完結まで後もう少しなので、よろしければ最後までお付き合い下さい
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「猛!」
聞き慣れぬ呼ばれ方。それを誰が発したのか分からず、振り返ると泣き腫らした成人女性が飛び込んでくるではないか。加速している思考が驚異に満ちるが、すぐにそこに嘗ての面影を見出した。短くも深い時間を共に過ごした少女。
「まさか、菊間さん?!」
装甲にぶつかる前に止める。涙を隠そうともせず、猛に縋り付くように座り込んでしまう。慌てて受け止める。
「生きてる、って、信じ、てたけど……。ずっと、心配で」
「菊間さん……」
「せんせ──!!」
横合いからのタックルを、片手で優しく受け止める。当たれば痛いだろうに、2人揃って同じ事をやるのは、受け止めてくれると言う信頼の証なのだろうか。
「由紀! まだあたしが再会の感動に浸ってるんだから、後にしろ!」
「私たちだって、先生の事ずっと心配してたもん!」
「あたしは高校の頃からだ!」
「うぅ、負けた!」
10代半ばから募らせ続けた一日千秋の想いは伊達ではないのだ。
「丈槍さんも、皆さんも無事で良かったです」
高校での戦いで増えたスーツの損傷は修復できていない。装甲にも、そこ以外にも沢山増えていた。乾いた血が微かに付着している。それが由紀にあの時の別れを思い出させた。
「本当、に、生きてて、良かったよおおぉ……!」
彼女の泣き声に我慢出来なくなった生徒達が走り出した。皆猛の生存を信じていた。しかし彼女らは皆まだ子供であり、信じ続ける
泣きじゃくる彼女らを見て罪悪感を覚えると同時に、それだけ心配してくれていた事に嬉しさも感じていた。
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「感動の再会に水をさしてすまないが、ここは早めに移動した方がいい」
「ランダルか」
「そうだ。早々に信用する事は難しいかもしれないが、どうか我々の拠点に来てほしい」
「いや、騙すつもりでこんなリスクを犯す意味はない。案内してくれ」
「分かった。それとあのトレーラーの女性は、君の仲間か?」
運転席からヒラヒラと手を振る楓の姿があった。猛が安否を只管心配していた生徒達を助けられた事で、彼女にのし掛かっていたプレッシャーも無くなった。惚れ惚れするような笑顔だった。
「彼女も仲間だ」
「分かった。ではついて来てくれ」
猛に張り付き、離れる気配のない生徒達(琴美含む)を宥めながら車に乗せていく。
「マスクのデザイン、カッコいいな」
「「うん」」
本人達は呟きのつもりだったが、猛の耳はしっかりと拾っている。初めての評価に困惑し、軽く手を振っておいた。
振り返りサイクロンに向かおうとすると、すでに誰かが跨っていた。それがすぐに落下から助けたもう1人だと気付く。近付く猛を満面の笑みと狂気で以って迎えた。
人生経験は特濃と言えど、自分に対して狂気的な感情を抱く者と相対した事はない。刺激を与えないために、取り敢えず対話を試みる事にした。
「菊間さんと一緒にいた子だよね。名前は?」
「神待朱夏と申します、救世主様!」
初手から放たれた豪速球は、対話の精神をへし折るに十分過ぎる威力を持っていた。暫し呆然としてしまうが、気を取り直し対話を再開。取り敢えず救世主と言う部分には触れずに、車内に誘導する事にした。今の物言いから、恐らくここが一番の安全地帯だと考えているのだろうと予測できた。
「えっと、申し訳ないけどそこを退いてくれると助かるんだけど」
だが悲しいかな。人生経験特濃とは言え、一般社会で役立つ経験はほぼ無いため、話術のみで彼女を誘導する事は猛には不可能であった。元々が口下手でもあるし。
「ここが一番安全なのでいさせて下さい! じゃないと泣き喚めくと思います!」
「……」
「ちょっと朱夏、何やってんだよ。猛に迷惑だし、あたしだって乗った事ないんだよ!」
