やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。 作:人生変化論
放任主義という言葉に、理沙はあまり良いイメージを持っていなかった。
理沙だけではない、今の社会全体にその風潮がある。
育児放棄に虐待云々、ネガティブなニュースは毎日絶えることを知らない。
放任主義は、悪い意味で捉えれば子供に関心がないと解釈できる。
だからこそ理沙も、息子がVtuberになることは二つ返事で引き受けると思っていた。
しかしその考えは、良い意味で払拭されることになる。
「……」
「悪い条件では無いと、我々は考えております。必要な機器はこちらで準備しますし、個人情報の流出についても間違いがないよう全力でサポート致します」
オフィスでの惨状を見た八幡に言わせれば「誰だこの人」だろう。スーツをピシッと着こなし、資料を片手にプレゼンをしていた。
そんな理沙の向かいには、考え込む妙齢______八幡の母親が座っていた。
比企谷家の象徴らしいアホ毛に淀んだ瞳、八幡と出会って数時間の理沙でも一目で彼の母親だと分かる容姿。
八幡と共に比企谷宅へ行き、事情を説明するとリビングの椅子に座るよう促された理沙。
会社の資料を出し概要を説明し始めると、彼女から意外な言葉が伝えられた。
「私は......反対なんです」
「失礼ですが、理由を伺っても?」
八幡の母親に対してあまりいいイメージを持っていなかった理沙からすれば、この返事は少々不満だった。
ここでめんどくさいからとでも言うようであれば、一発殴ってやろうかなどと考えていた程に。
「八幡と小町が生まれて、私と夫は仕事の忙しさを理由に一緒にいられませんでした。遊んであげられませんでした。......普通の子供が当然のように受ける愛を、注いであげられませんでした」
それは、懺悔だった。
「洗濯も掃除も料理も、全部あの子たちは2人でこなしてきた。自分たちの時間を使いながら」
「私達はあの子達の時間を、十数年の自由を奪ってしまったんです」
比企谷家は共働きの家庭だった。
両親は会社でそれなりの立場に就いていて、早朝出勤に残業が続く毎日。まともに食事を作ってあげることも出来ず、いざ早く仕事が終われば疲れで倒れ込んでしまう毎日。
「最近、ようやく時間が作れるようになったんです。でもあの子はもう高校生...。私達ができることは、何もなかった。嫌われているはずです」
「だから彼らの時間だけは、奪いたくないんです」
母は、不安だったのだ。
普通の学校生活を送って、普通の青春を謳歌して。
そんな高校生活が、仕事に時間を割くことで送れないのではないか。
結果的に、貴重な高校生という時間を奪ってしまうのではないか、と。
「でも。八幡がやりたいと言ったんですよね?」
「......はい」
「珍しい、八幡が自分からやりたがるなんて」
母は、八幡の性格を小町と同じくらい理解していた。
関わることが少ない十数年間だったが、八幡は自ら何かに挑戦する性格ではないことは知っている。
「なら賛成します。八幡がやりたいと言ったなら、断るわけがありませんから」
母は、少しだけ哀しそうに微笑んだ。
「東山さん、八幡をよろしくお願いします」
「彼は...息子さんは言っていました」
「はい?」
「ご両親について聞いた時、『放任主義です、良い意味で』と。嫌いだったら、そんなこと言いませんよ」
理沙は、そう言って微笑む。
来た時に注がれた紅茶はすっかり冷めてしまっている。
少しばかり苦いそれを、理沙は口に含んだ。
母は一瞬だけ、資料に視線を落とした。
「ここに書いてあるPC……これだけは、うちで用意させてください」
「よろしいのですか?かなり値も張りますし……」
「はい、大丈夫です」
その一言には、たったひとつの想いが込められていた。
激励。がんばれという、愛する我が子への応援の気持ち。
理沙からすれば、不器用な家族だった。
十数年という壁が素直さを消して、全員が純粋な想いを素直に伝えられない。
でも、良い家族だなとも思う。
残りすこしばかりの紅茶を飲み干す。
からっぽのカップからは、未だにほんのりと茶葉の香りがする。にがい。
「任せてください。八幡を日本一、世界一のVtuberにしてみせます」
◇◇◇
「じゃあ、ルナナさまのサイン貰ってきてよ!」
俺がVtuberになるつもりなことを話した途端、いつもの五割増しで目をキラッキラさせるマイシスター。
