やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。   作:人生変化論

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一章最終話。


八幡は想いを歌う

 

「で、社長はどこまで?」

 

「どこまで、と言われましてモ。ワタシは黒奈チャンから頼まれて、送迎をしていただけですヨ。そしたら偶然、八幡を見つけたまでデース」

 

 

二人きりの車の中、ハンドルを握る社長は、おどけたような口調でそう言った。

 

これ以上聞いても、この人は何も答えないだろうな。

諦めて窓の外に視線を向ける。既に暗くなった世界。ビルや家が明るくなり始め、朧気な光に包まれている。過ぎ去っていく街灯をぼーっと眺めながら、ひとりごとのように呟いた。

 

 

「……聞きました、黒奈さんのこと。あの人の過去に、何があったのか」

 

「そう、ですカ」

 

 

社長は、それを聞いて少しでも驚いてくれているだろうか。

いつもの余裕そうな口調を崩し、真剣に語る姿は新鮮だった。

 

 

「前にも話したかもしれませんガ、黒奈サンのお父上とワタシは、学生時代の友人でしタ。お互い社会に出た後も、早くに結婚した彼の妻と、ワタシと理沙の四人で、よく飲んでいたものデース」

 

 

二人が社長仲間である、と言うのは以前聞いていた。また、黒奈さんの父親が、アリスらが所属するわんちーむの社長であるとも。

しかし、理沙さんを含めた四人も仲が良い、とは初耳である。家族ぐるみの付き合いにねじ込める理沙さん何者だよと思わなくはないが、どうせ聞いても教えてくれないんだろうな。

 

 

「黒奈さんが産まれてからモ、付き合いは続いていましタ。ワタシも理沙も、自分の子供のように可愛がってましたネ」

 

 

昔を思い出しながら語る社長は、懐かしさを噛み締めるようだった。

その直後、緩んでいた表情は一変し、悲しそうに顔を歪めた。

 

 

「……彼の妻が事故で亡くなる、その日までハ」

 

「っ……」

 

「その当時はワタシたちも色々とあっテ、自然と疎遠になっていきましタ。彼は悲しみから逃れるようニ、仕事にのめり込むようになリ。黒奈さんを気に掛ける機会モ、少なくなっていきましタ」

 

 

だから、当時引きこもりだった黒奈さんは、配信活動を始めて___あの事件が起こってしまった。

 

凛音さんから話を聞いていた時、ずっと疑問だったのだ。学生時代に心を病み、引きこもるようになってしまった娘が、ネットで出会った人とオフ会をしたいと言って、そう簡単に許すのかと。

いくら相手が女性だとはいえ、話を聞く限りでは父親の介入は無かった。社長から聞いていた限りだと、黒奈さんを溺愛している様子だったが、そのような背景があるのであれば納得である。

 

 

「ワタシたちが再び関わり始めタのは、彼のわんちーむが軌道に乗り、ワタシがみっくすを立ち上げた頃……八幡、アナタと出会った時からデース」

 

「花咲望の依頼を、やさいじゅーすさんに頼んだ時」

 

「そうでス。黒奈さんが有名絵師としての顔を持っていたことは知っていましたかラ。何としてでも事業を成功させるためニ、無理を言って依頼しましタ」

 

 

しかし、その説明だとやはり分からないことがある。

 

 

「……じゃあ、どうしてやさいじゅーすさんは、俺の担当イラストレーターになることを受け入れてくれたんすか」

 

 

結局はそれに尽きる。

彼女の過去を聞いた後だと、尚更疑問が深まった。配信者仲間にも、親友にも裏切られ、相当の人間不信に陥っていたはずだ。にも関わらず、初対面の時点から黒奈さんはそんな様子を見せなかった。彼女の俺に対する関わり方は、イラストレーターとしての仕事の範疇を超えている。

 

 

「うーン、それがワタシにも謎なんですよネ。通話の申し出も、正直ダメ元で言いましたシ。まあデモ」

 

 

車が信号で止まると、社長は俺の方を見て、バチコーンとウィンクをした。

 

 

「その理由は、もう分かってるんじゃないデスカ、八幡」

 

「……」

 

 

見透かされている。

ということはやはり、俺の推測で間違っていないのだろう。

間違っている可能性があるとしても、事実であることに賭けるしかない。俺が今からやろうとしていることは、黒奈さんの葛藤が、俺の推測通りであることが求められるのだから。

 

 

「さあ、それを聞いてアナタが何をするのか楽しみデース。その様子だと、策があるようですシ」

 

「あんま期待しないでください。あと、今のうちから謝っときます。ごめんなさい」

 

 

そう言って、俺はトゥウィッターを開いた。

あることを呟こうとして、先に連絡すべき相手がいることを思い出し手を止める。

 

少ない連絡先を漁って、とある人にメッセージを送る。相手はもちろん、アリスだ。

手早く打ち込んで送信すると、すぐに返事が返ってきた。

 

 

『まじですまん。今日のホラゲー配信中止にさせてくれ』

 

『は?!ちょ、どーゆーことよ花咲!』

 

『色々とお前の期待を裏切ることになると思う。どれだけ責められても、俺は何も言えん』

 

『えっ死ぬの?なに死のうとしてる?アンタまだ若いんだからそんなこと考えないでよ!』

 

『死なねーよ、ってかロリが若いとか言うな』

 

 

いつものように騒がしいアリスに頬が緩む。けれど、彼女の期待を裏切るであろう未来の自分の行為に、ちくりと胸が痛んだ。

 

今度こそとトゥウィッターを開き、文字を打ちこむ。大した内容を考えている時間はない。伝えたいことを簡素に、できるだけ短く。何度も行ってたはずの告知をする指が、今日だけは重く感じられた。

 

 

・花咲:申し訳ないが、諸事情で今日のアリのぞコラボは中止で。その代わりにこの後9時から、緊急初歌枠やります。

 

・え?????

・歌枠ま??

・急に中止ってなんかあった?

・大丈夫ですか

・歌うんかおまえ

・中止了解

・お嬢、感情の振れ幅やばそう

・仕事だけど聴くしかねえ

・花咲歌うマ???

