やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。   作:人生変化論

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ラブコメコメしてきたので言っておきますが、この作品は結構重めのシリアスです(戒め)


アリスは独占したがる

『さあ、ここからが始まりですヨ。花咲望クンのおかげである程度の箱人気はありますガ、私たちは界隈全体で言えばまだまだ新人デース。それに、VTuberの数も次々と増えてきていまス、ここから上がっていくのは至難の業でしょウ。でも、アナタならきっと大丈夫デース!』

 

『不安ばっかだろうけどさ、この数週間準備してきたことを信じろ!なんかあってもあたしたちがついてるし、頼りになる同期だっているんだからな!』

 

『アナタなら絶対にできるわ〜ん。だって沙希ちゃんは、誰よりも素敵な夢を持っているんだからねん!大丈夫、頑張る女の子は無敵よん!』

 

 

「......気まずい」

 

 

おい誰だよ配信始めやがったやつ、幾ら練習とはいえそのせいで全部聞こえてるんですけど。

社長を筆頭になんか凄くいいことを言っていたようだが、聞いている側からしたらとてつもなく気まずい。

 

例えるならばそう、ラスボス戦前の「勇者様、貴方のことが...」みたいなイベントを魔法で覗き見ちゃった魔王みたいな気まずさである。アレ、魔王どんな気持ちで聞いてるんだろうな。案外「てぇてぇ」とか言いながら後方腕組みおじさんしてるのかもしれない。後方腕組みおじさんしてるってなんだよ。

 

勇者と魔王の姿を頭からかき消して画面を注視すると、一人の女の子が配信に現れた。

恐る恐る話し始める彼女の姿に、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 

 

『はじめまして、みっくす所属の新人VTuber、蕾六花です。......以後お見知りおきを』

 

 

蕾の容姿を端的に表せば、『現代の妖精』だった。

白銀の髪は長いストレート。目は少しだけつり上がっていてどこか冷酷な印象を受けるが、桃色の瞳によって上手く中和されている。整った顔立ちは人間と言うよりも、ゲームやラノベに出てくるエルフのよう。

しかし注目すべきは彼女の服装。日本の高校生が着るような制服だった。

赤と黒を基調とした制服は、白銀の髪と美しいコントラストになっている。どちらかと言えばハスキーな声も相まって、エルフの女王が現代に転生したんじゃないかとさえ思えてきた。

 

わんちーむのVTuberは全員を有名な絵師が描いていると聞くが、蕾六花は彼女たちに引けを取らないどころか一歩勝るまである。

彼女の絵師であるにんにくらーめんさんについては全く知らないが、実は超有名だったりするのだろうか。

 

 

『あ、あのー......聞こえてますか?聞こえてたら、その......何か反応くれると嬉しい、です』

 

「......はっ」

 

 

俺はどうコメントするのが正解なんだ、敬語か?声質的に蕾六花は年上だと思うが、俺は年齢詐称してるが故にタメ口にすべきなのかもしれない。

でももし「最初からタメ口なんてキモイです、VTuber辞めますねばいばーい」とか言われたら死ぬだろう。

本当の年齢も顔も性格も分からないからこそ、何が地雷なのかわからないから難しい。敬語かタメ口か、それでさえも悩んでしまうくらい。

 

ええい、言ったれ比企谷八幡!ぼっちの底力見せてやれ!おいそこ弱そうとか言うな。

 

 

・聞こえてるぞー

 

『っ!よかった......』

 

 

この気持ちはなんだろう。

目に見えないエネルギーの流れが伝わってくるようなこの気持ちはなんだろう。安堵する蕾六花の様子はなんだか微笑ましい。今なら八幡合唱団が開けそうだ。

 

 

『えと、この後は...十分自由に雑談?あたし何も考えてないんだけど』

 

 

社長に指示を出されたのだろう、彼女の戸惑うような声が聞こえる。

雑談練習か、懐かしい。俺もデビューが決まってから理沙さんとちょくちょくやってたな。

理沙さんはめちゃめちゃ聞き上手だから、話している俺も気分が乗って饒舌に喋ってたな。その時の姿はさながら好きなジャンルになると急に話し出すオタクくんのよう。なにそれ俺じゃん。

 

 

『う、あ......じゃああたしの家族のこと、話そうかな』

 

