絶望に至る病   作:雪哉

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『死に至る病とは絶望である』
 ドイツの哲学者、キルケゴールの言葉です。
 では、人を『絶望』に至らしめるものは何だろうと思い、ロンパシリーズをお借りして一筆取ってみました……。

 訥々とした内容ですが、楽しんで頂ければ何よりです。


序曲

『絶望』は見ている。

 

 例えば、親友を守るために自らの手を血で汚した少女の姿を。

 

 

『絶望』は知っている。

 

  例えば、その罪を知り、共に背負う覚悟を決めた少女がいた事を。

 

 

『絶望』は聞いている。

 

  例えば、復讐の炎に燃える少年の叫びと、彼の剣として生きる少女の言葉に出来ない声を。

 

 

 

 

 それは堕ちていくまでの物語。

 

 彼女らが『絶望』に至るまでの物語。

                       

 

 

 

 

                      ◇◆

 

 

 

 今日の部活動が終わった。

 『超高校級の弓道家』、佐藤由美(さとうゆみ)は額に残った汗を拭うと、静かに顔を上げる。

 希望ヶ峰学園本館の三階にある弓道場。佐藤が今まで弓を引いていた場所だ。しかし、佐藤の気分は晴れやかとは程遠いものだった。原因は――

(やっぱり、まだ慣れないわね……)

 先日、旧校舎が突然閉鎖された事により、五階にあった武道場は使用出来なくなってしまった。そのため新しく本館の三階に弓道場が設立されたが、佐藤は前の武道場が気にいっていたので、内心残念に思っていた。

(年中咲いてた人工桜が綺麗だったんだけどなぁ……。色葉さんが「武道場に桜を植えるぞー!」なんて言い出した時はどうなるかと思ったけど……)

『超高校級の植物学者』、色葉田田田は主に武道場向かいの植物庭園で次から次へと訳の分からない研究に勤しんでいた。

最近は『廃棄物を直接取り込む雑食植物』の品種改良に全力を注いでいるらしい。何でも、学園長直々の命だとか。佐藤には、そんな物作ってどうするのかさっぱり分からなかったが、兎にも角にも佐藤は色葉には感謝していた。旧校舎が閉鎖されたのは、そんな矢先の話である。

(まあ、仕方の無い事よね……)

 佐藤は小さく溜息をつくと、結わいていた髪を解き、帰りの準備を始めた。

(急がなきゃ……。『みんな』を待たせているし)

 手際良く弓を仕舞い、そのまま制服に着替える。今年の春は例年よりも暖かいので、上着は必要なかった。半袖のシャツに袖を通しながら、佐藤はふと思い出す。

(そういえば、今日は新入生の入学式だったわね……。どんなのが入ってくるのやら)

 そんな事を考えつつも着替えを終え、佐藤は弓具を武道場に置いて鞄を持つと、その場を後にする。一階のエントランスに向かう途中で、見知った顔ぶれがあるのに気付いた。その二人組も佐藤に気付いたらしく、大きく手を振っている。

「あっ、佐藤先輩だ! お久しぶりでーす!」

 健康的に日焼けした少女が佐藤を呼びながら飛び跳ねている。佐藤は微笑を浮かべると、二人に近づいていった。

「久しぶりね、朝日奈。それに……、大神も」

『超高校級のスイマー』朝日奈葵の隣にいるのは、同じく希望ヶ峰学園七十八期生の大神さくら、『超高校級の格闘家』だ。そして――

「久しいな……、佐藤。最近は以前よりも会う機会が少なくなっていたな」

「そっか! 確かさくらちゃんと佐藤先輩って……」

「そ。同じ不知火高校出身よ」

 不知火高校は国内で唯一無二の『武道』の達人を育成する高等学校だ。当然、生徒も推薦入学の者が多い。そして、更にこの希望ヶ峰学園にスカウトされて引き抜かれていく者も数多く存在する。佐藤や大神、それに……、

