やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。 作:人生変化論
別で書いている作品がひと段落したので、こちらもぼちぼち再開していきます!
今回より二章開始です。
「こちらが本日限り有効の入館証になります。再入場する際は身分証に加えて、こちらが必ず必要になりますので、お忘れないようにお願いします」
「はいはい、ありがとうございまーす」
「あざます」
土曜日の昼下がり。俺と理沙さんは、厳重に出入りが管理されているビルへと訪れていた。
「流石、大手事務所は警備から違うっすね」
「Vtuberっていう業種上、下手な芸能事務所とかよりもセキュリティは厳重だからな。女所帯のここは尚更」
都内の一等地に建つこの場所こそ、わんちーむの事務所であった。
エントランスでは身分証明書の提示や名簿の照会など、思っていたより遥かに時間が掛かった。業界最大手の財力を痛感すると共に、ウチの貧弱さを思い知らされた瞬間でもある。あれ、もしかしてみっくすってセキュリティガバガバ?
頭の中に浮かんできた、不法侵入お嬢様を必死に追い出し、建物の案内図を眺める。
「……社内スタジオにレコーディング施設も完備、か。すげぇな」
わんちーむはVtuber業界を牽引する業界最大手であるが、元はアプリ開発を専門とする企業だったという過去がある。
アプリ開発でそこそこの業績を上げていた社長、つまるところやさいじゅーすさんの父が、次なる主戦場として目を付けたのが、当時流行しつつあった配信コンテンツだったというわけだ。
まあ要するに、わんちーむは元々の資本がしっかりと確保されており、それ故にここまでウチと差が開いているのである。稼ぎ頭がアプリからVtuberに代わるほどバズらせたのも凄いんだけどな。
「ほんとにそこよなぁ。面倒くさい調整やら交渉やらが無くて済むし。移動の手間も省けるし」
俺の言葉にしみじみと頷く理沙さん。
最近は、みっくす初の
「ま、他人の芝ばっか見ててもしゃーないわな。気を取り直して、今日はばっちり決めるぞ、八幡」
「ウス」
俺と理沙さんが、態々わんちーむまで足を運んだ理由。
エントランスの至るところに掲示されていた一枚のポスターが原因だった。
『Vtuberベストパートナー選手権開催決定!すべてのてえてえ、ここに集う......!』
随分と大事になっちまったよ、ちくしょう。
・・・
無事に入館手続きを終えた俺たちは、事前の案内に従って用意された控室へとやってきた。
広々とした室内には、化粧台や大きな鏡が完備されており、よく見る芸能人の控室、といった様子だった。
まさか俺のしなびた人生で、こんなところに来るとは思わなんだ。
よく見ると、机にはデスクトップパソコンが設置されていたり、少し古いタイプだがマイクやちょっとした撮影機材なんかも置いてある。ここはVtuberらしいというか、ちょっとした配信程度ならここからでもできるようになっているのだろう。
「私は打ち合わせがあるから、八幡はここで待っててくれ。トイレなんかはさっき案内したし、軽食は机の上にあるから自由に食べてくれ。あ、でも台本はちゃんと読み込んでおくんだぞ?」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ、また後で」
理沙さんがいつも以上に過保護。これがヒモの気持ちか......。
普段は男勝りな言動が目立つ理沙さんだが、容姿は美しく、女性らしいスタイルをしている。
そんな美人に優しくされると、健全な男子高校生はドキリともするわけで。
......いや、でも喧嘩したら社長と同じ扱いになりそうで嫌だな。
扉の閉まる音を聞いてから、俺は椅子へと深く腰掛け、深く息を吐いた。
憂鬱だ。別に配信自体は問題ないが、知らん人たちが大量にいる環境で配信をすることが問題あり過ぎる。こちとら学校では万年ぼっち、果たして乗り越えられるのか。
アリスとかいう仲間はいるものの、あいつどうせ喋らないだろたぶん。俺は人との関わりを断っている自覚があるが、あいつだって大概だ。むしろ同期コラボをしている時点でマシまである。
とか考えているのも束の間のこと、ばちこーんという大きな音を立てて、控室のドアが開かれた。
あれ、なんかすげーデジャヴ。
「皇女、参上っっ!」
「韻踏んでる?」
「最近ラップが趣味なのよ」
喧しく登場したのは、予想通り魔界の皇女様、アリス・オミソルシルだった。
長く綺麗な金髪を誇示しながら、ちいさな体躯でおおきく胸を張っている。黒を基調としたゴシックロリータの装いは変わらないが、夏仕様だろうか、いつもより露出が多く肌色がまぶしい。危ない危ない、俺がロリコンだったら塵になっていたところだった。生憎俺には小町という天使がいるのでな。
