その割には話が全く進んでなくて申し訳ないです。
次は早めに投稿したいです。
救出した圭と美紀に加え、猛の疲労もあり娯楽品や勉強用のテキストの収集は持ち越しとなった。また人数が増えてしまった事で、食糧の一部を残した上で乗り方を考える必要があった。
中部座席に座る胡桃と貴依と由紀の足元にカゴと水を重ね置き、一番小柄な瑠璃を後部座席に座る猛の膝に乗せる形になった。最初は悠里が乗せると言ったが、間違いなく痺れるため、位置を変える手間を考えると初めから猛に任せておいた方が良いと言う事になった。
圭と美紀も隣にいるが、安堵感と疲労感から戦いを終えた猛の姿を見た直後に、倒れ込み、そのまま寝入ってしまった。
安全と言う概念に正面から喧嘩を売る乗り方に、ドライバーの慈は恐れ慄いていた。道交法を遵守する事を誓う。
「お兄ちゃん、重くない?」
「車に乗られても重くないですから大丈夫ですよ。瑠璃さんこそ座り心地悪くないですか」
「ん──。カッチカチだね!」
「るーちゃん!」
咎める姉の声に、ひゃっ、と舌を出しながら答える瑠璃。無論本気の叱咤ではない。とは言え瑠璃の感想も尤もである。鉄以上の硬度を持つ骨に、金属繊維の筋肉、防弾・防刃・耐火・耐寒に優れたスーツの上に座ってるとなれば、その座り心地は推して知るべし。ベストポジショニングを探してモゾモゾと動き続ける瑠璃。漸く落ち着くと、猛の胸に頭を預け、見上げてくる。何事かと視線を合わせると、彼女は唐突に手を伸ばし頬に触れた。
「どうしました?」
「お怪我してないかなって」
眉根を寄せ、不安気な表情でそう尋ねる。
店外での凄惨な戦闘の一部を目にし、上空から降って来て着地する瞬間までを見た彼女らの心配はそれはもう凄まじく、裸にひん剥き怪我の有無を確かめようとする暴走集団と化す程だった。
「ありがとうございます。この通り大丈夫ですよ。先生は頑丈ですから、あれぐらいじゃ怪我しませんから」
安心させるための言葉だったが、何故か瑠璃の表情が晴れる事はなかった。
・
ルートが確保できているため、徹底された安全運転でも行きよりは時間が掛からなかった。
猛が食料の運び込みをしている内に2人の体に傷が無い事を確認すると、1人ずつ背負い生徒会室に連れて行った。それが終わると、猛は着替えると言い、隣室へと戻った。
隣の部屋から聞こえて来る、抑えられた歓談の声とは裏腹に彼の表情は重苦しかった。
嘗ての生徒による襲撃と、今回の変異体との戦闘。それらを経て、ある事実が確定した。それは自身のパフォーマンスの著しい低下である。変異体は確かに人を遥かに超える膂力を持っているが、ショッカーが製造した改造人間とは雲泥の差だ。十全のパフォーマンスを発揮できていたら、少なくとも今回の変異体相手にあれ程手こずる事はなかった。
現状で発揮できる性能は無理をして5割、そうでなければ4割と言った所か。現に今も両足に痛みが走っている。
原因は分かっている。
まず長期に及ぶ整備不足。猛に施された改造は肉体を機械に置き換えるもの。使用されている技術は比較にならないが、本質は工業用の機械と何ら変わりない。使えば使うほど、戦えば戦うほどパーツは消耗し摩耗していく。ショッカーから離反した技術者によるその場凌ぎの整備がなければ、戦い抜く事はできなかっただろう。しかしその無理の代償は確実に蓄積され、彼の体を蝕んでいった。
そしてもう1つが、超過駆動だ。
人類の叡智を軽々と超え、且つそれを膨大な人体実験の下日進月歩で進化させていくショッカーの技術の中に於いて、猛に使用されたものは比較的初期のものであった。次々と投入される新技術により造られた改造人間との間にある性能差は、彼の持つ経験とテクニックを以ってしても埋められないものとなっていった。機械である以上、己の意思で限界を超える事はできない。設備もなく再改造もできない。故に方法は1つしかなかった。ドーピングによる超過駆動。その反動は凄まじく、使えば使うほどパフォーマンスの最大値が減少していく事から当初は限定的な状況でのみ使用していた。しかし戦いが激化していくにつれ使用頻度は加速度的に高くなり、間もなく恒常的に使用するようになっていった。