 

悩むように声を絞り出してから、彼女は話し始めた。

内容はどこにでもあるような家族の話。弟が最近チャラくなってきただとか、妹が可愛いだとか妹が可愛いだとか、そんな話。

大してイベントがある訳でもなく、聞いている俺も「兄弟いるんだな」程度にしか思わなかったけれど。

______けれど、蕾六花が誰よりも家族を愛しているということだけは、確かに感じられた。

 

それから十分。楽しそうに語ったあとの彼女は、最初に見えた緊張なんて飛んでいってしまったかのような様子だった。

 

 

『......終わります』

 

 

蕾六花がそう呟くと、後ろに待機していたのだろう社長が話し始める。

後ろで謎の泣き声が聞こえていた気がしたが、直ぐに社長の声でかき消された。

 

 

『やあやア花咲クン、六花チャンはどうでしたカー?感想送ってくだサーイ』

 

 

そう促され、俺はキーボードに手をかける。

さて何を送ろうかしらん。俺と同じシスコンということは十二分に理解したが、感想となるとまた難しい。

 

 

・めちゃめちゃ良かったと思います。トークも本心で言ってるってのが伝わってきたし、良い意味でキャラを演じてないのもウケそうですしね

 

 

最近のVTuber界では、VTuberのキャラクターとしての側面よりも、配信者としての側面が重視されているように感じる。

黎明期_____VTuberと言えば3Dでの動画が主流だった時代では、アイドルに近しい存在だった。

しかし今では殆どが生配信を占めている辺り、素の部分に需要があることは一目瞭然だろう。

 

故に配信慣れしていないという彼女の特徴は、きっと多くのリスナーから好意的に捉えられるはずだ。

 

 

『......へぇ』

 

・なんすか、その思わせぶりな反応

 

『いやはヤ、花咲クンも案外素直に褒めるんだなート。ひねくれてるアナタのことですカラ、まぁ...いいと思うっすよ......みたいな感じかト』

 

 

よく分かっていらっしゃる。

思わず口に出しそうになった言葉をグッと飲み込んだ。

 

 

・直接じゃないですからね

 

『あぁ、それもあるでしょうネ。でもそれだけじゃなイ。アナタと六花には共通点が多いですかラ、身近に感じてしまったのではないですカー?』

 

 

嗚呼、社長のニヤニヤしている顔が目に浮かぶ。社員を弄って楽しいのかこいつ...って、楽しくなきゃこんなことしてないのか。俺の負け!なんで負けたか明日までに考えといてください!

 

社長の言うことが間違いではないから余計腹が立つ。

......持論だが、シスコンに悪いやつはいないからな。兄弟のために頑張ってるやつを見ると、どうも気にしてしまう。

 

 

『花咲クンを弄るのはこの辺にしておいテ。今日のところは終わりましょうカ。どれだけ練習して実力をつけたとしても、配信者の世界は時の運に左右されますかラ』

 

『でもネ、沙希チャン。今日の経験は、配信の練習をして、同期となるVTuberに褒められた経験はきっと、アナタの大きな自信となるはずデース』

 

 

抜けている大人なのか格好いい大人なのか、寒暖差が激しすぎて体調を崩しそうまである。

 

 

『......あの、最後に少しいいですか』

 

 

終わりそうだった流れを断ち、割り込んで言ったのは蕾六花だった。

 

 

『花咲さ___は、花咲。今日はありがとう、色々と付き合ってくれて』

 

・感謝だったら社長たちにしてくれ。俺は殆ど聞いてただけだしな

 

『それでも。あと......貸し一つだから』

 

 

貸し?今日のことを言ってるのか?

 

 

『あんたは分からないだろうけどさ。あたしがVのことで色々悩んでる時、花咲の配信を見て___勇気と、答え(・・)に気付かせてくれたんだよね。だから、貸しにしとく』

 

『こんなこと言うのは柄じゃないけどさ...その、あんたが同期で良かった。これからよろしく』

 

 

それだけ、と呟いたのを最後に彼女の声は聞こえなくなった。残されたのはボケーッとする俺と、会議室に取り残されたのであろう社長だけ。

 

 

『ネ?八幡は確かに、少しづつ世界を変えているんですヨ』

 

 

社長が最後に言ったことが、やけに耳に残っていた。

 

 

それから1週間。蕾六花は初配信をし、終了時点で登録者一万人、同接三千人を記録する超好スタートを切ったってアレ?

