本郷猛のがっこうぐらし!   作:日高昆布

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お待たせしました。仕事が忙しかったり、ゲームパスで遊んでたりしてしまいました。
しかもお茶濁し+繋ぎのための短編集。
次回は大きく話が動く予定なので、もっと早めに投稿できるようにします。


その8

 1

 少人数制の故の密度の高い授業から解放された昼休み。食後の休憩中、窓辺に座っている猛は何かの作業をしていた。安物のヘッドホンを片耳に当て、黒一色の何かの装置に付いているツマミを操作している。

 見慣れない装置に好奇心を刺激された由紀と瑠璃が近寄っていく。

 

「お兄ちゃんそれ何?」

 

「ラジオですよ」

 

「ラジオっ! 初めて見た!」

 

「何ができるの?」

 

 世代が進むにつれ、その認知度が加速度的に低くなっていく悲しき存在。学生の頃にはそこそこ楽しんでいた者からすると、そこはかとない寂しさを感じてしまう。

 

「音だけの番組を聞けるんですよ」

 

「……? それって楽しいの?」

 

「瑠璃さんとか由紀さんのような若い人にはあまり楽しくないかもしれませんね。まあ今は番組を聞いてるわけじゃなくて、どこかが情報を発信していないかを確認してるんですよ。こういう非常時はテレビよりラジオの方が情報収集出来るんですよ。今のところ成果はありませんけど」

 

「ふーん」

 

 と言ったきり、顎に手をやり、如何にも考え事をしていますと言わんばりのポーズで黙り込む由紀。その姿を真似する瑠璃。一番精神年齢の近いであろう2人は、姉妹と言うより友人のような関係性を築いていた。

 

「そうだ!」

 

 本人の中で余程の名案だったのか、室内が一瞬静まり返るほどの声量だった。

 

「ゆ〜き〜!!」

 

 驚かされた事にご立腹の胡桃に、頬を引っ張られる由紀。喃語のような謝罪を繰り返し、漸く離してもらう。ヒリヒリと痛む頬を摩りながら恨みがましい視線を向けている。

 

「で、何が『そうだ!』だったの?」

 

 貴依に聞かれ、本題を思い出す。

 

「えっとね、先生みたいにラジオで情報収集してる人がいるかもしれないから、私達が放送すればいいんじゃないかなって思ったの」

 

 理に適った、らしからぬ提案に室内は静まり返る。

 

「その発想は盲点でしたね。妙に充実してるここの設備ならできるかもしれません」

 

 外部発信の最も大きなメリットは、公的組織への存在を認知してもらう可能性が高くなる事だ。本郷猛と言う戦力があっても、食料は無限ではなく、怪我や病気への対処も限界がある。また由紀は危機的状況に陥っている生存者への助けになるかもしれない、と言う考えも持っていた。

 

「先生のお墨付きも貰った事だし、早速原稿の準備に取り掛かろっと」

 

「せめてどうやったら放送できるのか調べるくらいしろよ」

 

「私が調べてもいいの?」

 

「……余計に時間掛かりそうだな」

 

「自覚ある所が由紀らしいね」

 

「あ、あと放送局と番組の名前も考えなきゃ! るーちゃんも手伝って」

 

「はーい!」

 

「全く……」

 

「楽しそうだし、いいんじゃないですか?」

 

 呆れつつも、猛の言葉を否定しなかった。

 

 

 2

「せんせーせんせーせんせー!」

 

 高校生とは思えないはしゃぎっぷりで猛を呼ぶのは、もちろん由紀である。果たして瑠璃とどちらの方が幼いのだろうか、と考えているとドアが勢いよく開かれた。

 何事かと問う前に彼女は猛の手を引き隣室へと誘った。テンションの高さから何かしら良い事があったのだと推察できるが、元から些細な事でも幸福に思える性格なので、内容までは分からなかった。

 部屋に入ると、皆がラジオに聞き入っていた。一瞬政府による放送かと思ったが、違うようだった。スピーカーから聞こえるのは抑揚のついた女性の声であり、よくよく聞いてみるとそれは朗読劇であった。あまりに意外な内容に、驚きを隠し得なかった。しかも更に聞いていると、どこかで見たシチュエーションだと言う事に気付く。と言うよりごく最近に、自身も当事者として関わったものであった。

 つまりこのパーソナリティはあのキャンピングカーのドライバーなのだ。

 無事である事にホッとする一方、必要以上に盛り上げて自分の事を話すものだから、むず痒さを覚えてしまう。

 

「ふふーん! そのヒーローはうちの先生なんだよ!」

 

 我が事のように誇らしげな調子で言う由紀。言葉にせずとも、同じ思いを抱く皆の視線が刺さる。

 堪らず視線を逸らしてしまう。しかし悪い気はしなかった。

 

『そうして私は助かった訳でした。ただ残念な事に心底ビビり散らしてた私はお礼も言わずに逃げちゃったんだよね。だから改めてありがとうございました。もしこの放送を聞いててくれたら嬉しいな』

 

『そうだ。折角だからいるかは分からないけど、リスナーの皆にあの人の呼び名を考えてもらいたいんだよね。かっこいいのをお願いね』

 

 そうして放送は終わった。猛以外の皆がアイコンタクトを取っている。

 

「じゃあこれから先生のかっこいい名前をみんなで考えましょうか」

 

 猛の拒否の声は皆の喊声に飲み込まれて消えた。

 

 

 

 3

 ──よーい、どん! 

