やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。   作:人生変化論

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八幡はベストプレイスを見つける

 

蕾こと川崎とまさかの遭遇をした翌日。

学校で会ってしまえば、どんな反応をすれば良いのかと身構えながら登校したものの、特に出会うことはなく半日が終わった。一年生だけでも相当の人数がいるんだし、クラスが違えば会わないのも当然か。

 

余計な心配をしたと胸を撫で下ろしつつ、今日も今日とていつもの場所に向かう。

 

いつもの場所、とは俺が見つけた昼飯スポット、人気のない穴場のこと。

教室が密集している建物からは少し離れた特別棟から外に出て中庭へ。テニスコートと駐輪場の間に、ひっそりと佇むベンチ。

ベストプレイスと命名したこの場所は、一人になれる且つ開放的である神懸かりポジションである。冬に突入しかけた今の時期は流石に寒いが、数週間前までの秋は日差しが丁度良く、教室に帰るのを拒んだ程だった。

 

 

「……いただきます」

 

 

誰かの視線があるわけではないが、最低限の礼儀として挨拶をひとつ。

膝の上に広げたのは、マイスイートシスター小町ちゃんの特製弁当だ。中身は夜の残りと冷凍食品を適当に詰めたものだが、それにしたって購買で昼飯を買うよりは温かみってもんがある。やはりうちの小町が世界一、異論は認めん。

 

来年は小町も受験生であるからして、こうやってお手製弁当を食べる機会も減るのかしらん……と悲しい気持ち。時間は有限、今のうちに堪能しておくこととする。うまい。

持参したマッ缶をずずずと啜りながら弁当を食べていると、ベストプレイスに侵入者が現れた。

 

すわ盗人かと侵入者の方を向くと、彼女は何故か納得がいったような表情を浮かべた。

 

 

「やっぱりあんた、ここにいたんだ」

 

「よう、川崎」

 

 

そこにいたのは侵入者ではなく、いや侵入者ではあるのだけれど、つい先日会ったばかりの川崎……川崎、川崎なんとかさんだった。川崎サキサキだかワカサギだかコックカワサキだかなんだとか。

 

 

「よくここが分かったな」

 

「前にぶつかった時、こっちの方に向かってたの偶然覚えてたから。来てみたら、本当にいて驚いたけど」

 

 

昼休みの特別棟に用がある生徒なんて珍しいからな。

実際ベストプレイスに入り浸るようになってから、俺以外と遭遇したのは川崎が初だ。せいぜい昼練するテニス部の掛け声が聞こえるくらいだから、その中で昼飯を食べる俺は随分異質だろう。異端審問会に断罪されますよコレぇ。

 

 

「……こんなとこでぼっち飯?」

 

「悪かったな、ぼっちで」

 

「ビジネスぼっちじゃなかったんだねあれ」

 

「当然。純度100パー、採れたてほやほやのぼっちエピをお披露目してるぞ」

 

「なんか嬉しくない」

 

 

花咲望の設定は社会人。

配信で話す学生ぼっちエピも、昔を思い出しながら話しているという体裁ではあるが、その実現在進行形の体験談ばかりだ。川崎と同じく俺だってなんも嬉しくない。

 

 

「ま、あたしも似たようなもんだけど」

 

 

俺の隣に腰掛ける川崎。

隣とは言っても、ベンチは割と大きいためそこそこ距離はある。手に持っていた袋から小包を取り出し布を開くと、シンプルな色合いの弁当箱が現れた。

 

 

「……なんだ、お前もぼっち飯か」

 

「ぼっち言うな。……クラスの子達とは、ノリが合わないだけだから」

 

 

それを人はぼっちと呼ぶんだよなぁ。

アリスといいやさいじゅーすさんといい、俺の周りにはぼっちしかいないのか?やはりぼっち使い同士は惹かれ合うんです、これが真実。

 

弁当箱の中身をちらりと覗き見る。

揚げ物や煮物が中心で、やけに茶色いメニューが集まっていた。

 

 

「自分で作ってるのか、弁当」

 

「そ。煮物とか、和食は作るの得意だから。揚げ物は弟のリクエスト」

 

「ほーん」

 

 

弟は少なくとも中学生以下の年齢だろうし、食べ盛りの男には揚げ物必須だからな。

Vtuber活動にけーちゃんの面倒、兄弟の弁当作りとは。川崎も中々に苦労してんのか。

 

