本郷猛のがっこうぐらし!   作:日高昆布

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その17

 同時に走り出す。一気に間合いが詰まり、拳が同時に繰り出される。互いの胸部を叩くが、その威力は大きく違っていた。猛が一方的に殴り飛ばされた。慣性を殺し、押し返すほどの拳は装甲を抜き、肉体にまでダメージを与えていた。

 辛うじて着地はするが、クラッシャーから血が滴っている。

 間髪入れず、変異体が一足で距離を詰める。足が床を踏み砕き、腕が振るわれ、輪郭がブレる程の速度で突きが放たれる。

 猛は足を退げ、半身となり、その腕と肩に手を添え、力のベクトルを動かし、壁へと投げ飛ばす。亀裂が入る。しかし変異体は大したダメージを負った様子もなく立ち上がった。そして再び距離を詰める。

 ──速い! 

 身を捻り何とか回避するが、僅かに胸部装甲を捉えている。そして変異体はそれだけの速度を出しておきながら、目と鼻の先で既に止まっている。後脚が跳ね上がる。空気を殴っているような轟音が鳴らしながら、僅かに下げた頭上を通り過ぎた。

 水面蹴りで軸足狩を狙うが、跳躍で回避される。変異体はその短な滞空時間で身を捻り、真上から刺突のような前蹴りを放つ。手で床を押し、逃げる。直撃こそ回避できたが、床を陥没させる威力はその衝撃だけでも驚異的なものだった。

 飛散する瓦礫が体を叩く。

 たったこれだけの攻防で、猛は息を切らしていた。

 床にめり込んでいる足を引き抜くと同時に、瓦礫を蹴り飛ばす。腕をクロスしガード。回避出来なかった猛にそれ以外の選択肢はなかったが、悪手であった。視界を塞いでしまったその隙に接近を許す。

 強烈なアッパーカットがガードを崩し、更に上体が反ってしまう。ガラ空きの胴体に中段蹴りが刺さる。口から血が飛び出す。踏ん張りきれず壁に叩き付けられる。弾んだ体が床に落ちるより早く、肘打ちが顔面に叩き込まれ壁にめり込む。鷲掴み引き抜くと、マシンガンのような連打が始まった。壁面の亀裂が広がり、天井にまで達していた。

 カラリ、と壁面の欠片とは別のものが落ちた。変異体と猛の目が直に合う(・・・・)。そこに目掛け、拳が振るわれた。

 腕に掌を添え軌道をずらし、もう一方の手で鷲掴みにしている手の小指を握り締めへし折る。そのまま小指を裂く勢いで手を引き剥がし、何とか脱出に成功する。

 しかし満身創痍の猛をむざむざ逃す変異体ではない。無理矢理な脱出で体勢が崩れている猛に、脇に横蹴りを見舞う。床を転がる。

 下手に踏ん張らなかった事が幸いし、威力は幾らか軽減していた。だが深刻なダメージを与えている事に違いはない。視界が揺れている。立ち上がる事さえ緩慢であり、接近に対応できなかった。上段回し蹴り。辛うじて翳したガードごと押し込まれ、再び壁際に追い込まれると、そのままズルズルと腰が落ちていく。すかさず顔面への前蹴り。しかしそれは体勢を低くする事で誘発させたものだった。伸び切る前に足と膝を掴み、膝を中心に捻り、押し込む。

 圧倒的な膂力を持っていても、格闘術は持たない。故に猛の行動を読めず、容易く体勢を崩された。

 押し込んだ勢いのままに立ち上がった猛は、後傾で伸ばされた膝を踏み付けるように帰る。その蹴り足を畳まず、上段横蹴り、回し蹴りへと繋げる。変異体の足元が僅かに揺らいでいる事に気付いた猛は、軸足を捻り後ろ回しを放つ。頭部に直撃、更にグラつく。

