やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。   作:人生変化論

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更新再開します。



沙希は夢を求める

時はみっくす新人Vtuberのデビュー告知がされる約一か月前、沙希がスカウトされてから少し後まで遡る。

そろそろ梅雨本番に入るかどうかという六月の夕方、沙希は傘を差しながらひとりオフィスがあるビルの前に立っていた。

 

 

「...相変わらず大きいね、ここ」

 

 

傘を少し傾けてビルを見上げながら、小さくそう呟いた。

辺りは雨雲のせいもあってか既に暗い。だというのにビルは電気がたくさんついていて、少しだけ入るのに気後れしてしまう。

 

見ると、真ん中にある自動ドアからは会社員と思わしき人達が次々と出入りしている。こんな中に高校一年生になったばかりの自分が入って行っていいのかと沙希は思ったが、これもやらなければいけないことだと決意を固めて、傘をぐっと握った。

 

彼女はその大人びた容姿ゆえか、はたまたよく弟や妹たちの世話を焼いているからか、実年齢よりも大人に思われがちである。だからだろう、彼女がこのビルにいることを不思議に思う大人は一人もいなかった。

そもそもの話、いつもこのビルには八幡が来ているのだ。それを大半の人が目撃しているのだから、今更高校生が出入りしていたところで驚くことはない。

 

 

(エレベーターは確かこっちなはず...)

 

 

ジョンと理沙に連れてこられた時の記憶を頼りに、エレベーターへと向かう。

はっきりと社会を感じる場所に自然と背が伸びることを自覚しながらも、沙希は静かに目的の場所を目指した。

 

...随分と、おかしなことになったものだ。

沙希はエレベーターが降りてくるのを待つ間、そんなことを考えていた。

少し前の彼女なら、今ここにいることすら考えつかないだろう。ましてや、Vtuberの事務所にスカウトされてデビューすることになるなんて。

 

エレベーターから出てくる人達と入れ替わるようにして、沙希は中に入った。

既に夕方とは言えない時間だからだろうか、沙希のように上の階へ向かう人は一人もいなかった。それにちょっとだけ安堵しつつも、5階のボタンを軽く押し込む。

 

 

(...ま、タイミング的にはちょうど良かったけど)

 

 

彼女には妹と弟、それぞれ1人ずつ兄弟がいる。

特に弟の大志は来年受験を控えていて、彼の塾や自身の講習代も考えるとよりお金がかかるようになるが、沙希の家は共働きと言えど決して裕福とは言えない。少しでも両親の助けになるよう、バイトを考え始めたところだった。

 

ただ、不安がないといったら嘘になる。

いや、今の彼女には不安しかなかった。もともと家族以外の人と話すタイプではない...いわゆるぼっちと言うやつだった自分が、大勢の人の前で話せるとは到底思えなかったのだから。

スカウトされた時は、その事実をどこか楽観視している自分がいた。

話すだけ。画面の前に座って適当にゲームをして、適当にリアクションをして、そして雑談をする。ただ、それだけの仕事だと。

 

でも、そうではなかった。Vtuberという仕事は、見えている以上に色々なものが内包されている。情熱だとか愛情だとか嫉妬だとかとは違う、もっと大切な何かが。

 

 

(花咲望さん...あたしの同期になる人...)

 

 

それを感じたのは、ジョンに言われて見始めた花咲からであった。

Vtuberの世界を全く知らない沙希に、知る第一歩としてジョンが勧めた彼を見た時、底なしの不安に襲われた。

画面の中でたったひとりいきいきと配信をする彼は、沙希にとってどこか眩しくて。

自分とはどこか遠い存在で、きっとそういう星の下に生まれてきたのだと思った。

 

 

・・・

 

 

「...こんばんは」

 

 

オフィスに着いてから、控えめにそう挨拶をした彼女を出迎えたのは、いつもの自信満々な笑みを浮かべたジョンだった。

 

 

「やあやア沙希ちゃん、いらっしゃイ!」

 