 

「……なに、同情?あたしはやりたくてやってるだけだし、全部」

 

「いや、そんなんじゃねぇよ」

 

 

尊敬はする。すごいと思う。

けど、それだけだ。憐んでいるわけじゃない。ただ、昔の俺を見ているようで。

 

 

「俺も天使の妹がいるからな。兄弟の為にはなんでもできるのなんて、心底理解できる」

 

 

小町が小さい頃、両親が共働きだった俺たち兄弟は、同じ時間を共有することが多かった。

今でこそ家事や料理は小町が担うことが多いけれど、当時は決してそうではない。彼女を寂しがらせたくなくて、悲しませたくなくて、子供ながらに必死だったことをよく覚えている。

 

別にそれは、見返りだとかそんな陳腐なものを求めての行為ではない。

ただ、妹の為ならなんでもできるって、それだけ。

 

 

「弟とけーちゃんからすりゃ、良い姉だろうな」

 

「……そうなのかな」

 

「下ってのは案外見てるぞ、上がどんだけ努力してるのか」

 

 

口ではなんとでも言いつつ、応援してくれるのが兄弟だ。

小町だって、俺のVtuber活動をひたすらに応援してくれるし、何だかんだ言いつつ配信も見ている。兄弟が互いを想う気持ちってのは、関係性がどうであれ切り離せないものだ。千葉の兄弟なら尚更な、尚更。

 

 

「比企谷って口下手だよね」

 

「うっせ」

 

「……少しでもあの子たちが幸せなら、頑張ってる甲斐があるのはわかるよ」

 

 

目を伏せながらも、嬉しそうな表情を浮かべる川崎。

家族想いに悪い奴はいない、というのが俺の持論です。妹しか勝たんのですわ。

 

 

「Vになったのも、兄弟のため?」

 

「そう。正確には、お金のため。弟は中学生だから、色々必要でしょ」

 

 

どこの家庭でも、結局は金。

中学生なら遊びたい盛りの一方で、塾やら受験やらで資金が必要になる。それでいて姉である自身は高校生、今後を見据えれば必要な金額は右肩上がりで増えていく。

けーちゃんを事務所まで連れてこなければならなかった事情を考えるに、両親は共働きか、どちらかが居ないか。年長の姉が色々と気負うのはある意味で当然。俺だって、同じ状況ならその考えに至っただろう。

 

 

「……でも、それは最初だけだから」

 

「楽しくなったか、Vtuber」

 

「まあ、そんな感じ。夢が見つかったっていうか、Vtuberでやりたいことが見つかった、っていうか。ほとんどはママのおかげだけどね」

 

「お前らやけに仲良いもんな」

 

「ママがちょっと過激なのもある」

 

「自分の図体理解してないだろあの人」

 

 

川崎とにんにくらーめんさんは非常に仲が良い。たった数回顔を合わせただけでも、それは十分伝わった。

俺とやさいじゅーすさんとは別ベクトルの関係性、本物の親子のように接している感覚すらある。

 

 

「比企谷はさ。なんでVtuberやってんの?」

 

「なんで、か」

 

 

Vtuberをやる理由。

現在の目標はただ一つ、世界を変えるVtuber。けれどそれは後から芽生えた夢であって、川崎がお金のためと言ったように、活動の原点というわけではない。

 

俺の、初期衝動。Vtuberになりたいと思ったのは。

 

 

「……憧れたから、だな」

 

「Vtuberに?」

 

「正確には、一ノ瀬花蓮に」

 

「一ノ瀬……わんちーむのとこの人だっけ」

 

 

俺以外に誰もいない静かな病室で、偶然出会っただけの少女。

画面の中で、顔も名前も分からないリスナーたちと会話し、ゲームをし、共に盛り上がる。自分自身をコンテンツとして生きるその在り方が、美しいと思った。本物だと、そう思った。

 

 

「ふうん、じゃあアイドルを目指してんだ、あんた」

 

「アイドル?別に、そういうわけでは」

 

「違うの?少なくとも、わんちーむのVtuberってそういうもんだと思ってたけど」

 

 

予想外の問いに、思わず言葉が詰まる。

アイドル。それは先日社長から提示された、俺が歩むべき選択肢の一つであり、未だ答えが出せないでいる可能性だったから。

 

確かに、わんちーむのVtuberといえばアイドル、その認識は正しい。

芸人色が強い二期生は除くとしても、一期生とアリスら三期生のマネタイズは、間違いなくアイドルと言える。グッズやボイスの頻度、女性Vtuber同士の絡み。アイドル性を強く推す方針は、狙っている客層が非常にわかりやすい。

特に一期性は、リアルライブの開催が決定しているらしいし、会社の方向性自体もアイドルに傾きつつあるのだろう。

 

けれど、俺は?

