やはり俺がVtuberになるのはまちがっている。 作:人生変化論
がんばります。
『登録者を増やすには、ですって?』
「せっかくだから、VTuber界の先輩にいいアドバイスをもらおうと思ってな」
『それはもう一択よ!花咲、歌いなさい!』
「えぇ...」
何回目かになるアリのぞコラボのタイトルは、『私が後輩に教育するわ!』だった。
内容としては、アリスがV界の先輩として俺に色々なアドバイスをするというもの。
ただアドバイスと言っても、決してためになるものばかりではなかった。『上下関係が大切だから私に会ったら土下座しなさい!』と言われたのは間違いなくアドバイスではない。
社畜がロリにアドバイスされる、これなんて状況?
ちなみに今回はオフコラボではないので、絵面的にはまだセーフである。オフコラボだったらロリにアドバイスされる腐り目の図が完成するところだった。あぶない。
『それぞれのVTuberの動画を人気順に並べ替えると、何が1番上に来るか知ってるかしら?』
「...初配信とかじゃないのか」
『あながち間違ってないわ。確かに初配信は再生数も多くなるけれど、1番は大体が歌動画なのよ』
theytubeには、そのチャンネルの動画を人気順に並べ替えるという機能がある。
試しにアリスのチャンネルを開き動画を人気順に並べ替えると、確かに初配信より先に歌ってみた動画が出てきた。
中でも飛び抜けて人気なのが、100万再生を超える『紅蓮華』の歌ってみた動画である。
金髪の美少女が和服姿で炎を纏いながら刀を振るうサムネイルは、それはもう俺の未だ残る厨二心をくすぐった。
『そもそもの話だけれど、何時間もある配信より動画の方が見やすいのよね。リピートもしてくれるし』
そう考えると、VTuberの歌ってみた動画というのは非常に伸びやすいコンテンツだと言えるだろう。
アリスが言ったようにリピートされやすいというのもあるし、何より新規のリスナーを引き込みやすい。
「歌が上手かったら、の話だろ。別に上手くもないんだが」
音痴という訳ではないだろうが、人並みに下手な自覚はある。
この際ボイストレーニングでも受けようかしらん。たぶん二秒で断念する。
『そこまで関係ないわよ、加工できるし』
「それ言ったら終わりじゃない?」
今どき声の加工なんぞ普通なんだろうが、それを言ってしまえばそこまでである。
どこかのスタジアムでライブすることになったらどうするんだ。いやしないけれども。
『別に加工するのは悪いことじゃないからね。よりいい歌を届けたい、聞かせてあげたいっていう想いは変わらないのだし』
それに、とアリスは言う。
『VTuberだって一種のエンターテイナーよ。見てくれる人を笑顔にしたいって気持ちがあれば、下手だろうが加工しようが関係ないの』
VTuberはそういう気持ちの上で成り立っているのだと、彼女は言った。
リスナーを楽しませるために配信し、笑顔にする。計算も天然も全て『楽しませる』ことに繋がる、天性のエンターテイナー。
俺は、彼女ほどVTuberに向いている存在を未だ知らない。
そのことは、初めてアリスとコラボした俺が1番知っている。
ぼっちだし、コミュ障だし、厨二病だし。
知れば知るほどめんどくさい奴だが、たぶんVTuber界で誰よりもリスナーのことを考えている。だから、アリスと眷属のような関係性が生まれる。
画面の中で話す彼女が、俺にはどこか眩しく思えた。
「その、悪かったな。加工だとかなんだとか悪く言って」
『別に気にしないわよ、それくらい。一時期はちょっと加工しただけで詐欺とか言われてたし』
例えば歌い手の存在。
今では一般的になったが、一昔前は歌い手に対する当たりが強い時期もあった。
それこそ、アリスが言ったように詐欺だと言われたこともあったらしい。しかし、詐欺になるのはあくまで加工した歌を『生歌です!』と言って収益を得ることであって、加工しようが補正しようが詐欺に当たることは無い。
言葉の響きや意味だけで悪と決めつけるのは、ネット上だけに留まらない大きな問題なのだろう。
でも青春とリア充は悪。異論は認める。
「もし俺が歌うと仮定して、だ。何を歌えばいい?」
歌うにしても、重要なのは曲選だ。
難しすぎる曲は歌えないし、大人数でのコーラスなど論外。
かといってプリキュアの曲でも歌えば、戸惑われるどころかドン引きされるまである。
いや俺は別に構わないんだけどな。というかよく考えると愛人はむしろゲラ笑いする気がする。よし、巻き起こすかプリキュア旋風。
『うーん...安定どころで言えば紅蓮華ね。ただ、結構歌われているからインパクトが足りない感は否めないわ』
「ほーう...意外と、真面目に相談に乗ってくれるんだな」
アリスならとんでもないネタ曲を提案しそうだと思っていたけれど。
『し、失礼な...。私だってちゃんとするときはするわ。その、私にとって初めての後輩なのだし』
「後輩というかお前、俺以外のVTuberと話してないのでは...」
『わー!うるさいわねもう!』
アリスのコミュ障っぷりは殿堂入り級である。
流石に大型コラボでミュートは俺でもし...し、しないし?