 

 校舎内で聞こえるには相応しくない掛け声。何事かと廊下に顔を出すと、ちょうど目の前を胡桃と美紀が走り抜けていった。追っていくと、ゴール地点と思わしき所にはタイマーを持った圭が立っている。

 事情説明を求め号令を上げていた由紀、ではなくその隣にいる悠里に視線を向ける。

 

「体が鈍ってる事が気になってたみたいで。美紀さんは競争相手として指名されたみたいです」

 

 その懸念は的中していたようで、タイムを聞かされ崩れ落ちていた。2人に慰められながらトボトボと引き上げて来る。そんな姿の彼女に対し、果敢にタイムを尋ねる由紀。口に出さずジト目で答える胡桃。

 彼女のタイムは抜きにしても、運動不足自体は懸念すべき事柄である。とは言え校庭でやるには危険が伴う。となると、校舎内でできる運動を考えるべきだろう。近い内に慈と検討しておこう、と胸中に留めた。

 ヘッドロックをかまされそうになっている由紀が、何とか意識を逸らそうと必死の声色で猛に問うた。

 

「せ、先生は本気出すと、どれくらい速いんですか?!」

 

 咄嗟に出た質問だったが、胡桃は疎か他の3人も気になる事柄だったようで視線が集中していた。

 

「……計った事はないですが、この状態で走っても大幅に世界記録は塗り替えられますね」

 

「おお……。じゃあ全力出したら?」

 

「100mなら5〜6秒ですかね」

 

「うう〜ん目標にするには速すぎる」

 

「当たり前じゃないですか」

 

 美紀の冷静なツッコミで締められた。

 因みに後日、猛VSその他、と言う形で運動大会が開かれる事が決まったのをここに記しておく。

 

 

 

 4

 深夜。皆が寝静まったタイミングで猛は生徒会室を抜け出し、職員室へと向かっていた。誰もついて来ていない事を慎重に確認し、入室。淀みない足取りで向かうのは、最奥にあるキャビネット。迷わず目当てのものを取り出す。『職員用緊急避難マニュアル』と書かれた、密封された冊子。一度確認しようとしたが、慈に気付かれたため叶わず、それ以来忙殺されていた事も相まり、今日の今日までその存在さえ覚えていなかった。

 封を破り目を走らせる。

 ある程度予想していた事だが、改めて突きつけられると目眩を覚えてしまう。高い可能性でこの事態が人災であり、それが生物兵器に由来するものだと言う事、そしてそれに関わっていると思わしきランダル・コーポレーションの存在。巡ヶ丘に支社を持ち、地区開発の大元であり、様々な企業を傘下に持つ国内きっての大企業。ここに緊急連絡先として記載されている時点でこの事態に関わっている可能性は非常に高い。

 唯一のプラスの収穫と言えば地下にあるシェルターの存在だけだ。

 皆に伝えるには情報の取捨選択が必要だった。しかしふとした拍子に点と点が繋がってしまいかねずどう伝えたものかと苦慮したが、結局このマニュアルの存在を告げず、シェルターは自分が見付けたと言う事にした。マニュアルさえ無ければ人災だと言う確信を抱く事はないと言う判断だ。万が一にも見られてはならず、文字の判別もできないよう念入りに細かく千切り、自身のデスクの引き出しに仕舞い込んだ。

 職員室を出ると、マニュアルにあった地下2階へのシェルターへと向かう。記憶が正しければ、そこへ繋がる階段はシャッターにより塞がれていた。時折その存在を思い出した時に疑問に思っていたが、正体を突き止めようとはしなかった。パンデミックが起きてからも目にはしていたが、平時と変わらぬ様子に景色の一部と言う認識しか持てなかった。

 長い間放置されていたせいか、シャッターの動きはかなり悪かった。開け切らず、屈んで中に入る。埃っぽさの中に湿り気を感じる空気。書いてある通りなら、雨水貯蔵槽の破損による漏水だろうか。下り切ると、やはり廊下は水浸しになっていた。加えて、当たり前だが光源は一切なく、懐中電灯を持っていたとしても歩くのに躊躇う有様だった。しかしすぐに壁のスイッチに気付く。無灯を示す赤いランプが付いていたからだ。照明に問題がない事だけを確認し、すぐに消す。

 水音を立てながら足を進める。突き当たりのドアを開けると壁に埋め込まれた引き出しが目に入る。マニュアルに書いてある通りならば、これらは全て食料だ。備蓄の分と合わせればかなりの量になるだろう。