一ノ瀬花蓮に憧れたのは、彼女がアイドルだったから?

 

 

「……俺は違う、気もする」

 

「そっか」

 

 

短い返事の後、会話はそこで終わった。

互いに無言で弁当を食べながら、ぼーっと考える。

 

俺が憧れたのはVtuberの一ノ瀬花蓮であり、アイドルの一ノ瀬花蓮ではない。

故に、アイドルになりたいか否かと問われれば、俺は否定してしまう。

一方で、ストリーマーという選択肢も、初期衝動とは異なる未知の世界。

 

分からない。決められないというのが、俺の本音だった。

 

 

「……」

 

 

理沙さんからは十分に考える時間を与えられているが、動き出しが早いに越したことはない。

どちらも男性Vtuberとして、先駆者が少ない道ではあるからこそ、ブルーオーシャンの今がチャンスであることが、十分に理解している。

 

そんなことをうだうだ考えているうちに、いつの間にか弁当は空になっていた。

窓から僅かに見える廊下では、移動教室であろう生徒たちで騒がしくなる。慌ててスマホで時間を確認すると、午後の授業の時間が迫っていた。

戻ろうと弁当を纏めていると、先に支度を済ませた川崎が立ち上がった。

 

 

「じゃ、あたし先行くから」

 

「おう。お疲れ」

 

 

颯爽と去っていく川崎の後ろ姿をぼーっと眺める。

悩んでいてもキリがない。結論が出るまで、やるべきことを続けるだけ。

 

未だ残る選択肢に蓋をし、ベストプレイスを後にした。

 

 

・・・

 

 

それからというもの、川崎は週に二、三回ベストプレイスへ足を運び、俺とともに昼食をとるようになった。

俺と川崎は互いにそこまで話すタイプではないから、沈黙も多い。けれど両者が黙っている時間なんて、みっくすの同期コラボではよくある光景だし、この空気感には慣れていたからこそ、俺にとっては大した苦でもない。

 

配信であった出来事だとか、けーちゃんの様子だとかをぽつぽつと話す時間は悪くないな。同期であって他人ではないから、そう気を使わずとも良いこともひとつの要因だろうか。

 

そんな日々の中で問題が起きたのは、数週間が経った十一月のある平日。

流石に寒さが増してきた冬の風を感じながら、そろそろベストプレイスは封印しようそうしようと決意を固めていた時だった。

 

 

「___あちゃあ、暫く休んでるうちに、先客ができちゃってたか。僕のベストプレイスだったんだけどなぁ……」

 

 

残念そうな男性の声色。

俺がここを棲家としてからというもの、川崎以外の生徒に遭遇したことはなかった。突如として聞こえてきた第三者の声に、弾かれたようにそちらを見る。

 

 

「橘さん?」

 

「……花咲くんかい?」

 

 

そこにいたのは、緩くパーマのかかった優男……暫く前、Vtuberベストパートナー選手権という企画で出会った、橘さんだった。

初対面では大学生くらいかと思った彼も、今は俺と同じ総武高校の制服を身に纏っている。

 

……川崎といい、世界って狭すぎだろ。千葉ってこの世の全てがあるのかもしれん。

 

 

「お、驚いたなぁ。アニメみたいな展開ってほんとにあるんだね」

 

 

それな。アニメでも出来過ぎてるわこんなの。

Vtuberなんぞ年齢詐称が当たり前だし、俺も人のことは言えない。けどこんなに高校生に集中するか普通。アリスだって同じ年齢だし、川崎と橘さんに至っては同じ高校なんてどんな奇跡だよ。

 

 

「てっきり、きみは年上の後輩とばかり思ってたのに……あ、隣座ってもいい?」

 

「……いいっすよ」

 

 