そもそもお前大型コラボに誘われないだろという言葉は無視だ。聞こえない聞こえない。
『こほん...気を取り直してだけれど、最初は花咲が歌いたい曲にするのが良いと思うわ。ネタ曲にしろ流行りにしろ、花咲望の節目になるのだから』
「え、めっちゃいいこと言うじゃんなにそれ感動するんで止めてもらっていいですか」
オタクは涙脆いから。すぐ泣いちゃうから。
アニメのオープニングで毎回エモくなり泣き、最終回のエンディングでもエモくなりすぎて泣いてトゥウィッターにポエムを撒き散らす。なにそれ俺じゃん。
『きもちわるいから止めてもらっていいかしら』
「急に辛辣だなおい」
さっきまでのエモい空気はどうした。
エモい空気はお空に飛んでいってしまったらしい。どうでもいいけど空気がお空に飛んでくって謎じゃない?
『こ、こっほん...気を取り直して』
「気を取り直しすぎだろ」
『誰のせいよ!?』
でも、この状況を作ったのは俺だけじゃないと思うんだ。
だから俺は悪くない。これを責任転嫁といいます。テストに出るよ。
『その、ね?ちょっとした提案なのだけれど...貴方がもし歌を出したら、私とちゅ、ちゅ...』
「ちゅ?」
『チューリングラブを歌ってくれないかしら!?』
ちゅ、チューリングラブ...だと?
チューリングラブといえば、男女デュエットでは定番の流行り曲。
VTuber界隈でもその流行りは例外ではなく、大量のカプ厨が発生したのをよく覚えている。
一時期は「チューリングラブ」という動詞ができたほどである。チューリングラブがゲシュタルト崩壊しそう。
ゲシュタルト崩壊はいいとして。いや良くないけれども。
俺が「なんでか教えてオイラー」って歌うってことか。オイラーも困惑するわそんなの。
そもそも、ぼっちの腐り目とぼっちのロリ美少女がチューリングラブするって需要あるのだろうか。
...ありそうだわ。特に眷属たちは嬉々として見るまである。
『う、うちでも歌ってるひといたでしょ、チューリングラブ。それを聞いて、その...』
「憧れたと」
『うん...』
こういう話には弱いのか、急にしおらしくなったアリス。
そう、件のチューリングラブブームのとき、わんちーむにも歌ったVTuberがいた。
厳密に言えば、「イケボ系女性VTuberと」歌っていたので、男女でデュエットしている訳ではないのだが...それは置いておくとして。
ともかくその動画は、わんちーむでもトップクラスの再生回数を記録している。それに憧れたVTuberは多いのだろう、知らんけど。
アリスも同じく憧れていたのだろうが、如何せん俺と同じぼっち。歌う相手がいない。
そんな時、初めてできたコラボ相手。誘われた理由も、誘う理由も十分にある。
『で、どうかしら!?歌う気持ちになった!?』
「...まぁ、練習したらな」
『っ...!』
何かをかみ締める声が聞こえた。
きっとそれは、喜び。はっきりとした根拠がある訳では無いが、そう強く感じる。
小町がいるからだろうか、相変わらず俺は年下に弱い。
アリスがこの場にいたら、自然に頭でも撫でてしまっていたかもしれん。コミュ障は年下にならコミュ力高い説、あると思います。妹がいるやつ限定で。
さて、どうせ歌うのだったら、加工するにしても練習はしなければならない。
やっぱりボイストレーニング通おうかしら。でも最近は時間がねぇ...。時間に追われる主婦か俺は。
