隠し部屋から出て、暴走したヒムが破壊して開けた壁の穴を通って進んでいく二人の前に研究員や警備員と思われる虚ろな目をした人間が十数人現れた。
その全員が銃器を手にしており、その奥にはヒムの話していた少女・糸文ハクがいた。
「全員、洗脳したってとこか? 先に言っておくが、相手が人間でも、組織のヤツなら、俺は躊躇しない」
「えぇ…俺は躊躇するんだけど」
「お前はあの女のところへ行く事だけを考えてろ。雑魚は俺が相手する」
二人が変身すると、ハクが手を振った。それに合わせて研究員たちが、銃器を構えて一斉に発砲を始めた。
「前に壁をイメージ」
「オウ!」
ヒムの後に隠れるように下がったコウの指示を聞いて四本の腕を前にかざす。
銃弾の豪雨がヒムの前だけ見えない壁に阻まれて弾かれる。
その様子を見て、コウは内心舌打ちしていた。
(そっち特化型だからって、実戦一発目で成功させるなよ……こちとら何日も訓練してやっとできるようになったことなんだぞ)
「出る。おまえは、前だけ見て進め!」
加速したコウは、ゆっくりと向かって来る銃弾を躱し、時には弾いて研究者たちの中に飛び込む。
「来い!」
「オウ!」
銃撃を防いでいたヒムが跳び、コウの肩を足場にしてもう一度跳ぶ。閉鎖空間の為、十分に跳躍力を活かせないが、コウが中継点となって再度跳躍することで、ヒムは糸文ハクにたどり着いた。
研究員たちは、コウを四方八方から銃撃するが、加速するコウは銃弾の雨の中を舞うように脱し、壁や天井を使って縦横無尽に跳びまわる。
味方が隣接した状態で躊躇なしに射撃して味方を殺している姿にコウは、違和感を覚えた。
(細かい指示がされていない? なんだ? 甘い…匂い? ッ!?)
「王白! 退け! そいつは超能力じゃなくて、毒で洗脳しているんだ!!」
コウは声を上げたが、ヒムはすでにハクの前まで行ってしまっていた。
(いまさらそんなこと言われたって、退けねぇよ! こうなりゃ、だ!一か八かだ! たしか、ミヤコさん曰く、テレパシーは額から!)
「うおおおおっ」
ハクが背中から羽を出して、蝶の異形に変身したが、ヒムは四本の腕で彼女を拘束するとそのまま頭突きをする勢いで、自分の額と相手の額を合わせた。
「……ッ!? あれ? ここ、どこだ?」
気が付いた時、ヒムは長い通路に立っていた。曲がり角などなく、ただ一本道の通路。
「とりあえず、進むしかないか……ってなんか、少し前にも似たようなことがあった気がする」
そんなことを呟きつつ、ヒムは通路を歩き出した。
「あれ?」
通路には窓がなかった。
外がどうなっているのだろうと思いながらも歩いていると、小さな窓があった。外を覗くと、小さな子供を抱えた大人がいた。何か話しているようだが、窓越しには聞き取れなかった。
「?」
少し進むと、再び窓があった。覗き込むと、何人もの幼い子供が遊ぶ姿があった。
「ン? ンンン?? あそこにいるの俺じゃね? いや、でも……あれは上ノさんちのシチジンだよなぁ、あっちは牛予さんちのサトちゃんだし……」
ヒムは、遊ぶ子供の中に幼少の自分やこの村の友達たちを見つけた。
さらに進むと同じように遊ぶ子供たちの姿が見える窓があった。ただ、明らかにさっきよりも成長していた。
「ケンとジュウもいるなぁ……
あれ? そういえばハクちゃんの姿がない?」
疑問を抱えたまま、進む。
次の窓では、先ほどよりもさらに成長した姿があった。だが、その光景に、ヒムは、目を見開いた。
「う、ウソ…だろ……なんで、なんでだ!?」
そこにあった光景は、改造される友人たちの姿があった。この村が危険であるとわかった時に覚悟はしていたつもりだった。だが、実際に見せられて「やっぱりか」などと簡単に納得できるほど、割り切れてはいなかった。