「よく来たわね、私の城へ」
「会社のだけどな」
企業を私物化するな企業を。自分の庭だからだろうか、ウチで会った時以上に生き生きとしている気がする。ぼっちは自分の領域に入ると早口ですからね!これが真の領域展開である。
テンションの高いアリスは、どたどたと音を立てながらこちらへ近寄ってくる。俺の隣に置いてあった椅子に飛び乗り、待ちきれないといった様子でこちらを揺らしてきた。
「準備は万端かしらっ?!ちゃんとクイズの対策はした?今日は、私たちが最高のコンビだって、Vtuber業界に知らしめてやるんだから」
「おおすんごい熱意」
こちらが燃え尽きてしまうほどのやる気である。なんでこいつこんな気合入ってんだよ。こっちはギャラのことしか頭にないぞ。
「そもそもクイズって何が出るんだ。時事問題とか?」
「知らないわっ」
「知ってるテンションで言うなよお前」
じゃあ何を対策してきたんだよ。やる気はあれどいつものアリスには変わりないな。
二人して企画の内容を知らなければ仕方がないと、理沙さんが置いていった台本を開く。文字ばかりの中身にうんざりしていると、アリスが横から台本を覗き込んできた。って近い近い近い、なんかいい匂いするし。
「第一部、知識問題。これはシンプルなクイズだな、ペアで答えを考える系の」
「ふん、余裕じゃないこんなの。魔界の方が偏差値高いわよ」
魔界の偏差値ってなんだよ。魔族は賢くあるな、暴力的であってくれ。
企画の流れだが、どうやらバラエティ番組でありがちな物を踏襲しているようだ。ペアごとに自己紹介をして、クイズなどのイベントに移る。コミュ障ーズからすればその自己紹介が肝心だったが、時間の関係からも簡単でいいらしい。
そう、今回の配信には時間に限りがあるのだ。
個人の裁量で無限にできる個人配信とは異なり、この企画はわんちーむの公式配信という体制をとる。大きなスタジオを占有し、多数のキャストやスタッフが動員される企画では、大抵配信のケツが決まっている、とは理沙さんの弁。
こちらの事務所に来る間もしきりに「失言するくらいなら黙ってればいいから、いやマジで」と口酸っぱく言われたな。どんだけ心配されてるんだよ俺たち。
「『一般常識や脳トレ要素を中心とした問題』だってさ。終わったな、これ」
「なんでよ!ちょっとは私のこと信用しなさい」
無理だろ、初対面で事務所に突撃するやつのどこに常識を見出せと。
座っているとは言え身長差があるから、怒って揺れるアリスの金髪が顔に触れてくすぐったい。
まあ、実際のところ俺も自信があるかと言われれば怪しい。文学分野であればそこそこ特異な自覚はあるが、それ以外はからっきしだ。数学どころか算数ですら絶望まである。
「脳トレはまかせなさい、得意なのよそういうの。脳ふにゃふにゃだから」
あんま適してないぞその表現、どや顔で言われても困る。
アリスの実年齢は知らないが、容姿からしても俺より若いからな。頭が柔らかいのは頷けた。
一般常識はなんとか俺が、脳トレはアリスが頑張ることで合意して、再び台本へと視線を移す。
「あーっと、第二部は......なんだこれ」
「ちゃんと読みなさいよ花咲」
「嫌だお嬢さんが言いなさい」
二人して言葉にするのを躊躇う理由、それは第二部のタイトルにあった。
その名も『ドキドキ♡パートナー度検査!』。なんだこれ。
「おい良いのかよ女性限定箱。ラインぎりぎりじゃねぇか」
「ベストパートナー選手権なんて企画してる時点で反復横跳びしてるわよ」
「たしかに」
運営がカプ厨先導してるしな。わんちーむについて一ノ瀬花蓮経由でしか知らなかった頃は、男子禁制のようなイメージを抱いていた。しかしアリスと関わるようになってからというもの、割とオープンな企業であると実感する日々。
実際に、今回の企画に参加するためのレギュレーションは、パートナーの片方がわんちーむ所属のVtuberであること。もう片方は他の箱でも個人勢でも、男でも参加が許されているのだ。
「……何にも情報ないぞ」
「手抜き工事?」
「言ってやんな、思ったけども」
思わずアリスが呟いてしまうほど、台本には企画内容の情報がなかった。
正しくは、配信中に行う企画の説明がない、が正しいか。進行や配置、NGワードなどコンプライアンスに関する部分には十分すぎるほどに配慮されている。目を通すのが嫌になるくらいの長文に、緊急事態発生時の対処まで。箱外の活動者も参加するからだろうか、ここまでの徹底ぶりは流石最大手と言わざる負えないが、それにしてもなんだこの中身のスカスカさ。
もうなんか不適切な発言でぐちゃぐちゃにしてやろうかな。やーいやーいおたくの社長はダメパパ!やさいじゅーすさんの一件は忘れてねえぞ!