・悲しいのやら嬉しいのやら

・これ歌みた期待して良いっすか

・全裸待機しとく

 

 

たちまちなだれ込む反応の数々。

コラボ中止を不安視する声に、歌を期待する声と、反応は様々だ。

 

こんな突然の決定なんぞ、たくさんの人に迷惑をかけることは百も承知。

うちの会社だけでなく、裏でスケジュールを調整してくれていたであろうアリスのマネージャー。視聴者だって、愛人の奴らだけでなく、アリスの配信を楽しみにしていたであろう眷属の期待も裏切ってしまう。

 

……それでも。それでも俺は、黒奈さんのために意思を貫くと決めた。

ぼっちは空気を読みすぎて悩めるくせに、変なところで頑固だからな。

 

手元のスマホに届くどんな声も、その全てを受け入れて、少しの間だけ目を閉じた。

 

 

「にしてモ。あの捻くれ代表みたいな八幡ガ、ひとりの女性のためにここまデするのは、一体どういう風の吹きまわしデスカー?」

 

 

社長は運転しているため、横顔しか見ることができないが、にやにやとした表情であることは容易に想像できた。

 

 

「……別に、大した理由じゃないっすよ。黒奈さんには、俺だけじゃ抱えきれないくらいには恩がありますし。それに」

 

 

俺が、自分自身の存在価値について悩んでいたとき。

花咲望が、比企谷八幡で良かったのかを悩んでいたとき。

今でも社長に言われた言葉を、時々思い出す。

 

 

アナタだから(・・・・・・)今ここにいるのでス、八幡』

 

 

特別な言葉じゃない。ありふれた言葉で、普段の俺ならきっと、その裏にある真意を勘繰ってしまう。それくらい面倒臭い心があって、人を信じることができない思考をしているけれど。

 

それでも。

 

 

Vtuber(花咲望)になってくれテ、ありがとう』

 

 

何でもない言葉が、どうしようもなく刺さったんだ。

 

 

「俺にしかできないこと、思い浮かんだんで」

 

「……そうですカ」

 

 

社長はどこか安心したように、そう呟いた。

 

 

それから数十分車に揺られ、事務所へと到着すると、社長は車を歩道に寄せ降りるように促した。

一言感謝を述べ、助手席から降り歩道へ向かう。すでに空は暗く、仕事帰りであろう社会人が多く歩いていた。

 

 

「八幡」

 

 

振り返ると、社長はシートから身を乗り出し、こちらに拳を突き出していた。

真っ暗な世界の中で、金色の髪はやけに目立つ。サングラスをかけていても分かる瞳の輝きに、思わず目が惹きつけられた。

 

 

「ぶちかませ」

 

 

その台詞があまりにもキマっていて、思わず気味の悪い笑みがこぼれた。

今どき少年漫画でもやらねーよ、それ。

 

でも。そんな展開、胸が踊らないわけないよな。男の子だし俺。

 

 

「行ってきます」

 

 

短く呟いて、握った拳をごつんと合わせた。

 

 

・・・

 

 

事務所に入ると、明かりがついていない真っ暗な部屋で、一台のパソコンだけが煌々と輝いていた。

 

作業をしている人は大体予想できるが、前も似たような光景を見た気がする。

あの時は確か、アリスとの初コラボ配信中だったか。その時の社長の姿と完全にリンクした。

似すぎだろ、この人たちの行動。

 

 

「お疲れ様っす」

 

「ん、おー八幡。デートは楽しかったか〜?」

 

 

口ぶりからして大体のことは把握しているだろうに、にやにやと意地が悪い人である。

ふと感じたが、やっぱり似てるんだよな、社長と理沙さん。別に容姿や背丈が似ているという話ではないが、何というかこう、雰囲気やちょっとした仕草に面影を感じる。二人の付き合いは長いようだし、自然と似てくるのかもしれない。

 

 

「そうも言ってられないですよ、こっちは」

 

「まあ、クソ社長から聞いてるから、大体は把握してるよ。女と付き合うってのはこういう困難を乗り越えるのと同義だから。後学のために覚えとけよ」

 

 

ほんとに把握してるのかよこの人。

俺の反応を見てけらけらと笑う理沙さんに、変わらないなと少しだけ安心した。

 

 

「配信すんだろ?会議室に準備はしておいたから、自由に使ってくれ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

事務所で唯一配信が行える会議室。同期である蕾六花がよく利用しているというその部屋を指差しながら、彼女は真剣な表情で言った。

 

 

「八幡。お前が何をしようとしてるのかなんて私には分からないし、あの子との間にはきっと、私の知らない感情が山ほどあるんだろう。けどな」

 

 

いつもおどけていた調子を崩し、彼女は俺へ頭を下げた。

 

 

「……黒奈を、救ってやってくれ。赤ちゃんの頃から見てる、妹みたいなもんだから」

 

 

社長たちと黒奈さんの両親、白鷺夫妻は長いこと親しくしていた関係だと聞いた。

理沙さんの年齢を詳しくは知らないが、赤子の頃から親交があったと考えると、恐らく彼女が中学や高校生の頃。小学生ほどの幼さだった可能性だってある。黒奈さんを心配するのは当然だろう。

 

 

「できる限り、やってみます。……理沙さんにもきっと、迷惑かけますけど。それに、前教えてくれた言葉、守れなそうです」

 

 

『Vtuberたるもの、リスナー想いであれ!』

 

 

初めてギターを教えてもらった時のこと。

中々増えない登録者数に悩んでいた際、理沙さんに教えてもらった言葉が頭の中で響く。

 

俺が今からやろうとしていることは、彼女の言葉と真逆の行動だ。

周囲の人の信頼も、リスナーの期待も裏切る行為。

配信という形に頼るにも関わらず、黒奈さんただひとりのために、Vtuberの俺を利用する。

 

自分勝手で、独りよがりで、子供じみている。

でも、俺が切れるカードはこれしか無くて。他のどんな方法より直接的で、手っ取り早い解決策だった。

 