......これがフラグ回収ってやつか、解せぬ。

 

 

◇◇◇

 

 

【雑談】もう夏休みってマ?

 

 

「今日も元気に超広大遠距離爆殺魔法。どうも、花咲望だ」

 

・こんのぞ

・こんのぞ

・こんのぞ〜

 

「全く七月の記憶ないんだけどもう終わると聞いて。七月何してたっけ」

 

・うそやん

・お嬢とコラボしてた

・お嬢とのイチャイチャ空間を忘れたのか

・同期デビュー

・六花ちゃん初配信

 

「あー、アリスとの配信は今月だったっけか、忘れてた。それよりも」

 

・アリスオミソルシル︰それよりもですって!?

・おいお嬢泣くぞ

・アリスさん泣かせんなよ

・この童貞!花咲!

 

「おいこら花咲は罵倒のための言葉じゃねぇよ。ってかアリス毎回配信来てくれてるのな」

 

・アリスオミソルシル︰作業のBGMが欲しいだけだから!

・てぇてぇ...

・ツンデレいただきました

・律儀に来てくれるお嬢すき

・花咲だって毎回お嬢のコメ欄いるだろ

 

 

俺がアリスの配信を見ているのはあれだ、同業者の研究だ。アリスはバカだが先輩として尊敬できる部分もある。べ、別に好きってわけじゃないんだからね!

 

 

「せっかくだしこの流れで告知しとくけど、明後日はアリスとコラボ配信するから来てくれると助かる。夏だし適当なホラゲーでもする予定ではある」

 

 

・行く

・もちろん見るぞ

・花咲ホラー耐性あるの?

 

「ホラーなんてのはあれだ、大抵陽キャが吊り橋効果の為に創り出した偶像なんだよ。テレビでやってんのは殆どCGだったりするし、心霊スポットなんてリア充のための場所みたいなもんだ、つまり怖くない」

 

・じゃあお化け怖くないんや

 

「いやお化けは怖いだろ、普通に」

 

・なんでww

・矛盾しとるやんwww

・結局怖いってことかw

・ちなみにお嬢もホラー耐性ないです

・地獄ができそう

 

 

俺が怖くないのはホラーであってお化けではない。

心霊現象とかバクだろ、科学的に証明できないとかファンタジーにも程がある。文系にも分かりやすく百文字で説明してくれ。

 

要するにホラゲーは怖い。だってめっちゃビビらせてくるしなアイツら。人間の心臓の数を考慮していただきたいものである。

 

 

「コラボの話はこの辺にしといて。さて愛人ども、例の初配信は見てくれたか?」

 

・もちろん

・ばっちりよ

・めっちゃ可愛かった

・おぎゃりたい

・ビジュも全部好き

 

 

愛人の反応から分かる通り、蕾六花は新人Vとして大成功を収めた。

俺も社長たちと通話しながらガヤガヤ見ていたが、コメ欄は大いに盛り上がっていたことを覚えている。

 

彼女が一度の配信だけで人気になったのは、勿論イラストレーターの力もあるだろう。けれど一番の要因は、蕾六花自身の魅力によるものだ。

クールな容姿に合う、落ち着いた声質。一方で性格はものすごく丁寧で、リスナーのコメントに一喜一憂する。VTuberが飽和状態である今の界隈で、その初々しさは目新しく写ったのかもしれない。

 

 

「タグ決めの時とかも、頭のおかしいリスナーに翻弄されてて面白かったよな。それでいて丁寧に話しかけるもんだから余計に」

 

 

八幡固有能力の一つ、千里眼が俺に訴えかけている。彼女にはツッコミの才能があると...!

