やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。 作:人生変化論
師走、と聞けば何を想像するだろうか。
クリスマスに冬休み、年越し。学生にとっては心躍るイベントばかり。
では、社会人は?
仕事納めやら忘年会やらで悩殺され、家に帰れば大掃除に家族サービス。忙しいのか充実しているのか分からないまま奔走する日々、ソースはパパンとママン。ほんまありがとう。
数々の感情渦巻く師走ではあるが、唯一遍く共通するのはひとつ。
___寒い。
寒すぎるのよ十二月。関東圏ですらぽつりぽつりと雪が降るし、空気は乾燥して冷たい以上に痛いまである。そんな日は、炬燵でゴロゴロするのに限るンゴねぇ......家主であるスーパーカマクラヌコ様と気持ちを同化させて寝ます、そうします。
とはいえ。
極寒の日々でも、外出しなければならない時もあるワケで。
「......さむっ」
ぬくぬくデーが保証されていたはずの土曜、俺は渋谷の街に降り立っていた。
ふぇぇ都会怖いよぉ、カップルしかいないよぉ。
寒いだのなんだのと言って身を寄せ合うカップルを横目に、首に巻いたマフラーで口元を隠す俺。何が寒いだカップルは半袖で歩け。世の幸福度はそうやって均衡を保っています。
愛しの千葉を抜け出して、大都会まで来たのには勿論理由がある。
今日は黒奈さんとのデートなので。
もう一度言おう、黒奈さんとの!デートなのでェ!
すみません、同窓会には行けません。私はこれから半袖で歩かなければなりません。本当は、マフラーが恋しいけれど、でも。今はもう少しだけ、寒さを知らないふりをします。
今日の八幡は無敵、スーパーハチミータイム開始です。
寒空の下をてくてくと歩き、待ち合わせ場所に着く。
未だ人混みは得意でない黒奈さんのために、駅からそこそこ距離のある場所を選んだ。今日の目的地までもそう離れていないし丁度いい。
......そう、恋人でも何でもない俺と黒奈さんが、何の目的も無しに出かけるハズがなく。残念ながらね、残念ながら。あの天使と時間を過ごせるだけでもお金払いたいですぅハイ。今日の目的は、とある場所で開催される予定の___
「はーくん、おまたせ。待たせちゃったかな」
「......いや。俺も今来たばっかっす」
声の方を向くと、天使がいた。
やさいじゅーすさんこと黒奈さん。超有名イラストレーターでありながら社長令嬢というハイスペックな彼女は、勿論容姿もとんでもなく。
濡羽色の如く艶やかな黒髪に、整った目鼻立ち。真っ白なコートと黒タイツのコーデは相性抜群で、街ですれ違えば間違いなく二度見してしまう程の可憐さだ。
危なかった。例のディスティニーランドで一度会っていたからまだマシだが、初見であれば気絶してた。それくらい今日の服装と黒奈さんの組み合わせは相性が良すぎる。
八幡奥義のひとつ、ポーカーフェイスを実行。絶対にキモいニヤけ面を晒してはいけない。無害キャラで築いてきた男性Vtuberとしての地位を崩す訳にはいかんのだァ!