 

「ん?なんだ、そんなことか。別にいいぞ気にしなくて」

 

「エッ」

 

 

いや気にしなくていいのかよ。

あっけらかんと言う彼女に、思わず戸惑いの声が漏れる。

 

 

「あくまで個人の考えだしな。それに、リスナー想いなだけだとただの面白くない配信者だろ。毎回毎回指示厨に従う配信なんて、切り抜きどころないし。程度の問題だよ、程度の」

 

 

予想以上に過激な発言だったが、理沙さんらしいなと安堵した。

驚く俺を見てひとしきり笑ってから、小さな声で彼女は呟いた。

 

 

「……ま、私にもそういう時期があったってだけ。八幡に強制するつもりはないよ。お前は、お前なりの哲学を見つければいい。人の思想なんて、踏み台程度に考えとけばいいのさ」

 

 

てっきり、以前の言葉は有名配信者の名言か何かだと思っていたが。

 

もしかするとそれは、彼女自身の言葉で。俺のように活動していた時期があったのかもしれないと、無粋な想像をしてしまう。

……いや、考えるのは後だ。今は目の前のことにただ集中するべきだろう。

 

 

「ギター、貸してくれませんか」

 

 

俺が言うと、彼女はその台詞を予知していたかのように、したり顔でデスクの下からギターを取り出した。

理沙さんのギターを借りて練習を始め、早数ヶ月。不格好だった持ち方も少しはマシになっただろうか。短く感謝を述べ、ギターを受け取る。値段は恐ろしくて聞けずにいるが、大切に扱っているのだろう、よく手入れされ表面には光沢があった。

 

 

「八幡の告知見て、ばっちり準備しといたぜ。まったく、振り回されるこっちの気持ちも考えて欲しいもんだ」

 

 

口では愚痴を言いつつも、その表情はまんざらでもなさそうだ。

理沙さんのこういうところは、社長と似ているようで似ていない。

 

どちらも大人として一歩引きつつも、後ろから見守ってくれる。

その姿勢は同じだけれど、行動は違う。社長は俺の悩みを受け止め、理解し、道を示す。君ならできる、行ってこいと言葉で背中を押してくれる。

一方で理沙さんは、強く背中を叩いてくれるのだ。俺の理想を共有したり、ぶつかり合ったり。Vtuberとしての活動ができているのは、彼女がやってみようと実行に移してくれるからで。

 

この事務所にマネージャーはいないけれど、仮に存在するとしたら。それは間違いなく理沙さんだろう。

 

 

「ありがとうございます」

 

「おう。その代わり、面白い配信見せてくれよ」

 

 

感謝を述べると、理沙さんはそう言って拳を突き出した。

前言撤回、やはりこの人たちは似すぎている。

 

ギターを片手で抱き抱えながら、もう片方で本日二度目の拳を突き合わせた。

 

 

事務所の奥にある会議室の電気を付け中に入ると、配信を行えるだけの設備が既にセッティングされていた。

普段は蕾六花が使用しているのだろうが、配信用のアカウントは花咲望に切り替わっている。流石理沙さん、仕事は完璧である。

マイクやイヤホンも、家で使っている物とは異なるが、対して問題ではないだろう。

 

社長の車の中で立てておいた配信枠を見ると、開始前にも関わらずいつもと同等の数のリスナーが集まっていた。この様子だと、いざ始まればもっと多くなりそうだ。突然の告知だったが、意外にも大きな話題となっていたのかもしれない。

 

全ての準備を終え、パソコンの前で一度深呼吸をする。

次第に弱まってきた配信の緊張感も、今日だけは一際強い。小刻みに震える指先を握り、自分を鼓舞するように小さく呟いた。

 

 

「やるぞ」

 

 

緊張も不安も全部飲み込んで、配信を開始した。

 

 

【緊急歌枠】俺の初歌、聞いてってよ

 

 

・待機

・待機

・あまりにも緊急

・アリのぞコラボないの寂しい

・諸事情やからしゃーない

・事故とか病気じゃないといいけどな

・二人ともトゥウィートしてたし大丈夫そう

・でも何故歌枠?ww

・あんなに焦らしてたのにな、歌うの

・めっちゃ人いて草

・お嬢の方からも流れてきてるだろうしな

・これは歌みたも期待していいか

・愛人が心待ちにしてたコンテンツ

・全愛人とお嬢と姉御大歓喜

 

「あー、テステス。聞こえてるか」

 

・きた

・おつ

・聞こえてるぞ

・ばっちりだよ

・若干いつもと声違う?

 

「声違うまじ?今日は事務所から配信してるから、それかもしれん」

 

・別に変じゃないからおけ

・違和感あるだけで悪くない

・事務所なんか

 

「変じゃないならいいか。ん、気を取り直して。今日も元気に超広大遠距離爆殺魔法、どうも花咲望です」

 

・こんのぞ

・こんのぞ〜

・こんのぞ

・安定の挨拶で草

・こんのぞ

 

 

もはや恒例となってしまった挨拶を終える。

馴染んでるけど、アリスとの勝負で負けた罰ゲームなんだよな、この挨拶。当初は違和感しかなかったのに、いつの間にか誰も気にしなくなってしまった。今更変えると、それはそれで面倒くさくなりそうだ。

 

 

「まずは、急にコラボ配信の予定を変えてすまん。今回は完全に俺の都合で、アリスには何も否はないから、そこだけ覚えといてほしい」

 

・了解

・把握

・おけ

・おけ

 

「諸事情で配信の内容を変えることになって、なら歌うか、ってなったのが今な」

 

・そこ謎で草

・あんなに焦らしてたのにw

・なんだかんだ楽しみや

・はよ歌え

 

「任せろって、すぐにでも美声届けるから。カラオケなんてまともに行ったことないし、誘われたことないけど」

 

・急なぼっちエピやめろ

・カラオケは幻だよねわかる

・ほぼ経験ねーじゃんそれ

・お嬢と行け

・もう誘ったら行きそうな人結構いるけどなw

 

 

ただし複数人でという枕詞が付くが。

団体カラオケなんぞ陽キャの巣窟、初ヒトカラのハードルの高さは異常。

最近は機械だけで受付や会計ができる場所も増えてきているので安心だ。世界がぼっちの追い風となっている。あれもしかして時代はおひとりさま?

