喜したのは、由紀達だけではなかった。
凡ゆる喜びの感情を胸に携え、それは走った。地を蹴り、壁を蹴り、喜びの雄叫びを上げながらそれはやって来た。
・
「ホッパ────ー!!」
上空より迫り来る影に気付いた猛は、その場を素早く離脱。飛来した変異体は足元にいる初期変異体諸共、地面を破砕する蹴りを繰り出していた。文字通り蹴散らされていく。臓物と返り血を全身に浴びた変異体は、嗤っていた。全身を装甲で覆われ、表情が動かなくとも、全身を以って悦びを表していた。
「ほんゴうタケし」
「お前は……誰だ」
「きさマをつくッタものヨ」
「まさか、死神博士なのか」
「そうダ。おろカモノたちのおかゲで、ハジをさらスこトになった。ユエにせカいをほろボスときめタ。ダガきさマがいきテいた。カツてわレらをホロぼしたきサマが。キサまだけガわしをふたタビころスケンリをモッテいる!」
変異体が走り出す。顔面目掛け繰り出されタジャブとストレートを、サイドスウェーで回避。続け様に捻られた上体を戻しながら中段膝蹴りを放つ。腕をクロスしガード。体が僅かに浮き、距離が開く。その距離を詰めがら放たれた左下段回し蹴りを、膝関節を蹴り不発に。蹴り足でそのまま甲を踏み付け上体の動きを制限した上で、逆突きを胴体に叩き込む。
鈍く重い音が響く。しかしそれは必殺とはならなかった。手首を掴まれ、ゆっくりとしかし確実に退けられていく。このままでは関節を極められる。もう一方の手で殴打しようとしたが、それも止められた。
「やハリきさマヨワくナッタな」
頭突きで強引に両腕の拘束を解く。追撃の拳を、下に潜り込まれ回避され、同時にカウンターの拳が腹部を叩く。込み上げる吐き気に体が止まる。
変異体の体がぶれる。その動きが回転蹴りだと気付き、頭部をガードで固めた。重い衝撃に踏ん張りきれず、かなりの距離を吹き飛ばされた。素早く立ち上がろうとするが、イメージとの大きな乖離が発生している。立ち上がり切る前に距離を詰められ、再び拳が叩き込まれる。突出した拳頭部が装甲を削り火花を散らした。壁に追い込まれ、連撃を真面に喰らう。固めたガードもこじ開けられ、一方的な蹂躙に晒されていた。
その蹂躙が不意に止む。猛の襟首を掴むと放り投げた。受け身も取れず転がる。ダメージは深刻であり、膝立ちが精一杯であった。肩が上下に大きく動いている。
「ほッパー……きさマのからダはもハヤげンカいのヨうだナ。ワシをころスコトはカナワぬようダナ」
片言ながら失望を隠そうとしない死神博士。彼は期待していたのだ。みっともなく生に縋り付いている敗者である自らを、猛が再び殺してくれる事を。
「ナラバきさまをコロしキャツらをこロシ、セカイをホロぼそう」
拳を振り落とす。
「先生!」
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高校での戦いの後で目覚めてから喪ったものは、色覚、味覚。得たものは末端の震えと全身に付き纏う痛み。痛みはタイフーンの起動と共に激化した。攻撃の痛みの方が緩いのでは、と思うほどのものだ。どれだけ不屈であろうとしても、体は動かない。
だと言うのに、やはり人とは不思議なものだ、と自分の事ながらに失笑してしまう。複雑なのか単純なのか。
「先生!」
生徒の声が聞こえただけで動くようになるのだから!
十字受けで鉄槌を止める。手首を掴み、引き込みながら胴体にストレートを見舞う。
痛みと威力にたたらを踏む。
「心配するな死神博士。必ずもう一度倒すさ」
タイフーンが回る。風を取り込み、主機の出力が上昇していく。痛みが警告している。吐き出された血がクラッシャーから溢れる。
地面を踏み砕き、拳を突き出す。
「それデコそだ本郷猛。マッテいるゾ」
拳が胴体を打ち抜いた。