 

 

・やさいじゅーすさんといいにんにくらーめん先生といい、みっくすって絵師にどんだけ金かけてんだ

 

「絵師さんに関してはまじで同感だな。てか、俺も最近までにんにくらーめん先生がこんなに有名だとは知らなかったし」

 

・テレビ見ない人は知らんよな

・地上波だとたまに出てる

・ファッション雑誌とかによく名前載ってるよ

 

 

にんにくらーめん先生はどうやらテレビに出るほど有名なようで、聞いた話によるとオカマタレントとしてそこそこの知名度を誇るらしい。

しかも元ファッションデザイナーだとかで、何故イラストレーターをやってるのか疑問だった。十分以上の稼ぎはあるだろうに。

 

相変わらずの社長の人脈に驚きはしたが、にんにくらーめん先生が出演している番組を見たときに納得してしまった節はある。

ノリというか、キャラの濃さというか......雰囲気的なものが社長に似ていたから、知り合いと言われてもそう不思議には思わなかった。

 

 

「絵師さんの話になったから言っておくけど、今新衣装について話し合ってる途中でな。8月中にはお披露目できるはずだ」

 

・新衣装か!

・たのしみ

・花咲もようやく冬服卒業やな...

 

 

そう、以前からちょくちょく話題にはしていた新衣装に、ようやく取り掛かる決意がついたのである。

夏になってもセーターというのはどう考えても合っていないし、夏らしい衣装を依頼しようと理沙さんから提案されたのだ。

 

値段に関してはやさいじゅーすさんと直接交渉した。人気イラストレーターにしては安すぎる気もするが、以前無償で描こうとしていたことを考えると、彼女としても妥協してくれたのだろう。本当に感謝。

 

 

・ヤサイジュース︰わくわく

 

「いや貴女描く側ですからね、わくわくとか言ってるけど」

 

・アリスオミソルシル︰私と新衣装でコラボ配信するわよ!

 

「アリスも出してたな。あの水着っぽいやつ」

 

 

つい先日、アリスも新衣装を出していた。

水着というかシースルーというか、白を基調としたヒラヒラが着いていて、普段とは異なる清楚なイメージでありながら大胆に露出している衣装でもあった。

それでいてロリ体型なもんだから、コメント欄が『えっっっ』で埋め尽くされていたのを覚えている。

 

 

・アリスオミソルシル︰で?感想はないのかしら

 

「前つぶやいただろーが」

 

・アリスオミソルシル︰あんなの感想の内に入らないわよ馬鹿。素直に可愛いって言いなさい

 

「調子乗るだろうが馬鹿」

 

 

確かに俺の好みだったし、可愛かったのは認めよう。しかし本人には絶対に言わん。

言ったが最後愛人と眷属にはにやにやされるし、小町から一ヶ月ネタにされ続けることは目に見えている。残念だったな、俺はラブコメ主人公ではないんだよ!

 

 

・調子乗るからってことはつまり...

・てえてえ

・急にてえてえ空間形成するやん

・これはてえてえ

・ありのぞてえてえ

 

 

あれ、もう手遅れだったりする?

 

 

「やめだやめ、この話は終わり。他の話題ないのか」

 

・誤魔化した

・逃げるな

・恥ずかしがり屋だからしゃーないw

・ありのぞコラボまだですか?

・六花ちゃんとのコラボ予定は?

 

「蕾とのコラボはまだ特に決まってないけど、するつもりではあるぞ。デビュー時期は違うとはいえ同期だし、向こうから拒絶されない限りはしようかなと」

 

・蕾 六花 ︰ぜひ

 

「いるじゃん本人。俺の葛藤を返せ」

 

 

VTuberになる前は小町に『VTuberと知り合いになれない』とか言われてたのにな、凄い進歩だ。

俺レベルになると動かずともコラボの予定が決まっていくわけですよ奥さん。ごめん調子乗りました。

こんな時は幼児退行するに限る。がんばえーぷいきゅあー!

 

 

・大集合やん

・モテモテやな花咲

・おいそこどけ童貞

・ハーレムやんけ

 

「これのどこがハーレムに見えるんだよ、ってか童貞はやめろ。言いすぎるとBANされ......ハッ!わざと俺にセンシティブなワードを言わせてBANを誘発する作戦か!」

 

・気づいてしまったようだな

・お前には消えてもらおう

・大人しくBANされればいいものを

 

 

なんなのこの連携力?コメ欄でどうして魔王ムーブができるの?

 

 

「はっ、俺に対抗策がないとでも?秘技、禁止ワード発動!これから童貞に関連する言葉を書き込んだ者はタイムアウトされる」

 

・貴様それでもVTuberかっ!

