本郷猛のがっこうぐらし!   作:日高昆布

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次回最終回。

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その16

 深夜、猛はまた上層階にいた。今度は気を抜くためではなく、純粋に1人になりたかったからだ。

 震える掌を見詰める。

 元より短い命。彼女らのためならば、命を捨てる事に些少の躊躇いもない。その決意に変わりはない。

 

 ──仮面ライダー

 

 しかし、話すほどに、触れ合うほどに、生きたいと言う思いが強くなっていく。それでも彼女らと再会しなければ良かった、とは思えないし、思いたくもなかった。死への覚悟と生への渇望が共に強くなるのだ。我が事ながら、何とも儘ならないと独りごちる。

 

「眠れませんか?」

 

「帰って来ないから気になったんだよ」

 

「こっそり出たつもりだったんですけどね。やっぱり眠れないんじゃないですか?」

 

「……まあ世界がこうなってからは、あまり熟睡はできてないな」

 

 窓辺で椅子に座っていた猛の横に、同じように椅子を並べて座る。明かりは一切なく、視界の全てが暗闇に閉ざされている。相手の顔は見えず、ともすれば自身の輪郭が曖昧になり暗闇に溶けていきそうだ。

 

「……体、ボロボロなんだろ」

 

 絞り出すように苦し気な声でそう言った。一瞬何故、と考えたが、すぐに琴美の前で戦っていた事を思い出した。誤魔化しは無理だった。

 

「……そうですね。正直に言うと、ボロボロです」

 

「やっぱりそうなんだな。アタシの記憶にあるアンタの強さと、今日見たアンタは全く違かった」

 

「よく覚えてますね」

 

「アンタの事で忘れられるモンなんてない。アンタはアタシが唯一尊敬してる大人なんだ」

 

「それは光栄ですね」

 

「……アンタがあんなに弱くなる原因が、他にどんな悪影響を及ぼしてるのかは聞かない。どんなにボロボロでも、死ぬかもしれなくても戦うんだろ?」

 

「ええ」

 

「なら」

 

 琴美が椅子から立ち上がる。暗闇に慣れた目で、ゆっくりと猛の前に足を進める。肩に置かれた手が震えている。違う、全身が震えているのだ。涙が震わせているのだ。

 

「なら、せめて! 生きて帰って来てくれよ! 行かないでくれなんて我儘、言わないから……。せめて、ちゃんと帰って、来てくれ先生ぇ……」

 

 膝から崩れ落ちそうになった彼女を、立ち上がった猛が抱き止めた。彼女の涙が胸を濡らす。

 

「約束します。必ず帰ると」

 

 それが保証できる事ではなく、寧ろ死ぬ可能性の方が高い事は2人とも分かっていた。分かっていてその嘘を言うしかなく、そしてその嘘を受け入れるしなかった。

 

「約束だからな。破ったら承知しないからな」

 

「ええ、約束です」

 

「……悪いな、みっともない所見せちまって」

 

「いえ、丈槍さん達と話している所も含めて、知らなかった所を知れて嬉しいですよ」

 

「……あの子達は知らないんだろ」

 

「ええ。……ランダルの人達は知ってますけど、彼らにも言わないようにお願いしてます。酷な事を強いてしまいますけど、菊間さんも黙ってて下さい」

 

「分かってる。……分かってるから、もう少しこうさせてくれ」

 

 

 ・

 

 

 避難民の中には、数は多くないものの小中高生がいた。打開の見えない状況は、多感な子供達を疲れさせ、暗くさせていた。

 その鬱屈とした雰囲気を打開するため、慈からの提案で会議室を利用した合同の勉強会が開かれる事になった。これには子供やその保護者も賛成し、即日開催となった。教科書がないためできる事に限りはあるが、社内に残った紙媒体の資料を利用し見事授業を成立させたのだ。更に中学生が小学生に教え、高校生が中学生に教え、大学生が高校生に教えると言う形でコミュニケーションの場としても活用。合同授業は昼まで行われ盛況の内に幕を閉じた。

 自ら提案した事とは言え、一度も経験した事のない形での授業、中々に大変なものであった。生徒達が引き上げた後も椅子に座ったまま呆けていた。それでも久々に充実した疲労であった。

 会議室の利用が終わった事を伝えようと、守衛室に向かう。僅かに開いたドアから話し声が漏れ聞こえて来た。

 

「本郷さんはまた上に行ってるんですか」

 

「ああ」

 

「……手持ちの薬じゃ何も役に立ちませんね」

 

「だから今強いのを造ってるんじゃないか。それで少しでも緩和できればいいんだが……」

 

