やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。 作:人生変化論
いつも誤字脱字報告ありがとうございます!本当に助かっております。
この作品は頭を空っぽにして読むことを推奨しております。
「んで?そのアリスお味噌汁さんがウチに何の用だ」
「ちっがーう!お味噌汁じゃなくてオミソルシルよ!間違えないでよねこの年増おばさんッッ」
「おっ、おば...。まだ二十代だからおばさんじゃ」
「ふん。私からすれば二十代はババアなのよ」
「全国の二十代を馬鹿にするようなこと言いやがって...!」
わーぎゃー論争を交わす二人を横目に、俺はアリス・オミソルシルというVtuberについて思い出していた。
アリス・オミソルシル。わんちーむが送り出した三期生の一人である。
金髪のゴスロリ少女で、魔界からやって来た皇女として配信している...という設定だった気がする。
何を隠そう、俺は彼女に関してそこまで詳しくないのだ。
アリス・オミソルシルというライバーは、全くと言っていいほどコラボ配信に登場しないのだから。
一ノ瀬花蓮からわんちーむ好きになった訳だが、俺はわんちーむ内の殆どのライバーの情報を知っている。
というのも、わんちーむ内でのコラボ配信が活発なので、必然的に詳しくなっていくのだ。
新人のライバーにも先輩が積極的にコラボに誘うので、どのライバーの視聴者でも新人を知ることになる。
大企業ならではのこのシステムは、非常に合理的だろう。
コラボ配信では、ライバーの普段とは違う一面が見られるため、リスナーは更に沼へ嵌っていく。
またコラボ相手のリスナーが『輸入』されてくる場合もある。
ただそのコラボが男女だったりすると炎上の原因になるが、わんちーむは女性ライバーしか所属していないので問題は無い。
コラボが活発なわんちーむでコラボ配信をしないというのは、ある意味異質だった。
俺も小町がファンだという三期生『神楽ルナナ』を調べ、その過程で偶然その存在を知ったレベルである。
「なんて女だ...どうやってここに来たんだホント」
「うちの会社の社長が教えてくれたわ!」
わんちーむ社長ェ...。
こっちの社長といいわんちーむの社長といい、社長は揃ってフリーダムな奴しかいなかったりする?
わんちーむの社長がオフィスの場所を知っていたということは、もしかして社長の知り合いだったりするのかもしれない。
それとも、同業者にはオフィスの場所公開とかいうルールでもあるのだろうか。
「貴方のような女に構っている暇はないのっ。用があるのは...」
ゴスロリ少女ことアリス・オミソルシルは、俺を見上げるようにしてキッと睨みつけた。
「花咲望、貴方よ!」
「えぇ...」
「貴方の黒歴史暴露配信!あれは...」
突然、怒りを込めるようにわなわなと震え出したアリス・オミソルシル。
これはあれだ、ネタ被りというやつか。
彼女に詳しい訳ではないが、きっと彼女も同じような配信をしたのだろう。
俺は全くそんなつもりは無いが、彼女からしたらパクられたと思っても過言ではない。
例えばだが、彼女が黒歴史暴露配信を主に行っているとしたら、だ。
ネタが被ってしまっているのは間違いないし、怒るのも妥当と言えよう。
たとえパクった訳ではないにしても、俺のリサーチ不足が原因である。
ただでさえパクるパクられるに敏感なネットの世界だ。ここは素直に謝った方がいい。
「あれは...あれは...ッ!」
さてどんなジャンピング土下座をぶちかましてやろうかと模索していると、彼女は感情を昂らせて言った。
「すっごく感動したわ!」
なんだ、ただの
「魔界の皇女である私でも、思わず心が震えたわ...貴方の作品は。特にサブヒロインのランが秘めた感情を解き放ち、己の獣と戦い向き合った
やめろくださいそのシーンは本当に狂ってるんです。
端的に言えば、ヤンデレになったサブヒロインがメンヘラになってツンデレになってもっかいヤンデレになって最終的にクーデレになるのだ。
当時の俺は物語の中で最高のシーンだと思っていたし、今の俺からすれば絶望のシーンである。
なんでサブヒロインのストーリーが最高のシーンなんだよ当時の俺。裏でメインヒロイン泣いてるぞ。
ちなみにサブヒロインがそこまで活躍しているのには、ある裏話がある。
裏話と言っても、書いているうちにメインヒロインよりサブヒロインが好きになってしまったというだけなのだが。
そのせいで、メインヒロインは主人公が大人になるまで結晶の中に閉じ込められることになった。
......メインヒロインとはいったい。
「それなのに貴方は...作品を『黒歴史』と呼んでいた、それが納得いかないのっ!」
「えぇ...」
「だから花咲望...私は貴方に勝負を申し込むわ!」
ビシィと指を立てて、アリス・オミソルシルは言った。
やさいじゅーすさんといいこの少女といい、この世界の人間はどうなっているんだ。何かがおかしい。
俺はいつの間にか異世界に迷い込んでいたのか...?それとも俺がおかしいのかもしれん。もうわからない。
「勝負ってなんなんすか...」
「敬語ってなんだかむず痒いわね...普通でいいわよ」
ふええ、いきなり敬語解除とかこの子絶対陽の者だよう。
いやまて、今までの言動からして頭が残念な人の可能性もある。陽のものではないのかもしれない。
アリス・オミソルシルは、Vtuber歴であれば俺より先輩なので敬語を使っていたのだが、どうやらその心配もしなくていいようだ。
よ、よーしタメ口で話すぞ。
「いい、勝負っていうのはね...。コラボ配信でのゲーム対決よっ!」
「アイタタ、急に腹が...。ちょっとデキソウニナイナー」
秘技、仮病腹痛を発動!
