やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。 作:人生変化論
12月27日。
クリスマスも終わり、一気に世の中が正月モードに入った今日。俺と川崎らみっくす一同は、早朝から東京駅に集まっていた。
「……朝早ぇ」
「流石に、眠い」
現在時刻朝の8時。当然千葉からの移動なので起床時間はもっと早かった。
グロッキーなVtuber組を横目に、社長と理沙さんはテンションが高い。逆だろ。
「ふっふっふ……冬といえばウィンタースポーツ!いやぁワタシも学生時代は『イエティのジョン』という二つ名で通っていましたからネ!スキーとスノボに関しては何でも聞いてくださイ!」
「おい八幡、沙希!もっとテンション高くいこうぜ!なんてったってタダ旅行だからな、しかも湯沢だぞ湯沢。温泉入って、美味い酒飲んで……最高な年末すぎるだろ」
だから旅行じゃないっつーの。ロケだわロケ、俺たちは撮影なんだよ。
今日から始まるのは、二泊三日のスキー動画である『Vtuberスキー最強選手権』の撮影。昼過ぎからの開始ということで、移動に時間が掛かる千葉住みの俺たちは、朝早くからの稼働である。
湯沢までは新幹線で約一時間半。今は駅のホームで凍えながらも、新幹線ともうひとりの同行者の到着を待っていた。
「おまたせ、はーくん。皆さんも」
「……おはようございます」
待ち人こと、黒奈さん来たる。
先日のコラボカフェにて、王子ルカの提案で何故か参加することになった黒奈さん。大きめのスーツケースをゴロゴロと引きながら、楽しげな様子でこちらへと向かってきた。
「やあやあ黒奈さん、お久しぶりでス」
「ジョンさん。元気そうでよかったです」
「こちらこそですヨ〜。アナタとは、ディスティニーランドに迎えに行って、それっきりでしたからネ」
理沙さん含めた三人とは、ずっと昔からの知り合いなんだっけか。
白鷺社長とウチの社長が学生時代からの友人で、その名残でって話だったな。
「よう、黒奈。相変わらずの美人っぷりだな」
「もう、やめてよ理沙お姉ちゃん。……色々あったって聞いてたから、今は元気そうでよかった」
「……ま、あったはあったけどな。今はこの通りピンピンよ、酒だって無限に飲める」
「いつから酒クズキャラになっちゃったの……」
久方ぶりの再会に頬を緩める理沙さん。一方で、隣に立つ川崎は呆けたような表情で、黒奈さんを見つめていた。
「ええと、それで......はーくんの隣の子が、蕾さん?」
「......」
「おい、川崎?」
彼女の様子を不思議に思い呼びかける。びくりと肩を震わせて、正気を取り戻したかのように言った。
「あ......ごめん。川崎沙希って言います」
「川崎さん。わたしは白鷺黒奈っていいます、よろしくね?」
おいこらぼっちども。何とも言えない距離あるのやめろ。
まあふたりが即仲良くなるのも、解釈不一致というやつなので、この光景は想像通りではあるか。
「......どうした、川崎。やけに不自然だぞ」
「いや、その。イラストレーターでも、随分違うんだと思って」
「どっちも大概マイノリティ側だけどな」
俺の頭に、川崎と同じであろう筋肉ダルマの姿が浮かぶ。
Vtuberを始めるまでサブカルチャーに疎かった川崎からすれば、「イラストレーター=にんにくらーめんさん」の構図で固定化されているだろうからな。とはいえ黒奈さんだって容姿ならアイドル級だし、どちらも一纏めにはできないけれども。
「ねぇ、はーくん」
こそこそと話す俺たちを不思議に思ったのか、黒奈さんがとてとてと近寄ってくる。
俺や川崎は身長が高い方だから、こうやって寄られると、黒奈さんは下から見上げる形になる。ってことは必然的に上目遣いになりまして、ってことは破壊力が凄まじいわけで。