 行き先も分からずに、我武者羅に走った。頬を流れているのが、汗なのか涙なのかも分からない。

 薬。強いもの。緩和。聞こえた言葉だけでも、猛の体に異常が起きている事は明らかだった。

 そんな片鱗今まで一度も──いや、違う。そんな事あるはずがないと、思い込んでいたのだ。敵を倒して世界が平和になって、また先生をやって。当たり前のように描いていた未来。それが崩れていく。ランダルの男から聞いていた猛の情報、これまで見て来た戦い、そして先の遣り取り。全てが線で結ばれていく。

 それでも信じられなかった。信じたくなかった。しかしその思いを裏切るように、階段の途中に蹲っている猛を発見してしまった。そして猛は自分の存在に気づいていない。

 

「先生! 猛先生!」

 

 呼びかける事しかできない。だが猛はその声にさえ反応しなかった。ただ只管固く目を閉じ、胸を押さえていた。その尋常ではない様子に、慈は泣き出していた。悲鳴にも近い何度目かの呼び掛けで、漸く絞り出したような声で反応が返ってきた。

 

「さ、くら、先生」

 

 起きる事さえスムーズにいかない猛に肩を貸し、何とか廊下まで進み、壁にもたれ掛けさせた。

 

「……みっともない所を見せてしまいましたね」

 

「……体、もう、ダメなんですか」

 

 言葉が出て来ない。まるでそれを言ってしまう事を体が拒否しているかのようだった。慈の顔に確信めいたものを感じた猛は、隠し事が全く上手くいかない事に胸中で苦笑いしながら答えた。

 

「ええ、見ての通り常に痛みがありますし、戦闘もギリギリ耐えられるぐらいです」

 

「そんな……なんで」

 

 彼女も薄々は分かっていたのだろうが、猛の口からその予想を是とする言葉が出た事にショックを隠せずにいた。止まっていた涙が再び頬を濡らす。顎を伝い、服を落ちていく。

 

「黙っていてすみません。皆を悲しませたくなかったんです」

 

「……どうにか出来ないんですか?! インフラの回復を待って、自衛隊とか警察の人に死神博士を倒して貰えば!」

 

「そんな事を待ってくれる相手じゃないです。奴は俺に倒される事を望んでいる。だからそれ以外の方法でどうにかしようとしたら、本当に取り返しの付かない事態になります。だから俺が倒すしかないんです」

 

 自分がメチャクチャな事を言っている自覚はある。猛が戦い、そして勝たねば世界は本当に終わってしまうのだ。それでも、それが分かっていても納得できるはずがなく、そして猛がそれを当然のように受け入れている事も分からなかった。

 

「怖くないんですか?! だって死んじゃうんですよ! 死んじゃったら、死んじゃったらそれでお終いじゃないですか!」

 

「……少し前までは怖くなかったんです。戦いの中で仲間が全員死んで、自分だけが生き残ってしまって。ただ死ぬまで生きる。それだけだったんです。でも今は皆さんを守れず死んでしまう事の方が怖いんです。あの子達の、貴女の未来を守るために俺は命を掛けて戦うんです」

 

 そう言う猛の顔に恐れも悲しみも悔やみもなかった。あるのは、正義と信ずる道を歩む不屈の黄金の精神。それが本郷猛であり、それが仮面ライダーなのだ。

 もう自分の言葉が彼に届く事は無いのだと分かってしまった。ただ縋りつき涙を流す事しかできなかった

 

「……実は菊間さんにもバレてしまってるんです。その時に約束した事があるんです」

 

「なん、ですか……」

 

「皆さんの所に必ず帰って来ます」

 

「っ先生……猛さん……! 必ず、必ず、帰って来てください!」

 

「約束します」

 

 嗚咽を上げ泣く慈。慰める言葉を持たない彼は、ただ震える手で優しく撫でる事しか出来なかった。

 

 

 ・

 

 

「本郷」

 

 皆と食事を取っていると、階段のドアから、男が手招きで猛を呼んだ。断りを入れ、足早に向かう。

 守衛室に着くと、デスクの上に瓶詰めされた液状の薬品があった。

 

「今、我々の手持ちで作れる、一番強い痛み止めだ。しかしこれがどの程度君の痛みを和らげてくれるか、我々には全く分からない。それにやはり強いから日常的に使用すれば」

 

「いや、死神博士との決着で使えればいいんだ」

 

 男の説明を遮り、瓶を手に取る。猛はこれを慢性的な痛みを和らげるために使わず、出力を上げた際に発生する激痛のために使うつもりなのだ。それを手に取ったと言う事はつまり──