とはいえ、そんなことライバル企業の社長に言えるはずもなく。ネットで見たけど、白鷺社長はめっちゃ厳格そうだったしな。ふぇぇ、萎縮しちゃうよう。
「まあ、大体は想像つくけど」
「ほんとに?」
「以心伝心ゲームとか、相手の好みを当てるとかそんなとこだろ。ほら、最初に話貰ったときにアンケートやらされたし」
「そういえばそーね。好きな食べ物とかタイプとか、なんのための質問かわけわからなかったけど」
思い返せば一か月以上前、理沙さんから最初に企画書を貰ったときに、謎のアンケートに答えさせられたのだ。選択から記述までやけに分量が多くて、なんだこれと嘆きながら回答した覚えがある。
アリスもそのことを思い出したのか、げんなりした表情を浮かべた。
「活字読むの苦手だって伝えたのに......」
「勉強しろ勉強」
「嫌よ。この世で一番無駄じゃない」
「知識人に謝れ」
こいつ、一生Vtuber業界のスネ齧るつもりだろおい。
ただアリスの知名度であれば、それも現実的に見えてくるのがインターネッツマジック。どうか、どうか俺を専業主夫として雇ってくれませんかねぇへへ......。
「ずっと気になってたけど、学校は___いや、やっぱいい」
俺は本当のアリス自身について聞こうとして、止めた。
Vtuberにおいてリアルの詮索はタブー。特にアリスは、魔界出身の皇女というロールを律儀に守っているタイプだし、業界の中でも特に世界観が強い方だ。身バレ防止のために年齢を偽っている程度の俺とは比較にならない。ならば、俺もそんな彼女に倣うべきで、これ以上の追及は避けるべき。
「ん、不登校よ普通に」
「躊躇えちょっとは」
俺の素晴らしい配慮を返せ。
平日昼間でもガンガン配信をしていたり、徹夜で耐久ゲームをこなしていることからも、まあそんなところだろうとは思っていたが。
「別に隠したいことでもないわ。今は配信の方が大事だし、学校行っても楽しくないし」
「激しく同意するぞそれは」
「......ぼっち仲間みたいな顔で見ないでくれるぅ?」
うんうん、ぼっちからすれば学校は楽しくないよなわかるぞ。
「わかる、わかるぞ。体育だと教師とペア組まされるし、グループワークは当然孤立するのが俺たちだからな」
「やめてぇ!一緒にしないでぇ!」
逃げるなお前はぼっちだよ。
俺レベルになるともはや周囲から同情すらされないからな。シームレスに個人作業まで移行するまである。ぼっちは悪ではないのだ、ソロで性善説を説く生き証人とは俺のこと。
ガチで拒絶しながら、頭をブンブンと振る魔界のお姫様の頭をぐりぐりと抑えていると、アリスは不満そうな表情を浮かべながら言った。
「そーゆー花咲は?社会人とか言ってるけど、どうせ学生なんでしょ。前は制服着てたじゃない」
事務所で予定がある時は、放課後学校から直接向かうことが多々ある。その際に何故か突撃してきやがったこいつと顔を合わせることは何度かあったし、そもそも初対面だって制服だった気がする。
アリス自身早い段階で気づいていたんだろうが、年齢詐称なんぞVtuberとしては当たり前だしな。デカい箱であるみっくすは尚のこと基本だろうし、あえて言及するまでもなかったはずだ。活動歴3年以上かつ永遠の中高生とか普通にいる世界だ。
それが当然のように受け入れられて、ある種一つのエンタメとして成立するのだから、相変わらず面白い業界だよな。外部から見ればさぞ異質だろうが、少しでも界隈に浸れば何も珍しくない。それが身内ノリだと言われればそれまでなのだろうが。
「高校生。高校一年のピチピチだぞ」
「あら、私と同じじゃない」
「……は?」
何を言ってるんだこのお姫様。中二病が進行しすぎて頭がおかしくなったのか?