「今日はありがと、お休みなのに付き合ってもらっちゃって」
「毎日でも大歓迎です」
「え、ええ......?ちょっと嬉しいカモ」
不味い本音が。ポーカーフェイスくん仕事して。
困惑しつつも恥じらいを見せる黒奈さん。癒されますわー!イマジナリー麗華お嬢様まだ住んでんのかよ俺の思考領域に。
「......うし。行きますか、コラボカフェ」
「うんっ!れっつごー!」
隣に並んで歩き出す。
そう、今日の目的はコラボカフェ。もっと言えば、黒奈さんがイラストを担当した作品の、だ。
『好きだったキミと、異世界でもう一度逢いたい』、略して好きイセ。
ウェブ小説が原作のライトノベルで、異世界転生モノのトップを走る作品。数年前にアニメ化も済ませており、その人気は止まることを知らないコンテンツだ。
んで、その好きイセがアニメの二期放送記念として開催するのが、ここ渋谷で行われるコラボカフェである。今日は関係者のみが招待されるプレオープンの日で、当然イラストを担当する黒奈さんも招待された、という訳だ。
「嬉しいなぁ。今日のためにいっぱい描き下ろしたんだよ」
「おお、イラストレーターって感じの発言」
「なんだと思ってたの、わたしのこと」
「配信者っすかね」
「逆でしょ逆っ!」
好きイセ程の人気コンテンツであれば、コラボカフェにも相当な力が入っているのだろう。
SNSで告知を見た程度だけど、メニューや内装、特典のグッズまで全て限定の描き下ろしだ。やさいじゅーすさんは界隈でも相当な知名度だし、これだけの作業量を依頼するのに幾らかかったのか。
改めて花咲望を生んでくれたことに感謝。社長の謎人脈に感謝。
「はーくんはさ、好きイセって見たことあるの?」
「勿論。アニメの一期がやってたのって、中二病ど真ん中の時っすからね」
「あー......分かってしまうわたしがいる」
好きイセが最初に流行ったのは約二年前、俺が中学二年生の時。
『異世界』というワードが示すように、剣と魔法の世界で運命に抗う話は、当時の俺に刺さりすぎた。カッコいい詠唱に技名、怒涛の展開。ある意味では件の黒歴史小説が誕生した元凶であるとも言える。
「......黒奈さんのせいでもありますけどね、中二病になったの」
「えっ」
「良すぎるでしょ、挿絵が」
アニメから入り、当然先の展開が知りたかった俺は原作小説に手を伸ばした。
そこで出会ったのは神絵、神絵、神絵の連続。
クセがありつつもラノベ「らしさ」を外していない、絶妙なキャラデザイン。要所で挿し込まれる臨場感たっぷりな戦闘描写に、お決まりのお色気イラスト。あまりにも良すぎたため、このイラストを描いたのは誰なのだろうと、インターネットで永遠とディグっていたのはいい思い出だ。
まさか数年後に、こんな形で再会するとはな。人生何が起きるかわからないモノだ。
「て、照れちゃうなぁもう......あの頃は通信高校通ってたけど、ほぼイラストレーター専業だったし。引きこもりって時間だけは有り余ってますからね、はは......」
急に闇落ちしないでくださいお嬢様。
ダークサイドやさいじゅーすの誕生。それもう腐ってるだろ。
二年ちょっと前といえば、恐らく黒奈さんが配信者として活動するより前か。ってことは、イラストレーターとして雇われたのはもっと遡る。何歳から活動してんだよこの人。
「それでも。ここまで結果を残してるってだけで、尊敬っす」
Vtuberになったからこそ思う。
創作、ゼロから価値を生み出す分野で、結果を残すということの難しさ。誰かの心に残るということが、どれだけ困難で、どれだけ価値のあることなのか。
「......ありがと。絵は、わたしの唯一の味方だったから」
今の時代、不登校なんてのはそう珍しくない。
心を病んで、傷を負って、立ち上がれなくなってしまうのも、今となってはありふれた話で。
そんな中で、イラストレーターという仕事があったことは、彼女にとって幸運であり、味方であったのだろう。どんな努力の上に成り立っていようとも、だ。
暗い現実の中で描いていた、好きイセのイラスト。黒奈さんからすれば、どれだけ大きな存在であったのか、想像に難くない。
「ま!今はほかに味方がいるけどねーっ」
表情を一変させ、花のような笑顔を浮かべる黒奈さん。
ただでさえ近かった距離をより詰めて、肩と肩が触れ合う距離まで。俺の腕に手をまわして、ひしりと腕を絡めてきた。
「......近くないでスカ」
「んー、そう?」
がががが、厚手のコートの上からでも分かる感触ががが。キョドりすぎてエセ社長みたいになってますはい。
確信犯だなこの人。きょとんとした顔でこちらを見上げながらも、口元はふにゃりとふやけている。天使か悪魔か、天使か悪魔か、小悪魔けってーい!