 

「もう行く気なのか?! 合流してからまだ2日だぞ! もう少し回復を待ってからでも」

 

「これ以上は回復しない。それに時間を掛けても状況は良くならないし、奴が何かを仕掛けてくる可能性もある。だから今日、奴を倒す」

 

 その覚悟を誰が覆せるか。決死と必滅を以て戦おうとする男に、何を言えるのか。そしてその事実が途轍もなく悔しかった。直接関与していないとは言え、自らが所属していた企業が犯した過ちの尻拭いをさせようと言うのに、手伝う事さえ許されない。

 

「俺がランダルに行ってる間に、奴がここを放って置くとは思えない。だから、ここの事は頼んだ」

 

「分かった! 命に替えてもここを守り切る」

 

 しかし意外な事に、猛は彼らの覚悟を否定した。

 

「ここで死ぬ事が責任の取り方じゃない。復興の旗頭になれ。人生の全てをそれに注いでくれ」

 

「本郷……。すまない……! お前達が命懸けで守った世界を、俺達がメチャクチャにしてしまった。後は穏やかに生きていくだけだったお前を、再び戦いの場に引き摺り出して、その挙句、その挙句……!」

 

 まだ短い付き合いでしかない。それでも猛が善人である事は疑いようがなかった。だからこそ、悔恨の念が尽きないのだ。生徒の成長を見守り、もしかしたら伴侶を得ていたかもしれない。そんなあったかもしれない未来は、もう閉ざされている。自分達が閉ざしてしまったのだ。その思いを存分に恨み言、いや暴力で訴えても誰も文句は言えないのだ。なのに、猛は生きろと言った。それが悔しくて、申し訳なくて。男は立ち尽くしたまま、泣き続けた。

 

 

 ・

 

 

 スーツを取る。修繕の跡と、新しい傷が歴史を物語っている。着るのはこれっきりにしたいものだった。

 手の震えは止まらない。指先の感覚も鈍くなっており、グローブを付ければそれは更に顕著になる。自分の体の事ながら頼りなく思えてしまうが、使えるものはこれしか無い。信用し、信頼し、使い潰すしかないのだ。

 ベルトを装着すると、主機が戦闘出力まで上昇。少し心配だったが、まだそこまでにはなっていなく、安堵した。

 守衛室を出ると、そこには由紀や琴美達がいた。猛の雰囲気から何かを感じ取ったのだろう。当の本人は伝えるべきか否かを迷っており、向こうから来てくれた事は安堵と罪悪感があった。

 

「先生、ランダルに行くんでしょ」

 

「はい。死神博士を倒して、そしてこの事態を終わらせます」

 

「……本当に、先生に任せっぱなしになっちゃったな」

 

「それが私の役目ですから」

 

 クラッシャーを取り付ける。複眼が光る。

 外に向かう猛を、皆が追う。

 サイクロンに跨り、エンジンが唸りを上げる。

 

「……お前1人に任せる事になってすまない」

 

 何度繰り返したか分からない謝罪の言葉。それに対し猛は首を振ると、手を差し出した。

 

「それはもう言いっこなしだ。それより、もしもの時は頼むぞ」

 

「っ、ああ!」

 

 固い握手が交わされた。

 

「それじゃあ皆さん、また後で会いましょう」

 

 

 ・

 

 

 無人の街を走り抜け、伏魔殿の麓にたどり着く。ここに至るまで、妨害は1つもなかった。

 正面玄関に近寄ると、ドアが自動で開いた。自家発電機があるようだった。足を踏れると、歓迎するように照明が付いていく。

 

『待っていたぞ、本郷猛。ワシの下まで来い』

 

 館内放送で流れる忘れられぬ声。フロアに設置されたエレベーターの1つが起動する。天井に取り付けられたカメラから、こちらの動向を確認しているのだろう。一瞥し、開かれたエレベーターに向かう。地獄への道か、それとも救世への道か。

 後戻りの出来ぬ底へと沈んでいき、止まった。ドアが開く。

 上層階と同じ広さのフロアには何もなく、最悪に死神博士の脳を補完する部屋があるだけ。そしてその前に立つ最強の変異体。小さく赤い複眼に、額から伸びる2本の触角。

 

『貴様はワシの作り上げた最高傑作となった。故に、最強を以って貴様を打ち倒そうホッパー』

 

「違う」

 

 握り締められた左手がタイフーンをなぞりながら腰に引かれ、開かれた右手が顔を隠すようにしながら天を突く。

 

「俺は仮面ライダーだ」

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