「さ、沙希ちゃん?」

 

「おっト、気安く呼ぶのは失礼でしたカ?」

 

「や、別に大丈夫ですけど...」

 

 

沙希のイメージする企業の社長とはもっと厳格で、威圧感がある人だった。ただ実際に目の前にいる社長はそのイメージとかけ離れていて、会うのは二度目と言えど少し驚いてしまう。

 

 

「それデハ、会議室に行きまショウ」

 

 

そう言うと、ジョンはくるりと向きを変えてから、オフィスの奥へと歩き出した。それに続くようにして、沙希も後をついて行く。

歩きながら辺りを見渡すと、デスクと椅子以外何も無い空間が広がっていた。以前スカウトされた時に来た時はあまり気にしていなかったけれど、改めて見ると異質な空間である。

本来会社員達が忙しく動き回る筈のそこは、街の灯りに照らされ寂しげに佇んでいた。

先を歩く彼に向かい、沙希はそっと声をかけた。

 

 

「...社長サン、その...母から聞きました、色々言ってくれたってこと」

 

「いえいエ、ワタシはただ傍観していたにすぎませんカラ。実際に話してくれたのは理沙ですしネ」

 

「それでもっ!...ありがとう、ございます」

 

「麗しい女子高生を雇う会社の主として、当然のことをしたまでですヨ」

 

 

ジョンはそう言って、沙希の表情を見ながら微笑んだ。

その娘を見守る父親のような視線に、どこか気恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。

 

それ(・・)があったのは、沙希がスカウトされてから数日後のこと。彼女の母が、沙希に「会社から電話で説明があった」と告げられたのが発端だった。

話によれば、主に時間がどうのだとか給料の振込がどうのだとか、高校生が企業として働くことの説明が主だったのだが、どうやらそれに加え『沙希のどこに魅力を感じてスカウトをしたのか』ということを沢山話していたらしいのである。

 

沙希とて、そう簡単にVtuber活動を許してもらえるとは思っていなかった。そもそもの話、沙希がバイトをしていなかったのは共働きで忙しい両親の代わりに兄弟たちの面倒を見るためなのだ。そこらのバイトよりは時間の融通が利くといえど、彼らとの時間が減ってしまうのは一目瞭然。

そんな両親が、ジョンらと話した後には沙希のVTuber活動を許すどころか、彼女の為に仕事の時間を少し短くするとまで言ってくれたのだ。どんな説得をしたらここまで来れるのかと驚くのも無理ないだろう。

 

 

(ってことはやっぱり、後はあたしの覚悟次第ってこと...)

 

「もう一つのご要望ですガ...沙希ちゃんの兄弟にはVtuber活動を秘密にする、でいいんですよネ?」

 

「...はい、それでお願いします」

 

「失礼ですガ、理由を聞いてモ?」

 

 

その言葉に、沙希は直ぐに返事をすることが出来なかった。

下を向いて少しだけ考えてから、何かを決めたようにして言った。

 

 

「心配、かけたくないんです。特に大志...弟は中学二年生で一番楽しい時期じゃないですか。あたしが自分の為に働いてるなんて知ったらきっと、楽しく過ごせないだろうから」

 

「優しい弟さんなのですネ」

 

「...だから、お願いします」

 

 

そう言って咲希は、ぐっと頭を下げた。

彼女自身無理な願いだということは十分に理解している。スカウトされたから多少の融通は利くといえど、オフィスに設備を整えなければならないし、尚且つ帰りが遅くならないよう配信後は家まで送って貰う手筈になっている。

それに、Vtuberとして活動することはいつまでも隠し通せる訳では無いと、沙希は薄々感じていた。

それでも。それでも彼女の姉としての想いが、プライドが心のどこかで水をせき止める仕切りとなっていて。

 

 

「『この世には、人として守らなきゃいけないものが三つある』」

 

「守らなきゃいけないもの?」

 

「ええ。『約束』と『愛』そして...そして、もうひとつはアナタなりの答えを探してみてくだサーイ」

 