とりあえず腹痛って言っておけばなんとかなる説、あると思います。
「えっ、大丈夫...?」
するとアリス・オミソルシルは、表情を心配そうなものに一変させた。
あれ?俺の予想では、この厨二病自称魔界の皇女様は『そんなん関係ねぇ配信やっぞ!』くらいは言うと思っていたのだが。
「実は、小さい頃からお腹が弱くてな...。びっくりすると、すぐに痛くなるんだ。驚くだけですぐに入院するレベル」
「...それは、ごめんなさい。ちゃんと確認してから来るべきだったわ...。感情に任せて行動してしまうの、私は...。...その、私に出来ることがあったら、なんでも言ってね」
あらなんてピュアなのでしょう。
おいさっきまでの勢いはどうした。すっかりしおらしくなってるからこっちが罪悪感凄いではないか。
ま、まあ結果オーライだ。
このままコラボした暁には、俺のぼっち系という言葉に矛盾が生じる。開始一週間でコンセプト崩壊とか笑えない。会社だったら倒産まである。
それに彼女のガチ恋勢たちにギッタギタのボッコボコのベッロベロのエッロエロにされることは目に見えている。きっと薄い本みたいな展開になるはずである。それはないわ。
そこまではないにしても、何処の馬の骨か分からない新人の男性Vが自分の推しとコラボしていたら、さぞかし不安だろう。
俺のような腐り目では、向こうのリスナーに引かれて気持ち悪がられてぼっちエピソードに共感されてしまうまである。それリスナーになってない?
だから、決して俺がめんどくさく思っている訳では無い。嘘ですごめんなさいこれ以上小説拡散しないでくださいぴえんぴえんぱおんぱおん。
ぴえん超えてぱおんとかどっから考え出されたんだろうな。俺だったらぴえん超えてぱおん超えてぶわぁーんとか作り出しちゃう。これは次の流行語間違いなしだ。
「とりあえず、また後日出直してくれると助かる...」
「アポなしで来た私が悪かったわ...次はちゃんと伝えてから来るわね」
しゅんとした表情で、アリス・オミソルシルは言った。
うし、後は理紗さんに扉を開けないでもらえば全て解決だ。
上手く行きそうだったその時、あの男が現れた。
森羅万象全ての原因である、あのクソ社長が。
「フ〜、無事に格安で修理してくれル店が見つかりましたヨ。それにしても八幡、さっきの爆走はヒヤヒヤしましたネ...。ドキドキし過ぎて、
空気が凍りついた。
理沙さんは何やら俯いているし、アリス・オミソルシルに至っては肩を震わせている。
社長を睨みつけるも、「ん?」とでも思ってそうにきょとんとしていた。
おいさっきまでの悲しみはどうした、膝抱えて泣いてたというのに。
「......花咲ィ!」
アリス・オミソルシルはぷんすかしながら言った。
金髪にゴスロリ服の少女が怒る姿は、まるで隠しボスで定番の邪神のよう。
主人公とかよりも人気あるやつな。キャラデザよし能力強しはずるい。
「嘘ついたわね、この私に!魔界の!皇女の!この私にっ!」
ふええ、お怒りだよう。
マッ缶で帰ってくれないかな...今ならレジ袋もあげよう。レジ袋大事だぞ、レジ袋。保管にゴミ袋に汚物処理までなんでもござれだ。ちなみに今はエコバッグ様の時代である。
「もー怒ったわ!私の魔力は1度解放したら止められない...つまり貴方は、勝負を受けるしかないのっ!」
「でしたら今日はお帰りいただいて、また後日要相談ということで...」
と言ったが、絶対に相談するとは言っていない。
いいんだ、俺はひきこもりながら配信して、黒歴史で世界を変えるVtuberになるんだ...。
「いいえ、勝負するのは今からよ!」
「今から!?」
え、今から?某有名鍋店の言い間違えじゃなくて?