 ここを攻め時と捉えた猛は、全てのタイフーンを起動させた。出力と痛みが跳ね上がる。

 足を振り抜いた勢いのままに、鉤突き、肘打ち、両手突き、手刀、抜き手と途切れぬ連打を繰り出す。しかし変異体が直撃を許したのはそこまでだった。まるで猛の連携を見て学習したような連撃が放たれた。そして猛はそれを躱し、流し、反撃する。目まぐるしく立ち位置を変えながら、終わる事のない攻防が続いていく。

 閉じ込められ、停滞していた大気が2人を目に渦を巻き始める。

 スーツが裂かれ血が飛び散る。生体装甲が割れ血が飛び散る。血は華を描いている。

 

『素晴らしい……』

 

 弛まぬ研究でアップデートを重ね続けた自らの改造人間(作品)を倒し続けた本郷猛(最高傑作)が、今再び、目の前で命を散らしながら戦っている。自身を打ち倒さんと、命を溢しながら戦っている。その美しさが、血の華こそが引導に相応しい。

 歓喜に、そしてそこに自らがいられない悔望に脳が震える。その感情に共鳴するように、照明が激しい明滅を繰り返す。

 

『勝ってみせろっ、本郷猛──!!』

 

 

 ・

 

 

「来なすったぞ」

 

 通りを埋め尽くさんばかりの通常体と初期変異体。それらは全て一方から来ている。死神博士にどう言った意図があるのかは推量れないが、好都合であった。

 

「こちらは通りで防衛線を引くから、皆を上層階まで避難させてほしい。後、こいつは無線だ。必要があったら指示するし、そちらで何か不測の事態が起きたら連絡しろ」

 

 ランダルに人的余裕はなく、誘導を慈達に委ねるしかなく、リーダーは慈になった。

 簡単なレクチャーを受け、無線を受け取る。

 

「分かりました。……ご無事で」

 

「本郷にも言われてるんでな」

 

 彼らは戦士でも兵士でもない。この災禍が起きるまではただの社会人でしかなった。彼らが立ち向かえるのは、後を託されたからだ。皆の命を、そして日本を。だから戦うのだ。

 窓から見える大群。唸る声が大気を揺らしているようだった。

 慈は初めて神に祈った。どうか、皆で明日を迎えられますように、と。

 

 

 ・

 

 

 本郷猛は穴の開いたガソリンタンクだ。いくら補充しようと、高性能なエンジンを載せようと、いつかは止まる。

 致命的な痛みが、終わらない攻防に幕を閉じた。

 それまでとは明らかに異なる痛みに、金縛りにあったように動きが止まる。そして何を喰らったのかも分からずに、吹き飛ばされた。弾み、転がっていく。

 クラッシャーから溢れた血が仮面を汚す。体の回転が止まってからも喀血が止まらず、夥しい量の血が床に赤く丸い絨毯を広げていく。何度立ち上がろうとしても、顔を上げる事さえ儘ならない。

 ゆっくりと近付く変異体の姿が見えた。余裕の表れではなく変異体も満身創痍なのだ。大腿骨が開放骨折し、片目が抉られている。

 脇腹に強烈なトゥーキックを喰らう。破砕の音が頭に響いた。床に血を散らし、また転がっていく。

 血が止まらない。だが、動く事はできるようになっていた。

 踏み込み、拳を放つ。しかし先までとは雲泥の差。脇に挟み込まれ、肘を折られる。全身の痛みが勝っており、何も感じなかった。それはある意味変異体も同じだった。着実に動きに影響が出ているが、痛みに怯んでいるのではなく、物理的に可動に支障をきたしているからだ。

 下段奥内蹴り。露出した骨が更に飛び出す。皮膚がブチブチと千切れていく。

 折られた腕を引き抜く。変異体の拳が顔面を捉える。胴体に横蹴りを入れ追撃を止める。しかしそれは蹴りと言うよりも、ただ押し退けたに近かった。双方共にそんな蹴り擬きしか放てず、そしてそんな蹴り擬きにも耐えられなくなっていた。

 戦いの決着が、そして命の終着が近い。

 腕は満足に上がらず、視界は霞み、気を抜けば倒れてしまいそうだった。血が止まらず、排出しきれないものが仮面の内側で溜まっている。仮面を取り外す。

 ──一文字、風見、力を貸してくれ! 