よくわからないが謎にドヤるアリスを見下ろす。右手を彼女の頭の上、左手を自分の頭へ置いた。この、身長差。こんなちんまりとしているロリが俺と同級生だと?
「なんか、不名誉な視線を感じるんだけどっ」
「栄養取ってる?断食とかしてない?」
「ふん。魔界のご飯を舐めないことね、和食を中心としたフルコースだわ」
魔界って日本料理なのかよ。和食のフルコースってなんだそもそも。
「てゆーか、アンタよりも私の方が驚いてるわよ。その腐った目で私と同い年だなんて」
「関係ある?」
なんて不名誉な。いかにも高校一年生……ではないか。初対面の社長や理沙さんにも、年齢を誤解されていたくらいだし。
もっと最近のコンテンツを学ぶべきかこれは。うぇーいビーリアル撮ろうぜビーリアル。親指で口元隠すんだろ今の若い子は。
「早く言ってよね。……花咲と一緒の学校なら、きっと楽しかったのに」
アリスが小さく呟いたその言葉は、やけに俺の耳に響いてきた。
きっと、聞こえなかった方が良かったのだろう。目を伏せ、どこか暗い彼女の表情を見ればそれはすぐにわかった。
ついこの間まで中学生だったアリスが、不登校だった理由。Vtuberとしての活動歴を考えれば、中学生の頃から既に不登校だったのは明白だ。まだ子供と言える年齢で、そこらの大人とは桁違いの額を稼いで、「当たり前」のレールからは外れて。そこに何かがあって、普通ではない人生があったことは、ただの同業者の俺でも簡単に想像できてしまって。
「……なんでもない、ってわふっ?!」
アリスの言葉に、何かを返すことはしなかったけれど。普段小町にするように、ぐしゃぐしゃと彼女の綺麗な金髪を撫でつけた。
「……まあ、今日は俺らが勝つぞ」
「なによ、急にやる気出しちゃって」
「勘違いすんな。優勝したパートナーには豪華景品らしいしな。千葉旅行券とか、マッ缶一年分とかだったら最高だ」
「いらないわよっ」
こちらをキッと睨むも、手が払いのけられることはなかった。
「……ありがと」
俺とアリスは、理沙さんが呼びに来るまで、くだらない話で時間を潰していた。
いやマッ缶はいるだろ、どう考えても。
・・・
二十数年の人生において、わんちーむという企業は全ての始まりであり、同時にたくさんのものを置き去りにした場所でもある。
広く綺麗な廊下を歩く度に、何度も何度も思い出す。嗚呼、あの頃はこんなにも立派な建物じゃなかったな。借りているビルは小さくて、どこか古ぼけて埃っぽくて。Vtuberってなんだよ、そもそも配信なんかで食ってけんのかよ。私たちは好き勝手に言い合いながらも、不思議と夢は似通っていて。
あいつは歌で。
あいつは話で。
そして私は、ギターで。
Vtuberという世界を通じてなら、それも理想なんかじゃないと思えたんだ。
「……クソっ」
呼吸が荒くなる。
夢を追い続ける日々は、あっけなく終わってしまう。そんなもんだ、人生なんて。
___諦めてしまえれば、どれだけ良かっただろう。
「確か、この道だったな」
熱に浮かされたように、朦朧とする頭で前に進み続ける。
私たちの全てが詰まった、あの部屋。悪夢と希望が混ざったぐちゃぐちゃの、泥の底。
このまま、このままだ。そこの角を左に曲がったら。
「……はは。なに考えてんだ、私は」
廊下の先は行き止まり。部屋があった場所には扉ひとつもない。当然だ、あの頃とは建物も、流れた月日も全く違う。もう終わったんだよ全て。忘れなきゃいけない。今日の主役は私じゃなくて、八幡とあのお姫様なんだから。
彼らが待つ控え室へと戻ろうとしたその時、壁に貼られていた一枚のポスターに気づいた。
「わんちーむ一期生、リアルライブ開催決定……?」
ポスターに写っていたのは、ピンク色の髪のおっとりとした女性と、白髪の小柄な少女だった。
数多のVtuberを抱えるわんちーむという企業の一期生。
Vtuber界隈を齧っていれば、彼女たちを知らない者はいない。Vtuberの始祖、配信という活動形態を世に広めた立役者。てぇてぇ製造機だとか、老夫婦だとか色々な異名を持つ二人が、リアルライブを開催するという。