『...嫌じゃ、ない?』
アリスはひっそりと、不安そうに言った。
『花咲は、歌ったりするタイプじゃないでしょ?私が先輩だから、断りきれなくて許可したのかもって...』
俺やアリスのようなぼっちは特に、他人を信じられない。
疑ってしまって、疑心暗鬼になって、本心かどうかが気になって。
どれだけ相手を知っていても、その裏を考えてしまう。本当は嫌なのではないか、嫌いなのではないか──そんな具合に。
そういう人間には、大抵そうなった原因である、何らかのトラウマがあるはずだ。例えば、俺のように。
折本に告白しクラス中に広まったとき、俺は何も信じることが出来なくなった。ピュアぼっちだった俺が闇落ちぼっちになった瞬間である。
アリスにどんなトラウマがあるのか、そもそもトラウマがあるのかは知らないが、きっと俺と似ているのだと思う。
何を言っても卑屈になるし、卑怯だし、不器用な最強にめんどくさい人種。
そんなぼっちに対する関わり方は、俺が1番分かっている。殿堂ぼっち入りした俺に勝てるやつはいない。たぶん 。
「やりたいだとかやりたくないだとか、そんな理由じゃない。
きっと、そこに正しい理由など要らないのだ。
俺たちはどんなに感動的で、どんなに正確な理由でも信じることができない。
だから、それは理由ではなくて。ちょっとだけ、少しだけの後押し。
『...そうね。私たちには、それくらいがちょうどいいわ』
ふっと笑って、アリスはそう言った。
やはりアリス自身も、俺が言ったことが本心でないことは分かっている。
腹を割って話す親友ではなく、でも赤の他人でもない不思議な関係。
親友ではないのに信頼していて、赤の他人ではないのに偽りの仮面を被る。
それこそ、
『そうと決まれば、さっそく練習よ!ハモりは難しいけれど...魔界ハモり検定殿堂入りの私からすればちょちょいのちょいだわっ!』
「魔界ハモり検定って絶対今考えただろお前」
魔界多彩すぎだろ。魔王レベルになったらどんだけの技能あんだよ勇者倒すために特訓しろ。
魔王...主人公が何度も転生...名前ガバガバ...うっ頭が。
『てゆーか花咲、私のこといつもお前って呼ぶわよね。魔界の皇女である私をお前呼びとは不敬じゃないかしら?普段ならアリス呼びなんて許可しないのだけれど、ライバルの貴方なら特別に許してあげるわ!』
「よろしくなオミソルシル」
『そっち!?いまアリス呼びって言ったわよね!?』
いくらライバルといえど、異性にいきなり下の名前呼びは躊躇してしまう。陽の者でもリア充でもないゆえ。
『オミソルシルじゃなくて!アリスよアリスっ』
「くっ...」
『ほらはやく、アーリースー!アーリースー!』
「あ、アリス...」
『んふふ〜、よろしい!』
なんだこの甘酸っぱさ。これがラブコメというやつか...?いや待て、リアルラブコメアンチ協会代表の俺が体感するわけがない。たぶん。いやぜったい。
・絶対配信中ってこと忘れてるよな
・なんだこれてぇてぇ...
・毎回忘れ去られる愛人と眷属
・アリのぞの関係だいすき。もうはなさない
・ヤンデレいて草
・チューリングラブ全裸待機するわ
・アリのぞの歌ってみたとか超待ってた
・これを配信で言っちゃうっていうのがすごい
・裏でしそうな会話だよなこれ
・てぇてぇからよし!異論は認めない!