「時に、佐藤よ。辺古山は息災なのか? あやつとも最近話す事が少なくてな……」

 そう。『超高校級の剣道家』辺古山ペコも不知火高校の出身だ。希望ヶ峰学園でも佐藤と辺古山は同期の間柄だったが、

「うーん、どうだろ。あの子、昔から気難しいからねー。九頭龍と良く一緒にいるのを見かけるけど、まあ、取り敢えず元気なんじゃない?」

「そうか……。それなら良いのだが……」

 大神は目を閉じて頷いている。その隣で朝日奈が嬉しそうに言った。

「でも、先輩が元気そうでよかった! ほら、だって変な『噂』もあったし……」

「止さぬか、朝日奈。佐藤が目の前にいるのだぞ。こやつにとっても聞いていて楽しい話ではなかろう……」

 大神の制止を受けて、朝日奈はしょぼんと項垂れる。

「そっか……、さくらちゃんの言う通りだね。ごめんなさい、佐藤先輩!」

 そう言って頭を下げる朝日奈に対し、佐藤は軽い調子で片手を振った。

「だーいじょうぶ、大丈夫だから! 私は全然気にしてないし。でも――」

 と、佐藤は二人に視線を送る。

「結構広まってんのね……。その『噂』」

 口にするのが躊躇われたのだろう。どちらも顔を伏せている。それを見た佐藤の顔には苦笑いが浮かんだ。

 話に上がっている『噂』とは、『呪い』のことだ。

 ここ数週間で、希望ヶ峰学園七十七期生の内、三名が原因も分からないまま退学している。『超高校級の生徒会長』村雨早春、『超高校級の神経学者』松田夜助、そして『超高校級の諜報員』神代優兎の三人だ。他にも行方の知れない者がいたらしいが、いきなり三人も欠けた事の方が大きく映ったらしい。少しして、こんな噂が流れた。

『七十七期生は呪われている』

 馬鹿馬鹿しい、と佐藤はその噂を初めて聞いた時に思った。何が『呪い』だ。そんなの偶然が重なっただけに決まっている。『みんな』も気にはしているだろうが、心の底ではそんな噂を鵜呑みにしてはいないだろう。

(……。まあ、若干そうでもないのもいるけど……)

 心の中でそう呟くと、佐藤は少し可笑しくなった。「佐藤さぁん、私呪われちゃったんですかぁ……。そんなの嫌ですぅ」と泣いていた彼女をみんなで慰めたのは、つい一昨日の話だ。

(あの子はいつもあんな感じだしね。いくら言ってもざんばら髪を直してこないし……)

 彼女の顔を思い浮かべている内に、佐藤は『みんな』を待たせていることに気付いた。慌てて二人に別れを告げると、その足で再びエントランスに向かう。『みんな』は待っていてくれているだろうか。佐藤の胸に不安がよぎる。そのせいか自然と足取りは早くなっていった。

 

 

                      ◇◆

 

 

 佐藤がエントランスに着いた時、そこには誰もいなかった。

(やっぱ帰っちゃったか。これからどうしよ……)

 肩を落として振り返ったその瞬間、

「由美ちゃん!」

 と、自分の名前が呼ばれた。驚いて顔を上げると、「パシャリ」というカメラのシャッターを切る音が正面から聞こえた。佐藤はカメラの主を見て一瞬安堵したが、すぐにしかめっ面を作ると不機嫌そうな声を上げる。

「へーえ、隠れてたってわけね……。随分意地悪になったじゃん……、真昼」

「ごめんごめん。日寄子ちゃんが、由美ちゃんの驚いた顔を撮りたいって言って聞かなくて……」

 そう言って笑っているのは『超高校級の写真家』小泉真昼。佐藤と小泉は、この希望ヶ峰学園に入学して以来の大親友だった。続いて三人の女子生徒が後ろから現れる。

「小泉おねぇ! どう、佐藤おねぇの写真上手く撮れた?」

「ヤッホーウ、ドッキリ大成功っす! 唯吹、ずっと静かにしてるのキツかったけど頑張ったっす!」

「ごごご、ごめんなさい、佐藤さん……。悪気があったんじゃなくて、その……、えーと……、ごめんなさぁい!」

「……なんでドッキリを仕掛けた方が泣いてんのよ……」

 佐藤は呆れていたが、どこかほっとしているのが自分でも分かった。いつもの風景。見慣れた日常。騒がしくも、楽しい毎日。佐藤が希望ヶ峰学園で得た大切な宝物だ。

「ほら、もう分かったから。泣くんじゃないわよ、蜜柑」

 うゆぅ……、と目を擦っているのは『超高校級の保健委員』罪木蜜柑。髪がざんばらになっており、良く包帯を巻いている。今は巻いていないが、その内どこかで転んで傷をこさえてくるだろう。入学してからしばらく経つが、この気弱な性格と天性のドジが直る気配は一向に無かった。すると、