「川崎さんとは、仲良いの?」
「......仲良いってか、同期ですし」
怖い。天使なのに怖いよ黒奈さん。
まるで浮気を問い詰める彼女......というよりも、どちらかと言えば息子の女友達を見定める母親みがある、と言うべきか。
「ふうん、同期かぁ。それだけじゃないような気がするんだけどなぁ......王子さんとか姫宮さんより、明らかに距離が近いし。昔からの友達だった、それとも学校の知り合い?」
怖えよ。なんだその分析、結構的を得てるし。
黒奈さんはアリスと同じく、俺が本当は高校生であることを知っているから、全く判断材料が無かったわけではないけれども。
「同じ高校だったんすよ。お互い顔は知ってるくらいでしたけど」
「え、そうだったの?!すごい偶然だね」
あまりにも世界が狭すぎるよな。橘さんも総武だったんだから尚更。
こんな偶然が続くもんだから、他にもVtuberが潜んでんじゃないかと疑ってしまう。これが令和のVtuber人狼、占いCOします。一旦ぼっちからローラーしていきましょう。
「……いいなぁ。わたしも、はーくんと一緒に学校通えたら、きっと楽しかったのに」
思わず、といった様子でぽつりと溢れた言葉。
周りからの視線に耐えられず、学生時代の殆どを部屋の中で過ごした黒奈さん。イラストレーターに配信者、自身で稼げるだけの才能に恵まれていたことは幸福だっただろう。けれど、「普通」に対しての憧れは、満たせなかった当たり前を埋めることは難しくて。
同じぼっちとはいえ、惰性のままに学校自体は通えている俺と、部屋から出ることができなかった黒奈さん。
性別、家庭環境。記号的な部分で言えば確かに違うけれど、俺たちの本質はきっと変わらない。
人の目を気にする。人と関わることが苦手。学生時代に養うべき社会性を、「普通」から外れてしまっただけで。
まあ、なんて言えばいいか。
他人だからって話を終えてしまうのは、薄情な気がしたってだけだ。
「……黒奈さんって、スキーできるんすよね」
「え?う、うん」
「教えてください。俺、なんも滑れないんで」
時間を取り戻すことはできない。幾ら後悔しようが、過去には戻れない。
Vtuberを始めてから、後悔することばかりだ。いいや、それ以前からずっと。ネットの世界に学生時代を捧げ、常に黒歴史を量産し続けるなんて、自分でもとんだマゾだと思う。
けれど、俺たち人間が生きるのは今だ。過去じゃない。
「……スキー合宿なんて、実質学校行事みたいなもんっすよ」
過去を取り戻すことはできない。
現実が、満たされなかった過去の代用に過ぎなくても。それでも、残るモノはある。
「……そうだね。ありがと、はーくん」
「いや、別に」
「じゃあ班別自由行動ってことで、一緒に温泉街デートしよっか!」
「スケジュールガチガチに組まれてるんで無理っす」
「なんでっ?!」
調子を取り戻したのか、キラキラと目を輝かせてくる黒奈さんの冗談を一蹴する。だから旅行じゃなくて仕事だっての仕事。我々に自由など存在しません。
「何見せられてんだろう、あたし」
「覚えておいてくださイ。こちらがみっくす名物、やさのぞてぇてぇでス」
「黒奈、超絶隠キャ女がこんな積極的になって……お姉ちゃんは嬉しいぜ」
「理沙お姉ちゃん?今不名誉な言葉聞こえたんだけど気のせいかな?かな?」
こそこそと喧しい三人衆に、気迫を滲ませる黒奈さん。
もう既に幸先が不安ですわ〜!今すぐおうちに帰りたいです、待っててくれ小町ィ!
やけに距離が近い黒奈さんにドギマギさせられつつも、やっとこさ到着した新幹線に乗車する。
距離はそのままに席も隣同士、なんてことはなく。普通に女性陣、男性陣同士で固まりました。いや期待してたとかじゃないですけどね?社長と隣になるよりどう考えても嬉しいってだけですけどね?