「あの。離れませんか、ちょっと」
「嫌だった?」
嫌ではないんですがそのあの。キャパシティがですね。
「嫌じゃないよね?結構好き、なんだもんねわたしのこと」
「その構文やめてください未だに擦られるんですから」
花咲望チャンネルの身内ネタ、結構好きだ構文。
俺がなんか語るたびにその構文出るんだから。コメ稼ぎとしては結構おいしいですありがとうございます。これが配信者、染まってしまったってことかぁ。泣いた。
「ふふっ。わかったわかった」
茶目っ気たっぷりに微笑みながら、ようやく腕を離した黒奈さん。
けれど距離感の近さはそのままに、俺たちはコラボカフェへと向かった。
・・・
渋谷のとある商業ビル。
目的のコラボカフェは、外から内装が見えないよう幕が下りていた。今日はプレオープンであり、著者を始めとした関係者が来店する。顔出ししていない人も多いだろうし、当然の配慮だった。
入り口に立つ警備員に声を掛け、本人確認。
厳重に見守られながらカフェへ入ると、室内に広がる光景に黒奈さんは目を輝かせた。
「わ!ねねはーくん、あれ私が描いたやつだよ!あれも、それも、そこのも!」
「っていうか全部ですよ」
テンションマックスのイラスト担当。
まあ、黒奈さんが興奮するのも分かる。
店内は、好きイセ主人公のイメージカラーであるオレンジを基調とした暖色。
壁や背の高い椅子の背面には、黒奈さんが書き下ろしたキャラクター達。ひとつひとつが丁寧に描き込まれていて、原作への愛を感じさせた。
BGMには、アニメ一期のオープニング曲が流されているなど、ファンからすればたまらない空間だろう。
「お待ちしておりました。こちらのお席へどうぞ」
デフォルメキャラのワッペンが付いた制服の店員さんに案内され、俺と黒奈さんは席へ座る。
用意されたボックス席は、某国民的神チェーン店サイゼ様よりも背もたれが高い。座ると他の客がほとんど見えなくなる、半個室のような状態だった。
「意外と人いないんすね」
「作者さんとか出版関係の人は、午前中のうちに来たっぽいよ?」
ざっと見渡しただけでも、俺たち以外には二グループほどしか姿が見えない。
各々が何かしらの関係者であることを理解しているからか、互いに不干渉を貫いていた。
「只今コラボメニューをお作りしておりますので、少々お待ちください」
「ありがとうございます!」
なんと素晴らしいことに今回、全部タダ飯です。
黒奈さんの奢りだとかママ活だとかそんな話ではなく。プレオープン自体、営業開始前の練習的な側面を含んでいることも相まって、全員の関係者に無料で、全メニューが提供される仕組みらしい。
同時に、俺が黒奈さんに連行された理由でもある。
「楽しみだなぁ。食べきれなかったぶんはお願いね?」
「任せてください、食べ盛りなんで」
男子高校生、胃袋代わりに召集される。
コラボメニューが全て提供される特性上、食べ切れるか不安だった黒奈さんは、暇そうな俺を同行者に選んだワケだ。食べ盛り男子高校生いけます、行かせてください。タダ飯ほど心動かされる単語はありません。可能であれば焼肉も。
Vtuberでもイラストレーターでも腹は減るのだ。お腹が空いたらご飯を食べに行こう。
「でも、そんな量あるんすかね?SNS見てる限り、可愛い感じでしたけど」
「結構ボリューミーらしいよ?でも、ここっていつもはケーキのお店だもんね」
公開されているメニュー表を見るに、可愛らしいスイーツ系が多かった。
コラボしているこのカフェが、普段はケーキを始めとしたスイーツ専門店なこともあって、ボリューム自体は控えめな印象がある。
「はーくんは甘いもの好き?」
「好きですね」
「あ、そうなんだ。男の子って甘いものより、ラーメンとかお肉とか好きなイメージあったから」
少なくともマックスコーヒーを常飲してるんだから、甘味は得意です。
別にラーメンも肉も好きだけどな。成人後の夢は、深夜に車でラーメンを食いに行くこと。油にまみれる深夜二時、なんて魅力的な響きなの。深夜ラーメン界隈のVlogで名を馳せるまである。
とかなんとか雑談している内に、お目当てのコラボメニューが運ばれていきた。
……すでに様子がおかしいんですが。なんですかこのワゴンは。
「お待たせいたしました、こちらがコラボメニューです」
「わわ、すごい量」
「ボリューミーというか物量が」
来たるはスイーツの嵐。
ワゴンの上に所狭しと並べられているのは、煌びやかなスイーツたち。アフタヌーンティーも泣いて逃げ出す量ですよこれは。
単体のボリュームというより、品数がえげつない。大抵コラボカフェって五品とかだろ。見るからに二十くらいあるんですが。
「こちらが、主人公ウィルをイメージした太陽ケーキです。こちらは出身地である王国の特産品をあしらったプリンで、こちらはヒロインの……」
説明を完璧に暗記した店員さんによる、怒涛の紹介タイム。
その間にも、俺たちのテーブルには次々とスイーツが並べられていく。多すぎだろおい。
やっと最後のひとつを紹介し終えた頃には、テーブルの隙間が殆ど無くなっていた。
「以上になります。ごゆっくりどうぞ」
すみません、店員さん。全部を消化するにはゆっくりになり過ぎるかもしれないです。
ケーキひとつひとつはちょこんと上品で、コラボじゃなくても相当な値段がするだろうという凝りっぷり。ではあるが、とにかく量が多過ぎる。チープな完成度になるよりはマシ……なのか?
