やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。 作:人生変化論
あたしの夢って何だろう?
いくら自分にそう問いかけても、答えは出てこない。
「はぁ......」
大きなため息をひとつ。さっきからしばらくの間、こうして頬杖をつきながら考えてはいるけれど、いつまで経っても思考の波に飲まれるばかり。
あたしには夢だとか目標だとか、とうの昔からなかったのかもしれない。そうとさえ思えてくる。
______にんにくらーめんさんが会議室から出ていった後のことを、あたしはあまり覚えていない。
確かなのは理沙さんが家まで送り届けてくれたということだけ。その間にいくつか会話をしたはずだけど、ぼんやりとしか記憶がない。
それから早く帰宅してくれたお母さんのご飯を食べて、けーちゃんと遊んでから寝かしつけて......そして、あたしの部屋に戻ってきて今に至る。
「.......」
時刻は夜の11時をまわったところ。お母さんやけーちゃんは既に寝ているし、大志の部屋からも物音は聞こえない。いつもならあたしも寝てしまうだろうが、今日はそんな気持ちにならない。
あたしの夢はなんなのか。自分を犠牲にすることはいけないのか。あたしがVTuberをすることは本当に_____正しいことなのだろうか。
考えれば考えるほど、先の見えない底なしの沼にハマっていく錯覚に陥る。
正直に言うと、考えることが多すぎて頭がパンクしそうだった。
「......だめだ、このままじゃあたし」
何も変えられない。
VTuberの仕事は、大志や京華にバレない上に両親の了承を得て働けるという、言わば千載一遇のチャンスなのだ。もしこのチャンスを逃したら、もっと遅い時間帯...それも、法律だとかに違反するような時間でバイトをしなければならないかもしれない。
しかし、そう思って焦れば焦るほど、底なし沼の水面は遠のいていく。
どうしたものかと天井を仰ぎ見たとき、ピロンとスマホの通知が鳴った。
「『花咲望が配信を始めました』......もうそんな時間?」
その通知はtheytubeのものだった。
あたしは以前までほとんど動画を見ていなかった。たまに見るとしてもけーちゃんとの遊びの一環程度。
だから初めは社長に言われたから見る、勉強程度のつもりだったのだけれど、テンポの良さやリスナーとの掛け合いはそこらのテレビ番組よりも面白くて、いつの間にかやっていたら必ず見る程度にはファンになっていた。
通知をクリックして配信に飛んだ時には既に、花咲さんは話し始めていた。
【お悩み相談】お前らの悩み、俺が解決してやるよ
『次は......職場の同僚が同じ愛人で、のぞみんの話題で意気投合して恋人になれました!のぞみんのおかげですありがとうございます.....はい、リア充爆発しろ』
・もはや自慢で草
・愛人が恋人になるってなんか頭バグる
・お幸せになァ!
・リア充爆発しろ
『おいお前ら、今日の趣旨分かってるよな?お悩み相談だそお悩み相談。さっきからお悩み率ゼロパーセントなんだが』
・お悩み()
・実質大喜利配信みたいな
・お悩み事前募集の時点で察してた
「......ふふっ」
悩んでいたはずなのに、彼らの漫才のような会話を聞いて思わず笑みがこぼれた。
それと同時に、あたしもこんな風になれるのかという、漠然とした不安が襲ってくる。
分かってる、やってみないと分からないことくらい。それに今はVTuberになれるかどうかの瀬戸際なのだ、そんなことで悩む暇はない。
だというのに、あたしの心はざわつき続けている。
このままでは埒が明かない、配信を消そう。どうせ返事は明日でなくてもいいのだし、いっそこのまま寝てしまおうか。そう思った時。
『これも大喜利、これも...。おい、俺に下ネタ送ってくんな。下ネタNGなんでご了承ください』
・嘘乙
・大と小どっち派ですか?
・初配信を思い出せ
・最初からぶっこむやつに言われたくないんよなぁ
『あれは社長の罠だ、信じるでないぞ愛人ども』
・定期的に出てくるおちゃめ社長
・社長いつか配信しそうw
・変人を纏めるのは変人が合ってるってことか...