 

デスクに立てかけておいたギターを手に取り、腕に抱くようにして膝の上へ乗せる。

チューニングのためにひとつずつ弦を弾くと、軽快な音色が鳴り響く。理沙さんはチューニングも済ませてくれていたらしい、特に弄らずとも正しい音が鳴った。

 

 

・ギター?!

・まじか

・前の配信でギター練習してるとか言ってたな

・おいお洒落やんけ

・裏切り者か??

・普通に格好良くて笑う

 

「始めて半年も経ってないけどな」

 

 

準備は整った。

これは賭けだ。根拠のない無謀な賭け。黒奈さんがこの配信を見てくれているかどうかなんて分からない。けれど、彼女なら。花咲望の一番のファンであると語った黒奈さんならきっと、どこかの部屋の片隅で、俺を見てくれるだろうな。そう思ったから。

 

もう一度深呼吸。配信が始まっても緊張は治らず、手の震えは続いている。

それでも覚悟は決まっている。ぶちかますと誓ったんだ。

 

 

「……それじゃあ、聞いてください」

 

 

最初に歌う曲は、ずっと前から決めていた。

理沙さんに初めて教わった一曲。何度も聞き込んで練習した、思い入れのある曲。

 

 

「魔法」

 

 

不安定な気持ちも上下する感情も全部ひっくるめて、弦の音色に乗せる。

 

 

『死にたい夜に花束を。消えたい朝には錠剤を。こんな気持ちになりたいやつなんて、どこにもいやしないから』

 

 

穏やかながら楽しいイントロとは裏腹に、刺激的な歌詞で始まる曲。

死にたいと思うほどに、消えたいと思うほどに苦しい時間を心から願う人なんて、この世に一人もいなくて。だから人は星に願う。どうかもう少しだけ、私が望むような人生にしてください、と。

黒奈さんの人生がどんな感情で、どんな色だったかは到底分からない。それでも、彼女に合っている。そう思ったから。

 

歌詞も配信画面も見ず、ただひたすらに弾き語る。

無心とも違う不思議な感覚。歌を届けたいひとりを想いながら奏でた時間は一瞬で。

 

何とか最後まで歌い終わり、大きく息を吐いた。

ギターを再び立てかけ、ずっと避けていたコメント欄を見る。

まあ、正直愛人たちの反応は分かっているのだけれど。

 

 

 

 

 

・wwww

・下手で草

・原曲に失礼

・思ったより下手だったw

・腹から声出せ

・声震えてるやん

・ギターちゃんと覚えてこいよw

・焦らした結果

・声質はいい

・がち草

・最高のエンターテイナーだお前

・流石におもろい

・下手でトレンド入りある

 

「クッ……」

 

 

ボロクソに言われていた。

それも当然。緊張で声はガタガタ、ギターを演奏する指はおぼつかない。音程を間違えないことに必死でテンポは崩壊し、ほぼアカペラ状態。

元々活動1周年には歌えればいいな、程度の気持ちで始めた弾き語りの練習。まだ半年も経っていない今の俺では、こうなることは明白だった。

 

いやそれでもちょっと言い過ぎじゃない君達?もうちょっと手心ってもんをさあ。

 

 

「そうだよ、俺は歌が下手だよ。弾き語りなんてVtuber始めてからだし、人前で歌うことなんてねーし」

 

・開き直ったw

・言い訳やめい

・くるしーw

・下手ではあった

・歌うの禁止しよう

 

「いや全然歌うが。今日はフルコースだからなお前ら、朝まで付き合え」

 

・付き合う……?

・突き合うか

・受けて立つわよ♡

・まだ続くのこれw

・今の序盤かよ

・朝までとか惚れるわ

 

 

でも、これでいい。

今の俺に、彼女に必要なのは言葉ではなく行動であるはずだ。

 

 

「おら行くぞ次の曲ゥ!!」

 

・うおおおおおお

・行くぞ!!

・うおおおおおおおおお

・ヤケクソいいぞ

・最高

・下手でもいいよなぁ!!

・歌え歌え歌え

・いけえええええええ

 

 

流れが早くなったコメント欄を見つつ、PCを操作する。

俺がギターで弾けるのはこの一曲だけ。それは分かっていたから、車で移動している最中、理沙さんに音源の準備を頼んでいた。

権利の諸々をクリアし、適当に見繕ってくれた曲のリストから選びつつ、思わず心の中で呟いた。

 

……いやいや、ヤケになってる訳じゃねーから。戦略的配信なこれ。

 

 

◇◇◇

 

 

僅かに開けたカーテンの隙間から夜空を眺める。

今夜は天気が悪くなるらしい。月は分厚い雲に覆われ、小さな光を届けるだけ。煌々と輝いていた夏の星が、私に顔を見せる事はなくて。

 

電気を付けていない部屋で、PCの前の椅子に座り膝を抱える。

ディスティニーランドから帰ってきて、ずっとこうだ。今は何もする気が起きなくて、そのまま眠りにつくこともできなくて。ぼーっと虚空を眺めながら、私の過去に思いを馳せるだけ。

心配するお父さんの声も無視した。家政婦である飯山さんの心配そうな視線も無視した。分かってる。沢山の人に迷惑を、心配をかけていることくらい。

それでも、今だけは何もする気が起きなくて。

 

 

『待って!私はただ貴女に謝りたいだけなの!あの頃からずっと......』

 

 

頭の中であの声が響く。

既にいつかの記憶となった彼女の声。涙を堪え、必死に訴える凛音ちゃんの表情。

 

そんな顔、凛音ちゃんにさせたくなかった。

親友で、お姉ちゃんのように慕っていたから。それくらい、大切な思い出だったから。

 

 

「ごめん、ごめんね……」

 

 

