「ヨッシャ! 全科目、赤点回避!!」
「まさか、全科目、俺頼りとは……」
ガッツポーズをしているヒムの横でコウが、呆れたもんだとため息をつく。
ついでにコウは、本当にヒムに赤点をとらないギリギリのラインのカンニングしかさせなかった。
後々、ヒムの答案用紙を覗くと、選択問題をまぐれ当たりして2.3点プラスさせている以外、コウの教えた答えの場所しか正解していなかった。
終業式が終わった翌日、ヒムとイノコは、コウに「村へ行く準備が出来た」と呼び出された。
呼びだされた場所へ行くと、ライダースーツを着たコウが待っていた。そのすぐそばには、荷物が括りつけられたバイクが二台止められており、そのうち一台にはサイドカーが取り付けられていた。
「調べてみたら、村までは結構距離があって、大体2.3日はかかるから、その間の荷物も用意した」
「でも、バイクなんて乗れる?」
「王白に、変身の訓練と並行してバイクも乗れるように訓練したから、大丈夫だ。
王白、これに着替えろ」
「え? なんで?」
「変身する度に服を破いていたら、服を何着用意すればいいか、わからんだろうが、だから、仲間に頼んで、これを用意してもらった。これなら、変身しても破れる心配はない。おまえ様に変身後の腕の分もちゃんとつけてある」
コウは、ライダースーツを広げて見せた。確かに、脇のところに袖の様なものが付けられていた。普通に着る分にも、飾りのように見えて、違和感はなかった。
「おお、カッケぇ!」
早速、ヒムは、服を着替えに、物陰に入って行った。しばらくすると、ライダースーツを身につけて戻ってきた。
コウは、二人にヘルメットを投げて渡す。ヒムがバイクに跨り、その後ろにイノコが乗ろうとしたが、コウがイノコの襟首を掴んで止める。
「おまえは、こっちだ」
「どうして?」
「王白の運転は粗い。あいつはコケても大丈夫だが、おまえ、あいつの巻き添え食らって紅葉卸になってもいいのか?」
「……飛虫さん、よろしくお願いします」
イノコは、そそくさとサイドカーに乗り込んだ。
コウもバイクに跨ると、エンジンをかけ、バイクを発進させた。その後をヒムが追いかける。
二台のバイクが走り去る姿を遠くのビルの上から、一組の男女が見つけていた。
にやりと笑ってトランシーバーを手に持った。
「このカメレオンと…」
「スパイダーにお任せください。組織に逆らう者たちを地獄へ送って見せます」
コウが言った通り、ヒムの運転は荒く、何度か転倒しかける姿もあった。それを見る度にヒムの後ろに乗らなくて良かったとイノコは思うのだった。
そして、途中で休憩をはさみながら、走り続け、暗くなる頃、三人は森の中にいた。
「今日はここで寝るぞ」
「「ええ!?」」
「宿泊施設だと、金がかかる。万が一敵に襲われたら、周りの迷惑になる。ここなら、もし、襲われても好きなだけ暴れられる。
王白、向こうに川があるみたいだから、水をくんでこい」
コウは、荷物の中からバケツを取り出してヒムに投げて、森の奥を指差した。
ヒムはバケツをキャッチすると、指差された先を見る。
「なんか出そうなんだけど……
ペットボトルあるんだから、それ使えばいいじゃん」
「これは飲み水。おまえが汲んで来るのは、火の始末とかに使う分だ」
「あ、なるほど。でも、暗くて見えねえよ」
まだ日は落ち切っていないが、森は暗かった。
「改造人間なんだから、大抵のことは何とかできる。目を強化すれば、暗視が出来る。大丈夫だ」
「本当かよ……本当だ、良く見える!」
コウの言う通りにしてみると確かに、真っ暗だったはずの森の中が、見えるようになった。
ヒムが歩いていくのを見送り、コウは手早くテントを立てると、荷物の中から食材を取り出して、料理を始めた。
「へぇ、なかなか、上手なんだな」
「やっていれば自然と慣れる」
感心したように眺めるイノコに目を向けることなく、食事の準備を続けるコウの手が不意に止まった。
道路の方を見ると、そこには、コウたちが乗ってきたバイクのそばに一台のサイドカーが止った。
「……」
「なんだよ。あの人がどうかした?」
「……」
コウは、手に持っていた包丁と食材を置き、サイドカーから降りてこちらに向かってくる男の方へと歩き出した。
「お、おい!」
「下がってろ」
止めようと声をかけてくるイノコにそう声をかける間近に迫った男に視線を向ける。
「どうしました?」
「いや、火が見えたから、気になってね」
「友人たちと夏休みを利用して旅をしているんですよ」