と言って降ろそうとするが、恐るべき力で以って抵抗する朱夏。予想外の抵抗に、本音を晒しながら引っ張り続ける琴美。何とも浅ましきキャットファイトに、失笑と嫉妬の視線が向けられる。解決しそうにない事態に、猛は自分が折れる事にした。
「菊間さん大丈夫です。神持さんを乗せて行きますから」
「────猛が、そう、言うなら」
手を離した琴美は、朱夏の肩を割と強めに叩くと車の方に向かって、如何にも怒ってますと言わんばかりに大股で歩いていった。
「それじゃあ行こうか」
「はい!」
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嘗てない重苦しい車内の雰囲気。特にその原因が嫉妬となれば、下手な事は言えない。男子勢は失言しないため、そして不用意に絡まれないために貝になる事を決心していた。
しかし同性からすると、出会ってから全く浮いた話のなかった琴美の、年相応の可愛らしい反応は絶好のネタであった。やいのやいのと高い声で騒がれ、勘弁してくれと言いたくなったが、口に出せば碌な事にはならないので只管黙っていた。それに、内容自体は前向きなものなのだから、止めるのは無粋でもあった。
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同じような光景は、楓の車に乗った由紀達の間でも起きていた。慈がとても複雑な表情を向けているのだ。これでもかと言わんばかりに幸せ面を晒している朱夏に、ではなく、それをあっさりと許した猛に、だ。
「楓さんはどこで先生と会ったの?」
「最初に猛さんと会ったのは、街中で奴らに追われてた時だね。で、それから暫くして高校の校門の所で倒れてた猛さんを助けた、って訳」
「めぐねえって下手したら中学生よか恋愛に関してダメなんじゃね」
「否定できる要素ありませんね」
「でも本郷先生も悪いと思うんだけれども」
「先生の人生を考えると、それもしょうがない気がしますけど」
好き勝手に論じられた議論の大勢は、めぐねえが恋愛下手と言う事で決着が付いた。その結論に一言物申しようとしたが、残念ながら否定材料はひとつとたりとも無かった。振り返ろうと捻った体を戻し、並走している猛に視線をやる。それがまた生徒達を騒がしくさせるが、彼女は只管無視し続けた。
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一行はやがてオフィス街に辿り着いた。普段の時間帯であったら、忙しなく歩く社会人で埋め尽くされていたそこは、死の街になっていた。
オフィスビルの地下駐車場へと続くスロープで車列は止まる。中途半端な位置で止まっているシャッターが見えた。
ランダルの男が降りると、全員に降りるよう言った。
「すまないが、全員キズの確認をさせてくれ」
その指示は当然の事であり、誰も異論を挟まず素直に従った。地下駐車場から何人かが応援要員として上がって来ると、仮面を付けたままの猛の姿に畏怖を込めた声で言った。
「アレが、ショッカー製改造人間のホッパーか」
その社員に悪気は全く無かったのだろう。持ち出した資料に書かれていた事を、実感と共に反芻しただけなのだ。しかしそれに黙っていられなかったのは、琴美や由紀を筆頭とする本郷猛大好き勢達だ。
「おい、今猛の事何て言った?」
「先生は改造人間でも、ホッパー何て名前でもないんだよ!」
「そうよ、あの方は救世主なのよ!」
「ちゃんと本郷猛って名前があるんですから!」
1人毛色の違う事を言っているが、遥かに年下で女性とは言え、これだけの大人数に怒気と共に詰め寄られるのは些か以上に恐ろしいものがあった。
流石にこれだけの文句が出て、何をしでかしたのか分からない愚鈍では無かった。
「も、申し訳ない! あまりに不躾な発言だった。許してくれ」
「そ・れ・は猛に言え!」
「ほ、本郷猛さん。申し訳ない、許してくれ」
と、頭を下げ許しを乞うが、当の本人は、言われた事全部が事実であるため怒るどころか、聞き流しかけていた程である。事の経緯は理解しているから片手を上げて対応した。許しを得られたと理解した男は、しかし至極真っ当な事で年下の女性に怒鳴られたため、すごすごと持ち場に戻っていった。