菓子パンを抱え、俺の座るベンチの隣に腰掛ける橘さん。

陽キャ特有の距離感の詰め方に八幡脱帽。同業者だってのにこの差はなんだ。

 

あまりにも予想外すぎる遭遇だが、偶然川崎が来ていない日で助かった。同じVtuberとはいえ、二人に直接的な面識はないからな。

 

 

「ここ、よく見つけたね。過ごしやすいのに人気のない穴場でさ、ベストプレイスって命名してよく通ったんだよ」

 

 

ベストプレイスで被ることあるか普通。

この人も陽キャ面しといて実は仲間なのかもしれん、いや信じません簡単には。

 

 

「花さ……や、いくらなんでもそっちの名前はマズいか。僕は、立花優里(たちばなゆうり)。活動名とは漢字を変えてるだけで、呼び方は変わらないよ。きみは?」

 

「比企谷。比企谷八幡っす」

 

「比企谷くん!珍しい苗字だね」

 

 

ほぼ本名で活動してるアンタの方が珍しいけどな。

橘と立花、幾ら個人勢とはいえ覚悟ガンギマリすぎるネーミング。

 

 

「面白いなぁ、学校も来てみるもんだね」

 

「……あんま来てないんすか」

 

「はは……お恥ずかしながら。今三年で卒業控えてるんだけど、正直出席日数がギリでさ。先生たちが虐めかってくらい電話かけてくるから、仕方なく」

 

「先生側の方がキツいっすよそれ」

 

 

虐めじゃなくて優しさな、どう考えても。

しかし、あの橘さんが生きるか死ぬかみたいな状況とは。見るからに優男みたいな容姿しといて、人は見かけに寄らないらしい。とはいえ、ひねくれぼっちと青髪ヤンキーがVtuberやる世界だ、俺も人のことは言えないですはい。

 

 

「で、比企谷くんは?同級生じゃ見たことないし、後輩だよね。出席日数何日足りないの?」

 

「比較的マイノリティ側に纏めないでください俺を」

 

 

今の時代、不登校やらなんやらの話題は不謹慎だから言い返せないんだわ。

小生比企谷八幡、その流れに一石を投じます。ニートと不登校は可能性の塊、育成幅の鬼と呼ばせていただきます。ニートが世界を救うんや!

 

 

「一年っすね」

 

「はは、冗談はやめてよそのくたびれた感じで一年は無いでしょ、未だに学校に侵入してきた異常者の線を疑ってるよ」

 

「おい」

 

 

悪かったな腐り目の異常者で。

今も尚アリスと同い年という事実受け入れられてないんだから。

 

 

「はー、本当に一年なんだ。花咲くんの方って、たしか社会人設定だったよね。年齢詐称してる逆港区女子みたいな盛り方してるじゃん」

 

 

さっきから触れにくいんだよ例えが。逆港区女子とかいう造語誕生させるな。

 

ごめんごめんと笑いながら、けらけら楽しそうにしている橘さん。

例えはオワっているが、やはり前線で活躍するVtuber。会話の節々からワードセンスや話の上手さが光っている。

 

それも当然。橘というVtuberは、パートナーである北条麗華の影響で増えた男性視聴者を、その話術と独特な配信ジャンルで逃さなかった存在。アリスの影響で伸びた俺とは状況が似ている。花咲望が至るかもしれないひとつの可能性、ひとつの未来。

 

個人勢かつ男性で登録者数十万人を超えた、界隈でも数人しかいない逸材。

 

 

「いやあ、比企谷くんも活動のしすぎには気をつけてね。伸びたい伸びたいってばかり考えてたら、リアルが悲惨なことになるから。ま、懲りずに結局配信しちゃうんだけどね」

 

「……でも、立花さんって受験生っすよね。進路とか」

 

「……あー。それね」

 

 

少しだけ表情を曇らせる。マズい、踏み込みすぎたか。

 

 

「僕は、このまま進学せずに専業でやるつもりだよ」

 

「専業」

 

「数字も安定してきたから、生活には困らないし。……それに、僕はもっと伸びないといけない。絶対に、圧倒的な数字がいる。そのためには、他の夢なんて僕にはいらない」

 

 

固く、そしてどこか危うい覚悟を見せる橘さん。

男性Vtuberとして確固たる地位を築いた彼も、まだ上を目指すという。

 