女子同士の会話で華を咲かせる姿を横目に、俺と社長は小声のちん○ん侍ゲームで時間を潰しましたとさ。飲みサーの大学生かよ。
・・・
新幹線に揺られること一時間ちょっと。車窓から見える景色が白くなり始めた頃合いで、越後湯沢駅に到着した。
寒さに身を震わせながらも駅の改札を出ると、一面の雪景色が広がっている。今年の冬は特に寒く、千葉でもちらほらと雪自体は降っていたけれど、ここまで積もった雪を見るのは人生単位でも数えるほどしかなかった。
「……すごいな」
ぼうっと雪を見ながら呟いていると、隣からパシャリと写真を撮る音。なんぞやと思えば、音の主は川崎だった。俺の視線に気付いたのか、照れた様子で弁明してくる。
「別に、テンション上がってるとかじゃないから。けーちゃんに見せてあげようと思って」
「なんも言ってねぇよ」
小さい子は雪だとかわたあめだとか、ふわふわしているのが好きだしな。
俺も小さい頃はキャッキャ言いながら屋台のわたあめに目を輝かせていた記憶。アニメキャラのイラストがプリントされた袋だけでいい値段するんだから、わたあめ程原価の安い屋台無いけどな。今考えればとんだぼったくりである。
小町にも送ってあげようかしらんと、内カメにして雪と共に隠キャピース。一ミリも需要のない俺の隠キャピース、TSして需要の塊にしてやろうかおい。
……と、自撮りする俺を他撮りする不審者がひとり。
「……黒奈さん?」
「違うから。はーくんを撮ってるんじゃなくて雪撮ってるだけだから、雪」
ピューと下手くそな口笛を吹きながら、素知らぬ顔の黒奈さん。いやいや、どう考えても俺が写っている画角だろそれ。
ひとしきり雪を堪能し終えた後、よく考えればこれから嫌という程に雪を見ることになると気付いた俺たちは、駐車場で待っていたわんちーむのスタッフさん達と合流した。
綺麗に除雪された車道を走ること十数分。温泉旅館のある通りを抜けると、周囲に高級そうな家が増えてきた。ここが噂の別荘地というやつだろう、空気感が別世界すぎる。
綺麗な三階建ての家やら風情あるログハウスやらが続く中、レンガ造りの一際大きい家が目に入ってくる。相当な金持ちなんだろうなぁと呆けていると、車はこの家の前で停車した。嘘だろ。
「到着しましたよ、みっくすの皆様。ウチの北条麗華が所有する別荘です」
「……でっか」
「別荘っていうレベルじゃないでしょ、ここ」
虚無顔になる俺と川崎の庶民ふたり。
北条麗華は、キャラ付けだけでなく本当にお嬢様であることは橘さんから聞いていたが、まさかここまでとは。Vtuber活動自体も、金稼ぎってよりかは余興程度の感覚なのだろうか。
車から降りて荷物を下ろしていると、社長が運転手のスタッフさんに話しかけていた。
「そちらのVtuberたちは、もう到着しているのですカ?」
「ええ。一時間ほど前の新幹線で、我々スタッフと一緒に来ましたから」
千葉から東京を経由した俺たちみっくすと違って、わんちーむは事務所自体が東京にあるからな。必然的に都内住みの面々が多いのだろう。
「ということは。彼ももう来ていますネ」
「彼……ああ、ジョン社長は白鷺社長と友人でしたか。到着していますよ。アリスさん達が喧しいせいで、既に疲れた表情でしたけど」
俺も数日前に聞いたことだが、今回の企画はスタッフとして両企業の社長が参加するらしい。とはいえウチの社長はこの通り旅行気分だし、白鷺社長はスタッフという名目で娘が心配なだけだろどうせ。相当な過保護って聞いてるしな。
まあ今日は同じ別荘に男女が泊まるんだし、不安な気持ちは分からんでもない。
修学旅行に親がついて来たような状況である黒奈さんも流石に苦笑い。たはは……。
荷物を全て下ろし、さあ室内へ入ろうかという時だった。
「やっと来たわね、花咲ィ!」
別荘から弾丸の如く飛び出してきた金色。
待ち侘びたという様子で息を荒くするアリスだ。そんなに興奮しないでください。
「なんで一緒の新幹線じゃないのよっ!花咲も来るっていうから企画参加したのに、集合場所にも全然いないじゃないっ!花咲がいないせいでルナナがずっと話しかけてくる、か、ら……」
マシンガンのように捲し立てていたアリスだが、周りに知らないヤツが二人ほどいることに気付いたのか、慌てて俺の後ろに隠れる。
やっと同期と関わり始めたのに、そういうとこは変わってないのな。ってか神楽を邪魔者扱いすんなよ、絶対善意で話しかけてくれてるだろ。
「……誰よ、この女たち」
俺のジャンパーの裾を掴み、目を細めて川崎らを観察するアリス。
まるで借りてきた猫だな。警戒心剥き出しなところが尚更。
「女ってお前な」
「性別で呼んで何が悪いのよ、私は男女平等主義者だわ」
「聞いてねぇよ」
思想の話をしないでください。思想と政治と野球の話はVtuber界のタブーです。
「……こっちの青髪が同期の蕾」
「青髪言うなし」
「で、もうひとりが___」
ちょっと待てよ。俺が最も警戒してた修羅場の香りがする。
今からでも黒奈さんを強制帰宅させよう、いいやアリスでもいい。転移結晶!クソッ使えない!クリスタル無効化エリアだ!