ルナナさまというのは、一ノ瀬花蓮も所属するわんちーむ!の三期生、神楽ルナナのことだ。
暗めの紫の髪に金髪のメッシュを入れた、俗に言うのじゃロリ。
過激な発言は多いが、誰よりもわんちーむの新人に絡みに行ったり、凸待ちに参加したりなど仲間想いなVtuber。
ルナナ民の間ではママと呼ばれるほどである。
「というか、Vtuber知ってたのか...」
「いまのJCのトレンドはVtuberだよお兄ちゃん!」
小町も俺と同じくわんちーむのVtuberを推し始めるとは思わなかった。
千葉の兄弟は仲良い説に続いて、好みが同じ説も立証されるまである。
「てか、俺が大手Vtuberと知り合いになれると思うか?」
「うん思わない」
「即答ですかそうですか」
偶然コラボに誘われても何も話せない気しかしない、絶対ミュートしてる。
Vtuberにとって、コラボというのは重要なコンテンツだ。
いわゆる「てえてえ」は、Vtuberの魅力の1つ。 なのにVtuberになろうとしてる、もしかしなくても修羅の道だった。
「……コラボはできないかもしれないけど。お兄ちゃんなら、きっと大丈夫だよ」
「何の根拠だよそれ」
「ぼっちでコミュ障でぼっちなお兄ちゃんだけど、人を言いくるめることは上手いでしょ」
「それ褒めてるの、なんでぼっちを二回言ったの?」
「だーかーらー、開き直ってぼっちを前面に出せばいいのではと、小町は思うんですケド」
相変わらず酷い言葉だが、思わず納得してしまう。
Vtuberは社交的なイメージがあるが、敢えてぼっちを前面に押し出すことで注目を集める。
ぼっちエピソードも割と共感性が高いはず。知らんけど。
改めて小町を見る。
ぴょこぴょこ揺れるアホ毛の下の瞳は、真剣な色を浮かべていた。
小町も俺がVtuberになることを、真剣に考えてくれているのだと理解した。
「...ありがとな」
「んー、なにが?」
「いろいろとだよ」
それ以上の言葉なんて、いらなかった。
珍しくやる気を出した俺を応援してくれている。ずっと一緒にいた家族が、Vtuberになることを否定しない。
それだけで、不思議と良いVtuberになれる気がした。
「お兄ちゃんのこと、小町ずっと応援してるよ。あ、いまの小町的にポイント高い!」
最後のが無ければ、いい話で終わってたのになぁ……。
◇◇◇
あの後、東山さんは帰っていった。
彼女から帰り際に、
『八幡の言うとおりだ。良い意味で、放任主義だったよ』
と言われたので、不敵な笑みで『でしょう?』と返しておいた。
自分で言ったことだけれど、良い意味で放任主義ってなんなんだ一体。普通に意味分からんだろ。
それから、Vtuberデビューの計画はトントン拍子で進んで行った。
俺の部屋には機材が揃っていき、ママンからは高そうなパソコンがプレゼントされた。これは良い意味の放任主義ですね間違いなく。
パパンからは激励の言葉を頂いたのだが、これに関しては何も言うことがない。
ちなみに怪我が治り学校に行ったのだが、既にグループができていて安定のぼっちだった。やったね、ネタができたよ!
デビューするキャラ設定も、社長と東山さんの三人で相談してある程度は固めた。これは小町の助言を基に、俺が提案した。
基本の設定は、目が腐っている社会人一年目。
高校生にすると身バレの危険性もあるため、年齢は少し上げておいた。
東山さんによると『八幡は声が落ち着いてて大人に聞こえるから大丈夫』らしい。
学生時代からのぼっちで、ひねくれているという設定。まあ事実なんですけれども。
我ながら俺らしいものに仕上がったと思う。
環境よし、設定よし。そうなると残るのはただ一つ、イラストである。 ではあるのだが、これが俺を大いに悩ませていた。
「ぐぬぬぬぬ...」
部屋でひとり頭を悩ませる俺。
そんな俺の視線は、スマホの画面に向けられている。
こうなった発端は社長のトチ狂った発言だった。
『そうデース!私が設定を話すよりモ、八幡が直接やさいじゅーすサンに話した方が伝わりマース!』
とかほざきやがるので、俺がやさいじゅーすさんに電話し、直接話すことになった。
どうやらやさいじゅーすさんはキャラ設定を聞いてからイラストを描くらしい。
なので俺が設定を伝えると。解せぬ。
電話が繋がってからの一言目に何を言うべきか、かれこれ30分は悩んでいる。女性と知ったからもっと悩んでる。
...ええい、ままよ!電話してしまえ!