驚く俺を気にせず、アリス・オミソルシルは持ってきていたらしいキャリーバッグを取り出した。
黒を基調としたそれは、いかにも何らかの兵器が入っていそうな雰囲気を醸し出している。
「ふふふ...これが私の最終兵器、
な、なんだってー。
自慢げに見せてきたキャリーバッグの中には、配信に必要なノーパソを筆頭に、多くの機材が入っていた。
ゴリゴリに文明の利器やないかい。ファンタジーなのかSFなのかはっきりして欲しい。
......まるで、過去の俺に言っているようだ。
「そう、これで私は何処でも配信することができる!貴方はもう逃れることが出来ないわ!」
「アノー、今どういう状況ですカ...?何だか凄く疎外感ガですネ......」
「静かにしてください全ての原因さん」
「辛辣!?」
社長に対する理紗さんの真似をしてみると、社長はしくしくと悲しみ始めた。
ゾクゾクっとした快感が...。八幡ってばそっち系に目覚めちゃったかもしれん。
「赤いジャケット...ふうん、貴方がジョン某ね?」
「ええト、お嬢ちゃんハどちら様ですカ」
「その、お嬢ちゃんっていうのやめてもらえるかしら。私は魔界の皇女、アリス・オミソルシルよ?ひれ伏すがいいわ」
「そういうタイプの人でしたカ」
流石社長、自分も変人なだけあって対応が分かっている。変人同士は惹かれ合う説、あると思います。
「アリス・オミソルシル...。確かわんちーむのVtuberでしたカ。よくワタシの名前を知っていましたネ」
「ウチの社長に『金髪赤ジャケットの変態にだけは挨拶しとけ』って言われたのよ。不本意だけどね」
「やっぱりですカ...」
社長は珍しく、苦笑いしながら呟いた。
ちょいちょいと手招きをされたので近寄ると、強いミントの香りがした。働く男性がよくつける、スーッとした匂いが鼻を刺激する。
ああ働きたくないなぁ...。特に満員電車とか働きたくない理由第一位。
その点に関して言えば、家からでもできるVtuberは優れている。あれ、これって天職だったりする?
「先程アイツ...わんちーむの社長から連絡が来ましテ。『僕には止められない、一人Vtuberがそっち行ったからよろしく』だそうデス」
「それ拒否権ないんすか...」
「ハハ...危険もあると思いますガ、八幡には良い経験になると思いますヨ」
「コラボがですか」
「コラボがでス。こう見えても彼女は、チャンネル登録者十万人の人気Vtuberですからネ。それ二、八幡がVtuberとして次のステージに進む、きっかけになるはずデース」
社長は、いつにも増して真剣な眼差しで言った。
「八幡のここ一週間の活動ハ、本当に素晴らしいモノでしタ。あまり実感は無いかもしれませんが、始めてすぐに一万人を越えるVtuberは殆どいませんカラ」
確かに俺は、数字というものにこだわりすぎていた。
普通の高校生、普通のぼっちの配信を、何百人、何千人の人が見てくれて。
一万人の人が、配信を楽しみに待ってくれている。
それだけでも、以前の俺からしたら考えられない話だ。
「一万人の人が、花咲望という一人のVtuberに何を求めているのカ。それを知った時、八幡は更に良いVtuberになれるはずデース」
「...そう考えると、十万人ってやっぱりすごいんすね」
「ですネ。この問いを十回繰り返して、ようやくですかラ」
自分が心から楽しみながらリスナーを楽しませることは、本当に難しい。
同様に、リスナーが楽しみながら自分も楽しむこともまた然り。
難しいが、その両方が満たされた時初めて『見たい』という気持ちに繋がってくる。
Vtuberはどうしようもなく難しくて、どうしようもなく奥深い世界だ。本当に。
「無理にとは言いませんが、ワタシとしてはコラボをオススメしますヨ」
「じゃ、もし炎上したらどうします?」
「その時はワタシが土下座しマース」
「社長ってとりあえず土下座しとけばなんとかなるって思ってません?」
「思ってますヨ。日本人は土下座をすれバ許してくれるのではなかったですカ?」
とんでもない誤解をしている男がここにいた。
最近は特にハラスメントに敏感なのだから、土下座でもさせた暁にはすぐに訴えられてしまう。
悪いことをしたら土下座という考えは、今や廃れ始めている現状にあるのだ。
あれ、もしかしてとりあえず土下座が通用しない世界になってる?
「土下座とか、世間体悪くなりますよ...」
「エエッ、ではワタシはどうやって謝罪すればいいのデス!?」
「そこはほら、ジャンピング土下座で」
「なるほど、ジャンピング土下座...。ですがそれだとリスナーの皆さんにハ伝わりにくいですネ...。」
ぶつぶつ呟きながら、社長はジャンピング土下座について考えている。
そう、ジャンピング土下座は素晴らしいのだ。インパクトと誠意どちらも込められている。みんなも、家族や学校の先生、めんどくさい上司にやってみよう!
