本郷猛のがっこうぐらし!   作:日高昆布

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すみません、9話ですが編集をミスってたみたいで後半部分がかなり抜けてました。
修正したものを改めて投稿したので、よろしければ読んで下さい。


その9

「間違いないんだな」

 

「ええ、あの放送は巡ヶ丘学院から発信されたものです」

 

「すぐに救助を送れ。生存者は何名だ」

 

「分かりました。現時点で確認できているのは、タケヤユキ、サクラメグミ、ホンゴウタケシ──」

 

 

 

 

 

 

本郷……猛

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 朝食を摂り終え、洗濯と掃除が始まる。今日の天気は快晴であり、衣服だけでなく、布団も干そうと言う事になった。布団の運搬だけ行い、猛は掃除のため階段を下る。洗濯物が干してある時の屋上には、余程の事がない限り彼は立ち入りを禁じられているのだ。

 調達した段ボールを並べ、その上に布団を並べていく。有り余るスペースを贅沢に使った光景に、悠里はえも言われぬ充足感を覚える。

 一切の影なく、全面に日を浴びている布団を見ていると、寝転がったら気持ちいいだろうな、と悪魔が囁いて来た。自分の布団だし大丈夫だと言い訳し、ゴロンと寝転がる。思った通り程よく暖かくなった布団は非常に心地よいものだった。

 

「1人だけずるいんだー」

 

 ひょこっと視界に入り込んで来た由紀。横を見ると胡桃はすでに寝転がっていた。あまり上品とは言えない行動に慈が軽く窘めるが、お座なりな返事だけ寄越し動く気配はなかった。

 

「なんか、こうしているとパンデミックなんて起きてないって思っちゃうな」

 

「……そうね。あまり良くないとは思うけど、平穏って錯覚しちゃうわね」

 

 心地よさを感じさせる静寂。

 

 ・

 

 それに気付いたのは、体裁のため立ったままでいた慈だった。太陽光を反射する移動物体。逸る心臓に命じられるまま、柵から身を乗り出すようにそれを凝視した。

 彼女の尋常ならざる雰囲気に、何事かと集う。そして視線を追い、皆も気付く。

 

「悠里さん、本郷先生達を呼んで下さい! 救助が来たって!」

 

 皆の視線の先には低高度で飛行しているヘリコプターの姿だった。

 慈の言葉が終わるよりも早く彼女は駆け出していた。それを見送ると、合図の事に思い至る。周囲に視線を走らせると、アルミ製のスコップに気付く。多少の土汚れが付いているが、サビはなく、これならば反射光を出せるはず、と急ぎ手に取る。位置と角度を調整し、機体目掛け反射光を送る。

 そのタイミングで校舎内にいた生徒達が姿を表す。その手には大量のシュレッダーごみが入った袋とライターがあった。すぐさま火を付ける。たちまち煙が立ち上り始める。皆も声を枯らさんばかりの大声と身振り手振りで自分達の存在を知らせようとしている。それが功を成したのか、ヘリコプターが進路をこちらへと向けた。徐々に大きくなる機影に、皆の心に歓喜が満ちていく。

 

「先生は?」

 

 興奮を隠しきれない声音の胡桃が、美紀に尋ねた。上擦った声で美紀が答える。

 

「何か準備するから先に行くように言われました」

 

「準備? 歓迎の?」

 

「違うと思いますけど」

 

「ねえ、あのヘリコプター、何かふらついてない?」

 

 雰囲気に水を差す発言ではない。誰が見ても、そう思える動きだった。心を満たしていた歓喜は消え去り、急速に肥大化していく不安。そして機体が目前にまで迫った瞬間、明確に進路を定め、校舎へと突っ込んだ。

 全身に叩きつけられた轟音と振動。しかし誰もが動けずにいた。手の届く所にまで来ていた希望は、瞬く間に絶望へと変わった。その落差は心をへし折るのに十分過ぎる力を持っていた。

 次いで生じた爆発で漸く我を取り戻す。柵から身を乗り出す。黒煙と炎に包まれているのは生徒会室と準備室だった。そこに猛が残っている事を知っている美紀達は顔を青くする。

 

「猛先生が……!」

 

 その一言で十分だった。何が出来るのかも考えず、慈達は屋上を飛び出した。すでに階段にまで黒煙は達していた。しかし幸いと言っていいのか、大穴を開けた事で呼吸に支障を来たすほどではなかった。

 3階の廊下は破壊し尽くされていた。その惨状は、血の海を見た彼女らを以ってしても言葉を失わせるものだった。

 爆発の衝撃でガラスは全て砕け散り、あちらこちらに火が飛び散っている。更に爆発により生徒会室付近の廊下や天井の崩落も発生しており、時折瓦礫の落下音がなっている。

 パンデミックで帰る場所を失った皆にとって、そこは家だった。狭くとも、殺風景でも、確かに家だったのだ。

 そこが焼かれ、崩れた。2度目の喪失は、彼女らの心に強いショックを与えた。しかし状況が膝をつく事を許さなかった。

 壁を突き破り、猛が転がり出て来たのだ。

 それを追い姿を表す変異体。それが今までの変異体とは一線を画す存在である事は彼女らにもはっきりと分かった。

 全身を甲冑のようなもので覆い尽くされた姿に、かつての人の面影は一切ない。手甲より長く伸びた鋭利な突起物が途轍もなく危険な存在である事は、猛の背後の壁から床まで斬り裂いている事からも明らかであり、それは彼の死を思い起こさせるものであった。