・てぇてぇ成分ありすぎて思考放棄してんだよなぁ...
・お嬢は望呼びしないんだね
・お嬢がキレたときの「花咲ィ!」が好きだったからありがたい
・それな
・お嬢の花咲呼びがまた良い
◇◇◇
「登録者を増やすには、ですカ?」
「せっかくだから社長にも聞こうかなと」
「ふふフ...それは一択ですヨ。八幡、歌うのデス!」
「アリスと同じこと言ってますよそれ」
薄暗くなったオフィスに、社長の間抜けな声が響く。
アリスによるアドバイス配信の翌日、俺は金曜日の定期会議のためオフィスへと訪れた。
デスクでぐだぐだ作業していた社長を見つけた俺は、ついでだからとアリスに聞いたのと同様の質問をすることにした。
結果は歌えと、アリスと全く変わらない答え。やっぱり変人同士思考が似てくる説、あると思います。
「で、デモ!私は一味違いマース!八幡、弾き語るのデース!」
「弾き語り...ギターっすか?」
「そウ!ギターを使って弾き語るのですヨ!」
「でも俺ギター弾けないっすよ。知識も全く」
「ちっちっち、ワタシが何の考えもなく提案すると思いますカ?」
「思います」
「即答!?」
前科あるからな、カーチェイスとかカーチェイスとか。
「で、どんな考えが?」
「切り替え早いですネ...。ず、ズバリ考えとは『理沙に教わる』デース」
「理沙さんにギターを...。まず理沙さんがギター弾けるの初耳なんですが」
以前、理沙さんと本屋で会った時もギターのことは言っていなかった。
理沙さんが趣味と言っていたのは『酒』『煙草』『読書』。ギターをやっているのなら、何故趣味と言わなかったのだろうか。
「言っていなかったですからネ。理沙にとって、ギターは特別な存在でシテ...まぁ、それハ彼女に聞けばいいデース。ほら、そこに倒れてますカラ」
そう言って社長は、いつも理沙さんがいるデスクを指さした。
倒れているという言葉に驚きはしたが、デスクを見て直ぐに状況を察する。
何故ならそこには、大量の酒瓶と共にぐったりする、スーツ姿の理沙さんがいたからだ。うん、いつもの光景。
それにしても、今日はだいぶ長く呑んでいたらしい。いつもは呑んでいたとしても、俺が来る頃には一応再起動しているのに。
「...めちゃくちゃ呑んでるじゃないですか」
「はは、ワタシは程々にと言ったんですけどネ。そうそう、聞くついでに理沙を起こしてもらっていいですカ?」
「殴られません?」
「ワタシは毎回殴られてまス」
「一番聞きたくなかったわ...」
そこ安心させるべきところだろ、怖がらせてどうする。
限りなくめんどくさいと思いながらも、仕方ないと割り切って理沙さんに近づく。
酒瓶の数にしてはそこまで酒臭くない。社長が換気でもしたのだろうか。
デスクに恐る恐る近づくと、理沙さんはすうすうと気持ち良さそうに寝ていた。何時間酒呑んで何時間寝てるんだこのひと。
その時。俺は気付いてしまった。
少しはだけたスーツの胸元から、その中身が見え隠れしている事に。
俺とて健全な高校生男子。そこに目がいってしまうのは不可抗力である。
理沙さんはスレンダーな体型ではあるが、無い訳では無い。普通よりも小さいくらいだ。何がとは言わない、何がとは。
そんな俺の不純な気を察知したのか、理沙さんがむにゃむにゃと寝言を言い始めた。
まずい起きる。違うんです不純な気持ちはちょっとしか無いんですちょっとしか。
こういう時に役立つのが俺の十八番、八幡バックステップ。これはもう四天王の一人である。ちなみに最弱。勇者と最初に戦っちゃうのかよ。
「ふぁ〜ぁ...。ん、いまなんじだ...?」
「六時前っすね」
「なんだ〜、まだねれるしゃないか...」
「十二時間くらい間違えてますよそれ」
起きたらまだ朝の六時前って最高だよな。二度寝は世界を救う。世界中の社畜の心も救う。寝過ごして上司から連絡が来るまでがセオリーだけれど。
故に真の社畜は、無用なトラブルを避けるため二度寝をしない。ソースは俺の親父。早朝から騒がしいアラームを響かせる、立派な社畜である。