本当はわかってる。

凛音ちゃんともう一度話せば。私が暗い部屋から出れば、きっと戻れる。

だって、あの時起きたことはただのすれ違いで。お互いが思い合っていた、それだけのことだったから。

 

彼女が私を守るために(・・・・・・・)悪口を言っていたのも、全部知ってる。

あの一件が起きた後、勇者さんの所属していた企業の人からの説明で、事の顛末は理解していた。凛音ちゃんは私を関わらせまいと、一人で背負い込んで。私は信じられなくて、一人で悩み消えていって。だからこれは、ただのすれ違い。

 

 

「勇気がなくて、ごめんね」

 

 

私に勇気がない。それだけの話だ。

過去で悩んでいるだとか、凛音ちゃんに思うところがあるだとかでは一切無くて。ただ一歩踏み出す勇気が、私には無かった。

だから、ディスティニーランドで彼女に会った時、反射的に逃げてしまった。もう一度過去と向き合うことも、はーくんに全てを打ち明けることもできない。そんな自分が、どうしようもなく情けなかった。

 

涙はとうに枯れている。浮かない表情を隠すように膝に顔を埋めたその時、PCの通知が鳴った。

私が通知の設定をしているのはただひとつ、はーくんの配信だけ。

 

確か今日は、アリスちゃんとのコラボだったはず。

僅かに残った気力で画面を操作し、配信を開く。そこで行われていたことは、私の予想を遥かに超えていた。

 

 

「え……う、歌枠?ほんとに?」

 

 

配信を開いた途端に飛び込んできた歌枠の文字。

コメントを見るにまだ歌ってないみたいだけど、彼の声の裏では小さくギターが鳴っている。

 

まってまって、叫ぶな私おちつけ。

いや落ち着くというかむしろ沈んでたけど、というか情緒がやばいけど。

しょうがないか、はーくんの限界オタクだし私。突然の歌とかいうサプライズされたらこうなるのも当然だし。シリアスとか無かったよねうん。

 

一度大きく深呼吸をして、改めて考える。

今日は間違いなくコラボ配信の予定だったし、故に夜までには解散するという約束でデートをしたはず。その証拠に、アリスちゃんに関するコメントがちらほら見られる。急遽予定を変更したのは確かだよね、これ。

 

じゃあ、なんで?

考えられる理由は、ひとつだけある。確証はないけれど、恐らく_____私。

 

 

『任せろって、すぐにでも美声届けるから』

 

 

画面から響くはーくんの声。

私と話す時はいつも敬語な彼だけれど、愛人のみんなに対しては、まるで友達と話すときのように気さくだ。その気取らない所というか、いい意味で力が抜けている所が魅力。でも少しだけそれが、羨ましくもある。

 

 

『来ないで!!』

 

「っ……」

 

 

夕暮れの記憶が頭をよぎり、鈍い痛みが走る。

そんな不器用な彼を、私は拒絶した。踏み込んでくれようとした優しさから目を背け、ただ逃げた。

なにが私のために、だ。烏滸がましい考えは捨てないといけない。

いけない、のに。

 

 

『それじゃあ聞いてください。魔法』

 

 

死にたい夜に花束を。消えたい朝には錠剤を。

 

彼が歌った曲は、ショッキングな歌詞から始まった。はーくんの歌声は初めて聞いたけれど、いつもに比べて声が硬い。緊張していることはすぐに分かった。

けれど歌を止める事はなく。声が震えて、ギターが止まっても。何かを訴えるように歌い続ける。

 

 

「……は、はーくんっ」

 

 

思わず、心配するような呟きが漏れる。

コメントを見ると、揶揄うような内容ばかりが、いつも以上の速度で流れていた。とても良い歌声だし、努力していることは伝わるけれど、お世辞にも上手いとは言えない歌とギター。こうなる事は頭が回る彼なら分かっていたはず。でも、歌枠を強行した。きっと私に、歌を通して「何か」を伝えるために。

 

 

『なんて馬鹿な大人に見下ろされ』

 

 

この歌の子は、どんな人なんだろう。

はーくんの歌を聴きながら、ふと考える。

 

 

『路地裏の猫に笑われて』

 

 

曲調は一貫して楽しげで、歌詞はどこか悲しくて。

ちょっとしたことの積み重ねが、どんどん自分を追い込んでいく。

 

 

『ボロボロの僕の前に現れた』

 

 

周りからの視線に悩んで。

でもそれは自分のせいだって、「普通でいろ」って言われる。小さなことで悩んで逃げるのは甘えだろうと、冷たい視線を向けられる。

私が周りと馴染めないのは、全部。自分のせいで。

 

ああ。この子はきっと、私自身だ。

 

 

『魔法使いが僕に言う』

 

『「君に魔法をかけてあげよう」』

 

 

それでも太陽は沈んで、月は静かに輝く。

私にとって、変わりたいと願ったあの星は、まるで魔法使いのようだった。

 

 

『たちまち世界が、より良いところに変わった気がした』

 

 

姉のように慕った親友ができた。毎日何時間もゲームをする仲間ができた。私が好きだと言って、毎日配信を見てくれた皆ができた。

特に意味のない雑談で時間を潰して、試合の反省会で頭を悩ませて。同じタイミングでご飯を食べて、途中で寝落ちする子がいたりもして。

勝ったら喜んで、負けたら励まして。そんな毎日の繰り返し。

 

 

『人はありがとうをちゃんと言い。悪いことをしたらごめんと言った』

 

 

それは、なにも知らない人からしたら、当たり前の日々かもしれない。

きっとこれが普通の人間関係で、学校で当然のように見られる光景だけれど。

「なんでもない」毎日が、私には特別だった。何よりも大切だった。

 

 

『電車で舌打ちをしてた人が、足の悪い人の手を取って歩いてた』

 

『なんてことになればいいな』

 

 

小さいコミュニティー。限られた関係。本当の名前も、素顔も知らない友達。

でも、あの日星に願った、「居場所が欲しい」っていう想いは、ちゃんと叶えられて。

歌にあるような、ちょっとだけ人を思いやれるように。

私の世界も、少しだけ優しくなったような気がした。

 