 

「先生!」

 

 叫びに応える余裕はない。

 床に深々と斬り込まれた刃を抜こうとする所を踏み付け阻止。同時に逆脚による膝蹴りを顔面に叩き込む。踏み付けにより動きを止められていた腕が強制的に抜けるほどの威力。更なる追撃。ガラ空きとなった胴体部への後ろ蹴り。バウンドしながら生徒会室へと吹き飛んでいく。

 

「地下のシェルターへ!」

 

 駆け寄ろうとした彼女らを制するように、既に立ち上がっている変異体から一切逸らさずにそう言った。

 ゆっくりと背後に手を伸ばし、崩れた外壁から覗く鉄筋を引き抜き、ねじ切り、力任せに折り曲げ拳と腕に巻き付ける(・・・・・)

 

「分かりました! 必ず、無事で来て下さい!」

 

「ええ」

 

 言葉の少なさが、今までとは一線を画す相手だと示している。猛の態度からを敏感に感じ取った彼女らは、しかし何も言わず階段を駆け降りていった。

 変異体は皆が見えなくなるのを待っていたかのように、ゆっくりと間合いを詰め始めた。躊躇わず、恐れず。

 踏み出しと同時に動いた腕を戻さず、予備動作なしの刺突となる。

 顔面へと一直線に迫るそれの刃に拳を沿わせ、軌道をずらす。鉄筋との擦過により火花が散る。振り抜かず残した拳による鉄槌。最初の一撃を流した事で変異体の体は前へと傾いている。

 しかし拳は空を切った。前傾の体を更に沈み込ませる事で回避し、脚部へ斬撃を見舞う。

 低い跳躍で回避、着地と同時に顔面目掛けトゥーキックを繰り出すが残っている腕で止められる。素早く引くと、足を掴もうとしていた手が空振る。

 ゆっくりと立ち上がる変異体。

 後ろ足に壁を蹴り付け加速。再びの刺突を、顔を傾け回避。背後の教室の壁に刺さる。抜かずそのまま薙ぐが、猛は変異体を飛び越え背後へと回り込み、無防備な背中に拳を叩き込んだ。そのまま吹き飛ぶかに見えたが、大きく上半身のバランスを崩すが、下半身はまるで縫い付けられたように不動であった。不自然な動きに惑った一瞬、後ろ蹴りが放たれる。ガードが間に合うが、その強烈な威力は、踏ん張り切れていなかったとは言え、猛にタタラを踏ませるものであった。

 ほぼ同時に体勢を直し、距離を詰める。拳と刃がぶつかり、火花を散らす。弾き合い、撃ち合い。何度も交差する。

 上段受けで斬り下ろしを止め、袈裟斬りを外受けで、薙を中段受けで、刺突を正拳突きで。

 目まぐるしく、数えるのさえ億劫になるほどの攻防。傍目には有利も不利も分からない。しかし当事者には分かっている。どちらに天秤が傾き始めているのかを。

 受ける度に、受けられる度に骨肉に響く威力。数を重ねる度に、痺れから痛みへと変わっていく。

 そう、当事者は分かっている。

 突然、突起物が収納され、猛は受けを空振らされる。受けの内側に入った拳が鳩尾を直撃する。嘔吐きと共に訪れる一瞬の硬直。前足を軸足に回転して放たれる刺突。吹き飛ばされ、燃え盛る機体に強かに打ち付けられる。

 何とか倒れずに踏み止まるが、ダメージは深刻であった。

 視線を上げると、既に変異体は動いていた。天井スレスレからの踵落とし。カウンターにて迎撃を試みようとするが、不意にその体が中空で停止した。僅かなズレがカウンターを失敗させた。立て直しが間に合わず、足裏から伸びた突起物が猛の顔から胴体を斬り裂いた。火花を散らし廊下を転がっていく。

 顔の横に手を付き、無理矢理動きを止めた反動で下半身を持ち上げ、後方回転の要領で立ち上がる。そこいたのは、手足から伸びる突起物を用い、廊下を文字通り縦横無尽に駆ける変異体であった。その速度は猛の痛みきった体で捉えられるものではなかった。1撃、2撃、3撃と止まらぬ連撃が叩き込まれる。反応する事さえままらない彼には、壁を背にし体を屈め、ガードを固めて被弾箇所を少なくし、変異体のスタミナ切れを狙う事しかできなかった。