「ん....みゅう...」
相も変らずうみゅうみゅ呟く理沙さん。
全然起きない...というか寝言可愛いなこの人。普段から社長を絞めて罵る会社の帝王とは思えない変貌っぷりだ。
「理沙さん何時間寝てるんすか...」
「みゅ、もうちょっとだけだから...ママ...」
ママ!?あの理沙さんが、ママ呼び...だと。
いやまて、そういう思考は良くないな本当。むしろこれがギャップ萌えとかいうやつかもしれん。
会社のクールな女先輩が休日に見せるふとした可愛さ、八幡いいと思います。
とかなんとか考えていると、ようやく理沙さんは目を開いた。
夕陽は寝起きの目に厳しいのか、何回も目をしょぼしょぼとさせている。
「ふぁ〜あ...あれ、八幡?朝なのに来たのか?」
「や、だから...もう夕方っすよ夕方」
「夕方...ナンノハナシカワカラナイ」
遠い目で現実逃避し始めたぞこの人。
しかし足元に放置された酒瓶は事実を物語っている。もう逃れられない。
金曜日の昼から寝させてくれるみっくす、理想のホワイト企業である。今なら変態社長とギャップ萌え上司つき。
「もう会議の時間か...。早いな、時が過ぎるのって」
「魔王倒して10年後の勇者みたいな発言だ...」
主要メンバーの何人か死んでしまった勇者な。多分農業やってる。これが理想の老後か...。
「それで?私のところに来たってことは、起こしに来た以外になんかあんだろ?」
「...理沙さんが、ギター弾けると聞きまして」
「...ギターな。うん、弾けるよ」
ちょっとだけ、ほんの少しだけ感じた違和感。
いつもは明るい理沙さんが、少しだけ影のあるように感じた。
よいしょ、とデスクの下の酒瓶をどかす。
理沙さんがそこに手を伸ばし何かを掴む。その手には、立派なギターが握られていた。
「これが私のアコースティックギター。ギター弾けるかってことは、私に習いたいってことでいいよな」
「よく分かりましたね」
「クソ社長の考えることなんて簡単に分かるさ」
熟年夫婦か。
「まー確かに、ギターを弾くっていうのはいいな。弾き語りはモテるぞ?」
「まず弾き語る相手がいるとでも」
「あの金髪とママがいるじゃないか」
金髪って社長か。社長ですよね現実逃避くらいさせてください。でも社長は社長で地獄だな。
「なんて、冗談だよ冗談。愛人たちにまずは聞かせてやれ」
「...もちろん」
「よし!『VTuberたるもの、リスナー思いであれ!』」
「それ、なんかの名言かなにかですか?」
「ん、まぁそんな感じ。名言ってほどでもないけどな」
くはは、と苦笑い。
一息ついた理沙さんは、ギターを俺の前に掲げた。
「ギターはこれ一本しか持ってないから、貸すことはできないけど。ここに来てくれればいつでも教えるぞ」
「助かります」
「いいってことよ。それに前も言ったけど、やりたいことは全力でサポートするつもりだしな。ある程度の無茶ぶりならなんとかするし、最悪社長がいるし」
「土下座要員じゃないですかそれ」
「それはそうよ」
知ってた。
「そういえばですけど、ギターって趣味じゃないんすか?」
理沙さんがギターを弾けると聞いてから、ずっと気になっていたこと。
社長は理沙さんにとってのギターを『特別な存在』と言っていた。
ただ純粋に、ギターという存在が理沙さんにとってどんなものか、知りたかった。
「趣味、か。確かに、趣味とは言えないな」
「...ギターは、私の夢なんだ。こいつ一本で、私はどこまでも行けると思ってた」
微笑みながら、優しい手つきで理沙さんはギターを撫でる。
綺麗な指が弦を軽く弾く。すこしだけ、それでも確かに感じる音が鳴った。
「私とコイツで、『世界を変えたい』って、そう思ったんだ」
「でも、そんな時...あのヤツらは...」
先程の優しい目つきから一転、悲しげに目を伏せる。
世界を変えたい。ここ最近、何故かよく聞く言葉だった。
「......私はそれができなかったことを後悔してないよ。精々恨んでるくらいさ」
できなかった、後悔していない?理沙さんは何かを失敗したのか?
