羽丘の元囚人   作:火の車

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決意

環那(なるほど、そう言う事だったのか。)

 

 自分の中で、なんとなく納得がいった

 

 あの女がまさか篤臣さんの奥さんとは思わなかったけど

 

 特別な人間には、また特別な人間が引き寄せられる......ということか

 

 いや、この場合において特別なのは奥さんの方か

 

篤臣「俺の話は終わりだァ......」

 

 篤臣さんは疲れた様子でそう言った

 

 見ただけでわかる

 

 もう、体の限界が近い

 

 命の灯火が消えて行ってるのを感じる

 

環那「......琴ちゃん。」

琴葉「......!」

環那「これが最後だよ。」

 

 俺は黙りこくってる琴ちゃんにそう言葉を投げかけた

 

 正直、琴ちゃんと篤臣さんには仲直りしてほしかったし、手段はいくらでもあった

 

 やはり、人間とは難しい

 

 この俺ですら、読み切れないんだから

 

 “琴葉”

 

琴葉「お父さん......」

 

 お父さんの過去の話を聞いたのは、今日が初めてでした

 

 いつも無口で、言葉が足りない人で

 

 どんな時でも同じような顔をしていたのを覚えています

 

 でも.......

 

琴葉(私のことも、お母さんのことも、ちゃんと考えてたんですね......)

 

 人生であまり感じられなかった、お父さんの愛情

 

 そこにずっとあったのに、私では見ることは出来なかった

 

 取り零してしまったものの多さに、私はひどく落ち込みました

 

篤臣「......琴葉ァ。」

琴葉「はい......」

篤臣「デカくなりやがったなァ......」

琴葉「......」

 

 お父さんは弱弱しい声でそう言いました

 

 いや、これでも、普通のお父さんくらいの声でしょう

 

 これくらい弱らないと、普通になれないんですね......

 

篤臣「お前ェの授業参観も運動会も碌に行ってやれなかったがよォ......片時も忘れたときはなかったァ......」

琴葉「......っ。」

 

 そんなことは分かっています

 

 お父さんが、お母さんの敵討ちを諦めてまで守ってくれたんですから

 

 その愛情を今さらですが理解できています.......

 

篤臣「......お前ェはあいつによく似てやがる。優しいとこも、自分のことはからっきしなとこも、何もかも......」

琴葉「そう、ですか......」

篤臣「だがァ、お前ェとあいつの違う所だってある.......それはァ......」

琴葉「それは......?」

篤臣「環那がいることだァ......」

 

 お父さんは南宮君の方に目をやり、そう言いました

 

 その表情は安心しきってる様子です

 

篤臣「あいつはすげェ.......俺とは比べ物にならねェ。俺に出来ないことくれェ、あいつは平気でしちまうだろうなァ......」

琴葉「......」

 

 .......実際、その通りです

 

 お父さんは確かにすごいです

 

 でも、お父さんは人間の範疇なんです

 

 それに私は気づかなかったんです......

 

篤臣「あいつはァ、お前ェを守ってくれる......どんな状況だろうとなァ......だからァ......」

琴葉「......」

篤臣「幸せになれよォ、琴葉ァ......」

琴葉「っ!!」

 

 お父さんの手が、私の頭に置かれました

 

 大きな手です

 

 昔、一度だけ撫でられた時と変わらない

 

 でも、あの時より優しい

 

琴葉「ひぐっ......ぐすっ......お父さん......っ。」

篤臣「くくっ、まさか、お前ェに泣かれる日が来るなんてなァ......」

 

 涙が止まりません

 

 遠く深くに眠っていた記憶が、長年お父さんを邪険にしてた後悔が

 

 その全部が私に降りかかってきます

 

 もっと、ちゃんと話していれば、今頃は......

 

篤臣「俺ァ、お前ェが生まれた時に、幸せってやつは全部前借したァ......」

琴葉「おとう、さん......っ。」

篤臣「俺の人生、一瞬たりとも、不幸な時間なんてなかったぜェ......」

琴葉「__!」

 

 お父さんの優しい言葉が、全部、突き刺さってきます

 

 あんなに冷たくしたのに、嫌いって言ってたのに

 

 なのに、まだ、お父さんは私を愛してくれてる

 

 その事実が、今までの自分を許せなくする

 

琴葉「ごめんなさい......っ、ごめんなさい......っ。」

篤臣「あやまるこたァねェ......こういう時に言う言葉は他にあんだろうがァ......」

琴葉「!......ありがとう、おとうさん.......っ。」

篤臣「......アァ。それでいィ。」

 

 私は出来るだけはっきりと、その言葉を口にしました

 

 でも、足りません

 

 私の取り零してきたものは、この言葉一つでは言い表せません

 

 いや、この後悔が消える日なんて、二度とこないんでしょう

 

 それくらい、重罪なんですから......