 しかし猛の心に掛かった暗雲は晴れなかった。この事態が一企業により引き起こされたと知った今、パンデミックの日から否定しきれなかった考えが俄に現実味を帯びて来たからだ。即ちショッカーが関わっているのではないか、と言う可能性。

 もし自分の不始末でこの事態が起きたとしたら、どうすれば良いのだろうか。

 

 

 

 5

「あれ、これって猛先生の?」

 

 夕飯の準備を手伝っていた圭が冷蔵庫の奥に隠されるように置いてあった飲料缶を取り出した。彼女が猛を名指ししたのは、それが未成年厳禁のアルコール飲料だったからだ。

 

「私のではないですね」

 

「じゃあ佐倉先生のか。先生もこう言うの飲むんだ。何か意外かも」

 

 年齢を考えれば何もおかしくないのだが、容姿や振る舞いのせいで似つかわしくないと思ってしまう。彼女が酩酊している様子を想像する事も難しかった。

 

「依存するのは良くないですけど、ある程度のストレス発散にはなりますからね」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「飲んじゃダメですよ」

 

「分かってますよ」

 

 ・

 

 夕食が終わり就寝の時間となった。美紀が寝付いたのを確認し、見回りをしてから自室に戻る事にする。音を立てずに廊下に出て少しすると、背後で扉の開く音が聞こえた。振り返ると慈がライトを照らしながらこちらに向かっていた。歩行速度と表情から火急の事態でなさそうであった。

 

「どうされました?」

 

「少しお話ししたかったのと」

 

 一旦区切ると、片手に持った手提げ袋を掲げた。

 

「晩酌のお誘いです」

 

 猛にしては珍しく驚きを露わにするが、すぐに表情を崩しその誘いを受けた。

 そのまま見回りに同行し、慈の提案で屋上に向かう事にした。

 外に明かりは一切なく、ライトを消してしまえば光源は朧げな月明かりだけ。

 壁際に腰掛け、各々缶を手に取る。プルタブを開けると、密封されていた気体が弾け指を濡らす。

 

「じゃあ」

 

「ええ」

 

『かんぱい』

 

 よく冷えた果実酒が舌と喉を刺激しながら下っていく。しばしその感触を静かに堪能する。

 嚥下の音だけが聞こえる。隣でプルタブを開ける音が鳴り、長い嚥下の音が聞こえる。

 

「先生、ペース早いですよ」

 

「ごめんなさい、少しでも口を軽くしないと言えそうになくて」

 

 佐倉慈は成人である。しかし精神が成熟しているとは言い難く、また例え成人であり成熟していたとしても、常に付き纏う命の危機と先の見えないこの状況の中でストレスを感じずに過ごせる者はそういないだろう。仮に猛がおらず彼女だけだったとしたら、自覚症状が出るまで我慢していただろう。しかし頼れる存在がある事で自身の心が悲鳴を上げつつある事を自覚する事ができていた。

 生徒達のメンタルにはできる限りの注意を払っていたが、慈へのケアと言う点では疎かにしていた事は否めない。無論、猛とて心身共に正常とは言い難いのだが、一番余裕があるのは彼なのだ。

 自戒の念が込み上げるが、カウンセリングの技術を持たない自分では話の誘導はできない。しかし何を話そうとしているのかは、ある程度推測できる。と言うよりは、この状況に生きる者達が感じる不安は全てそこに行き着くのだ。つまり『これからどうなるのか』と言う事に。

 

「……世界がこうなってから、もう1ヶ月ぐらいですかね」

 

「そうですね。それぐらい経ちましたね」

 

「……その間、1度も政府からの発表も、救助活動もありませんでしたよね。だから私時々、こう思っちゃうんです。そうじゃないってわかっているのに、生き残ってるのはここにいる私達だけで、もしかしたら世界は滅びちゃってるんじゃって。このままゆっくりと死んでいくのを待つだけなんじゃって」

 

 缶を持つ手が震えている。

 どうにかなると言う根拠なき希望に縋れず、一方で完全な絶望に身を浸す事もできず、生存への渇望と死への恐怖に挟まれていた。何をしていても思考の片隅に居座るそれが、ふとした拍子に表に出て来る。そうなってしまうと、嵐が過ぎ去るのを待つように、ただただ恐怖に身を晒す事しかできない。

 

「──すみません、ここで『私が何とかします』って言えれば良いんですけど」

 

 猛の言葉を聞き、自分が口にした事が日々命を掛けて自分達を守っている彼への侮辱に等しいものだと、遅まきながらに気付く。慌てて謝罪しようとするが、それよりも先に猛が口を開いた。

 

「政府にもダメージがある事は否めません。加えて変異体もいますから、救助どころか避難場所の確保にも梃子摺ってるでしょう。でも人は生きてます。私の力が無くても生きている人達がいます。人は自分達が思う以上に強いんですよ。だから大丈夫です。世界はまた当たり前の明日を迎えられるようになります。必ず皆さんをそこに連れていきますから」

 

「先生……」

 

「私を信じて下さい」

 

「──はい」


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