しかも最後に、恨んでると言っていた。その言葉と理沙さんに、何かがひっかかる。
「私でよかったんだ。
既に暗かったオフィスも、段々と闇に沈んでいく。
気を利かせた社長が電気を点けると、ぱちぱちと電気がつき始めた。
少しずつ、光が灯っていく。
それを見た理沙さんは、眩しいかのようにすこしだけ目を細めてから言った。
「つまらない話はこの辺でやめておくとして。そうだ八幡、私があげた本ってもう読んだか?」
強引に話を変えられた。
気になりすぎる話だったが、理沙さんが終わりというのであればこれ以上追求する訳にもいかない。空気を読んだよ偉い八幡。
さて、今言われた本の件だがまったく読んでいない。まってくれ弁解させてほしい。学校から全力ダッシュで家に帰って配信準備、夜から配信。終わったら夜も遅いのだ。読む時間があるわけない。
土日があるだろうって?うっせえ勉強とか二度寝とかプリキュアとかあるんだよ察しろ。
「あー、そのですね...」
「や、いいよ別に。私だって勝手に押し付けただけだしな。気が向いた時にでも読んでくれ」
少し照れたように、理沙さんははにかんだ。
「...よし!じゃあ眠気覚ましにいっぱつ、弾き語ってやるか!」
「お、いいっすね」
理沙さんのギター歴は長そうだし、どんな歌を歌うのか気になるところではある。
というかやっぱりかっこいいな、ギターって。男なら1度は憧れてしまうはずである。無駄にギターの用語とか調べて使いまくるやつな。何そいつ俺かよ。
「じゃあ、私の
すぅ、と理沙さんが小さく息を吸った。
指が大きく動かされ、優しく弦が弾かれる。
どこか、楽しげなトーンで始まる歌。
オフィス内の静寂が、落ち着きが破られて理沙さんの色に染まっていく。
「...死にたい夜に花束を」
普段の理沙さんとは違う、どこか憂いを秘めた声。
楽しげな曲調とは裏腹な、刺激的な歌詞。彼女はそれを、一言一句大切に語っていく。
「消えたい朝には錠剤を」
明るかった街が、影に包まれていく。
ゆっくり。ゆっくりと月が昇る。
「こんな気持ちになりたい奴なんてどこにもいはしないから」
理沙さんが音を鳴らす度、不思議と鳥肌がたった。
それほどまでに、彼女の音楽には何かが込められている。
無意識にもそれを感じてしまう。ただずっと、無意識に。
「そしたら僕ももっとちゃんとしなきゃ」
歌詞は誰かに言っているようで、それなのに自分に訴えているようで。
一種のメッセージを感じる反面、軽快に音は進んでいく。
「できないのは甘えだと人は言う」
「それに頭を下げて過ごしてる」
「それを人生と呼ぶんだ」
◇◇◇
何日かあと、ある日のこと。
『登録者を増やすには?』
「せっかくだから色んな人に聞いてまして」
『えー、はーくんなら何もしなくても10億人くらいいくはずだよ!』
「地球の人口って知ってます?」
『知ってるよ、78億人くらいでしょ?』
「知ってるんかい」
地球の人口の8分の1だぞそれ。もう武道館ライブとかしちゃう。
やさいじゅーすさんは相変わらずの天然っぷりである。天然と呼ぶのかは知らんけど。
『新衣装になるっていうのはどうかな!?ビキニとか!』
「ビキニ!?」
水着なら百歩譲って分かるがビキニ?絶対アリスとかに着させた方が需要あるだろそれ。
...やっぱり愛人達なら悪ノリして喜びそうだな。
『リクエストあれば直ぐに描くよ?プレゼントしてあげちゃう』
「...いや、今度ちゃんと依頼しますよ」
プレゼントしてくれると言ったやさいじゅーすさんに対して、やんわりと断りを入れる。
それは、俺なりのケジメだった。