『あの...比企谷さん、ですよね...?』
突如として、俺の頭に電流が走った。
山を、海を、大地を包み込む。全てが優しく抱きしめられた。
つまりは。
ふぇぇ、とかされるよぅ...。
『う、うーん...?聞こえてないのかな...』
ハッ!?あまりの心地よさに寝ていた...だと。
一瞬で耳がとかされる程のカワボ。
落ち着いたりドキドキしたり、そんな感情が入り混じってなんだかんだ心地よくなってしまった。
「すみません、聞こえてます!」
『あ、よかった……。あんまり人と電話しないから。は、はじめまして、やさいじゅーすです』
「こちらこそ。比企谷です」
そう答えると、やさいじゅーすさんはふふっと微笑んだ。
「……?」
『ご、ごめんなさい。これから比企谷さんのママになるんだなぁって思うと、なんだか嬉しくて…...。ちょっと、恥ずかしいです、けど』
ふぇぇ、いろいろ閃いちゃう発言だけどその前にとかされるよぅ……。
そのあと、俺はやさいじゅーすさんのカワボにとかされながらも設定を伝えた。
意外だったのは、例として出したぼっちエピソードが、やさいじゅーすさんにも共感されたことだった。
『わかるよその気持ち……!だんだん先生とペア組まされても何も感じなくなってくるから……』
意外にも、想い出話ならぬぼっちあるあるで盛り上がっていた。
ちなみに今話していたのは、体育の授業であるぼっちあるある。
いつもペアでやる活動であぶれて、先生と組まされるのはぼっちの定番エピソードだろう。
最初は羞恥心を感じるけれど、何度も繰り返されるためにもはや何も感じなくなるやつね。
話しているうちに、やさいじゅーすさんの口調はだいぶ砕けてきた。
いつも照れながら話されると、俺の方がとけるので正直ありがたい。
『じゃあ外見はアホ毛、どんよりした目、と……。服装の注文とかあるかな?』
「いえ、特には......。色だけ黒をテーマにしてもらえれば」
顔や体型はこだわったが、服装は俺がとやかく言う分野ではないだろう。
年中ダサダサファッションの俺である。女性であるやさいじゅーすさんに任せた方がいいに決まっている。
『わかった…...。あ、もうこんな時間だ。たのしくて、ぜんぜん気づかなかった』
時間は11時を過ぎていた。
9時くらいに電話したから、かなりの間話していたことになる。もうこんなんカップルやないですか。ほな恋人名乗らせてもらいます。全然逮捕。
「じゃ、そろそろですかね。イラスト、お願いします」
『うん。初配信、絶対見に行くね』
社長にスカウトされてから、本当に人に恵まれていると感じる。
社長然り東山さん然り...やさいじゅーすさんも、ものすごくいい人たちだ。
この人たちに出会えただけでも、Vtuberの話を引き受けた価値がある。
通話をやめようとした時、やさいじゅーすさんはぼそっと呟いた。
『わたしのこと...ママって呼んでくれても、いいんだよ?』
もう俺じゃなくてこの人がデビューした方が売れるんじゃないか。
割と真面目にな。なかなかいねーよこんな天性のカワボ。
◇◇◇
数日後、イラストが完成したとの知らせを受け、俺はみっくすのオフィスへと足を運んだ。
「いらっしゃーイ八幡!待ちわびてましたヨ!」
どこか興奮した様子の社長は、俺のことを以前使った会議室まで引っ張っていった。
今日もテンション高いな社長。相変わらずの金髪グラサンだけど。いやこの見た目だったら解釈一致か。
会議室の中では既に、理沙さんが椅子に座って待機していた。
「おー、おつかれ。まだ私たちも見てないから、一緒に見ようぜ」
「すみません待ってもらっちゃって」
「いいってことよ、私たちは一緒に最高のVtuberを目指す仲間だろ?だったら、抜け駆けはなしさ」
ニヒルに笑う理沙さんは、今まで見た大人の中で一番かっこよかった。
...少なくとも、隣で子供のように体を揺らす社長よりは。
小さく「まだかなーまだかなー」なんて呟いている。ヒーローショー待つ子供か。もしくは日曜朝8時の俺。
理沙さんはそんな社長を冷やかなで見つめてから、テーブルの上に置いてあったパソコンを操作した。
画面の中で、一枚の絵が浮かび上がる。
「「「おお...!」」」
俺たち三人は、同時に感嘆の声を上げた。
それほどまでに、イラストの完成度が高かったのだから。
髮型はまるで今の俺をトレースしたかのような、程よく乱れた黒い髮。ちなみにアホ毛も忘れていない。
しゃんと伸びた背故か、身長は設定よりもいくらか高く見える。
目は注文した通り、腐っているとまではいかないが、適度にどんよりと濁っていた。完璧だ。
そして驚くべきは服のセンス。
白いセーターの上に、春らしい薄手の黒いコートを羽織っている。