夜が来れば朝も来るように。

思い描いた理想はいつか終わりを迎え、思ったよりもあっさりと変化する。

 

結局、最後には何も残らなかった。

元に戻っただけ。元の暗い部屋に戻った、それだけのことで。

 

配信者としての自分が消え、ひとりになった。

このままでいて何が悪い。外は暗いし、人は怖い。ここにいれば楽になれるんだ、私。

 

 

『地球のため、好きな人のため』

 

『そんなものは所詮エゴママだ』

 

 

でも。

でも、知ってしまった。

人と関わることの楽しさを。人に見てもらうことの、面白さを。

 

だから、もう一度だけ。もう一度だけ、手を伸ばしてもいいかな。

願いを叶える星は消え、素敵な魔法使いは現れないけれど。

今度は、自分で叶える。

 

 

・・・

 

 

『黒奈、起きてるかい?』

 

『……どうしたの、お父さん』

 

『よかった、最近返事がなかったから心配したよ。ご飯は食べてる?ちゃんと寝れてるかい?体調に異変があったらすぐに』

 

『もう、分かってるよお父さん。心配してくれてありがとう』

 

『娘を心配するのは、父親として当然だろう。で、だ。今日は黒奈に、仕事関係で伝えたいことがあってね』

 

『イラスト関連は、メールで済んでるはずだけど……もしかしてお仕事って、お父さんの会社(Vtuber)の?』

 

『多少は合ってるな。父さんの友人……ジョンからの依頼なんだが。彼もVtuber事務所を設立するみたいで、その絵師を黒奈に頼みたいらしいんだよ。ただ……』

 

『ただ?』

 

『担当する子と直接話して、デザインして欲しい。そこまで含めたのがジョンの依頼だ。黒奈にとって難しいのは分かってる。無理にとは言わない、嫌なら断ってくれて構わないよ』

 

『……受ける、その依頼』

 

『っ、黒奈。本気かい?』

 

『うん。……今度は、私が頑張らないと』

 

『……そうか。いつの間にか、大人になったな』

 

『ねえ、お父さん。私の担当になる子の、名前だけ聞いてもいい?』

 

『珍しい苗字の子だったな。確か、名前は_______』

 

 

・・・

 

 

そして、きみに出会った。

 

今もなお声を震わせ、必死に歌う彼を見ながら思う。

始まりは偶然だった。ジョンさんが私に依頼をしなければ、私が人と関わろうと思い立たなければ。きっと私たちの関係は無くて、花咲望くんは、別のカタチをしていたはず。

貴方を利用して、自分を変えたい。私のエゴから始まった関係は、いつの日か本物になった。初めて会話をして、いい人かも、なんて思った。配信を追う内に、話し方や声のトーン、リスナーと軽口を叩き合い笑う姿に、不思議と惹かれた。ちょっとだけ、羨ましいとも思った。

 

 

『だけどそれでいいじゃんか』

 

 

私たちはきっと、それでいい。

 

 

『お互いの、エゴを育み合ったとき。そこに愛が生まれるのでしょう』

 

 

この歌は、いつかの私たちで。

誰かからはーくんに伝わった、私の人生で。

彼から他の誰かに向けた、魔法の言葉。

 

 

『たちまち世界が、より良いところに変わった気がした』

 

 

はーくんに出会ってから、世界がちょっとだけ明るくなった。

推しができた。自分の子供ができた。絵を褒めてくれる人が増えた。

私と同じ悩みを持って、同じぼっちで。それでも目標に向かい頑張る彼を見て。

まだ、暗い部屋からは出られなかったけれど。心から、勇気をもらった。

 

死にたい夜に花束を。消えたい朝には錠剤を。

そう思うくらい、辛い日はいつまでも無くならない。傷ついた過去は胸に残り、情けない自身との戦いは一生続く。

それでも、きっと君は。

 

 

『そして君と今日を共に生きよう』

 

『それを人生と呼ぶんだ』

 

 

「ぁ……」

 

 

思わず小さく声が漏れる。

分かってしまった。彼が、私に何を伝えたかったのか。

 

涙がボロボロと溢れて、抱えている膝に落ちた。何度瞳を拭っても、頬を滴る雫は止まらない。

 

 

『おら行くぞ次の曲ゥ!!』

 

 

その間にも、はーくんは声を張り上げて別の曲を歌い始めた。

コメント欄には、下手な歌を揶揄う文章で溢れ返っている。それでも彼は歌を止めない。時折愛人のみんなとプロレスをしながら、吹っ切れたように声を張り上げていた。

 

 

「ふ、ふふっ……」

 

 

泣いていたのに、涙が止まらないのに。そんな調子の彼を見て、笑いが込み上げてくる。

 

 

「ばかだなぁ、はーくん」

 

 

だって、そうでしょ?

 

 

『案外やってみればなんとかなるんだよ、こういうの』

 

『どんだけ下手でも、自信がなくても、過去に引け目があっても。意外と成功するし、応援してくれる奴らもいる。現に、愛人ども(コイツら)はいつの間にかノリノリだしな』

 

 

曲と曲の隙間、間奏の僅かな時間。

たった一人だけに向けられた言葉だった。

 

 

『次は、貴女の番じゃないっすか』

 

『それに。俺は貴女の声、結構好きだ』

 

 

こんなにも不器用な彼は。

私の背中を押すその一言だけのために、歌ったのだから。

 

何の話かとざわつくコメントから目を逸らし、見て見ぬふりをしながら再び歌い始める。

その飄々とした態度が、今は何だか面白い。

 

 

「気づいてたんだよね、私の想い」

 

 

ジョンさんか、理沙さんか。……それとも、凛音ちゃんか。誰かから私の過去を聞いたはーくんは、気づいたのだろう。過去のあれこれなんて、とっくに吹っ切れていること。私がディスティニーランドから逃げたのは、ただ前に進む勇気が、少し足りなかっただけのことを。

 