普段のコウからは想像できないような、優等生のような受け答えをイノコは吹き出しそうになるのを必死にこらえていた。
その気配を感じ取ったコウは、秘かに後で殴ってやると決意した。
「飯の準備の途中なので…」
「まだいいじゃないか、どうせ、食べることなんてできないんだし、な!」
男の顔が一瞬で異形に替わり、口から何かを吐いた。
「ッ、やっぱりか!!」
とっさに横に跳んでそれを回避したコウは、すぐに変身して、敵に飛び掛かるが、それよりも早く、全身をクモの異形へと変えた男は、手から糸を出すと、それを使って木の上に跳びあがり、コウの攻撃を避けた。
「クモか、めんどくさそうだな…」
「ったく、何がすぐだよ。結構歩くじゃないか」
ブツブツと文句を言いながら、ヒムは水を汲んで帰ろうとした。
「ねぇ、ちょっとそこのカッコイイボク?」
振り返ると、ライダースーツを着た女が立っていた。
「はい? うわっ、すげっ!」
ミヤコを上回るであろう、圧倒的な胸囲に思わず、声を上げた。
「うわぁ……」
だが、そのまま視線を上にあげて、ベタベタに塗りたぐられた厚化粧に思わず、声のトーンが下がった。
「失礼なガキね。こっちだって、好きで厚化粧してんじゃないのよ。お肌のノリが悪くてしょうがないのよ」
不快そうにつぶやく女の顔から化粧が剥がれ落ちていく。
「まぁ、気に入らない方がいいんだけどね。
殺っても心が痛まないし、ね!」
「うわっ!?」
口が裂けて口の中から何かが飛び出してきた。咄嗟に両腕を変化させて防御したことで身を守ることができたが、衝撃で、吹っ飛ばされた。
「いってぇ…やろぉ!」
「あたしは、野郎じゃないわよ」
顔が完全にカメレオンに変化した女は、肥大化した体がライダースーツを破き、木に飛び乗った。
「これでも喰らいやがれ!」
ヒムも完全に変化すると、近くにあった石を全力投球する。しかし、カメレオンは、それを軽々と躱す。
そして、身体の色を周囲と同化させた。
「き、消えた!?」
それは、保護色などというレベルではなく、完全なる同化、透明になってしまったんじゃないかとさえ思えた。
「ほぉら、ぼさっとしてんじゃないわよ!」
「ぐおぉっ!?」
どこからともなく飛んできた攻撃が脇腹を直撃し、木に叩きつけられた。
痛みに呻きながらも、体を起こしたヒムはじっとしていたら、ただの的になると判断して走り出した。
「逃がさないわよ!」
コウは、木々を足場にして跳び回り、拾った石を投げつける。だが、スパイダーは、それを糸の盾で防ぎ、糸を吐いてくる。それを躱し、接近戦を試みるが、糸の弾幕に阻まれる。
「クソっ! っ!?」
糸を回避し着地した瞬間、足元に違和感を感じた。スパイダーの糸を踏んでいた。
放たれる糸を避ける為に跳ぼうとするも、糸の粘着力の前に思うように飛べず、とっさに左腕でガードしたが、糸によって左腕が胸にくっついてしまい、動かせなくなってしまった。
「これで、自慢の足と、腕が一本使えなくなったわけだ」
「まだだ!」
強引に地面を蹴り、糸と糸がくっついた地面ごと跳んだ。
「ほぉ、なかなか頑張るじゃないか」
「ほらほら、逃げろ逃げろ!」
「クッソぉ」
ヒムは、ひたすら走っていた。敵の位置がわからない。
ワザと攻撃されて位置を特定して攻撃を仕掛けてもその時すでに敵はいなくなっていたり、攻撃に使われる舌を捕まえようとするも、早すぎてつかめない。
ヒムは、何かに導かれるように駆け抜けていく。この方向に進めば、必ず、現状を打開することができる。
ヒムは無意識のうちに、何故か、そう確信していた。
そして、不意に、目の前に飛んできたモノとぶつかった。
「いってぇ……って、飛虫」
「変身しているってことは、お前の方にも敵が来ていたのか」
「やっぱり? どういうことだよ?」
「俺のところに来た敵が、誰も何も乗せていないサイドカーに乗っていたから、そう、予想していたが……ッチ、追いついてきたか」
コウが睨む方を見ると、そこにはスパイダーの姿があった。
「合流したか。だが、雑魚が集まったところで!」
吐き出された糸をヒムは咄嗟に跳んで躱すが、コウは反応が遅れて唯一残っていた足にまで糸を浴びてしまった。
「何やってんだよ! んなもん!」
身動きが取れなくなったコウに駆け寄り、糸をたやすく引き千切った。
(俺の力じゃ、どうやっても引き千切れなかった糸をこうもたやすく……)
「伏せろ!!」
「どわぁっ!?」
自由になったコウは、ヒムの身体を掴むと、地面に叩きつけた。その直後、二人の頭があった場所を、カメレオンの舌が通過した。
(飛虫のやつ、見えてんのか!?)