……どいつもこいつも、Vtuberに重い感情持ちすぎだろ。俺も、人のことは言えないけれど。

 

 

「なーんてね。僕は今でも結構充実してるしさ、男の伸びにくさも分かってるつもり。……だから比企谷くん、きみが伸びてきた時、結構な衝撃だったんだよ?」

 

「……立花さんは、いつから俺のこと知ってたんですか」

 

「初配信から。もっと言うなら、男性VtuberはSNSを開設したときに大体マークしてるからね」

 

 

やはり、そうだ。

以前ベストパートナー選手権で初めて会って話した時から、彼に対して感じていたこと。

 

 

「有名絵師とタッグを組んでの活動。彼女は界隈ではカルト的な人気がある、認知度も高い存在だった。ビッグネームを引っ張ってきたみっくすには尊敬しかないし、それでいて花咲望をビジュアル面で推し出さなかったことには脱帽だよ。きみの背後にはどんなプロデューサーがいるんだい?」

 

「Vtuberと絵師、二つの界隈に共通するのは男性をマーケティングの主な対象としている点。アイドル的崇拝ではなく、男性の共感を狙ったキャラの売り出し方。きみ自身の魅力も勿論だけど、デビュー前からの方向性が明確なのが素晴らしい」

 

 

この分析力、先見の明。

男性が不遇とされるVtuber界隈において、誰よりも早く、誰よりも真剣にもがき続ける。

 

橘さんの本質は、きっとそこにある。

 

 

「……立花さんほどじゃないっすよ」

 

「いやいやご謙遜を」

 

 

先ほど言ったように、彼と俺の視聴者層は似ている。

主な視聴者は男性であるということ、わんちーむからも人が流れてきていること。

 

違うのは、どんなコンテンツを提供するのか。

 

 

「好きなことやってるだけだからなぁ」

 

 

橘さんのメイン配信は、ロボットアニメの同時視聴と、コア層向けカードゲームアプリ。

ロボットとカードゲーム、これだけでもどんな層を対象としているのか明白だろう。

 

彼は、オリジナリティのある配信で広く認知を得るという方向性より、北条麗華との絡みによって獲得した男性視聴者を離さない、という方向性で数字を伸ばしていた。

 

 

「……僕はこれでもさ、不自由な方なんだ」

 

 

少し俯き、手に持っていたブラックコーヒーを啜った。

 

 

「この前、男性Vtuberがどうなっていくのか。きみと話したよね」

 

「はい」

 

 

思えばここ最近の悩みは、彼との問答から始まったっけか。

アイドルとしての需要、ストリーマーとしての需要。近い未来、Vtuberのカタチは変化する。そうなった時、先頭に立つのは僕たちだ、と。

 

 

「僕を見てくれる人たちはさ、求めているモノが明白なんだ。同じコンテンツを楽しんでくれる先導者、それを求めて配信を見ている」

 

 

動画投稿サイトあるある、特定の分野に絞るほど視聴回数が安定するヤツ。

おすすめ欄に載るためのアルゴリズム的な話になるんだろうが、同一のゲームやジャンルを投稿し続けた方が良い、とは有名な話だ。

 

動画を見る際、何を第一として見る?

大抵の人が、見たいジャンルと一致しているかどうかで選ぶだろう。特定のチャンネルだけを熱心に追っかけるのなんて、一人につき一チャンネルあれば良い方だ。三万人いる花咲望の登録者全員が、俺だけを追っかけてくれているなんぞ夢物語。

 

それを証明するように、俺のメインコンテンツである雑談配信と、流行りの単発ゲームを行う配信とでは、同接にも天と地ほどの差がある。大半の視聴者が、「花咲望=雑談」という認識を持っている証拠だ。

 

 

「だから、僕がアイドルなんてのを目指した暁には、十万人の数字はハリボテになるだろうね」

 

 

橘さんだって例外ではない。

コアなオタクコンテンツを扱う彼からすれば、アイドル売りなんぞ最も遠い位置にある。

幾ら男性Vtuberのアイドル化が流行ると確信していても、自由に舵を切れないであろうことは、容易に想像できた。

 

 

「難儀っすね、俺達」

 

「まーね。けど最初からきみも分かって飛び込んだだろう?ある程度は覚悟の上さ。僕達が生き残るには、必死にもがくしかないんだ」

 

 