前述の理由と相まり、日常生活にさえ支障を来たすほどになっていった。そしてそれは改善される事なく現在へと至っている。
「……」
死が怖くない、などと言うつもりはない。しかしあの時もそうだったように、必要ならば使う事に躊躇はない。
・
「先生! 2人が目を覚ましましたよ!」
机に向かい何かの作業をしていた猛が振り返る。
「一安心ですね。……それで様子は」
「取り敢えずは落ち着いてます。先生にお礼を言いたがってますから、顔を出して上げて下さい」
「分かりました、少し待ってて下さい」
机に向き直る猛。ガチリ、と展開されていたベルトに何かを差し込んでいる。少し気になったのか、肩に手を置きながら覗き込む慈。普段から発揮されるこの気安さは多くの男子生徒と男性教員を惑わして来た。無論猛には全く効果はないが。
「何をされてるんです?」
「整備です。長い事使ってなかったので」
垣間見える内部には、眩暈を感じるほどの精密かつ極小の機械群が敷き詰められていた。決して機械に明るいとは言えないが、それでも人類の持つ技術を超えている事が分かる。
「……」
そんな技術を持つ組織があって、人を弄んでいた。猛は全貌を語らなかったが、数え切れないほどの犠牲者がいる事は想像に難くない。猛の性格を熟知しているとは言えないが、その上に立っている事を重荷に感じていない訳がない。だからこそ、戦いに身を投じたのだ。
猛の家にはある写真があった。不器用な笑顔を浮かべた本人と、ニヒルな笑みを浮かべた男性と、キザな笑みの男性の3人が写った写真。2人について、猛は一切言及していない。彼らがどうなったのか。沈黙こそが雄弁に語っている。
犠牲の果てに得た平和が、瞬く間に崩れ去った。守るべきはずだった存在を殺す事でしか、生者を守れない。辛くないはずがない。悲しくないはずがない。
「……辛く、ないですか」
でも
「大丈夫ですよ。佐倉先生こそ大丈夫ですか」
彼は弱音を吐かない。それが私たちをより不安にさせてしまうと考えているから。
彼は心の内を見せない。自身を人と異なる存在だと明確な一線を引いているから。
彼は自身を顧みない。戦う事が責務だと思っているから。
机の上に置かれたマスクには、無数のキズがある。それは彼が受け続けた辛苦の証であり、そして彼の代わりに流された涙の様でもあった。
「私は大丈夫ですよ。本郷先生が一番辛い役割なんですから、何かあったら言って下さいね」
彼は自身の幸福を求めていない。それどころか生存と言う生命としての大前提すら望んでいないのかもしれない。
ただただ当たり前の日常を謳歌して来た私たちの言葉では、その無意識を変えるにはあまりに非力すぎる。しかし妥協し、現状に甘んじるつもりはない。貴方が危険に晒される事を、傷を負っていく事を、悲しむ事さえできなくなっている事に、心を砕く者がいる事を伝え続けよう。貴方が自身の幸福を願える様になるまで。
・
「猛先生!」
歓談に興じていた圭が喜色に溢れた声で猛の名を呼んだ。皆も振り返り、無事な姿に安堵の息を漏らす。
「ありがとうございます! 先生が来てくれなかったら、私たち……」
猛の手を握り締め、崇拝するように頭を垂れ額を押し当てる。大袈裟な、とは誰も言えなかった。変異体の恐ろしを知っているならば、太刀打ちできる猛の存在はまさしく希望なのだ。彼が善性の存在でなければ、自らの国を作る事さえ可能だろう。
「私も、先生が来てくれなかったら食べられてました。でも」
対して美紀は務めて冷静であろうとしていた。あくまで生徒と教師でしかないが、猛が善人である事は分かっている。しかしそれだけで、手放しで全てを信用できるほど楽観的ではなかった。
「先生は何者なんですか」
自覚の有無はともかくとして、猛を中心として成り立っているコミュニティ内に於いて、その発言をできるのはある意味凄い事だった。警戒を隠さず、あまりに不躾な物言いに、圭までもがギョッと振り返った。彼女の目には圭にしか分からない恐怖があった。
俄に満ち始める不穏な空気。早く謝罪させなければ、と口を開こうとした瞬間、パン、と手打ちの音が響いた。結構な音量に、皆が一様に体をビクつかせた。