とはいえ、自分の生み出したコンテンツにここまで力を入れてもらえるんだ。作者やデザイン担当の黒奈さんからすれば、相当嬉しいに違いない。
「お、美味しそう……!けど食べるの勿体無いなぁ、もう」
キラキラなスイーツを前に、目を輝かせる黒奈さん。
お嬢様然とした容姿も相まって、ケーキに囲まれる彼女はまるで一枚絵のようだ。思わず視線が向かってしまうのをグッと堪え、フォークを配ろうとする。
「あ、ちょっとまってね。写真だけ撮っちゃうから」
ほぼ引きこもりとはいえ、黒奈さんも女性だしな。インスタ映えだのする写真は撮りたいだろうと、俺も彼女に倣いスマホを構える。送る相手小町くらいしかいないけどな。こんだけのスイーツだ、さぞ羨ましがるだろう。
と、黒奈さんは自身のカバンをゴソゴソと漁り始めた。
取り出したのは、真っ黒なサングラスとマスク。何その変装セット。
「はーくん、一瞬だけ席から離れてもらっていい?」
「……はい」
指示を受けて、席を立ち上がる。
何かと思ったが、映り込み対策かこれ。
「ありがと!戻ってだいじょうぶ」
「徹底してるんすね」
「活動者って、身バレがいちばん怖いからねー。特にわたしって、お父さんがアレでしょ?変な噂が流れて、迷惑かけたくないから」
黒奈さんの父親、白鷺社長のことだ。
わんちーむという大企業のトップからすれば、僅かな不祥事も致命傷だろうから、配慮し過ぎることに損はない。黒奈さん側からしても、イラストレーターとしての実績がコネだのなんだのと揶揄されるのは本意でないはず。
しばしの写真タイムを終え、ようやく実食。
俺は太陽ケーキ、黒奈さんは青色のジュレが乗ったプリン。手を合わせてから、一口ぱくり。
「うまっ」
「おいしい!」
すぐに分かる、圧倒的な美味しさ。
コラボメニューと聞けば大抵がチープなイメージがあったが、このケーキによって払拭された。生クリームは濃厚ながらくどくない味わいで、柑橘系のソースとよく合っている。食べ進めると、シロップ漬けにされたオレンジの果肉や皮に当たるのも、食感が良く飽きさせない工夫があった。
ケーキ全体のサイズ感もちょうどいいな。単体で見ると小さめだが、クオリティが高いからか食べ終わった後の満足感がある。高いケーキが大抵小さい理由もわかるな。
……そう、ちょうどいいんだよ一個で。こんなにも大量には要らないんだよ。
「……」
二人して無言で食べ進めていく。
今日は戦争だからだ。この高級ケーキを無駄にしないための戦争。
コラボとは思えないクオリティだから耐えてるが、普通だったら食べきれないからなこれ。
黙々と食事に徹すること三十分。
半分以上を平らげ、テーブルがすっきりとし始めてから、ようやく食べる手を止めた。
「……ふう」
「流石に、お腹いっぱいだなぁ」
とか言いつつ俺より食べてますけどね黒奈さん。
そんなこと声に出したら、原型を留めない肉塊にされること間違いなしなのでお口チャック。触らぬ神に祟りなしですわ。
ちょびちょびとフォークで生クリームをつつく彼女を眺めながら、あることを問いかけた。
「……凛音さんとは、最近どうですか」
凛音さん。
黒奈さんが、配信者として「くろねこ」の名義で活動していた時代の親友。彼女が再び引きこもってしまった原因のひとりであり、どれだけ嫌われたとしても、黒奈さんを守ろうとしたヒト。
もう見返したくない弾き語り配信以降、黒奈さんと凛音さんは互いに話し合う時間を設け、間にあったわだかまりも少しずつ消えているらしい。過去の行いや言葉は消えないとはいえ、二人に足りなかったのは歩み寄る気持ち。相手を想うばかりに拗らせてしまったという事実は変わらないのだから。
とはいえ。
今思えばあのディスティニーランドに行った日、俺は随分と好き勝手言ってしまったワケで。事あるごとに二人の関係を気にする厄介おじさんとかしてしまったのである。