「話し合いは終わったかしら?もちろん、貴方は対決したいと思うのだけれど____」
「ああはい、したいなー対決」
「そ、そうよね!私と対決したいに決まってるわよねっ!」
棒読みだけどな。
渾身の棒読みだったのだが、不思議とアリス・オミソルシルは顔を綻ばせた。
なんなら今日一番の笑顔である。バックに『ぱあっ』という効果音がつきそうなレベル。
「でしたラ、配信にはそこの会議室を使ってくだサーイ。PCはそこに一台ありますのデ、八幡はそれをどうゾ。トゥウィッターでの告知も忘れずにデース」
「了解っす」
「するのね、コラボで!配信を!じゃー行くわよ花咲っ」
アリス・オミソルシルは、キャリーバッグを引きながらとてとて近づいてきた。
どこか興奮した様子で俺の腕をぎゅっと掴んでくる。
めっちゃ手あったかいな...あれか、子供の手はあったかいってやつか。思えば、小町も小さい頃はめちゃくちゃ温かった記憶がある。
よく『手が温かい人は心が冷たい』というが、あれは嘘だと思うの。うちの小町の心が冷たいわけが無い。証明完了。
あれだけ対決対決言っていた彼女は、モロに『コラボ』と言ってしまっていた。
素が出てるじゃないか。厨二病キャラは何処へ。
「そうそう、八幡に伝え忘れていまシタ」
手を引かれながら会議室に向かう俺に、社長が言った。
「わんちーむの社長は、やさいじゅーすさんの父親なのデース。なのでコラボで何かあったら今後に関わるので、気をつけてくだサーイ」
は?
社長はいつにも増してニヤニヤ笑っている。
忘れていた。どれだけ俺の事を考えてくれていようが、彼は「クソ社長」だということを。
やさいじゅーすさんの父親は、娘の笑顔を先に取り戻した俺を感謝しつつも、多分キレている。
そして今回のコラボで何か問題が起きた場合、クレームという大義名分で俺はちゃぶ台返しされるだろう。
...クソ社長ォ!
◇◇◇
「...認めねえ」
「ッ!?」
八幡達が会議室に行った直後だった。
ジョンの襟が掴まれ、締め付けられたのだ。
「認めねえぞ私は!八幡が、あの会社の奴らと関わるのはっ!」
「......」
掴んだ者の正体は、ずっと黙り込んでいた理紗だった。
いつも笑っているその顔には、珍しく怒りが浮かんでいる。
怒鳴りつける理紗を、ジョンは真剣に見つめた。
「...少し、落ち着きまショウ」
「んなの出来るわけねーだろ!今もあいつらは八幡を騙してるかも知れないんだぞ!」
「だから、落ち着いてと言っているのデース」
ジョンは、強く重く呟いた。
「理紗がそう言う理由はもちろん分かりマース。ですガ、わんちーむのVtuber達には何も罪はありまセン」
「だからって...!」
「あの時の社員はもういません。それに、副社長は
ジョンの言葉を聞いて、理紗はふっと力を弱めた。
「そう、だな。ごめん、少し敏感になり過ぎてたよ」
「なら良かったデース」
「それに、もし何かあったらあの時みたいに助けてくれるんだろ?な、おにーちゃん?」
「...理紗にそう言われると、鳥肌たつのでやめてもらえるト」
「くははっ」
いつものように笑う彼女。
しかしジョンは、それでも笑みを浮かべることはなかった。
「さー、仕事仕事っ。確かホームページの更新で良かったよな?」
「ええ、お願いしマース」
「了解っと」
理紗がデスクに向かってから、ジョンはある方向を見つめた。
八幡とアリスがコラボしている会議室。今も、わーぎゃーと騒がしい声が聞こえる。
(もしワタシ達の過去を知った時、アナタならどうするでしょうカ。ねぇ、八幡?)
この展開の中申し訳ないのですが、よくある質問に答えさせてください。
Q.原作キャラは登場しますか?
A.登場します。ですが学年的にガッツリ学校サイドの話になるのは二年生からになります。
Q.〇〇っていう用語は何ですか?
A.基本的にはV界などで使われる言葉です(タグ、ファンネームなど)。意外とVを知らない方でも読んでいただけているようなので、どこかで用語解説をしたいと考えております。
Q.タグにあるサキサキといろはすは?
A.タグにあるということはつまりそういう事です。ちなみにいろはすに関してはまだ先になります。受験生なので。.....そういうことです。
次回は黒歴史が出版されます。嘘です。