『変人じゃないっつーの......っておい、これで相談終わりじゃねーか。ほとんど大喜利のせいでまだ十分しか経ってないんだが』
・草
・草
・ある意味平和かもしれない
・花咲相談室解体
『流石にこのままだと配信終われないしな......よし、じゃ悩みがある人はコメントでもいいから教えてくれ、頼む切実に』
花咲さんのその言葉を聞いたとき、あたしの指は無意識に動いていた。
コメントなんて今までしたことも無かったし、誰かに相談して解決することでもないはずなのに。
間違いのないように文字を打ち込んでから、震える指でコメントを送信した。
・サキ:自分の夢が見つからず悩んでいます。夢はどうやって見つけるのでしょうか?
『お、来てる来てる。夢はどうやって見つけるのでしょうか......そう、こういうのでいいんだよこういうので』
・孤独の花咲!?
・ようやく真面目なの来たw
・孤独の花咲とかまんまで草
「っ....よ、読まれた.....」
思わず心臓がドキッと跳ねる。
ただ配信を見ているだけのときとは違う、なんと表現したらいいのか分からないような感覚。
まるで彼がすぐ側に居るのかのような、そんな錯覚にさえ陥った。
「なんで緊張してるの、あたしっ.....」
普段コメントしている人たちって、いつもこんな気持ちになってるの?
これは嬉しいわけじゃない、ただの緊張。断じて。決して。たぶん。
『うーむ、難しいな。夢なんてなくていいんじゃねーの、なんて綺麗事で解決するもんじゃないだろうし』
花咲さんは考えているのだろう、少しだけ黙ってから言った。
『これは知り合い......最近コラボするようになったやつの話なんだが』
・お嬢しかおらんやん
・確定演出
・コラボ相手1人しかいないだろw
『うっせ。で、そいつは俺が知る中で一番VTuberに向いてる人間......じゃなかった、魔族なんだよ』
『このゲームしたら皆喜ぶだろうな、こんな歌を歌ったら喜んでくれるだろうな......常にリスナー思いのやつで、見てくれる人が喜ぶことを第一に考えてる』
『でも、それだけじゃないんだよこれが。ただ計算高いだけのやつなんて直ぐに気付かれるし、あざといだなんて言われて貶されるのがオチだ』
その場にはいない誰かを語る花咲さんは、どこか笑っているようにも思えた。
『あいつは、誰よりも楽しんでやってる。まるで全部が自分のやりたいことかのように。皆が喜ぶこともそうでないことも、VTuberっていう活動の全部をな』
『そんな姿を見て気付いたんだよ。人が喜ぶことだけを考えていても意味が無い。楽しませるだとか喜ばせるだとか以前に、自分がやりたいことやってないと駄目なんだって』
そこでごぐりと唾を飲む音が聞こえて、ようやく自分が呼吸を止めていたことに気付いた。
思わず呼吸を忘れてしまうほどに、あたしは彼の言葉に心奪われていた。
『だからなんだ、要するにその逆も言えるってことで......上手く言語化できん、これでも学生時代は国語の成績上位だったんだが』
『...まぁ、誰かに何かやってあげて、相手が心から喜んでた時.......そのやってあげたことって、自分のやりたいことだったり夢ってことになるんじゃねーの』
・それお嬢に直接言ってやれよ
・ツンデレ
・こういうときお嬢コメントしそうだけど
・珍しく居ないな
・照れて悶えてるに一票
・いいこと言うやん
照れるように言った花咲さんの言葉は、深くあたしの胸に刺さっていた。
もう一度、喉に引っかかった重いものをぐっと飲み込む。それからすぅーっと深呼吸をすると、胸の奥の重いものまで一緒に消えていった気がした。
不思議と心が軽い。持っていたスマホを置いて、部屋をぐるりと見渡す。
「あたしがやってあげて、喜んでくれること......」
あたしの目線の先には、一台のミシンがあった。
・・・
「はぁっ、はぁっ」
翌日。あたしは学校が終わってからすぐにオフィスへ向かっていた。
理沙さんを呼べば車で迎えに来てくれただろうけど、今のあたしにはその僅かな待ち時間すら鬱陶しかった。少しでも早く、夢をにんにくらーめんさんに伝えたい。その一心で走り続ける。
「はぁっ......着いた......」
肩で息をしながら、なんとか呼吸を整える。走っているうちに乱れてしまった制服を直し、ビルへと入った。今度はもう、気後れすることはない。
何人かの大人が制服のあたしに対して怪訝そうな表情を浮かべたが、あたしはそれを無視してエレベーターへと向かう。