リアルライブとは言っても、ライブ3Dのモデルを利用した、ARライブのような形ではある。しかし、わんちーむの中でも3Dモデルを持っているのは一期生と二期生の僅か数人であるし、界隈全体を見ても非常に珍しい。そう考えれば、リアルライブという企画が如何に貴重であるかは明白だ。
けど、この子達のことは誰よりも、私がいちばん知っている。
「でっかく、なったなぁ」
気づけば、見上げることしかできない存在になっていて。
取りこぼした道端の花ばかりが、私には眩しく見えた。
「……理沙さん?」
「っ」
名前を呼ばれ、弾かれたように背後へ振り返る。
そこにいたのは、ボブくらいの黒髪にピンク色のメッシュを施した、一人の女性だった。困惑したような表情を浮かべる彼女は、どこかそばのポースターに映る彼女に似ていた。
「理沙さんっ!」
「……久しぶり」
彼女のことは、誰よりもよく知っている。いや、知っていた。
私の二十数年の人生において、最も濃かったあの数ヶ月。人生を変える期間を共に過ごした、私たち三人のうちのひとりで。
ポスターに描かれたVtuber、ピンク髪の人物。
桃色アヤカ。界隈では伝説と称されるのが、目の前の彼女の正体だった。
「元気してたか、アヤ」
「それはこっちの台詞ですっ。ずっと連絡してたのに、全く繋がらないし!わたしもあの子も、理沙さんに会いたかったんですから」
丁寧な口調に焦りを滲ませながら、アヤは捲し立てた。
あの頃よりも、少し大人びただろうか。昔から年齢に合わない落ち着きがあった子だったけれど、当時よりも大人っぽく、容姿だってもっと綺麗になっている。最近は八幡といい沙希といい、現役の高校生と関わる機会ばかりだったから、よりそう思うのかもしれないけど。
「あの、わたし。わたしはあなたに、ずっと……」
彼女の表情を見て、なにを言いたいのか分かってしまって。
嗚呼、そんな顔するなよ。誰も悪くない、悪くない。
私たちの道が分たれたのだって、誰も悪くない。
悪くなんて、ない。
「わぷっ」
「それ以上は終わり。リアルライブ、決まったんだって?しかも結構なデカ箱じゃん。……二人にしかできないよ、これは。本当におめでとう」
「……ありがとう、ございます」
俯くアヤの頭を、強引に撫でた。
悩みがちなとこは昔から変わんねーな。慎重なのはいいことだけれど、限度ってもんがある。
けど、Vtuberのアヤカたちが生み出し続けている結果は、心から眩しく思う。
八幡と一緒に、この世界と真正面からぶつかっているからこそ、彼女たちが如何に大きな存在かはいつも実感していた。ビジュアルだとかトーク力だとかに留まらない、人間的な魅力。天性の才能。Vtuber業界の先頭を走り続ける二人は、今の私たちにとっては星よりも眩しくて。
「でも、わたしたちなんて。あなたにどんな顔をして会えばいいのか」
だからこそ、私は彼女を真正面から見つめる。バレないように、拳を握りしめる。
トップなら、胸を張れよ。私なんかの過去は捨てて、笑って見せろよ。頂点なら頂点らしく、前を向け、振り返るな。
お前達が私を気にして、止まり続けるのなら_____
「___なあ、アヤ。私は今でもさ、Vtuberの世界に関わってんだよ」
身を離して、胸元に掛けられた名札を見せる。
『みっくす関係者』と書かれたそれは、今の私の身分を保証するもので。
「笑えるだろ?Vtuberなんて夢を早々に諦めて、お前らから離れた私が。みっともなくしがみ付いて、マネージャーみたいな業務をしてさ。結局、Vtuberってやつに頼りきりだよ」
Vtuberは続けられなかった。自ら表舞台に立ち続けることも、できなかった。私は、強くないから。
___けれど、諦められない夢もある。
「一緒に走ってるヤツがさ、ギターを始めたんだ」
最初は、冴えない男の子ってだけの認識だった。
クソ社長は人を見る目だけはある。そんな社長が拾ってきたのだから、見どころはあるんだろうけど。本当に、この世界でやってけんのかよ。正直、半信半疑なことばかりで。
「中々上達しねーんだ、これが。歌も合わせるともっとボロボロだし、難しいって泣き言ばっかだし」
けど、八幡は。諦めることだけはしなかった。