最近になって知ったことだが、橘さんは活動の方向性をストリーマーに定めたらしい。

また完全に舵を切ってはいないようだが、初心者がFPSで成り上がる成長系コンテンツとして、定期的なゲーム配信を始めていた。確かにFPSというジャンルは比較的男性が多いだろうし、現在の活動との親和性も高いのだろう。

 

橘さんは、もう選んでいる。

じゃあ俺は?花咲望は、どちらを選べばいいのか。

 

 

「順調ですか、新しい活動」

 

「FPSのこと?ぼちぼちかなぁ......初心者だから大会出れるわけじゃないし。それにほら、例の企画があるでしょ?そっちの準備で忙しくてさ」

 

「例の企画?」

 

 

なんかビッグイベントあったっけか。少なくとも俺呼ばれてないぞ。

やはりぼっちは呼ばれないんだ......VTuber界隈でも腫れ物扱いされるんだ......もういいもん、Abem〇TVで裏番組やって稼ぐもん。比企谷八幡ホストになる、始めます。

 

 

「あれ?もう比企谷くんの事務所にも依頼したはずだけど......まだ話通って無かったかな」

 

「なんも聞いてないっすね」

 

「早かったか......まいっか、減るもんじゃないし。実はさ、ウチのお嬢様がどうしてもやりたい企画がありますわー!って人集めてて」

 

 

......あの北条麗華が?

また面倒くさそうな予感がしてきた。

 

 

「麗華ってキャラだけじゃなくて、本当にお嬢様なんだよ。家がお金持ちでさ、別荘とかプライベートジェットとか普通に持ってるタイプの」

 

 

二次元すぎるだろスペックが。

 

 

「......それで、その。どうしても皆で、スキーがやりたいらしく。新潟にある別荘で、スキー動画を一緒に撮ってくれるVTuberを募集しておりましてですね」

 

 

うん、察した。

 

 

「麗華の交友関係って意外と狭くてさ、精々わんちーむのVTuberくらいで......じゃあ、この前のベストパートナー選手権の共演者集めようって話になって」

 

 

だとしたらカオスすぎるぞ人員が。

スタジオの外出ちゃったらとんでもないことなるよ。

 

 

「花咲くんと、ついでに最近話題の蕾六花さんも一緒に、スキーロケにいかないかというお誘いでして」

 

 

野心のある男性VTuberとしての姿とは裏腹に、お嬢様に振り回される執事として、心から申し訳なさそうにする橘さんの姿が印象的だった。

......俺のVTuber活動、どんどん変な方向に進むな。

 

 

・・・

 

 

「ん、そうそう。今日呼んだのは企画の件な。皇女様にでも聞いたのか?」

 

 

翌日の土曜日。

打ち合わせがあると招集された俺と川崎は、理沙さんの待つ事務所へと足を運んだ。

 

 

「ベストパートナー選手権で味をしめたわんちーむ公式が、今度はロケ形式で大型企画を打ち立てた!......ってのは建前で、麗華お嬢様に振り回されて必死に叶えようとした結果らしいぞ」

 

「大変っすね白鷺社長も」

 

「なんであたしまで......」

 

「沙希は下手にバズっちゃったからなわんちーむで」

 

 

理沙さんが語っているのは、橘さんから聞いたスキー企画。

やはり企画の誘い自体は来ていたらしい。夢なら良かったのに。俺の友達、出てこいバク!夢食ってくれ!

 

 

「企画の名前は『VTuberスキー最強選手権』」

 

「変わって無さすぎる」

 

 

選手権好きすぎだろ。ベストパートナーの時より脈絡無くなってるわ。

 

 

「期間は12月27、28、29の二泊三日。北条麗華が所有する新潟の別荘に宿泊しつつ、近くのスキー場でロケを行うって予定だ」

 

 

めちゃめちゃ年末。

冬休みであるから、学校を休まなくていいように、という俺たち学生組への配慮だろう。けどキツすぎるんじゃあ〜、年末年始は炬燵で引きこもりたいんじゃあ〜!