・おのれ卑怯な

・ごめんみんな...どう【タイムアウトされました】

 

 

リスナーは配信者には勝てんのだ。俺の勝ち!

マウント取って楽しいかって?いいや全然。

 

 

「すまんな愛人達......ってことで、いい時間なんで終わるわ。今日は雑談ってよりかは告知メインだったけど、良かったらチャンネル登録してってくれると嬉しい。じゃ、おつのぞー」

 

・おつのぞw

・おつのぞ

・急で草

・草

・おつのぞ〜w

・おつのぞ!

 

 

◇◇◇

 

 

『じゃ、おつのぞー』

 

「......はぁ」

 

 

ピンクと黒を基調とした可愛らしい部屋。

いかにも女の子らしいけれど、よく見ればブランド品が幾つも混じっている。

そんな見慣れた(・・・・)部屋の中、私は一人ため息をついた。

 

 

「コラボ、するのよね......」

 

 

わかってた。

私と貴方は違うってことくらい、わかってたの。

花咲はきっと、何もしなくても人が集まってくるタイプ。貴方はぼっちって思っているけれど、花咲が持つ不思議な魅力に惹かれて集まる人は沢山いるわ。

 

でも、私は違う。

気づいたら全てを取りこぼしてる。必死に這いつくばって集めた星屑のような光を、いつの間にか他の誰かに奪われている。

いつもひとりぼっちで、誰からも見つけてもらえなかった私だから。私と一緒にいてくれるひとなんて居ないんだって、いつも思ってた。

 

運命だと思った。

貴方を初めて見た時、私も他の誰かと同じように貴方に惹かれたの。この人なら、本当の私を見つけてくれるんじゃないかって。

だからね、愚かにも期待してたのよ。私だけの花咲でいてくれる。誰とも仲良くならないで、私だけのライバルでいてくれる。そう思ってた。

 

 

「ねぇ、花咲。貴方は私を凄い人だなんて言ってくれるけれど____」

 

 

独占欲が強くて、重いし、自分だけのライバル(花咲)でいて欲しいなんて思っちゃう、最低な女なのよ。

 

 

『ね、アリスちゃんはずっと親友だよっ』

 

「っ......」

 

 

そうやってあの子は私を裏切った。

あっさりと。そこら辺の蟻を踏み潰すかのように気安く、何事も無かったかのように、私との関係を無かったことにして。

 

怖い。

花咲は裏切らないって、ずっと心に言い聞かせても。

冷たい顔で私を切り捨てる花咲の顔が浮かんできて、心をキュッと掴まれたような気持ちになる。

 

 

「神様、どうか私の願いが叶うのなら_____」

 

 

カーテンを開けて、夜空に光る星に向け手を握る。

幼い頃によくやっていた動作。心が沈んで、泣いて泣いて、泣き腫らした目を擦りながら、『私だけの友達が欲しい』とただ神様に祈った。

そう、昔と同じように。

 

 

「______違う」

 

 

やめた。

神様なんていないと知ったあの日から、十字架を捨てたあの日から、神頼みなんてしないって決めたのよ。

 

私は自分の力で世界を変えてみせる。

花咲を私だけのものにすることは出来ない。けれど、私がいちばんであり続けることは出来る。

貴方の視線を、私だけが独占する(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

裏切られたくない、他人になりたくない。ずっとライバルでいて欲しい。

祈るだけじゃ駄目。自分から変えようとしないと、何も変わらないから。

 

 

「花咲。魔界の皇女のライバルになるってどういうことか、思い知らせてあげるわ」

 

 

ベッドに放り投げていたスマホを拾い、ある相手に電話をかける。

発信先は、私が会社で唯一会話出来るひと。

 

 

 

「もしもし、社長?」

 

「この前断った件だけど、やっぱり受けることにするわ。......そう、相手は花咲」

 

「どういう風の吹き回しって......そうね、負けられない相手ができたから、かしら」

 

「兎に角、私は出るわよ。『VTuberベストパートナー選手権』にね!」

 

 

◇◇◇

 

 

『六花ちゃんの初配信でしょー?私も見てたよっ』

 

「見てくれてたんすね」

 

『もっちろん。私のいちばんの推しははーくんだけど、みっくすはこれから大きくなる予感がするんだよね〜』

 

 