 その猛の考えを見抜いているかのように、変異体は彼の眼前で動きを止め、溜めを行った。溜めから解き放たれた後ろ蹴りは、猛を容易く蹴り飛ばした。

 壁を突き破り、反対側の壁に激突。亀裂が壁一面に入る。

 倒れ込みそうな体を何とか支え、今にも崩れ落ちそうな不安定さで立ち上がる。

 前方へ倒れ込むようにしながら、前蹴りを躱す。壁が四散し外に落ちていく。

 振われた突起物を辛うじて腕で防ぐが、最早踏み止まる事さえできない。次撃が背後に倒れ込むタイミングと同じだったのは幸運としか言えなかった。仮面を吹き飛ばす威力を真面に喰らっていたら、立ち上がる事さえできなくなっていただろう。しかしできるのは立ち上がる事だけ。

 無防備に晒されている顔面目掛け、刺突が放たれる。

 

 ──雌雄は決した。

 

 掲げた腕を突起物が貫く。極限まで収縮した筋肉が動きを止める。押し込もうとする力を少しでも逃がそうと、足を後退させていく。しかし所詮悪あがきでしかない。やがて壁際に追い詰められる。猛の血を滴らせながら、ゆっくりと迫る突起物。

 

 ──変異体が勝ち、本郷猛が負ける。

 

 一気に押し込まれる突起物が、血を飛び散らせた。

 突起物が裂いたのは、彼の頬だった。もう一方の手を添え、無理矢理ズラしたのだ。だがそれまでだ。両手を使っても押し除ける事ができず、徐々に傷口が広く深くなっていく。やがて顔を両断するだろう。

 

 ──本当に? 

 ──否! 彼の目はまだ諦めていない! 闘志を燃やし続けている! 

 

「おおおおおおおおお!」

 

 猛の咆哮に呼応し、第2・第3のタイフーン(・・・・・・・・・・・)が目を開ける。内部に組み込まれたナノマシンが開放され、猛の全身を駆け巡る。露出した顔面に不気味な黒い線がいくつも浮かび上がる。

 突起物の動きが止まる。どころか、比較にならない速さで離されている。手刀が突起物をへし折る。自由になり固く握り込まれた拳が胴体をぶち抜いた。

 

「──はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 体内に投与されたナノマシンによる時限式の超過駆動。世代を重ねる毎に強力になっていく改造人間に対抗するための手段であり、使えば使うほどに肉体を蝕んでいく諸刃の剣でもある。

 顔から黒い線がなくなると、全身を強烈な疲労感と痛みが襲う。視界は揺れ動き、鼻腔の奥から鉄臭さいものが流れてくるのを感じる。

 壁に手を付きながら、教室を見渡す。仮面がない。外を覗き込むと、やはり落ちていた。しかし今はそれどころではなかった。爆発の音に奴らが引き寄せられている。既に多数が校庭に入り込んでいる。今のコンディションでは奴らの掃討は不可能だ。皆を連れ、どこかに避難しなくてはならない。

 シェルターにいくらか物資を移しておいて良かったと、自分の判断を自賛する。

 壁伝いに廊下を歩く。血が点々と続く。まるで血で作られた導のようであった。

 

 ・

 

 痛いほどの静寂がシェルターを満たしている。非日常の中で平穏さえ感じ、救助が来たと思えばそれは目の前で燃え尽きた。その強烈な落差は皆の心に暗い影を落としていた。

 年長者として気丈に振る舞おうとするが、自分の心さえ騙せない言葉を無責任に吐けるわけがなかった。ただただ祈る事しかできない自分に、ひたすら嫌悪感が募っていく。

 

 ──バシャッ

 

 澱んでいた空気が急激に張り詰める。痛いほどの静寂は、心臓の鼓動に変わった。

 シャベルを携えた胡桃がドアにそっと近付く。正体を確かめたいが、ここに自分達がいる事を露見させる訳にはいかない。やがて足音はドアの目前に至り、そこで止まった。

 全身が脈動していると錯覚するほどの鼓動。手汗が床に落ちる。

 

 ──コンコン

 

「本郷です」

 

「先生!」

 

 部屋の空気が安堵に包まれる。力むあまり凝り固まっていた指を解し、ドアを開ける。

 

「先生?!」

 

 悲鳴に近い胡桃の叫びに、皆が入口に殺到した。そして猛の姿に絶句する。辛うじて慈だけが反応できた。

 

「あ、ち、治療、止血しないと!」

 

 彼女の視線が腕に向いてる事に気付き、突起物が刺さったままである事を思い出す。握り込み、一気に引き抜く。刺さっている事である程度止まっていた血が吹き出す。目眩を起こしそうな光景だが、慈はそれをここで見せてしまった猛に違和感を抱く。注意深く見れば、安定しない視線や、ふらつきの止まらない体など、明らかな異常が見て取れた。

 

「とにかく中に入って下さい! 治療しないと!」

 

「怪我は大丈夫です。治りますから。爆発のせいでかなりの数の奴らが集まって来てます。移動出来るうちにしないと、八方塞がりになります。それにもしかしたら、さっきと同等の変異体が来るかもしれません」

 

「そんな……」

 

 猛が根拠なく言う訳がなく、そう思うだけの何かがあったのだと分かる。顔から血の気が引いていくのを自覚した。

 まるで世界そのものが自分達の生存を拒絶しているようだった。

 

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