「おねぇの言う通りだよ! いつまで泣いてんのさ、このゲロブタ!」

 打って変わって毒舌なこの少女は『超高校級の日本舞踊家』西園寺日寄子。日本舞踊界の期待の若手で、国内海外を問わず活躍している。とても高校生とは思えないほど幼い容姿だが、それに似合わない苛烈な性格と物言いが特徴だ。最後に、

「まあまあ、日寄子ちゃん。ここはこの唯吹の顔に免じて許してあげるっす! たっは―! 『顔に免じて』とか、唯吹、そんなに偉くなかったっすねー!」

 飛び抜けてハイテンションな彼女は『超高校級の軽音楽部』こと澪田唯吹だ。超人気ガールズバンドのギター担当だったが、脱退してソロで活動していた最中、希望ヶ峰学園からのスカウトが来たらしい。脱退の理由は音楽性の違いらしかったが、彼女の目指す音楽がどんな類の物だったのかは、数年の付き合いの中で嫌というほど身に染みて理解させられた。

 そんなこんなで全員が集まったわけだが、

「ほら、由美ちゃんも来たし、そろそろ寮に帰ろうよ。下校時間も迫ってるし」

 小泉がそう言って全員を見ると、

「えーっ、つまんないっすよー。このままみんなでお手て繋いでカラオケ行くっす! 唯吹の新曲がこないだ入ったんすよ!」

 澪田がマイクを持つ真似をすると、佐藤・小泉・罪木の三人がギョッとしたように一歩引いた。すぐに佐藤が、

「い、唯吹……、それは……」

 と、言いかけたが、西園寺の歓声に掻き消されてしまう。

「やったー! わたし澪田おねぇの曲大好き! 早く行こうよ!」

「おやおや、唯吹の曲が聞きたいとは、日寄子ちゃん分かってるっすねー! そうと決まれば、全速前進! 門限の彼方までアクセル全開っす!」

 止める間もなく、二人は走って先に行ってしまった。その後ろ姿に向けて佐藤が叫ぶ。

「さらっとヤバいこと言うんじゃないわよ! 唯吹、あんた『次に門限破ったら寮から追い出す』って寮長が怒ってたの忘れた!?」

 その言葉は届かずにエントランスに虚しく響いた。佐藤は大きな溜息をつく。すると、小泉と罪木が後ろから声を掛けてきた。

「まあ、大丈夫でしょ。いざとなったらアタシも口添えするし、とにかく二人を追いかけようよ」

「わ、私も頑張りますぅ! 前は澪田さんの歌を聞いてたら気を失っちゃいましたけど……。今日は何とかなる気がするような、しないような……。はわわっ、何だか自信か無くなってきました!」

 一人で勝手にパニック状態に陥っている罪木を宥めながら、佐藤と小泉は顔を見合わせて笑った。

「……そうだね! じゃ、行こっか!」

 未だに両手で頭を抱えている罪木を間に挟んで、三人がエントランスから出ようとした、まさにその時だった。

 

「ねえ、ちょっと待ってくれない?」

 

 突然の声に佐藤たちは驚いて振り返る。

 そこには一人の少女の姿があった。

 金髪の髪。

 勝ち気そうな瞳。

 両手を腰に当てて、ふんぞり返るその人物を見た瞬間、小泉が驚いたように目を見開いて声を漏らした。

「! あんた……」

 その反応に満足したのか、その少女はニヤリと笑う。

「お初にお目にかかる人もいるので、自己紹介させて貰います!」

 そう言って自分の胸に手をかざすと、彼女は見栄を切る。

 

「希望ヶ峰学園七十九期生、九頭龍小春(くずりゅうこはる)。『超高校級の妹』って触れ込みで今日からお世話になります。またよろしくお願いしますね――

 

 ――こ・い・ず・み・先・輩」

 

 

 

 それは、再会にして最悪の災厄だった。

 

 

 

 正常に動いていた歯車は、この時を持って静かに狂い始める。

 




プロローグは以上です。ご一読ありがとうございましたm(_ _)m
「そっちかよ!」と驚いて貰えていたら嬉しいです……()

意図的に、あらすじでは「あの人」を思い起こさせるようにしていましたが、途中でさくらちゃん達を登場させたので、そこで察した方もいらっしゃるかと思います。

更新は頑張って行っていきます……


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