「はあ...」

 

 

急にどこか芝居がかった口調でそう言ったジョンに、沙希は怪訝そうな視線を向けた。

まるで信じていないような彼女に、彼は少しだけ苦笑いをして言った。

 

 

「この言葉は日本のアニメーションからの受け売りなんですガ...今のアナタにぴったりだと思いましテ」

 

「あたしに、ですか」

 

「沙希ちゃんは今、愛を守るために頑張ろうとしていますよネ。両親の為に、兄弟のために。VTuberとして活動してお金を稼ぐことデ、アナタなりの愛を守ろうとしている」

 

 

確かに、それは事実だった。

沙希が大志や京華に活動を隠そうとしているのも、決してめんどくさいだとか大変だからだとか言う理由ではない。

彼らを、二人を愛しているから。大切だからこそ心配で、大切だからこそ心配をかけたくないから。

 

 

「いいですか、沙希ちゃん。この世には間違っている愛なんて存在しまセーン」

 

 

ジョンはそこで、大袈裟に指を二本立てた。

 

 

「この世にある愛は、ひとつ、正しい愛。そして、正しくない愛」

 

 

正しい愛と、正しくない愛。

その違いはその本人の想いにあるとジョンは言った。

 

 

「誰かの為に自分を犠牲にできて、誰かの為に行動できる。誰かに依存できたり、誰かと依存し合えたり。その誰かとの繋がりが、正しい愛になりマス」

 

 

誰かを思って自分を犠牲にできること。誰かを思って行動ができること。誰かを信じて依存できること。自分以外の誰かを思えることこそが正しい愛なのだと。

 

 

「沙希ちゃんは今、弟サン達のために自分の時間を犠牲にして働こうとしていますよネ。それは決して悪いことではありまセーン。自分を犠牲にすることが、誰かに依存することが、アナタなりの正しい愛の形ならバ」

 

 

だから、と。ジョンはどこか寂しそうな表情をしながら言った。

 

 

「これから先、間違うことは沢山あるでショウ。弟さんたちと気持ちがすれ違ったリ、自分が傷ついたり、誰かが傷ついたり。でも、それでいいんデース。たとえすれ違ったとしても、まちがったとしても。その道がアナタが守ろうとする正しい愛ならばきっと、最後にはハッピーエンドが待っているはずでス」

 

 

ジョンのその言葉に、沙希は何も返すことが出来なかった。

正しい愛。それは沙希の背中を押しているようで、彼女を包み込むようで。自分の中の心が、少しだけ歩けた気がした。

 

 

「って、つい熱く語ってしまいましタ...失礼失礼。とにかク、沙希ちゃん、遠慮せずわがままは沢山言ってくだサーイ。アナタが正しい愛を行く為に、我々みっくす一同全力でサポートしまス!...まぁ、社員は沙希ちゃん含めて四人しかいませんガ」

 

 

今までの社長の言葉が、兄弟のために色々と頼んでしまった沙希を安心させるための言葉だと理解し、思わず笑みがこぼれた。

相変わらず静寂が広がるオフィスには二人の姿しかないけれど、まるで包まれているのかのように暖かい。

大人が行き交うビルの一角。どこか非日常を感じさせるそこは、きっと誰かにとって大切な何かが待っている。

一人の不器用で、言葉足らずで抜けていて。どこまでも暖かく見守ってくれる彼が、待っている。

 

 

「...不器用、なんですね」

 

「よく言われまス」

 

 

不思議だが、どこか居心地のいいこの空間。

決して彼らのことを理解出来た訳では無いし、まだ今後どうなるかすら分からない。けれど、ハッピーエンドというどこまでも胡散臭くて、夢見がちだけれど最高に幸せな結末が、待ってくれているのだと感じる。

 

 

「お願いします。これからは、みっくすのVtuberとして」

 

 