久しぶりのやさいじゅーすさんとの通話。こういうことを言ってくる人だってのは分かってたけど、面と向かって推しだとか言われると照れるものがある。

 

 

『はーくんも六花ちゃんも勢いすごいからね。......はいこれ、センター分けとオールバックのラフ。私的にはオールバックなんだけど、センターも似合ってるからなぁー』

 

 

俺のスマホに送られてきたのは二枚のラフイラスト。顔は見慣れた花咲のものだが、服はいつもと異なり半袖のシャツにズボンだった。

二の腕にはうっすらと筋肉の筋が見え、いかにも夏場のサラリーマンという風貌である。

 

そう、今は別に雑談通話とかではなく。以前配信で言っていた新衣装の打ち合わせ中だった。

 

 

「あー......俺もオールバックっすかね」

 

『やっぱり?オールバックだと腐り目が強調されてかっこいいんだよねっ! 』

 

 

腐り目がかっこいいってなんだよ、初めて聞いたぞ。

やさいじゅーすさんのカワボじゃなかったら揶揄われてると思っていたことだろう。やっぱカワボは世界を救うってこと。

 

 

「ちなみになんですけど」

 

『うん?』

 

「シャツのボタン一個だけ外れてるの、なんか意味あるんすか」

 

『ううん、純粋に私の性癖だよ。首元から鎖骨がちょっと見えると、すっごくポイント高いんだよね』

 

 

女性の胸元空いてると目が行ってしまうのと同じ原理なのか。そう考えると分からんでもないけども。

ボタン一個ってのが大事なんだよ!と熱弁するやさいじゅーすさんを横目に、俺は一人考える。

 

毎度思うが、やさいじゅーすさんが配信を始めたら絶対に人気出ると思うんだよな。例えばASMRとか......何それ超聞きたい。

けれどこの声を知っているのは俺だけという優越感もある。くっ、鎮まれ俺の独占欲...ッ!

 

ただ、彼女が配信することが出来ないのは知っているからこそ、複雑な気持ちである。

以前社長から聞いた『鬱である』という事実。これ程のカワボを持ちながら表舞台に出ようとしないのは、鬱も原因の一端なのだろう。

 

 

「決めました、オールバックでお願いします」

 

『りょーかい!明日までには描いて送るね』

 

 

明日って言った?作業スピードバグってないかそれ。

一流のイラストレーターになるには不眠不休で描けるミュータントにならなければいけないのか。厳しすぎるだろイラストレーターの世界。

 

 

『そう言えばはーくん、最近アリスちゃんとよくコラボするよね』

 

「よくも何も唯一のコラボ相手っすからね」

 

『それでも、仲良いなーって。別に他意があるわけじゃないけど、ちょっと妬けちゃうな』

 

「妬ける......?」

 

『い、いやいや!べつに恋愛感情とかそーゆーのじゃなくて......。ただ、二人があまりにも仲良いから、そういう関係って素敵だなって思ったの』

 

 

傍から見れば俺とアリスは仲がいいらしい。や、別に悪いわけではないんだけれども。......ないよね?

そもそも、俺は女性に期待を持つことを辞めたのだ。折本の一件を経て、勘違い野郎から進化した俺では、仲がいい程度で恋愛に発展するなんて愚かなことはしない。

 

そう考えると、俺を進化させてくれた折本は良い奴だったのかもしれない。そう、まるでピカチュウと進化の石のような関係...ってないわ。普通に俺を晒しあげたお前は悪女だ。おいウケるーとか言うな。

 

 

『しかもはーくん、最近私と通話してくれなかったでしょ?嫌だったらいいんだけど、その......寂しかったし』

 

「......イラストレーターさんと仕事以外で通話するの、割と問題になるでしょ」

 

『仕事だったらいいんだね』

 

「え?」

 

 

予想外の反応を返したやさいじゅーすさんに、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

 

 

『はーくん。大事な話があるの』

 

 

そう一言前置きをして、緊張を飲み込むかのように大きく息を吸い込んだ。

明らかに何かある。どこか張り詰めた雰囲気に包まれ、心臓の鼓動が少しだけ早くなった。

 

 

『私と_____』

 

『私と、ディスティニーランドでデートしてくださいっ!』

 

 

 




アリスオミソルシル(メンヘラのすがた)

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