黒歴史を晒して笑い者になって、人のために弾き語りを披露すれば馬鹿にされて。インターネットは何でも言ってしまえる場所。そんなヘイトが集まる環境なんて、十代の男の子に背負わせていい重圧じゃない。
何度も止めようとした。逃げ出すのは、楽だから。八幡だって、最初は巻き込まれただけだ。逃げ出して、普通の男子高校生に戻る機会なんて、いくらでもある。
「でも、あいつは辞めないんだよ。馬鹿にされて、何度悪態を吐いても。逃げた私と違って、あいつは逃げなかった」
そして、結果を出し続けている。
男性Vtuberという難しい立場でも、味方を増やして。イラストレーターと仲を深めて、お姫様とライバルになって。同期ともいつの間にか親しくなっていた。前に、進み続けていた。
そんな八幡の姿に、頂点を走るアヤたちの背中を見た気がして。
「……私も逃げてばっかじゃいられねーなって、思ったんだ」
アヤの揺れる瞳を、真正面から見つめる。
あの頃のことを考えるのは、怖い。弱い私がいつも顔を見せる、けれど。
逃げることも、したくない。
「アヤ。私たちはいつか、お前達を超える。男だからとか関係ねぇ。ギターでも歌でも何でも、世界を変えるVtuberになる。だから___」
宣戦布告だとか、そんな陳腐な言葉ではなくて。これは、決別だ。
震える過去の自分に向けた、別れの言葉。
「てっぺんで、待っててくれよ」
アヤは、驚いたような表情を浮かべてから、じっくりと私の言葉を飲み込んだ。
何か感じるところがあったのだろう。様々な感情が入り混じったまま、くしゃりと笑った。
「……ですね。理沙さんは、そういう人でした」
「いい意味だよな?」
「ふふっ、どうでしょう」
「おい」
昔に戻ったようなやり取りに、顔を見合わせて笑う。
「いつか、あの子にも会ってあげてください。彼女の方が、その、色々と拗らせていますから」
「あー……善処するわ」
「逃げない、って言いましたよね?」
「逃げじゃない、戦略的撤退だよ」
「なんですかそれ」
あの子はなぁ。いい意味でも悪い意味でも、素直というべきか。
グループの中でも最年少で、いっつも生意気な態度だったっけ。それが可愛くもあるんだけどさ。
「しかし、みっくすですか。よく会社でも話題になっていますよ。ウチの問題児さんの友達になってくれたとか」
「問題児扱いかよあのお姫様」
「可愛い子なんですけれど、中々心を開いてくれなかったですから」
心を開くというか、コミュ障というか。
実際問題、八幡との相性の良さは誰もが知るところではあるし、マネージャーとしては嬉しい出会いなんだけどな。
「ふふっ、私も花咲さんに挨拶をすべきでしょうか?アリスさんも理沙さんもお世話になっているのですから、たくさんお礼をして差し上げないとですよね」
「あぁ……程々にしてやってくれ」
アヤは、Vtuberの姿にも負けずとも劣らない美人だ。言葉遣いだって丁寧なお嬢様だし、男子高校生には刺激が強い。
緊張して口数が少なくなる脳内の八幡に、思わず苦笑いをしてしまう。
「それじゃ、もうすぐリハの時間だから行くわ」
「『ベストパートナー選手権』、でしたっけ。面白い企画を考えますよね」
「攻めすぎたよおたくの運営」
リハーサルの時間が迫っていたため、アヤに別れを告げる。
最初に会った時とは異なり、随分と表情が柔らかくなった。
「これからは、お仕事で会う機会もあるでしょうから。よろしくお願いしますね?」
「おう、またな」
綺麗な姿勢で、こちらを見送るアヤ。何かを言おうとして、ぐっと口を閉じた。
「っ……ありがとう、ございました」
絞り出した感謝の言葉。アヤはきっと、謝ろうとしたのだろう。けれど、私の言葉を思い出して、必死に前を向いたのだ。
ひらひらと手を振って、その場をそっと去った。これ以上留まれば、私も余計なことを口にしてしまいそうだったから。
私もアヤも、あの子も。
態度では取り繕っているだけで、あの日から一歩も前に進めていない。
三人でわんちーむだった過去から、一歩も。
二章で一年生は終わり、三章から原作パートに入っていく予定です。
次回からついにベストパートナー選手権開始!
できるだけ早く投稿、したいなぁ。