ピシッとしたタイプのズボンはよりスタイルを引き立たせていた。
いかにも『普段ダサダサだけど私服はちょっとお洒落な大学生』といった雰囲気である。
「これは素晴らシイ!八幡のイメージにぴったりデース!」
「すげぇな絵師さんって...」
理沙さんの言う通り、絵師さんというかやさいじゅーすさんの凄さを目の当たりにした。
友達に居るような親近感を感じながらも、どこか不思議な雰囲気。
どんな人物なのか知りたくなる。そんな魅力が、このイラストにはあった。
「でハ、ここまできたら最後は命名!さぁ八幡、ビシッと決めてくだサイ!」
「え、名前俺が決めるんすか」
「記念だしな。こんなの人生に一回しかないぞ、たぶん」
「そう言われても...なんも思いつかないですよ」
「そこまで深く考える必要はねーよ。著作権引っかからないくらいだったら、好きなキャラのアレンジとかでもいいし」
とはいえ、これから第2の自分となる名前だ。
活動するにしても挨拶するにしても、必ず使うことになる。
何だかんだ名前もVtuberにとっては重要なのだ。
だからこそ、適当に考える訳にはいかなかった。
俺がVtuberになろうとしたのは何故だったか、ふと考える。
一ノ瀬花蓮に憧れて、Vtuberに憧れて。
その現実感に、非日常感に胸を躍らせて。
気づけば俺は、Vtuberへの道を踏み出していた。
そうだ。
俺は憧れたのだろう。
尊敬したのだろう。
彼女のようなVtuberに、なりたかったのだろう。
「はなさきのぞみってどうですか。花が咲くの花咲に、亡い月の望みで、花咲望」
頭文字は、一ノ瀬花蓮の花からとった。
彼女のようなVtuberになりたいと、望みを込めて。
「はなさき。花咲望ですカ」
社長は、一文字一文字を噛みしめるように言った。
「日本語は非常に奥が深イ。単にコトバだけの意味じゃなく、深い想いがこもってイル」
「つまり?」
「素晴らしい名前デース!」
「私もそう思う。とんでもない名前が出てきた時のために心の準備はしてたけど、いらない心配だったな」
とんでもない名前が出た時の準備はしてたんかい。
もしここで俺が「ストライクゾーン広いマン」とかにしてたら何と言ってたのだろう。すごく気になる。
ちなみに挨拶は「下は幼女、上は熟女!どうもストライクゾーン広いマンです」一択だ。
誰が見るんだろうそんなVtuber。むしろ警戒されて通報されるまである。
それはともかく、2人とも顔に笑みを浮かべていた。
理沙さんは切り替えるようにうーんっと伸びをして、声を上げた。
「よーし!名前も決まったし、あとは配信だ!」
「いいですネー!なんだかワクワクしてきましタ!」
もちろん、不安はある。
俺が世の中の人に受け入れられるのか。
俺が、本当にVtuberとしてやっていけるのか。
でも、なんだか。
きっと上手くいく。そんな気がした。
◇◇◇
やさいじゅーすさんに、イラストを描いてくれたことへの感謝と名前が決まったことを伝え、一通りやるべきことは終了した。
名前とイラストが決まった後、俺はVtuberなら誰もが使うSNSサービス「トゥウィッター」での活動を開始した。
無名Vtuberのトゥウィッターは基本的に知られにくいが、そこはやさいじゅーすさんの力を借りる。
トゥウィッター開始と同時に、やさいじゅーすさんに初めてVtuberのママになったことを告知してもらったのだ。
効果は凄まじく、ネット上でかなりの話題となっている。
改めてやさいじゅーすさんの影響力と人気を思い知った。あれで声出しなんてした暁にはネット上が大騒ぎだろう。
初配信の予定を出し、告知をし。
とうとう初配信の日がやってきた。
「あー緊張する...」
心臓の高鳴りがやまない。
これって...もしかして恋してる私!?
などと現実逃避するも、現実は何一つ変わっていない。
何回決意しようが、緊張するものは緊張するのだ。わかってください。
配信予定時刻まで、あと1分。
後戻りはできない。
ここまできたら、自分なりに足掻くだけだ。
恥をかいてもいい。
ぼっち経験だろうが孤独体験だろうがなんだって語ってやるよ。ドン引きされてもやめねーかんなおぼえてろ。
行くぞ花咲望。もう1人の俺。
Vtuber生活の始まりだ。
配信開始のアイコンを、ゆっくりとクリックする。
・お、きた
・きちゃ
・きちゃ!
・なんかやる気なさそうな顔で草
「...はじめまして。みっくす所属ぼっち系バーチャルライバーの、花咲望だ。よろしくな」
本当は数話に分けるはずだったのですが、あまり説明回を続けるのはなーと思ったので1話にまとめました。
やさいじゅーすさん、実はとても影響力ある人でした。
次回、ついに初配信です。