抗おうとするも既に遅い。ふたりの視線はバッチリと合っており、無言の時間が生まれる。
「初めまして、だよね?アリスちゃん」
「……ふん。花咲のコメント欄で散々見てるんだから、初めての感じはしないけど」
先程までのコミュ障ムーブはどこへやら、一転して強気の姿勢になるアリス。
「ちょうど良いわ。貴女に会ったら、言おうと思ってたことがあるの」
「なにかな?」
「……花咲のパートナーは私よ。後にも先にもね。イラストレーターだかなんだか知らないけれど、今のうちに身を引くといいわ」
あっ、終わったんだ。
「随分と自信満々だけど、はーくんからもパートナーだと思われてるのかな?」
「当たり前じゃない。私は魔界の皇女よ?あまりの光栄さに、花咲も泣いて喜んでいたわ」
無いよそんな記憶。捏造すんな。
「へー、おかしいなぁ。わたしははーくんの方から『やさいじゅーすさんはパートナー』って言ってくれたよ?アリスちゃんだけ言ってるようじゃ、ただの虚言癖にしか聞こえないけどなぁ」
「花咲ィ!どういうことよ!」
いや言ったけどね。直接じゃなくて凛音さんにね。だいぶその場のノリでね。
レスバしつつ俺に詰め寄るアリス、その手はプルプルと震えている。
勝ち誇ったように腕を組む、黒奈さん、その手はプルプルと震えている。このぼっちどもがよぉ……。
「……や、別にどっちでも良いだろ」
「はぁ?!」
「良くないよはーくん!」
耳痛っ。デカすぎるぞ声が。
「そもそも、ぽっと出の女が我が物顔で居ないで欲しいわ。貴女は花咲と何回コラボしたの?私は毎週してるんですけどー?」
「あはは、愚問だなーアリスちゃん。愚かな問いと書いてぐ、も、ん!わたしはデビュー前からはーくんのこと知ってるんだからね」
「ふ、ふふふ」
「は、ははは」
変だな、辺り一面雪なのに暑いぞここ。赤を通り越して青い炎が見える。
ハーレム系ラノベ主人公では無いため、当然この場を収める一言なんぞ言えるはずもなく。この光景を傍観していた川崎は、呆れたようにため息を吐いていた。ごめんて。
「……ほんとに、何を見せられてるんだか」
「心から同意するよ。全く花咲くんときたら、レディの気を引くのは上手いくせに、アフターケアがなっていないねぇ」
「王子様?ねえ王子様?私以外の女の気なんて要らないよね、ねぇ」
「おいこらひな、おぬしがそのムーブをすると更にカオスになるからやめるのじゃ」
別荘からわらわらとVtuber軍団登場。傍観してないで助けてくれ。
「キミが噂の蕾六花だね?ボクはわんちーむ三期生の王子ルカさ。キミの新衣装の切り抜きの噂、こっちまで轟いているよ。Vtuberの姿も可憐だったけれど、現実のキミはクールで美しいね」
「ね!身長高くて、すっごくかっこいい!あ、私は姫宮ひなだよ〜!ひなって呼んでねっ」
「わらわは神楽ルナナなのじゃ。こやつらに困らされたら、わらわに相談するとよいぞ!」
「……蕾六花です。よろしく」
和やかに自己紹介し合う三期生の面々と川崎。
向こうは平和なのに、なんだこっちの空気感は。常に緊張感が。
睨み合っていたアリスと黒奈さんだが、そのままでは状況が変わらないと悟ったのか、小さくため息を吐いた。
「アリスちゃん。わたし、負けないから」
「望むところよ。私が花咲のパートナーなんだって証明してあげる」
このカオスな状況は、Vtuberたちが戻ってこないことに呆れた白鷺社長が、怒りと共に呼び戻しにくるまで続いた。開始数分にして既に企画が不安すぎるんだが。
・・・
「いいか?旅行気分で楽しくなる気持ちはわかるが、今回は企画の撮影なんだ。タイムスケジュールだって事前に配っているだろう。君たち演者だけじゃなくて、多くのスタッフも携わっていることを理解してくれ」
「……ハイ」
額を抑えながら説教する白鷺社長と、しゅんとした表情で聞くわんちーむ一同。
俺と川崎は外部の人間とはいえ、自分たちも間接的に怒られているような気分だ。
白鷺社長の神の一手によって地獄から抜け出した俺たちは、別荘のリビングに集まっていた。
今回の企画に関連する人員全てが集まっているようで、スタッフさんを含めればそこそこの人数になる。当然別荘の所有者である北条麗華、橘さんも暖炉で暖まりながら俺たちを待っていた。