扉を閉めようとしていた人に断りを入れて、なんとか中へ滑り込んだ。
そこでようやく落ち着けたような気がして、ふうっと息を吐いた。
『...まぁ、誰かに何かやってあげて、相手が心から喜んでた時.......そのやってあげたことって、自分のやりたいことだったり夢ってことになるんじゃねーの』
昨日の花咲さんの言葉を思い出す。
あたしが彼の配信を見ていなかったら、彼がもしVTuberでなかったら、あたしは今ここにいない。
彼が彼だから。
『たとえすれ違ったとしても、まちがったとしても。その道がアナタが守ろうとする正しい愛ならばきっと、最後にはハッピーエンドが待っているはずでス』
『自分を犠牲にすることと、誰かのためを思って行動することは違うのよん、沙希ちゃん』
社長とにんにくらーめんさんのどちらが正しいかなんて、今のあたしには分からない。けれどきっと、どっちにも思うところがあって、譲れないところがあるのだと思う。もしかしたらすれ違っているだけで、思っていることは同じなのかもしれない。
あたしからすれば、どちらの存在も大切でかけがえのないものだ。にんにくらーめんさんがいなければ自分の夢を探さずに生きていただろうし、社長がいなければそもそもVTuberのことすら知らなかった。
......だからどっちも大切で、どっちも正しい。
いつか全員にお礼を言おう。忘れないように、胸の奥に刻み込んで。
しばらくしてエレベーターが止まり、あたしはゆっくりと足を踏み出した。
ドアノブを強く握って、グッと押し込む。隙間から差し込んでくる夕日に目を細めるあたしの視界には、椅子に腰掛けながらこちらを見る社長と理沙さんの姿。そして、あたしに向かって微笑んでいるにんにくらーめんさんがいた。
「夢は見つかったかしらん?」
「はい」
一度だけ深呼吸をして、前をしっかりと見据える。
「あたしの夢は_____可愛い服を着ることです」
「......へぇ」
「誰かのためにやってあげて、喜んでもらえるのは何か......そう考えた時、一番最初に思い浮かんだのが裁縫でした」
元々はあたしの趣味だった裁縫。最初は小さい小物から始まって、制服をちょっといじったりして。自己満足に過ぎない趣味だったけれど、次第に変わっていった。
「けーちゃん......妹の服とかぬいぐるみとかをよく作るんです。プレゼントした時に心から喜んでくれる姿が、何よりも嬉しかった」
それからほとんど、自分のために物を作ることは無くなった。だってあたしの事なんて二の次で良くて、けーちゃんの笑顔を見るだけで十分だったから。
「最初は、裁縫で色んな物を作ることがあたしのやりたいことなんじゃないか、そう思いました。でも思い出したんです。にんにくらーめんさんの言葉を」
「......」
「あたし、自分を犠牲にすることは辞めました」
悩み抜いた末に見出したひとつの結論。
どれだけ足掻いても、あたしが家族のために働くという事実は変えられない。だってあたしは家族のひとりであり、あの子たちの姉だから。守らなきゃいけない、大切にしなきゃいけない。
だったら_____自分を犠牲にして働くという事実を曲げてしまえばいい。やりたいことをやるためにVTuberになる、そう考えることにした。
「あたしが裁縫を始めた理由は誰かのためなんかじゃなくて、自分のためなんです。自分で服を作れたら、可愛い服をいくらでも着れるからって」
「だから、自分のためにVTuberをやります。やりたいことをやって、昔の夢を叶えるために」
働くのは家族のため。でも、VTuberを選んだのはあたしのため。可愛い服を着たいという昔の夢を叶えるために、自分でこの道を選んだ。
「......お願いします、あたしの絵師になってください」
にんにくらーめんさんに向かってぐっと頭を下げた。
目を開けるのがなんだが怖くて、強く瞳を閉じる。
椅子から立ち、こちらへ近づいてくる音が聞こえ身構えた次の瞬間、あたしはにんにくらーめんさんに抱きしめられた。
「よく頑張ったわねん、沙希ちゃんっ」
抱きしめられているから顔は見えないけど、声は泣いているのかのように震えていた。
突然のことで驚く一方で、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、まるでお母さんに抱きしめられているかのような安心感がある。
「夢を偽ることはいくらでもできたと思うわん。適当に誤魔化せばその場は乗り切れるし、嘘をつき続けるだけでいい。でも、アナタはそうしなかった。自分を見つめ直して、悩んで悩んで悩んで......そして今、ここにいる」