「ちょっとずつ、だけどね。ちょっとずつ、昔みたいな関係に戻れてるつもり」
「なら、よかったっす」
「……バカだよね。散々周りの人を巻き込んでから気付いたんだもん。もっと早く、勇気を出してればよかった。……もっと早く、凛音ちゃんとお話しすればいいだけだったのに」
拗らせた人間は、ちょっとやそっとで自分を変えられない。
他ならぬ俺自身がそうだ。人生十数年で蓄えたひねくれは、多少の出来事なんぞうんともすんとも言わなくて。
……けれど、突然出会った誰かが、目の前で起きた何かが人生を変えることだってある。
それが、俺にとっての一ノ瀬花蓮で。
黒奈さんにとってはあの日だった、それだけの話。
「今度ね、一緒にゲームする約束したんだよ」
「FPSっすか」
「そう!嫌な思い出もたくさんあるけど……やっぱり、わたしたちの青春だからね」
楽しげに笑う黒奈さんには、既に迷いなんてなくて。
苦しい過去も現実も全部乗り越えて、誇らしげに微笑んでいた。
「……今度、俺にも教えてください。そのゲーム」
「っ!やった、もちろんだよ!一緒にやろっ」
俺自身、未だ未来に向けて歩くことはできていない。
アイドルかストリーマーか、どちらかを選択することはとても重いから。
けれど、配信者である「くろねこ」としての活動が、ストリーマーであったなら。
そっちの道も悪くないな、なんて。なんとなく思ってしまって。
「……そーいえば、凛音ちゃんから聞いたよ?」
「何をですか」
「わたしのこと。パートナーって言ってたんでしょ」
いやアレはその場のノリというか啖呵切ったせいで情緒イカれてたというか。
言い方的に語弊があり過ぎるだろ当時の俺。別にイラストレーターとVtuberの関係でもパートナーとか形容しないわ普通に。
すみません石になります。コロコロ……川の中に石、アル。
「すっごく、すっごく嬉しかった!」
ま、眩しい……。
「その、わたしははーくんのことが大好きだけど、きみからはどう思われてるのかなーってずっと不安だったから」
大好きとか普通に言ってくるから困る。刺激が強いですよ男子高校生には。
当然恋愛的なアレではなく、推し的な意味合いなんだろうが。長年の引きこもり生活で距離感バグってるんだよこの人。需要しかないけれども。
「……それに。同じパートナーとして、あの子に負けてないんだって思えたから」
俺と黒奈さんの頭に、同時に浮かんでくる隠キャ皇女様の姿。
謎の観点でバチるのだけはやめてくれよあんたら。まだコメ欄でしか面識ないだろお互いに。
アリスに関してはノリノリで受けて立ちそうだから困る。ベストパートナー選手権第二回開催だのなんとか言って。選手権はもういいよお腹いっぱいだよ。
「これからもよろしくね?パートナーくん」
「……うす」
ご機嫌な黒奈さん、一方で胃がキリキリする俺。
近い未来に起こりうる修羅場を想像するだけでキツい。これがハーレムラノベで、恋愛感情の矢印の衝突であればどれだけ幸せだろうか。隠キャぼっちと引きこもりが友達奪い合ってるだけなんだよなぁ……。
男女を逆転させればあら不思議、地獄の構図が生まれてしまう。これはまさしく男女差別、SNSだったらレスバに巻き込まれるまである。
まあ、案の定というかお決まりというか。
嫌な予感ってのは大体的中する。予想していた方向性でなくとも、まあまあ面倒くさい展開で。
「あれーっ?花咲くんだっ!」
「おやおや、すごい偶然だね……ふうん?花咲くん、随分と美人さんを連れているじゃないか。流石はボクらの同期を口説き落とした男、ボクに似てプレイボーイのようだねぇ」
「……お前はボーイじゃなくてガールな、王子」
ふざけんななんでこいつらまで居るんだよ。