 タイフーンが回る。既に僅かとなった治療用ナノマシンをフル稼働させ、終着を少しでも伸ばす。

 鼻腔から、耳から、目から血が流れる。

 

「うおおおおぉぉ!」

 

 走る。跳ぶ。渾身の、そして最初で最後のライダーキック(・・・・・・・)

 変異体は拳で迎え撃つ。ギリギリと血を滴らせながら握り込まれた拳を解き放つ。

 激突。

 肉が裂け、骨が砕け、ひしゃげていく。

 威力は落ちず、装甲を穿ち、破砕した。

 肉体を散らしながら宙を舞う。

 極限にまで研ぎ澄まされた神経がその一つ一つを、克明に伝える。

 立っているのは1人だけ。

 

『見事だ。本郷猛、仮面ライダーよ。貴様は再び世界を救ってみせた。さあ、最後の役目を果たせ』

 

 猛の意識は朦朧としていた。死神博士の声も聞こえていない。しかし己が最後に果たさなければならない事は分かっている。

 視界が急速に狭まっていく。焦点が合わない。歩いている感覚さえあやふや。倒れる。

 

『何をやっている! 勝者ならば、その責務を果たせ!』

 

 立ち上がり歩き出しては倒れる。その度に死神博士は叱咤激励をすると言う奇妙な光景があった。

 そしてついに最奥に辿り着き、牙城へと足を踏み入れた。

 視界には靄が掛かっている。それが自分の視界にだけあるものなのかどうかも、猛には考えられなかった。足を踏み出す毎に、血が落ちる。

 数えるのも億劫になる程のコードに繋がれたガラスケースに、死神博士の脳は収められている。それは死神博士の揺籠であり棺桶。

 血に染まった掌でケースを撫でる。血のヴェールの向こうで目が合った気がした。

 

『やれええぇっ、仮面ライダー!』

 

 

 ・

 

 

 外部での防衛線が破られ、慈達も戦う中、それは突如訪れた。

 奴らが全員一斉に倒れたのだ。

 椅子で押しのけようとしていた胡桃がつんのめる。

 攻撃を空振った琴美が壁を打つ。

 あまりの状況変化に、誰もが呆然としていた。

 

「……先生が勝ったんだ」

 

 由紀がポツリと言った。その一言は波紋の様に広がっていく。ビルを震わす程の雄叫びと歓声が響いた。

 ──直後、その全てを掻き消す爆音が響いた。皆が弾かれた様に窓の向こうに目を向けると

 

「ああっ、そんな……」

 

 遠くにあって尚一際強い存在感を放つ、ランダルコーポレーション本社が断続的に炎と煙を上げていた。そして

 

「猛先生──!!」

 

 轟音と粉塵を巻き上げながら、ビルは倒壊していった。

 

 

 ・

 

 

 最初期に予想された通り、災禍の被害は政府にも及んでおり、仮初の日常さえ戻って来るのに長い時間を要した。

 1年が経過した今でも、インフラは復旧しきっておらず、多くの市民が仮設住宅での生活を余儀なくされている。人手不足も相まって、日々の生活も困難の連続であり、原因究明のために真っ先に調査すべきランダルコーポレーション本社も、オフィス街丸ごと閉鎖され、未だに手付かずの状態になっている。

 多くの命が散り、多くの涙が流れた。戻らない人を思い嘆く者。見えない影に怯え苦しむ者。人々の傷が癒えるのは、街の復旧よりもずっと時間が掛かるだろう。一生癒えない者もいるだろう。それでも日常は戻って来たのだ。今日しか見えず、明日を想像する事も出来なかった悪夢の日々は終わったのだ。

 

 

 ・

 

 

 お手製の鐘が鳴り、授業の終わりが告げられる。授業を受けられる喜びを知ったのも束の間、口々に授業の終わりを喜ぶ生徒達。放課後は何をするか、どこで遊ぶかと楽しげに話している。