今度のお願いしますは。沙希の口から自然と溢れたお願いしますの挨拶は、先程とは違う感情に包まれていた。

その感情の正体は本人のみぞ知ること。それでもその暖かさを感じたジョンは、いつものように微笑んだ。

 

 

「こちらこそ。アナタは記念すべきみっくす二人目のVtuberなんですかラ。期待してますヨ〜?」

 

 

咲希は決意を込めて、そっと頷いた。

 

 

・・・

 

 

ジョンに案内された会議室は、ガラスで区切られたオフィス内の一角。

ガラスと言っても薄くくもっている程度な為、中の様子がぼんやりと見えた。

 

 

「中で理沙が待ってまス、行ってあげてくだサイ」

 

「え、社長さんは来ないんですか」

 

「ええまア、1人ばかり待ち人がいましてネ。それから合流しますカラ、ワタシのことはお気になさらズ」

 

 

グッとサムズアップをする社長を訝しみながらも、沙希は会議室のドアノブに手をかけた。

 

少しだけ、抵抗感。

 

この部屋に入るのは初めてではないと言うのに、ちょっとだけ躊躇ってしまう。

頭を軽く振って、心にある不安だとか期待だとか決意だとか、絡みついてきた全てを振り落として。

 

 

「失礼します」

 

 

沙希がドアを開けると最初に目に飛び込んできたのは、見慣れないウォーターサーバーだった。少なくとも以前来た時には置いていなかったずのそれを不思議そうに眺め、言った。

 

 

「これって...前来たときにはなかったですよね」

 

「ん、おお。ここで配信したいってお姫様が言っていらしたんでな」

 

 

沙希の言葉に答えたのは、会議室の奥の椅子に座っていた理沙であった。

揶揄うような言葉を右から左に流して、手前の椅子にさっと座る。

 

べつに、と言うのもおかしいだろうが、理沙のことが嫌いな訳ではない。

ただ、どうも苦手意識を持ってしまっていることは確かだ。どこかのぼっち系VTuberとまではいかないだろうが、沙希も筋金入りのコミュ障ピーポー。ジョンや理沙といったコミュニケーション能力の高い人間を避けてしまうのは当然のことである。

 

 

(いや、たぶん...それだけじゃ、ない)

 

 

それ以外の何かを、沙希は感じ取っていた。

コミュ力だとかなんだとかでは決してない。断じて。たぶん。

ただ、どこか似ている(・・・・)と思った。けれどそれは、大人びているだとかポニーテールだからだとかではない。どこか、もっと深いところに共通点があるような、そんな気がした。

 

 

「冗談はほどほどにして。真面目な話をするとしますか」

 

「配信を始めるのは夜の八時から一時間前後で、学業に支障がないよう十時までには終わるようにする。週に少なくとも二回以上の配信を原則とする。デビューしたての時は勢いに乗りたいから、多めに配信はしてほしい...が、もちろん体調だったりテストだったりには考慮するから、気軽に相談してくれ」

 

 

学生でお金を稼ぐといえばバイトのような環境を考えていたから、この好待遇は意外の一言に尽きる。

 

 

「ま、配信だけがVの仕事ってわけじゃないからな」

 

 

理沙はそう言って、沙希の考えを見透かしたようににやりと笑った。

 

 

「VTuberってのはどのタイミングでバズるか分からんから。グッズ展開にコラボ配信...収益化したら忙しくなるぞ~?」

 

 

つまり、仕事は配信だけでは無いということらしい。

 

 

「さ、次の話に移ろう。VTuberには活動するための肉体...まぁ言っちまえばイラストが必要になる訳だが、それにはママさんが必要ってのは分かるか?」

 

「絵師さんのこと、ですよね。少しは調べました」

 

「ああ、うん。それに関してちょっと頼み事があってだな...」

 

 

普段強気な様子を見せる彼女にしては珍しく、随分と言葉の歯切れが悪い。今八幡がこの場に居たとしたら、カーチェイスもどきの時の強引さはどうしたと思っていたことだろう。

 

 