「へぇ、良く躱したわねぇ」
姿を現したカメレオンがギョロッとした目で二人をとらえて、ニタリと笑った。
「おい、王白」
「なぁ、飛虫」
「「相手代えないか?」」
二人とも同じことを考えていたらしい。
二人ともそれ以上何も言わず、ヒムはスパイダーに、コウはカメレオンに、それぞれ飛び掛かっていった。
「オラァッ!!」
「なっ、こいつ、糸を!?」
吐き出した糸を両腕で受け止め、そのまま引き千切り、脇から生えた第三第四の腕で、殴りかかる。
すぐに糸を出して、進行を妨害しようとするが、四本の腕でたやすく引き千切り、スパイダーの顔面に拳を叩き込んだ。
「げはぁっ!?」
「まだまだぁっ!!」
連続で繰り出されるヒムの拳がスパイダーの身体に突き刺さる。
殴られた勢いで、木から転落したスパイダーを追って飛び降りたヒムに向かってスパイダーは、両手と口から糸を出して、ヒムの全身を拘束する。
「死ねぇ!!」
そのまま地面に向かって叩きつけようとする。
「うざってぇ!!」
だが、ヒムは、それを力任せに破り、着地すると、スパイダーとつながっている糸を左手二本で掴み、引っ張った。
「よいしょっ!」
「うおおっ!?」
堪えようとしたスパイダーだったが、純粋な力ではヒムに敵わず、引き寄せられ、二つある右拳を顔面と腹部に叩き込まれ、吹っ飛んだ。
カメレオンは、保護色で姿を消して、コウに攻撃を仕掛けるも、コウは、危なげなくカメレオンの攻撃を回避して見せた。それだけにはとどまらず、コウは迷うことなくカメレオンに向かって跳び、蹴りを繰り出した。
咄嗟に躱すことができたが、カメレオンは驚愕していた。
「何故、私の居場所が!? まさか、見えているとでもいうの!?」
「いや、見えねえけど、テレパシーで感知できる。そこだ」
木を足場にして跳んだコウの放ったパンチが直撃したカメレオンが吹っ飛ばされる。
「ぎゃあぁっ!?」
殴り飛ばされた先には、同じように殴り飛ばされたスパイダーとぶつかった。
「グハッ」
「あぐっ」
しかも、スパイダーの糸が絡まり、身動きが取れなくなってしまった。
「は、離れろ!」
「あんたの糸でしょ、あんたが何とかしなさいよ!」
「行くぞ、王白!!」
「オウよ!!」
コウとヒムは同時に飛び、二体に必殺の跳び蹴りを叩き込み、貫いた。
「……」
死んだ二体をヒムは、黙って見つめていた。
「殺さなくても良かったんじゃないか? 助ける方法があったんじゃないか? ってことろか?」
「ッ!」
コウに自分の思いを言い当てられてヒムは顔を上げた。
「どうしてわかるのかって? てめぇから、そういう電波が出てるんだよ。
言っておくが、不可能だ。
こいつらは第三段階…つまり、脳改造を受けた改造人間だ。
そこまで改造された奴を直すなんて、少なくとも、俺は方法を知らない」
「……飛虫は何も思わないのか?」
口にしてから、酷い質問をしたと思った。
コウという男は悪ぶっているが、けっして嫌なやつじゃないことは、この短い付き合いでもよくわかっている。
そんなコウは、前に学校でイーグルを躊躇なく殺し、今も無我夢中で戦った結果、殺してしまった自分と違い、間違いなく殺すつもりで戦い、実際に殺した。自分と会う前から戦ってきたコウは、きっと、もっとたくさんの改造人間を殺してきたはずだ。
「考えてもしょうがないと諦めたのが半分。これが俺にできる救いなんだと思うようになったのが、半分だ」
「救い?」
コウの言っていることが分からず、聞き返した。
「中には望んでなったやつもいるかもしれない。でも、俺やお前みたいに勝手に改造された奴もいる。
人を傷つけたいと思っている奴は多くない。そう思っている奴でも、改造されれば、それをするようになっちまう。
本当は望んでないことをやらされる。そういうやつを救っているんだって思えば……」
コウは、自分の手を見つめてそう言った。
ヒムにはわからなかったが、コウには、見つめた自分の手が拭ってもぬぐいきれないくらい紅く血に染まって見えた。
ついにたどり着いた神台村。
村の様子はおかしい。
警戒する三人に、組織の罠が襲い掛かる。
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