 当たり前だと思っていた光景が戻って来るのに、やはり時間を要した。心に傷を負っていない方が少ない。そんな状況下で始まった学校は苦難の連続であった。授業を受ける側も、する側もボロボロだった。

 そんな皆を導いたのが、佐倉慈だった。慈自身がそうであったように、心に残る暗闇を乗り越える勇気を示したのだ。

 全員が全員回復したわけではない。しかし多くの者が彼女の振る舞いと言葉に勇気を貰ったのだ。そんな、言わば聖女の如き奇跡を起こした彼女だが

 

「めぐねえ先生またねー」

 

「めぐねえ、さよならー」

 

 扱いは今までと全く変わらなかった。付き合いの長い子達からの愛称なら、納得はできなくとも理解はできる。しかしここには、かつての職場の同僚も生徒もいないのだ。なのに何故か全く同じ愛称が、何処からともなく発生したのだ。実に不可思議且つ理不尽な事象であった。

 

「琴美せんせー遊んでー!」

 

 そしてこれまた不思議な事に菊間琴美は普通に名前で呼ばれているのだ。

 

「めぐねえーヤッホー!」

 

 少しだけ大人びた、しかしやはりまだまだ子供の声が背後から慈を呼んだ。由紀達だ。ふとこの子達がしょっちゅう遊びに来て、めぐねえと呼ぶから広まったのではと思うが、今更追求した所で広まったものはどうにもならないし、この呼び方を変えられる訳ではないので諦める事にした。

 由紀の後ろには、胡桃達もいた。

 アポなしではあったが、何となく今日は来るだろうと思っていた。今日は、あの日からちょうど1年が経った日なのだ。

 殊更思い出話をする訳ではなく、偲ぶ訳でもない。ただいつもより少し寂しくなってしまうから、こうして皆で集まり、とりとめのない話をするのだ。これからも毎年、この日はこうなるのだろうな、と口に出さずとも皆がそう思った。

 

「佐倉先生と菊間先生」

 

 女子会の会場と化していた空き教室に、同僚の教員が顔を出した。

 

「どうしました?」

 

「お客さんですよ」

 

 はて、と2人とも首を傾げる。保護者の訪問予定はないし、そもそも担当のクラスが違うから被る事もないのだ。

 

「『約束が遅くなってすみません』って、うわぁ!」

 

 2人のみならず、その場にいた全員が扉に殺到し、教員を押し退け廊下を走っていった。普段、厳格とまでいかずとも、ルールの必要性をしっかりと説く2人が脇目も振らずに走っていく姿を、ポカンとした顔で見送る。

 

 

 ・

 

 

 あの日見送り、そして帰って来なかった彼がそこにいる。少し困ったような、それ以上に嬉しそうな笑顔を浮かべそこにいた。

 

「お帰りなさい!」

 

「ただいま」




「本郷猛のがっこうぐらし!」これにて完結となります。
これまで読んで頂き、ありがとうございました。
また、日頃から感想を下さった方、誤字報告をして下さった方、評価して下さった方、本当にありがとうございました。お陰様で最終話1話前で、日刊ランキングの9位に入る事が出来ました。メチャクチャ嬉しかったです。

今作のラストについては、ギリギリまで悩みました。皆に感謝しながら、看取られるって言う展開も考えてたんですけど、皆の今後の人生にトラウマしか残さないと思って止めました。あと、途中まで書いてて猛が不憫過ぎましたしね。
ただ、もしかしたら自己満足で活動報告にでも上げるかもしれません。ハッピーエンドもだけど、ビターエンドも結構好きなんですよね。

次回作なんですが、色々考えてます。と言うか書きたいテーマだけが、頭の中で渋滞してます。こいつらをもっとスムーズにアウトプットしたいですねえ。
そんなに間を開けずに、またお邪魔したいと思うので、その時はよろしくお願いします。

最後に繰り返しになりますが、本作を読んで頂き、また楽しんで頂きありがとうございました。

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