「実は今からその人がここに来るんだけど、ちょっと、いや凄く...オブラートに包んで言うと変人なんだよ」

 

 

オブラートに包めてないよねそれ、とつい反射的にツッコミを入れる。

 

 

「ちなみに社長サンとはどっちが変態ですか」

 

「クソ社長...と言いたいところなんだけど、正直何とも。変人の方向性が違うからなぁあの二人」

 

 

そんな事言われたら会いたく無くなってしまう。

ジョンが思っていたよりも誠実な性格であることは十分に理解しているが、変人だと理解していることもまた事実。

まともなVTuber事務所の社長がナンパ紛いのスカウトをしてきたりなんてしない、ぜったいに。

 

社長と同じレベルの変人ということはあれか、街中をドレスで歩いてたりするのだろうか。あと手当り次第に可愛い女の子に声をかけてたりして。

 

 

「話は通じるし、金と権力と知名度はあるから安心してくれ」

 

 

何一つ安心できない。

その言葉だけだと絶対王政してる王様みたいな人が来ることになる。むしろそれ以外があった方が安心できるまである。

 

 

「本当に大丈夫ですかその人」

 

「大丈夫大丈夫......っと、来たみたいだぞ」

 

 

理沙がその言葉を言ったと同時に、扉の向こうからドタドタと走ってくる音が聞こえる。

会議室から外は見えないけれど、確かに誰かが近付いてくるのが分かった。

 

 

「紹介しよう、この人が沙希の担当になる_______」

 

 

バチゴーン!!!

 

丁度理沙が言葉を発したタイミングで、鉄骨が落ちてきたかのようなけたたましい音と共に、会議室の扉が開かれた。

扉を開いた人物を見て、沙希は思わず目を見張る。

 

圧倒的存在感。あまりにも。

大きなフリルの付いた、ピンク色でドレスタイプのワンピース。

肩まで垂れる金髪の髪は美しく輝き、ぱっちりと開かれた目はとても力強く美しい。

そして何よりも目立っているのはその圧倒的とも言える筋肉だった。

なんだこのムキムキさ。ボディービルダーだとか格闘家の類である。

逞しい胸筋はワンピースをこれでもかと押し上げていて、脚を包むタイツはパツパツ。乙女らしい格好に反する漢が、沙希の前で仁王立ちしていた。

 

 

「_____にんにくらーめん先生だ」

 

「アナタが沙希ちゃんねぇ〜ん?可愛いわぁ〜、やっぱり現役JKは花があるわねぇ〜ん!あらちょっとヤダ、私ったら年甲斐もなく興奮してきちゃったみたいだわぁ〜ん。私を興奮させるのは筋肉質のイケメンだけだと思ってたのにぃ!」

 

 

あたしはやばい会社に雇われたのかもしれない。

死んだ目をしながら、心の中でそう呟く沙希だっだ。

 

 

・・・

 

 

「二人きりねん、沙希ちゃ〜ん。でも安心して〜ん?別にとって食おうってわけじゃなくてぇ、これから始めるのは愛のは、な、し、あい!あらヤダ、いやらしい意味だなんて言ってないわ〜ん」

 

 

言ってないんだけどそんな事。

あたしのママになるという絵師さんは、想像と180度違うタイプだった。ある意味予想は当たっていたけど。

いやまあ、理沙さんが『社長と同じレベルの変人』と言っていた時点で何となく察してはいたけれど、それはそれ。

 

衝撃的な出会いを経た後、にんにくらーめんさんは「二人で話がしたい」と言って理沙さんを追い出してしまった。

めちゃめちゃ怖いから二人きりにしないでほしい。弟たちの世話をしているからか同年代より大人びている自覚はあるけどそれでも怖いものは怖いしっていうか誰にも言ってないけど怖いもの苦手だし普通に。

 

 

「んふ、やっぱり日本の女子高生っていいわね〜ん!向こうで美人の女子高生は沢山見てきたけどぉ、またそれとは違う美人さなのよね〜ん!もう、沙希ちゃんってばお姉さんをここまでメロメロにしてくれて、どう責任とってくれるのかしら〜ん?」