 

ただ引っかかったのは「ロケ」というワード。

橘さんも動画だと言っていたし、今回は配信ではないらしい。

 

 

「配信じゃないんすね、流石に」

 

「おう。『わんちーむの冒険バラエティ』、略してわんバラって動画知ってるか?」

 

「......前、おすすめに流れてきたことある。たしか韓国とか行ってたような」

 

 

わんバラとは、わんちーむ公式チャンネルが恒例としているバラエティ動画のこと。所属するVTuberが好き放題にロケに行き、同じくVTuberがその様子を見ながらリアクションする、地上波のテレビをリスペクトした動画だ。

 

川崎が言っているのは、一期生の二人が韓国旅行に行くって内容だっけか。VTuberの海外ロケっていう斬新さで、界隈内外でもそこそこバズっていたらしい。

 

 

「わんバラのロケ、っていう建前で」

 

「建前とか言うな八幡、否定できんけども」

 

「あたし、スキーとかやったことないですけど」

 

「俺もだ」

 

 

千葉の積雪量を舐めるなよ、新潟県民に鼻で笑われるわ。

とはいえ新潟もピンキリらしいからな。あそこは横に長いし、市内とそれ以外とでは降雪量が違うというのはよく聞く話だ。

 

 

「だいじょーぶ、選手権なんて大袈裟な名前付いてるけど、結局は皆でスキーしたいってだけらしいし。それに、動画的な撮れ高としちゃあ、初心者大歓迎だろ」

 

 

そんなにスキーしたかったのかよ麗華お嬢様。振り回されてる橘さんの表情が容易に想像できる。

どこのお嬢様もお転婆で大変ですなぁ......そうですなぁ。

 

うちのお嬢様ことアリス、最近なんて毎日DMで「歌みたまだですか?」って催促してくるからな。投稿頻度遅いゆっくり実況者のコメ欄かよ。

 

 

「ほら、別に初心者でも大丈夫だろ?しかも会社の金でスキー行けるんだぞ」

 

「......」

 

 

そんなに乗り気じゃない俺と川崎。

それもそのはずで、川崎からすれば年末は貴重な一家団欒の時間だろうし、俺も貴重な小町団欒の時間だし。

 

 

「......そ、そうだ。スキーには皇女様も来るぞ?あとは王子ルカに姫宮ひな、神楽ルナナも」

 

 

何故その情報で釣れると思ったんだよ。

知ってんだからな、俺が巷で「幻の三期生五人目」とか呼ばれてるの。余計燃えやすくなるだろーが。

 

......ん?待てよ、それが全員なら足りなくないか。

 

 

「他の二期生。一ノ瀬華蓮とメロルンは来ないんすか」

 

「あー、それがさ。私も詳しくは知らないんだけど......公式番組出禁になったらしくて、あの二人」

 

「出禁て」

 

 

いや何があったんだよ。

大分イロモノ枠ではあったけれども、出禁って何すれば出来るんだ逆に。内なるリビドー抑えきれなかったとかか。

 

 

「出禁って言っても、悪い意味じゃなくて。ほら、どこかの誰かさんのお陰で、皇女様が他のVTuberと関わる機会増えただろ?」

 

「らしいっすね」

 

「他人事みたく言うなぁ......んで、わんちーむの公式の方でも三期生を積極的に取り上げよう、って動きが増えててさ。二期生の出番削る代わりに、皇女様たちを番組に出してるってワケ」

 

 

ほーん。企業VTuberならではの動きだな。

二期生から上と三期生では、傍から見ていても抱えている数字に差があるし、コミュ障皇女様の影響でユニット売りってのもできていなかった。

 

わんちーむが四期生を熱心に募集してるのは周知の事実だし、今のうちに後輩を育てようって算段だろう。

 

変態と毒舌の二期生が居ないなら、スキーロケは平和になり......そうか?怪しいな別に。

 

 

「頼むっ!忙しいのは十分理解してるけど、取れる数字と認知度を考えたら、滅茶苦茶貴重な機会なんだ!ちょっくらスキー滑って美味いもん食いに行こうぜ」

 

 

必死に懇願する理沙さんに、俺と川崎は顔を見合わせる。

 

まあ、そう言われて断るわけがなく。俺は弱い、数字にも弱い。最弱だze!

そんな流れで、気付けば『VTuberスキー最強選手権』への参加が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 




章のタイトルから分かるように、第二章は橘、そして麗華お嬢様がメインです。

彼らと関わる中で、八幡はどんな選択肢を選ぶのか。原作開始まであとちょっとだけお付き合い頂けると幸いです!

『VTuberスキー最強選手権』、開幕。
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