驚いた様子でこちらを見ていたのは、王子ルカと姫宮ひなだった。
・・・
「宣伝大使?」
「そうそうっ!同時視聴とか、出版社の公式番組にも呼ばれてるんだよっ!」
「その一環で、プレオープンにもお呼ばれしたというワケさ」
何故か同席することになった俺たち。
俺の隣に移動してきた黒奈さんと共に、スマホで王子たちのSNSを調べる。確かに宣伝大使を務めているようで、好きイセのPRを頻繁に行っていた。大企業のVtuberともなると、こんなデカい仕事も舞い込んでくるんだな。
「……で、だよ!でだよっ!」
ずいっと身を乗り出してくる地雷系お姫様。
「花咲くんとこちらの美人さんはどういう関係?!気になるっ!」
「わたし?はーくんのママです」
「お母様?!若っ!どういう年齢差なのっ」
「語弊しかねぇよ」
ママではあるけどもママではない。これもう分からんな。
実母だとしたら複雑どころか成立し得ないだろ。黒奈さんの年齢二十とかそこらだぞ。
「はは、お母様とカフェなんて素敵じゃないか」
「……王子は察してんだろ」
「バレた?……では、改めて。ボクはわんちーむ三期生、王子ルカと申します。よろしくお願いしますね、やさいじゅーす先生?」
「えっ……なんだぁ、若ママじゃないのかぁ」
本気で残念そうにする姫宮。
イラストレーターとVtuber。どちらも素顔なんて当然晒す機会が無い存在であるからして、初対面なのは当然だった。
「そっかぁ、今日って関係者さんしか来れないもんね。初めまして、姫宮ひなです!」
「あっ……うう、よろしくお願い、します。やさいじゅーすです」
先程までのお姉さんムーブはどこへやら、コミュ障の一面が顔を出している。
やはり黒奈さんも、俺やアリスと同じくぼっちの系譜……安心する……王子たちの光オーラが逆浄化されていく……。
「あの!やさいじゅーす先生っ!」
「はっ、はい!」
「サインもらってもいいですか?!私好きイセの大ファンで、先生の挿絵も大好きで!」
「ボクも出来れば頂きたいな。こんな貴重な機会無いからね」
興奮した様子でサインをねだるトップVtuberども。
宣伝大使を務めるくらいだしな。原作に対する愛がなければ抜擢されないだろうし、俺も初めて黒奈さんと通話した時は興奮したものだ。有名人と会った的な感覚で。
「もちろん、サインなんかでよければ」
「やったー!王子様、夢叶ったよ夢っ!」
「だね、ひな。Vtuberやってた甲斐がある」
店員さんに色紙を貰い、黒奈さんがサインを描いて二人に手渡す。
王子すら珍しくホクホク顔だ。二人の好きイセ愛は相当らしい。
間も無くして、俺たちが食べたものと同じスイーツセットが運ばれてきた。
何回見ても多過ぎだろこれ。
「わわ、すご!ねぇ王子様、このケーキって」
「恐らくだけど、主人公のウィルと帝国のお姫様が再会した時に食べてたものだね」
「だよねだよねっ!あの天空喫茶!すごいなぁ、夢みたい」
流石の原作愛を見せる王子と姫宮。
名シーンなんだよなぁあそこ。前世のクラスメートだったことが発覚した主人公と姫が、周りの反対を押し切って僅かな時間を共有する場面。立場も種族も違う、憎しみ合う関係であるはずの二人が、前世の記憶で繋がるという激アツ展開。ここから先が血で血を洗うような戦争ばかりだから、より美しく際立って見える。
原作再現ケーキについてひとしきり語り合った後、真っ黒なサングラスとマスクを取り出した。お前らもかよ。
徹底した映り込み対策の後、写真をパシャリ。こいつらは宣伝大使だから、SNSに写真を上げる義務があるんだろうし、何より人気女性Vtuber。配慮し過ぎるぐらいが企業としても安心できるのだろう。
俺たちみっくすも真似しないとなと思いつつ、半年前まで一般人の身からすると中々慣れない感覚だ。