 

 

筋肉質の巨体が頬を染めていやんいやんと体をくねらせる様は、なんとも言い難い光景だった。

てか、そもそもメロメロにするようなことしてないんだけど。

 

 

「職業病かしら、可愛い女の子を見るとどうしてもね〜ん、着飾りたくなっちゃうのよぉ〜」

 

 

何を隠そうこのにんにくらーめんさん、世界的に有名なファッションデザイナーらしい。

理沙さん曰く、パリでファッションデザイナーとして活躍したのち自身のブランドを立ち上げ、一代で一流のブランドまで成長させた天才なのだとか。

そしてその後、気が狂ったのか経営を友人に任せた上に、新作を発表することを辞めて日本に帰国、何故かイラストレーターになったらしい。なぜ。

そこからフリーのイラストレーターとして依頼を受けている所に、今回白羽の矢が立ったとのこと。なぜ。

 

気になるのは「日本に帰国」という部分。

理沙さんは何も言っていなかったけれど、帰国ってことはつまり元々は日本に住んでいたってことだよね。

ま、それが分かったところでな気はするけど。

 

 

「じゃ、早速お仕事を始めてイキましょうかぁ〜ん」

 

 

にんにくらーめんさんは動きを止め、両手をパンっと合わせた。

 

 

「普通のイラストレーターさんはね?髪型とか服とか特徴とか、そういうのを決めてから書くと思うのだけどぉ〜......私はちょっと違うのん」

 

「沙希ちゃん、今から一つだけ質問をするわぁん。アナタの、夢ってなにかしら〜ん?」

 

 

絵を描くこととは関係の無いような質問に、あたしは困惑してしまう。

突然のことで何も言えないあたしを、にんにくらーめんさんはじっと見つめていた。

 

 

「夢?」

 

「ええ。なんでもいいのよん、例えばそうねぇ......ギターで世界を変えたい、とかねん。ふわっとしたものでもいいわよん?」

 

 

そう言われて、じっと考える。

あたしの夢。あたしの夢って、何なんだろう。

趣味ならある。裁縫とか料理は好きだし、やりがいがある。それに、喜んでくれる大志やけーちゃんを見ると、こっちも嬉しくなる。

でも夢に繋がるかと問われると、首を傾げてしまう。

 

 

「......」

 

 

考えれば考えるほど、考えたことが分からなくなる。

小さい頃はあったのかもしれない。でも最近は今のことだけで精一杯で、未来のことなんて考える余裕がなかった。

いや、そもそも_______________あたしに夢なんて、あったのだろうか。

 

 

「その様子だと、無いみたいねん」

 

「......はい」

 

「なら、ごめんなさい。私はアナタのママになることは出来ないわん」

 

 

ガツン、と強く頭を殴られたような衝撃が走った。

なぜ、どうして。疑問だけがあたしの心を満たして、溢れて、ぐらぐらと揺れる。

夢がないことは、そんなにも悪いことなのだろうか。それともにんにくらーめんさんにとって、何か思うところがあるのだろうか。

 

 

「理由を......聞いてもいいですか」

 

「もちろんよん」

 

 

にんにくらーめんさんは険しかった表情を少しだけ緩め、言った。

 

 

「私にVTuberの依頼が来たのは、アナタで二人目。最初の子はパリに居る時に頼まれたんだけどねん?言っちゃえば......普通の子だったわん」

 

「仕事上絵は描けたから、物は試しと思って依頼を引き受けたのよん。それで実際に話して、彼女の要望通りにデザインをして......。そしてデビューした彼女を見て思ったの」

 

 

「ああ、これは売れないなぁってねん」

 

 

昔を懐かしむような、それでいてどこか悲しそうな様子だった。

 

 