「沙希ちゃんは誰よりも輝いていて、まっすぐな心を持った女の子よん。私が保証するわん。でもきっと、これからもっともっと輝きは増していくと思うのん」
「じゃあ......」
「もちろんよん、アナタのママになるわぁ〜ん。ううん、ならせてちょうだい!私が沙希ちゃんの夢、全力でサポートするわよ〜ん!」
それから抱擁をやめて、あたしの目をじっと見つめてくる。
あたしの目線よりも上に写った瞳は潤んでいて、感動したように声を上ずらせた様子は新鮮だった。怖い人かと思っていたけれど、案外泣き虫なのかもしれない。
「ありがとうごさいます、にんにくらーめんさんっ!」
「もうっ!これから大事な大事な仕事のパートナーになるんだからん、そんな他人行儀な呼び方はしないでねん?ママって呼んでいいのよ〜ん。それと、敬語はやめましょうねん」
「ええと、わかりまし......じゃない、わかった。ママ」
そう言うと、ママは感極まった様子であたしの手を握り、ぶんぶんと上下に振ってくる。
普通に痛い。乙女のような格好をしているのにこの筋力。何度見てもミスマッチな光景なのに、不思議と笑えてきた。
「ちょっと、それ痛いからっ」
「私がやってるんじゃないわああああん!筋肉が喜んでるのよおおおん!」
「どういう原理っ!?」
前言撤回、やっぱり変人なのはまちがっていない。
・・・
それからというもの、みっくす全員での打ち合わせに追われる日々が続いた。
ひとつも方針が決まっていない状態からのスタートだったし、それに加えてあたしはネットの知識に疎く沢山のことを学ばなければいけなかったから。時間は恐ろしい程に早く過ぎて、それでも忙しさが勝った。
放課後のほとんどをオフィスで過ごし、行けない時には夜遅くに通話で話し合ったりもした。
ただここまで忙しかったのは間違いなく、金髪の方の変人......どっちも金髪だった、ママの責任だ絶対。
年齢や職業を決める際ママが、『沙希ちゃんは魔法界から来た妖精さんよん!人間界のおしゃれを学ぶためにVTuberを始めたのよん!それ以外認めねぇからなジョンッッ!』とか何とか叫んでいたせいだ。
妖精さんというところに謎のこだわりを持っていて、しかも急にキレだしてねっとりとした口調じゃなくなるから怖かった。何ならあたしと理沙さんは凍りついてた。もうひとりの変人はヘラヘラしてたけど。
そのときは「あたしがロールプレイに慣れていないから」という理由で納得してくれたんだけど、いつかあの執念が再燃しそうで怖い。新衣装に羽が生えてそう。や、まあ可愛ければいいか。
とにかく色んなことがあって、色んな対立があって、議論があって......毎日が一瞬で過ぎるくらいには忙しいけれど、それでも充実していたんだと心から言える。
______そして今日は、練習として初めて配信をする。
「いいですか沙希ちゃん、ここが配信開始で、ここが......ってそこ押しちゃだめですヨ!?何がとは言わないですガVTuber生命終わりますからソレ!」
「わ、分かりました絶対に押しませんっ」
「フ〜......よシ、このマイクに向かって話してくださイ、距離はそんなに近くなくテモって近い近イ!リスナーの耳壊れちゃいマース!?」
準備はとても順ちょ...ちょっとしたトラブルはあるけれど心配ない。
「心配しかないんですケド!?」っていう幻聴が聞こえてくるがきっと幻聴。あたしは機械音痴じゃない。
「うっうっうっ......しくしくしく」
「なに泣いてるんですかにんラー先生......てかしくしくって自分で言う人初めて見たぞ......?」
「だってえ!最初はあんなに小さかった沙希ちゃんが今はこんなに立派になったのよん!こんなの...こんなの我慢できないわあああん」
「めんどくせぇ...普段のクソ社長くらいめんどくせぇ...」
「普段!?言っときますガ、酔った時の理沙だって同じくらいめんどくさいですからネ!?」
オフィスの会議室を占領して配信準備をするあたしと社長の後ろで、ママと理沙さんが謎の会話を繰り広げていた。
社長と理沙さんの息があった会話に思わず笑いながらも、あたしはずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、社長とママってどういう関係なんですか?」