向き合う勇気が足りなかった。凛音ちゃんとも、きみとも。

それに気づいていたから、彼は歌った。どれだけ下手で、過去に何かがあったなんて関係ない。やってみれば意外と何とかなるだろって、ただそれを伝えるための、長い長い導入で。

 

そんなはーくんだから。私の心の、隠れた場所に刺さってしまう。

 

 

 

「もしもし、はーくん?」

 

 

彼の歌う姿を見届けた後。

窓の外、未だ雲に覆われている夜空を眺めながら。

 

 

「今日、伝えられなかったこと。ちゃんと言おうと思って」

 

「あのね、私_________」

 

 

 

「Vtuberに、なりたいんだ」

 

 

私がVtuberになる理由、それは。

きみのせいだよ、はーくん。

 

 

◇◇◇

 

 

ある意味で大きな話題となった俺の歌枠から一ヶ月。

学校帰りに事務所へと寄った俺は、パソコンの前の椅子に腰掛け、ぼーっと画面を眺めていた。

 

 

「おお、賑わってますネ」

 

 

いつの間にか俺の背後に佇んでいた社長は、頭の上から画面を覗き込んだ。

 

 

「……今をときめく人気イラストレーターがVになるなんて、大ニュースですからね。それに、やさいじゅーすさんが本当に女性だったってのもでかい」

 

「昨今だとセンシティブな話題ですガ、この業界は女性の方が伸びやすイ、というのは確かですしネ。まあ、当然と言えば当然でしょうガ」

 

 

配信画面の、楽しそうに笑う黒髪の女の子を見て、社長は優しい微笑みを浮かべる。

 

 

「彼女の人柄が、こうも人を惹きつけるのでショウ」

 

「ですね」

 

 

俺が歌枠を終えた直後、黒奈さんはまるで準備していたかのように、Vtuberとしてデビューすると発表した。今思えば、実際に準備されていた計画だったんだろうが。

異例の速度で配信に必要な用意を進め、初配信を行なっているのが今。登録者は配信前から鰻登りで、コメント欄は絶えず流れていた。

 

Vtuberとしての彼女は、現実の姿と面影のあるロングヘアーの黒髪と、季節外れの白いニットセーター。どこか馴染みのある、というかあからさまに花咲望の服装へ寄せてきていた。

 

 

「いやア、やさのぞてえてえ」

 

「ブチ削りますよ」

 

「どこヲ?!」

 

 

今回のあれこれによって、やさのぞとかいう新しい言葉が生まれたのは非常に不本意だが。やさいじゅーすさんは満更でもなさそうなので、まあ良しとしよう。

 

 

「しかし、八幡。どうして黒奈サンの悩みの正体が分かったのですカ?」

 

「……ああ」

 

 

黒奈さんが部屋から出ることができなかった理由は、凛音さんを始めとした過去の記憶に苛まれているのではなく。もう一度頑張る力が、外に出る勇気が無い。それが黒奈さんの悩みであり、俺の最終的な結論だった。

 

 

「凛音さんから話を聞いても、分からなかったことがあります」

 

「ほウ」

 

「社長とも話したじゃないですか、黒奈さんが、俺たちの依頼を引き受けた理由。あの人の過去を知って、逃げた理由に気付いても。それだけが、俺には分からなかった」

 

 

最初にひきこもったのは、学生時代のトラウマによって。

次は、凛音さんたちとの間に起こったトラブルから。

 

じゃあ、その次は?

イラストレーターとしての仕事は文面のみのやり取りで、外部との関わりをほとんど絶っていた彼女が、俺と通話できた理由は。

 

 

「分からないってことは、まあ。黒奈さんが、勇気を出して踏み出そうとした。それだけの話っすよ、多分」

 

 

できなかったことができるようになる。

理由はわからないけれど、新しいことに挑戦する。

 

そこに深い意味なんてない。黒奈さんは、自分を変えようとして、俺の依頼を受けた。過去のトラウマなんて関係ない、ただ自身と向き合っただけ。

凛音さんも言っていた。彼女は強い人だ、と。もう終わってしまったとは言え、親友だった女性の言葉にはきっと、まちがいなんてない。

 

 

「なら、俺にできることは殆ど無い。でも」

 

 

笑顔で話す彼女は、今まで見た中でいちばん輝いていた。

その姿を見ると、思わず頬が緩む。

 

 

「どんだけ失敗して恥かいても、好きでいてくれる人がいる。それを知ったら、ちょっとは勇気出るでしょ」

 

 

俺がしてもらったことを、他の誰かに返しただけ。

初配信でど緊張していた時も、黒歴史小説を晒して大恥をかいた時も。社長と理沙さんはいつも見守っていてくれた。

だから、その恩返し。

 

自分を変えたい、Vtuberになって一歩踏み踏み出したい。そんな彼女の背中を、そっと押しただけで。

 

「それを伝えるため二、未完成の歌を披露しテ、沢山の視聴者に笑われたト」

 

「……今の段階でかける恥が、これくらいしか無かったんで」

 

 

求められていたのは、努力しているという現状が伝わった上で、愛人どもに笑われるコンテンツ。

そうなると、俺には歌くらいしか思い浮かばなかった。

 

 

「物事を解決すル時、自己犠牲に頼るのはアナタの悪い癖ですけどネ。でモ、ワタシは八幡のそういうとこロ、結構好きだ」

 

「まじでやめてくれこの一ヶ月擦られまくってるんでそのネタ」

 

 

で、その結果がこれである。結構好きだ構文とかいう新しすぎる概念。

悲報、花咲望チャンネル新ネタ誕生。嬉しくねえ全く。

 

あの配信は俺も気持ちが乗って、かなり恥ずかしいことを口走っていた記憶がある。後にやさいじゅーすさんがSNS上で、『悩んでいた私を勇気づけるためにやってくれたこと』と弁明してくれたため、歌枠によって下がった俺の株は一応回復したのだが。しかし逆に、俺のことはネタにしていいという風潮が生まれ始めた。