「気を取り直して、ミーティングを始めよう。まずは企画の立案者であり、別荘を一時的に提供してくれた麗華に感謝を。ありがとう」
「大したことではありませんわ。みんなでスキーがやりたい、と申しただけですのに。ここまで企画として形になったのは社長たちの功績ですわ」
「タレントのやりたいことを全力でサポートする。企業としては当然のことだからね。麗華だけじゃない、勿論三期生の君たちもだ。夢ややりたいことがあれば、私達は必ず味方になる」
強い意志で言い切る白鷺社長。
これまでは、わんぱくなVtuberたちに振り回される苦労気質な人、というイメージが強かったけれど。徹底的に支援し、成長を助けるその姿勢は、業界の先頭をひた走る企業のトップに相応しい風格があった。
「企画に参加してくれる他企業、個人勢の方々にも感謝を。橘くん、いつも麗華の面倒を見てくれてありがとう。本当に、心から本当に」
「ちょっと!面倒とはなんですわー?!」
「あ、あはは……昔からのことなので、慣れてますから」
「否定しませんの?!」
頷き合う白鷺社長と橘さん。
北条麗華と数えるほどしか関わりのない俺でも、彼女がぶっ飛んでいるのはわかる。ヤバいと言われる二期生を、ひとりだけだとしても制御できるんだ。わんちーむ側からすれば、橘さんは貴重な存在だろう。
「そして、ジョン率いるみっくすの方々。詳細を送るのが遅くなってすまない。我々も年内に撮影するため必死でね」
「問題ないですヨ。ここまで手厚いサポートがある企業は、業界全体でもわんちーむくらいですからネ!とってもいい機会でス、最高の動画を撮りましょウ」
わんちーむという企業の凄さは、以前のベストパートナー選手権から実感させられることばかりだ。スタッフや機材の数という物量の面でも、タレントの願いを実現する企業理念もそうだ。Vtuber業界どころか、芸能界を見渡してもここまでの企業はそう多くないはず。
「くろ……いいや、やさいじゅーす先生も。急な誘いにも関わらず、参加を決めてくれてありがとう。今話題のVtuberが参加するともなれば、動画の注目度も上がるだろう」
「い、いえいえ……お願いしたのはわたしの方なので」
部下であるスタッフやタレントがいる手前、父親としてではなく社長として、娘の黒奈さんと接する白鷺社長。でも娘と旅行できる喜びが隠せていないのか、口の端はピクピクと震えていた。
しかし、周りの反応が薄いことを見るに、黒奈さんが白鷺社長の実の娘であるという事実は、わんちーむの面々に知られていないようだ。確かに、業界でもトップ企業の社長と人気絵師が親子である事が知られれば、変な推測をしてしまう奴も出てくるか。
川崎を含め、俺たちみっくす勢には既知の事実なので、この空気感は新鮮だな。
「さて。それでは改めて、今日を含めた三日間の予定を確認しよう」
ひとしきり挨拶を終えた白鷺社長は、咳払いをしてから言った。
「君たちには三日間、この別荘に宿泊しつつ、近隣のスキー場で動画を撮影してもらう。三日とは言っても、最終日は帰宅するのみだから、スキーを行うのは今日と明日だ」
慢性的な運動不足からすれば、三日間ものスキーは流石に厳しかったから、二日くらいがちょうどいい。とはいえ、確実に訪れるであろう筋肉痛様がどれほどのレベルかによって、明日のテンションは変わってくるけれども。
「君たちは別荘に宿泊するが、スタッフは近隣の宿泊施設を利用する。監督役として、わんちーむからは私と女性スタッフ一名、みっくすからはジョンが一緒に別荘に泊まる。何かあれば、気軽に相談してくれて構わない」
「……八幡、沙希。もしトラブルがあったら、遠慮せずに私に電話しろ。クソ社長、いざという時ほど頼りにならねーからな」
「勿論っす」
「はい」
こっそり俺と川崎に耳打ちする理沙さん。とかなんとか格好良いこと言いつつ、いざ事が起これば酒でベロベロになって頼りにならない。そんな未来が想像できてしまって悲しい、酒はやはり人を駄目にする。花咲望チャンネルは禁酒を推奨しております。
そんな会話をしている間にも、白鷺社長の話は機材の説明へと移っていた。