「愛されてるね」
と楓に小突かれる。嬉しいやら恥ずかしいやらで曖昧に笑うしかできなかった。
・
拠点を地下駐車場にした大きな要因として、出入り口の少なさが挙げられる。車両の出入りと上層階への階段のみ。階段の扉は施錠すれば、それだけで十分なバリケードになり、また中途半端な位置で止まっているシャッターは出入りに不便なものの、それは即ち侵入のしにくさでもあるのだ。
しかしその堅牢さに反して、一般市民の数は多く無かった。その事実に遣る瀬無さを感じるが、それを表には出さない。
「本郷。今大丈夫か」
「ああ」
男に連れられ、上階へ向かう。守衛室が会議の場になっていた。
「これがランダル内部の地図だ。死神博士の脳は、地下3階にある研究室に保管されている。しかし、地下にどれだけの変異体がいるのか、全く分かっていない」
「恐らくだが、道中にはいないと思う。最強の変異体が待ち構えてるだろう」
「確認されたどの変異体よりも強いと言うのか。……これはあまり聞きたくない事なんだが、弱っているのか?」
「ああ。体へのダメージを考えたら、良くて2割。ダメージを度外視しても5割程度」
「……勝てるのか」
「勝つさ。それが、俺が生き残った理由なんだ」
「無事でいられるのか」
「……それは分からない。戦う毎に、反動が強くなってる。だけどそれで勝てるなら、惜しむ命ではない」
1人の犠牲で人類が救われるのならば、それは望外の結果だ。理屈では分かる事だ。しかし彼らは戦士でもなければ兵士でもない。本人がそれを望んでいても納得できる事ではないし、彼を慕う者達の事を考えればそれはより強くなる。
「教え子達は……」
口に出すべきでは無かった。由紀達の事を慮ったのか、それとも事実を知りながら彼女らに隠す事に罪悪感を覚えてしまうからなのか。猛の壮絶な覚悟に静まり返った中で、女がポツリと零した。皆がギクリと身を強張らせた。
「皆が大事だからこそさ。今日の生存さえ確かでない世界で生きて欲しくない。皆が当たり前に明日を享受できるなら、それが俺の命1つで済むなら本望さ。勿論だけど皆にはこの事は言わないでくれ。もしその時になって散々に言われようとも、それはランダルとの連帯責任って事で我慢してくれ」
・
大きく息を吐きながら仰向けに転がる。眼前に掲げた手は震えている。血の色は見えず、味も分からない。
残された砂は少ない。
「もう少しだけ保ってくれ」
・
貴重な水を貰い、口を入念に濯ぎ地下に向かう。猛の姿を認めると、由紀と瑠璃と朱夏が走って来た。朱夏が他の2人と同じように、満面の笑みで走って来る姿に、痛ましいものを感じる。彼女らに手を引かれ、割り当てられたスペースに向かう。
「お疲れ様です、た、先生。水いります?」
「ありがとうございます、佐倉先生」
何故か落胆している慈を尻目に、水を一口煽る。
ふと、皆が笑顔を浮かべながら、妙にソワソワしている事に気付く。その中で琴美は、何故か満足気と言うよりドヤ顔をしていた。状況がさっぱり読めず、偶々目の合った美紀に尋ねる事にした。
「直樹さん、その、何かありました?」
「えっと、そんなに大した事じゃないんですけど。さっきランダルの人にホッパーって呼ばれたじゃないですか」
「ええ」
「なので、そんな名前は捨てちゃって、新しいカッコイイ名前を考えよう! って事になったんです」
と圭が引き継ぐ。
「んで、喧々諤々の話し合いの末」
「琴美さんの案がいいんじゃないか、って事になったんです」
胡桃と悠里が言い、胸を張っている琴美を指し示す。自分を話題の共通として年下と仲良くなったとは露とも思っていない猛は、あんなに尖っていた琴美が面倒見の言い子になっていた事に感慨深いものを感じていた。
その視線を勘違いしたのか、途端に恥ずかし気な表情になった。
「そんな期待した顔するなよ。言い辛くなるだろ」
「救世主様の命名権を得たんだから、恥ずかしがる必要はないでしょ」
「キャラ変わりすぎだろお前……」
皆の視線を一身に浴び、無言の催促をされる琴美。咳払いを一つすると、笑みを浮かべながら言った。
「『仮面ライダー』」