 

 “環那”

 

 人は失って初めて、そのものの大切さに気付く

 

 どんな人間でもその体験はするだろう

 

 俺でもしたんだから

 

環那(俺の言った通りになったでしょ?琴ちゃん。)

 

 いつかはこうなると思っていた

 

 篤臣さんの状態の悪さは見ればわかったから

 

 でも、俺には口を出すことなんて出来なかった

 

 状態の悪さと同時に、確固たる決意も感じていたから

 

環那(......でも、出来ればもう見たくなかったな。琴ちゃんの泣く姿は。)

 

 やはり、俺は万能じゃない

 

 琴ちゃんと出会って、泣かせるのは3回目だぞ?

 

 何度も同じ失敗をしている

 

 難しいね、人間って......

 

篤臣「環那ァ......」

環那「!」

 

 そんなことを考えてると、篤臣さんに呼ばれた

 

 俺にも何か言う事があるのか

 

篤臣「後は、頼んだぞォ......」

環那「......!」

 

 その言葉に込められた意味を俺はすぐに理解した

 

 組も、敵討ちも、琴ちゃんも

 

 そのすべてを俺に任せる、と言ったんだ

 

 この人は、ほんとに......

 

環那「......はい。任せてください。ただし、嫉妬しないでくださいね?篤臣さんより上手くやっても。」

篤臣「バカ言えェ......誰がお前に勝てるってんだァ......」

環那(......もう、限界か。)

 

 篤臣さんの死期はもうすぐそこだ

 

 もう最後の力を振り絞ってるだろう

 

 そんな状態でも、この言葉の力か

 

 恐ろしい人だ

 

篤臣「......なァ、環那ァ......」

環那「はい。」

篤臣「俺ァ、お前の捨て駒くれェにはなれたかァ.......?」

環那「......」

 

 篤臣さんは俺にそう聞いてきた

 

 その問いに、俺は珍しく本心を答えることにした

 

環那「俺に今をくれたのは篤臣さんだ。捨て駒なんてものじゃない。俺の恩人で、父ですよ。」

篤臣「そうかァ......」

 

 そう答えると、篤臣さんは満足げに笑った

 

 まるで、天にも昇るような笑顔だった

 

 恐らく、俺と琴ちゃん以外、誰も見たことないだろう

 

篤臣「上出来だよなァ......環那ァ......」

環那「......(向こうでまた会いましょう。お元気で。)」

琴葉「おとうさんっ!!」

 

 その言葉を最後に、部屋の中にピーっと無機質な音が鳴り響いた

 

 それはまさに、死を告げるもの

 

 享年47歳......か

 

 あまりに、早すぎる

 

環那(夫婦2人ともが、最後に俺の名を呼ぶ......か。)

 

 まーた、重くなる

 

 俺は何人の人生を背負えばいいんだろうか

 

 これもまた、運命なのだろうか

 

 そんなことは分からない

 

 でも......

 

環那(背負わされたとは思いませんよ。篤臣さん。)

 

 俺は篤臣さんの傍らで泣く琴ちゃんに歩み寄った

 

 こんなに泣いてくれただけ、篤臣さんは満足だろう

 

 最後にちゃんと、最愛の娘と一緒にいられたんだから

 

琴葉「うぐっ、ひぐっ、おとうさぁん......」

環那(そう。背負わされたんじゃない。元からそのつもりだったんだ。)

琴葉「......!みなみや、くん......?」

 

 ただ、少し重みが増しただけ

 

 俺のやることは何一つ変わらない

 

 シンプルに己の欲望に従う

 

 もう泣かせない、笑顔にし続ける

 

環那(俺は、君を幸せにしたい。)

 

 俺は泣きじゃくる彼女を軽く撫でながら

 

 この子を幸せにすると、決意を固めた

 

 

 

 

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