「撮影は専門スタッフのカメラと、演者各々が頭につける小型カメラで行う。映り込みや身バレ対策は編集班の仕事だから、君たちは自由にスキーを楽しんでくれ」
細かいことを気にしなくて良いのは楽でいい。Vtuberの姿が映らないようにだとか、リアルの話はしないようにとか、三日もある中で完璧に徹底することは難しいはずだ。
とはいえ、動画を編集するスタッフさんの労力は相当だろうな。Vtuber複数人の視点を、身バレしないよう編集しつつ繋ぎ合わせる作業なんぞ、考えるだけでも恐ろしい。編集担当、あなたのことは忘れない、多分。
「カメラを回すのはスキーと、昼夜の食事のタイミングだけ。けれど、もしカメラの回っていないタイミングでも、面白いネタがあると思ったら、スマホでもなんでも録画するんだ。極論録音だけでもいい、各々の判断に任せる」
パパラッチ精神というかなんというか。
冷静に問題児たちの手綱を握る一方で、貪欲に撮れ高を求める姿勢は、やはり彼も新進気のわんちーむの一員であることを自覚させられた。
「以上が企画の予定と概要だ。何か質問はあるかい?」
「はいはーい、しゃちょーに質問があります〜」
腕をふにゃりと伸ばしたのは姫宮。
「私、スキーじゃなくてスノボが得意なんだけど、スノボでもいーですかっ!」
「ああ、勿論。どちらも十分な数レンタルしてあるから、好きな方を使うといい。他にスノーボードを希望する者は?」
白鷺社長の言葉を聞き、数名が手を挙げる。
スノボを希望したのは、橘さんに姫宮、そしてアリスだった。
姫宮は言い出しっぺだし、橘さんはスノボをしている姿が解釈一致だからわかる。イケメン許せねぇな。
意外なのは、アリスもスノボを選択したことだった。
「……アリス、スノボできたのか」
「あったりまえよ!魔界じゃ、『イエティのアリス』って呼ばれてたんだから!」
「なんで流行ってんだよその二つ名」
社長と全く同じ二つ名。やはりバカは通じ合うのか。
アリスは小柄だから、滑る際は相当なスピードが出そう……と思ったが、スノボはむしろ重い方が速度は速いのか?斜め下への運動である分、重い方がより加速しそうだ。ウィンタースポーツはほぼ初見だから分からんな。
「他に聞きたいことは?」
「質問がある。わらわらは良いが、北条先輩はどうするのじゃ?」
全員の視線が同時に北条麗華へと向く。
北条麗華といえば車椅子。今も俺たちと同じ椅子には座らず、少し離れたところでミーティングに参加していた。
確かに、企画の発案者は彼女であるが、当の本人はどうやって参加するのだろう。
「ふふふ……わたくしを舐めてもらっちゃ困りますわ〜!」
だから声がデケェよ。Vtuberあるあるなのかもはや。
なぜか自信満々な北条麗華は、ポケットからスマホを取り出した。
「これがッ!わたくしの最終兵器ですわ〜!」
「……これは、スノーモービルかえ?」
「随分とクールだね。サイズも大きい」
「なにこれっ!乗りたいー!」
画面に映し出されたのは、雪道を走るスノーモービル。
なるほど、これに乗って爆走するってことか。いや全然スキー関係ないし。
「既に凄腕の運転手も用意しております!皆様がちまちまと滑っている間に、圧倒的な爆走を披露させていただきますわ!そ、れ、に!わたくしはリフト要らず!待ち時間すらないという完璧な計算ですわっ!」
勝ち誇り高笑いする麗華お嬢様。そういう闘いだったっけこれ。
まあ、一人見ているだけになるよりはよっぽどマシか。横の橘さんも、苦笑いしつつもどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「スノーモービルであれボードであれ、怪我をする可能性は十分にある。まずは安全を第一に、その上で成り立つのがエンターテイメントだ。無事に撮影を終えられることを願っているよ」
白鷺社長の一言で、最初のミーティングは終了した。
各々が準備へと向かう中、俺たち二人に理沙さんが声をかける。
「八幡、沙希。お前らはこっちでカメラ取り付けるから、私について来てくれ」
「うす」
「はい」
こうして、二泊三日の動画撮影が始まったのだった。
「……?どうしたの、麗華」
「いえ……みっくすのマネージャーの方、どこかで聞いた声ではありませんこと?」
「え……?」