確かにやさいじゅーすさんは、頼めば無償で衣装を描いてくれるはずだ。自意識過剰かもしれないが、それくらいは分かる。
彼女はそれだけ優しくて、子供思いのお姉さんなのだから。
でも。でもそれは違う。
VTuberの衣装は一つ一つが大切で、誰かの思い出が詰まっている。
リスナーの人が見てくれたことによって衣装を依頼できて、VTuberとリスナーが一緒になって喜び叫ぶ。
新しい姿が見たいからVTuberを応援して、VTuberは頑張って、絵師さんがそれに応えて。
VTuberの世界は、この繰り返しによって成り立っている。
それらのサイクルを崩すことは、明確に悪いと言われている訳では無い。
もちろん、そんなこと関係ないと言う人も多いだろう。普通の人からすればわざわざお金を払うのは理解できないだろうし、心のどこかでは依頼してしまえと思う自分もいる。
でもやっぱり、それは違う。俺のちっぽけなVTuberとしてのプライドが、想いがそう訴えていた。
「なんか、違うと思うんすよ。やさいじゅーすさんの言ってくれることはもちろんめちゃくちゃ嬉しいです。...でも」
やさいじゅーすさんは最高のママさんだ。それは間違いなく言える。
どれだけ他の絵師さんと出会ったとしても、俺はやさいじゅーすさんが1番だと言うだろう。
そんな人からの申し出が、嬉しくないはずが無い。
「でもやっぱり、憧れるんです。頑張って新しい衣装依頼して、一緒にわーきゃー喜んで。そんなVTuberに、なりたいなって」
社長とアリスに言われた、愛人との関係。
憧れて追いかける、一ノ瀬花蓮の背中。
全くもってくだらない、情熱だとかいう青臭い感情にまみれた青春。
まちがってすれちがうことすら見えているのに、バカのように信じて貫く。
でも俺は、VTuberにスカウトされた時から。いや、一ノ瀬花蓮を知ったその日から。
その形のない関係性に、ずっとずっと憧れている。
『...そっか。ふふふっ』
「...申し訳ないです、断っちゃって」
『ううん、ぜんぜん!そうじゃなくて...。私、やっぱりはーくんのこと好きだなぁって』
「...っ」
その言葉は、あまりにもまっすぐで。
言葉が出てこなくなって、返事が出来なくなってしまう。
『うん、うんうん』
「なんの頷きですか、それ」
『べつにー?』
やさいじゅーすさんは、悪戯っぽく笑った。
ガサゴソと音が鳴る。やさいじゅーすさんが使っているのであろうマイクに口が近づけられ、吐息が普段よりも大きく聞こえ始めていく。
そして、優しいささやき声で言った。
『はーくんに出会えて、ほんとうに嬉しいよ』
俺は、この天然系お姉さんに一生勝てる気がしない。
ということで、チューリングラブというVTuber界隈で一時期流行った曲を取り入れてみました。
ちなみに理沙さんが歌った曲は、guiano様の『魔法』です。すき。
ちょっとだけ謝罪をば。
感想評価を送ってくださった皆様。返信できていなくて本当にすみません。ちゃんと全部読んで笑わせてもらってます。
心配のメッセージをくれた皆様。更新できなくてほんとすみません。もっと焦らせてくれてもいいのよ?すみませんがんばります。
サキサキさん。いかにも出すみたいな雰囲気だしといて今回シーン0ですみません。次回は登場するはずですたぶん。
そしてなんと!嬉しすぎるお知らせがあります!!
実はですね、アリス・オミソルシルちゃんのイラストを頂きました!
いやもうめちゃくちゃ可愛くて昇天してます。本当に嬉しいですありがとうございます。
【挿絵表示】
この美少女が八幡とチューリングラブ歌う姿...見たいよね。見たいです。
次回は失踪しないようにがんばります。