その結果できたのが、俺の発言である『結構好きだ』を、事あるごとに使うという流れだ。禁止ワードにしようかと悩んだが、あれはあれで結構美味しいしなあ……。嗚呼立派な配信者病。

 

 

「おうおう、私も八幡のやり方は結構好きだ」

 

「結構好きだ、って言葉モ、結構好きだ」

 

 

いつの間にか背後に来ていた理沙さんまでも染まっていた。

この悪ガキどもがよお……。でもこの言葉でトレンド入りしたんでちょっと嬉しいですありがとうございます。嗚呼悲しいかな配信者病。

 

 

「八幡、詳細決まったぜあの件。再来週の土曜日、場所は予定通りわんちーむの社内スタジオだってさ」

 

「……それ、やっぱ無かったことにできませんかね」

 

「ダメダメ、もう他のVのスケジュールは決まっちゃってるし。それに、あのお嬢ちゃんとの約束なんだろ?」

 

「女の子との約束は守るべきですヨ。プレイボーイだったワタシからのアドバイスでス」

 

「学生時代非モテだったクセに。あ、今もか」

 

「いやモテてますからネ?!理沙の影に隠れてそれはもうバチコリと」

 

「言い回しがキモい」

 

 

相変わらず漫才を披露する二人とは裏腹に、俺の気持ちは重かった。

全ては歌配信の何日かあとに行なった、一本の電話に起因する。

 

 

・・・

 

 

「……」

 

「あの、アリスさん?」

 

「……何よ」

 

「怒っていらっしゃいますよね」

 

「別に、怒ってないわ」

 

 

コラボ配信の急な中止、にも関わらず歌配信をしたこと。今回いちばんの被害者は、間違いなくアリスだろう。

その謝罪と弁明を行うために通話したのだが、返ってきたのは静かな反応だった。

 

 

「……すまん。歌枠をするなら、あの時間しか無かった。今度必ず埋め合わせはする」

 

「ん、そこは本当に怒ってないわよ。あの女のために、ってのはちょっと癪だけど。私が!怒ってるのは!あなたの態度よ、花咲ィ!」

 

 

きょとんとした様子で否定した後、アリスは豹変したように叫んだ。

 

 

「あんた、自分の歌が下手って言われること、分かってて配信したでしょ!花咲が努力してることなんて知ってる、それなのに、みんな笑って、揶揄って。あんたの歌は格好良いわ!嫌になるくらい練習してることなんて、すぐ分かる!分かる、のに……」

 

「……ありがとな。でも、歌が未完成だったことは確かだし、愛人達もネタだと思って」

 

「そういうとこよ、その自己評価が低いとこ!配信者なんてナルシストくらいがちょうどいいの、あんたはもっと自信を持ちなさい!私の、私のライバルなんだから」

 

 

アリスは、ただそれを伝えたかったのか。

自己評価が低いのは昔から。ぼっちは卑屈くらいがちょうどいい。その考えが当たり前だった俺にとって、自信家の彼女が言う言葉は、やけに胸に残った。

 

こいつはただ、嫌だったんだろう。

唯一のライバルが、一時の結果だけで貶されることが。だから俺の行動一つにここまで怒り、熱くなれる。

 

 

「お前、いいやつだな」

 

「な、何よ急に」

 

「別に。変わってないなと」

 

 

出会った時と変わらないアリスに、俺はいつかの初配信と同じ言葉を呟いた。

 

 

「……それはそれとして。さっき、埋め合わせはするって言ったわよね」

 

「ああ。チューリングラブ歌うってやつか」

 

「お、覚えててくれたのねそれ。嬉しい……じゃなくて、ううんなくないけど!」

 

 

それは約束してたからな。兄力が高い俺であるがゆえ、約束を覚えているのである。自分で言っててなんか悲しい。

 

 

「一緒に出るのよ、『Vtuberベストパートナー選手権』にね!」

 

「なんだその炎上しそうな名前」

 

「今度、うちの会社が主催する企画。性別関係なく二人一組で仲のいいVtuberを集めて、色々なことに挑戦するって内容らしいわ。二人のうちどちらかがわんちーむのVであればいいから、私たちも参加できるわよ」

 

「参加できるわよ、じゃねーよ。お前のとこ女性Vだけだろ、男が絡んだら炎上するわ」

 

「今更、アリのぞがそっち方面で炎上すると思う?」

 

「……確かに」

 

 

むしろ、ぼっちのこいつと絡む俺は歓迎されているまである。

俺たちが炎上するとしたら、器物損害とかコンプラ違反が原因になりそうだ。

 

 

「まあ、そういうことなら。選手権つっても、質問に答えるだけとかだろ。他のVtuberと顔を合わせることもないだろうし、それくらいならな」

 

「何言ってるの?配信はオフラインでスタジオに集まるから、がっつり顔合わせるわよ。結構身体も動かすらしいし」

 

「……は?」

 

 

いや俺の方こそ何言ってるのだが、普通に。

 

 

「それ聞いてない」

 

「だって伝えてないし。てゆーか今この話伝えたばっかだし」

 

「アリスお前、オフで他のVに会ってまともに話せんのかよ。通話でも無言な癖に」

 

「……あんたの影に隠れてるわ!会話は全部任せたっ」

 

「ふざけんな俺だってコミュ障だわ」

 

 

やはり俺がVtuberになるのはまちがっていた……のかもしれない。

 

 

 

 




ここで、第一章は区切りとなります。

次はゆるーく配信の話を何話か続けつつ、メインである選手権の方を書いていく予定です。
最近俺ガイル原作を読み返していて、うわ早く原作パート書きてえってなってます。奉仕部との絡みとかいろはすとか書きたいシーンいっぱい。

今回の話にも、Guiano様の魔法という楽曲の一部を引用させていただきました。どの曲も大好きなのですが、この魔法という曲には人生何度も救われてます。

長い時間がかかりましたが、ここまで読んでくれてありがとうございました!
感想評価ここすきお気に入りしてくれる皆様、結構好きだ。

好きなオリキャラ

  • アリス
  • やさいじゅーす
  • 社長
  • 理沙さん
  • にんにくらーめん先生
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