「勿論、自分の絵に自信がなかったわけじゃないわよん?でもね、彼女は言ってしまえば、普通だったのよん。彼女の要望通りに描いた子は服装も装飾もシンプルで、声も特徴的なわけじゃなくてねん。私も向こうで沢山のモデルたちを見てきたけれど、売れるのはどの子も個性がある子ばかりだったからん」

 

「けど、あの子は誰よりも結果を出した。一緒にデビューした三人の中でも常に先頭にいて、誰よりもたくさんの人を楽しませたの」

 

「沙希ちゃん、アナタはどう思う?なんで彼女は売れたんだと思う?」

 

 

何となくわかった。にんにくらーめんさんはなぜあたしに夢があるか聞いたのか、そしてないと答えたあたしのママにはならないと言ったのか、その理由も。

 

 

「夢があったから、ですか」

 

「正解よ〜ん。あの子はね、どこまでも夢にまっすぐだったわん。『ギターで世界を変えるんだ』ってねん。確かに目立たなくてありふれてたかもしれないけれど、間違いなく他の誰よりも輝いてたわん」

 

 

きっとその時、にんにくらーめんさんは気付いたのだろう。

 

 

「彼女を見て私は気付いたのよん、人を惹きつけるのは夢なんだって。モデルもVTuberも関係ない、本当に輝いているのは夢がある人なんだ、って。そして外見だけでしかものを見てなかった、私の愚かさにもね〜ん。それから私は、夢を持ってる人の依頼しか受けないことに決めたのよん。派手さだとか綺麗さだとかじゃないわ〜ん、夢こそが何よりも大切だと気づいたんだからねん」

 

「じゃ、もう一度聞くわん。沙希ちゃん、アナタに夢はあるかしらん?」

 

 

なにか答えないと、そう思って言葉をひねり出そうとしたけど上手く出てこない。

にんにくらーめんさんはじっとあたしを見つめている。その視線が心の中まで見透かしているような気がして、不安と焦燥が入り交じったような気持ちになった。

 

少しでもその気持ちをかき消すために、理沙さんが注いだ紅茶の入った紙コップを、手でそっと包んだ。

ほんのりとした温かさがじんわりと広がり、緊張が少しだけほぐれていく。

にんにくらーめんさんは黙ってしまったあたしを見て、椅子から立ち上がり言った。

 

 

「......急ぐ必要は無いわん、沙希ちゃん。私はしばらくここにいるからん、答えが出たらまた来るといいわん」

 

 

ワンピースに付けられたラメをきらりと光らせて、にんにくらーめんさんは踵を返した。

会議室を出る直前、優しく諭すように言った。

 

 

「ひとつだけアドバイスよん、沙希ちゃん。ジョンはアナタに『自分を犠牲にすることは悪いことじゃない』とかなんとか言ったんでしょうけどねん?彼の言うことはあまり信用しない方がいいわよん」

 

 

にんにくらーめんさんの言うことも一理あるにはある。

正直なところ、最初から胡散臭いとは思っていた。とはいえVTuber事務所の社長であるという点は事実だし、あそこまで暖かい言葉を言ってくれた人だ。あの言葉もきっと、嘘ではないと思う。

 

 

「あいつはね、沙希ちゃんと自分を重ね合わせてるのよん。妹を守れなかった(・・・・・・・・)自分とねん。......だからって、自己犠牲を肯定するのは間違ってるわん」

 

 

妹を守れなかった?

社長に妹がいたことなんて初耳だし、というかそもそもにんにくらーめんさんは社長の何なんだろう。友達、それとも家族?

 

 

「自分を犠牲にすることと、誰かのためを思って行動することは違うのよん、沙希ちゃん。そのまま続けていたら、いつか取り返しのつかないことになるわん」

 

______あの子のように、ね。

 

 

 

 

 

 

 




ここまで健康的だったのに急ににんにくらーめんなんて...
二郎系は好きです。

なかなか筆が進まない時、沢山の感想に助けられていました。
いつも本当にありがとうございます。ちゃんと楽しく読ませてもらってます!

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