「すみませんでした、直樹さん。これまでの事を考えればまず初めにそれを説明すべきでしたね。後、私は気にしてないので皆さん怒らないで下さい」
椅子を引き出し、腰掛ける猛。感情を挟まず、淡々と自分がどういった存在なのかを述べていく。
2人以外は2度目となるが、何度聞いた所で慣れる事がないのは火を見るよりも明らかである。それだけ凄惨なのだ。それを被害者の口から語らせてしまった事に、皆の気は沈んでいく。そして美紀の物言いに不快感を覚えた事も自省すべき事だった。初めて戦う姿を見た時に、自分達も衝撃を受けていたのだ。誰もが受け入れられる訳でないのは当然の事だ。自分達がその事に気づいていれば、もっと上手く場を整えられたはずなのに……。
・
美紀とて軽い気持ちで聞いたのではない。しかし猛の口から語られた内容は、想像を遥かに超えるものだった。それが本当なのか、など疑えばキリはない。だが皆の沈痛な表情を見て罪悪感を持たず、疑いを持ち続けられるほどひねてはいない。語る本人が殊更何でもない事のような表情をしている事もそれに拍車を掛けていた。
自分はとても酷い事を尋ねてしまったのではないのか。自覚した途端に訪れる気持ち悪さ。吐くものもないのに、口を押さえてしまう。
「私の事は怖いでしょうけど、ここにいて下さい。必ず守りますから。それだけはどうか信じて下さい」
話し終えた猛は返事を待たずに立ち上がると、ドアの方に歩き出す。
「せ、先生どこに」
「1、2階の見回りに行こうかと」
美紀が恐怖を抱えていた事に、猛はすぐに気付いた。少なくとも今いくら言葉を重ねた所で払拭できない事は確実であり、できるのは原因である自分がこの場を離れる事だけだった。それが彼女により罪悪感を抱かせてしまう事は分かっているが、猛にはこの方法以外を思い付けなかった。
慈に目配せをする。フォローを丸投げしてしまう事になるが、彼女は視線を合わせ小さく、しかし強く頷いてくれた。
・
「美紀さん」
慈の呼び掛けに体を揺らす。縋るように手を伸ばす。
「せ、先生……私」
「大丈夫です。美紀さんが悪意を持って尋ねた訳じゃない事は本郷先生も私達も分かってます」
慈の言った私達とは、美紀と圭以外の子供達への言外の言い聞かせである。先生が怒っていないのだから、貴方達も怒ってはダメだ、と。全員が理解した訳ではないが、慈の言葉を遮ってまで口を挟もうとする事はしなかった。
「私達は段階を踏めたから先生の事が怖くなかったけど、あんな風にいきなり見たら怖くなるのも仕方ないと思うわ」
変異体に襲われて殺されるか。食料が尽きて死ぬか。奴らに殺されるか。精神が崩壊してもおかしくない極限状態。そんな精神状態で突如現れた変異体と戦える存在。信用しろ、信頼しろと言う方が無理な事だ。
でも猛がそう思われる事が、美紀がそう思ってしまう事が、慈にはどうしても許容できなかった。
「ね。美紀さんにとって本郷先生ってどんな先生?」
「……優しい先生です」
「うん」
「いつも視線を合わせて接してくれて、誤魔化しとか理不尽な事とかしないでくれて」
「うん」
「でも悪さをすればきちんと叱ってくれて。……そんな先生です」
「うん。私が知ってる先生もそんな感じかな。だからゆっくりで良いから信じて欲しいの」
・
ルーティンとしてここを訪れる奴らは先の襲撃で駆逐されたのか、見回りでは1体も見付からなかった。このまますぐに戻っては早すぎるため、校庭の方にも足を伸ばす事にした。1時間を掛けじっくりと見回り、異常が無い事を確認。
美紀の事を慮り生徒会室には顔を出さず、声掛けだけして自室へ戻る事にした。
「先生!」
しかし当の美紀から呼び止められた。
「さっきはごめんなさい!」
気にしていない、と言おうとして口を噤む。自身の気持ちを偽っているから噤んだ訳ではなく、美紀の気持ちを汲む必要があるからだ。
「謝罪、受け取りました」
ホッと息を吐いたのは美紀だけでなくドアから顔を覗かせている面々もだった。隠れるつもりのない堂々とした様子に苦笑する。すると突然由紀がはいはーいと授業では見ないほどの元気で挙手をする。
「2人の歓迎会やろうよ!」