弱小企業の社長と、元ファッションデザイナー。ママの今の職業はイラストレーターだから、社長が依頼をしたというのは勿論納得できる。でも最初から二人は知り合いのようだったし、何なら呼び捨てするほどの関係であるというのはよく分からない。
実は社長、大企業のお偉いさんだったりするのだろうか。そんな貫禄ないけど。
「あれ、言ってませんでしたカ。ワタシとこの男は兄弟なんですヨ」
「......え」
「ジョ〜ン、乙女と言いなさいオトメ。はいリピートアフターミー」
視界の端でママが社長を締めていたけど、そんなことは全く気づかない程度には動揺していた。
ま、まあたしかに共通点は......金髪なのと変人なことくらい。兄弟と言われれば似ている気もしてくる。
「意外だろ、あの二人」
「はい。けっこう」
「どっちも海外の生まれではあるんだけど、クソ社長の方は割と早くから日本に住んでたからな。そういうとこで性格の違いが出てるんだと思うぞ、たぶん。まあ男兄弟だから仲は良いんだろうが」
ヘッドロックを決めているママは割と本気でやってそうだけど、男兄弟って案外こんな感じなのかもしれない。あたしのところは異性だから見慣れない光景だ。
「あの」
「ん?」
「理沙さんはどういう関係なんですか?あのふたりのこと、やけに詳しいですけど」
あたしの質問に対して、彼女は指をひとつ立てて口元に当て、ニヤリと笑った。
「内緒」
じとーっとした目を理沙さんに向けると、気まずくなったのか目線を逸らした。
「ま、まあ言ってもいいんだけど。私の話なんて面白くないというか重くなるというか...とにかく早く配信するぞー、おら流石にじゃれ合うのやめろ!」
「じゃれ合ってないデス!」
「じゃれ合ってないわぁん!」
子供か。
上手く濁された気がするけどすごく気になる。もしかしたらどちらかの恋人だったりして。兄弟でひとりの女性を取り合ってるとかそんな展開があるのかもしれない。
だめだあたしの悪い知的好奇心が刺激されてる。収まれ、収まれ。
心の中でそう念じていると、首を押さえながら社長があたしの隣に戻ってきた。
「ようやく解放されましタ......ところで沙希ちゃん、本当に良かったのですカ、私が名前を決めてしまってモ」
「あたしネーミングセンス無いですし......それに、素敵な名前をつけて貰えて嬉しいので」
「それなら良かったデス。いつもの流れなラ、私の考えた名前がボロクソに言わてたのがオチでしたカラ」
「よく分かってんじゃん。ま、クソ社長にしてはいい名前かもな」
「褒めてるのか貶してるのかはっきりしてくだサーイ......」
社長はこほんと一つ咳払いをしてから言った。
「さあ、ここからが始まりですヨ。花咲望クンのおかげである程度の箱人気はありますガ、私たちは界隈全体で言えばまだまだ新人デース。それに、VTuberの数も次々と増えてきていまス、ここから上がっていくのは至難の業でしょウ。でも、アナタならきっと大丈夫デース!」
「不安ばっかだろうけどさ、この数週間準備してきたことを信じろ!なんかあってもあたしたちがついてるし、頼りになる同期だっているんだからな!」
「アナタなら絶対にできるわ〜ん。だって沙希ちゃんは、誰よりも素敵な夢を持っているんだからねん!大丈夫、頑張る女の子は無敵よん!」
社長に理沙さんにママ。
容姿からしてチグハグな三人だし、性格なんてまるで違う。VTuberにスカウトされなかったら一生出会うことがなかったはずなのに、今こうしてここにいる。まるで運命でもあるかのよう。
だから、この人たちの存在が誰よりも心強かった。
「期待してますよ沙希ちゃん......いエ、みっくす二人目のVTuber、
「はいっ!」
まだVTuberとしても、夢としても蕾のままなあたしだけど。どこまでも自分らしく生きていけばきっと、素敵な花となって咲き誇る。
それがあたしの名前の由来だと、社長は教えてくれた。
名前に恥じないようになろうという決意を込めて、あたしはパソコンへ向かった。
今日は配信練習だけれど、花咲さんが見ていてアドバイスをしてくれるらしい。だからこれは、あたしが初めて蕾六花として活動する第一歩になる。
配信開始を押そうとすると、既に開始されていた。直前に社長が気を利かせて押してくれたんだろう。しばらく前から既に開始しちゃってたみたいなミスは、いくら社長でも犯さないはず。
あたしは少しだけマイクに顔を近づけて、最初の一歩を踏み出した。
「はじめまして、みっくす所属の新人VTuber、蕾六花です。......以後お見知りおきを」