「……うん、美味しいね」
「ん〜!しあわせ〜」
頬を緩めながら堪能する二人。
最初はテンション高いんだよ、次第に甘味の暴力で味噌汁が欲しくなってくるのよ。
もりもりと食べる王子らを横目に、俺と黒奈さんも残ったケーキに手を出す。
「そういえば花咲くん。キミもスキーへの参加、決めたんだって?」
「渋々な、渋々。タダ旅行だって言うから」
「ウチの皇女様もだいぶ渋ってたけど、キミも大概だねぇ」
食事の合間、王子が切り出したのは年末のスキー企画の話題だった。
「楽しみだなぁ。やっと三期生揃って旅行行けるんだもん」
「よくアリスが許可出したな」
「あ、あはは……花咲くんも誘ったって情報聞いたらあっさりだったよ」
だとしたら俺ダシにされてるじゃねぇか、三期生のための。
まあ、今まで三期生が揃うことなんて殆ど無かったんだ。理由がどうであれ、公の場に出てくるっていうのは十分な進歩だろう。
「花咲くんはスキー……得意じゃなさそうだね、ごめんごめん」
「失礼な、運動神経なんて皆無だぞ」
「失礼でもなんでもないじゃないか」
スノボよりは簡単だろって偏見の元挑みます。
俺だって一般男子高校生、かっこよくスノボを滑りたい気持ちはあります。自認コナンくん、ダムが爆破されても華麗なスノボ技術を披露する覚悟ですよろしくお願いします。
「はーくん、スキー行くの?」
「……企画で、っすけどね。企画で」
きょとんとした様子で問いかけてきた黒奈さんに、自主的ではないことを強調する。
「スキーかぁ。いいなぁ……小さい頃にお母さんとやってから、それっきりだ」
触れづらいって。
黒奈さんの母親が亡くなっていて、引きこもった理由の一つであることは知っているからこそ反応しにくい。
「おや、先生もスキーに興味が?」
「うーん……気になりはするけど、ひとりだとちょっとね」
知ってか知らずか、気にせず踏み込む王子。
「では、ウチのスキー企画に参加するっていうのはどうです?」
「え?」
「あー!いいねそれ!王子様ナイスアイデア〜」
は?
キミは何を言っていらっしゃるんですかね王子さん。
ただでさえ川崎が参加する時点でコンセプトが崩壊してるのに、黒奈さんまで来たらもはやただのスキー同好会だろ。
しかも、最も懸念なのは。
「北条先輩は人数が増えて喜びそうだしね。アリスだって、先生は全く知らないワケじゃないだろう?」
それですわそれ〜!
さっき想定したばっかの修羅場が早速実現しそうなんですが、僅か数週間後に。
不味い、どれ程面倒なことが起きるか分からんぞ……意地でも止めなければッ!
「みんながいいなら、お邪魔しちゃおうかな?」
黒奈さんんんンン!!
あんた今までそんなフッ軽じゃなかっただろ、いつから陽キャになってしまったんだ。
「大丈夫なんすか、やさいじゅーすさん」
「……うん。いつまでも閉じこもっていられないし。それに、わんちーむの企画ならお父さんも安心でしょ?」
バックがデカ過ぎる。
確かに白鷺社長からすれば、知らん奴らと娘が出かけるよりは遥かに安心だろう。問題児どもを一度に管理できるぶん、一石二鳥まであるな。
悲報。比企谷八幡、敗北を悟る。
これは無理だ。決意と背景がカチカチすぎて。
「やったー!先生も一緒だね〜」
「お、おー!」
「撮影はウチの会社が担当するのでご安心を。楽しみましょう、先生」
「……終わった」
黒奈さんの参加が決まったことにより、カオス度が増したスキー最強選手権。
スイーツドカ食いで幸せになる一方、憂鬱が加速した一日だった。
その後、黒奈さんがSNSに『はーくんとスイーツデート!』と投稿しやがったせいで、より修羅場指数が上昇したのは別の話……でもねぇよ。
感想や評価ありがとうございます!いつも楽しく読ませてもらってます!