全力で窓を殴り、友を助けようとするが、窓はヒムの全力の拳でもビクともしないほど強固だった。
「クソッ、行くしかないのかよ!」
先へ進むと再び窓があった。窓の先には、鏡があり、そこには、糸文ハクの姿が映っていた。だが、ヒムと鏡の間にハクの姿はない。
鏡の中のハクの身体が変化し、囚人服のような服が破けて蝶の異形へと姿を変える。
「もしかして、今までのってハクちゃんの記憶?」
それなら、今までの窓にハクがいなかったのも、鏡に映るハクにも説明がつく。
次の窓の外を見た時、先ほど以上の力で窓を殴り付けた。
そこには、トラの異形となったシチジンとバイソンの異形となったサトが戦っていた。何かを訴えかけているサトに対して、虚ろな様子のシチジンが一方的に攻撃していた。
シチジンの様子が、ここに来る前に見た研究員たちの姿にダブって見えた。
「ハクちゃんが…やらせてるのか……」
目の前で見せられている光景は、過去の出来事の記憶であり、干渉することはできない。それでも、じっとしてはいられなかった。
サトがシチジンに噛み殺される姿を、何度も窓を殴り付けながら見せられた。最後の瞬間、わずかに窓の外がゆがんだ気がした。
ヒムは、進むべき先を睨みつけ歩き始めた。
ヒムの前に大きな扉が現れた。
ここにたどり着くまで、ハクによって狂った人間、味方同士での殺し合い、それをいくつも見せられた。
ヒムは、四本の腕で、力任せに扉をこじ開けた。
中には、二人の糸文ハクがいた。一人は、小さな檻に押し込められていた幼い糸文ハク。もう一人の糸文ハクは、サディスティックな笑みを浮かべて、檻に足をかけていた。
「あら? お客さんね」
「……」
檻の中の方は、虚ろな表情で視線もどこを見ているのかわからない。
「久しぶりだな、ハクちゃん。俺だ、王白ヒムだよ!」
ヘルメットを外して人間に戻ったヒムが声をかける。
「ヒム…くん?」
檻の中にいるハクがわずかに反応した。もう一人のハクはわずかに考えるそぶりをしてから「ああっ」と声を出した。
「思い出したわ! 裏切者の孫で逃亡者の子だったわね」
「裏切者? 逃亡者?」
「そんなことどうでもいいけどね」
聞きなれない言葉に反応するヒムだったが、ハクは黒い蝶の異形へと体を変えると、ヒムに襲い掛かった。
「このバタフライが、毒だけの怪人だと思わないことね!」
ヘルメットをかぶって変身したヒムが突っ込んで来るバタフライをバリアで受け止める。
「チィっ! 硬いわね! で・も、毒は防げないわよね?」
バタフライが羽をはばたかせると、キラキラと光る鱗粉が舞う。
「うわっ!」
慌ててヒムは飛びのくも、離れた分だけバタフライは追いかけてくる。
「このぉっ!」
「ハズレぇ」
反撃に出たヒムだが、繰り出した拳をバタフライはヒラリと躱し、ヒムの背中を蹴り飛ばす。
「っと、この野郎!」
「ざぁんねぇん」
振り向きざまに放った裏拳も軽々と躱し、脳天に踵落としが叩き込まれた。
ヒムが反撃するも、どの攻撃もバタフライはまさに蝶の如く舞って躱して攻撃してくる。さらにバタフライが羽ばたくたびに毒の鱗粉が舞い、ヒムを追い詰めていく。
(クッソぉ……うまく体が動かなくなってきた。
ただの蝶なら、虫取り網とかで…いや虫なら両手でバチンと……
あ……)
「そろそろ、毒が回ってきたみたいね」
「うるせぇよ。こっから、大逆転かましてやるよ」
「あら、それは楽しみねぇ!」
向かってくるバタフライに対してヒムは四本の腕を突き出した。
「また、サイコバリアなんて、芸がなさすぎよ」
前面に展開されたであろう不可視の壁をヒラリと乗り越えて背後に回り込んだバタフライだったが、ヒムはそこからバタフライの予想外の行動をした。
パンッという音と共に四つの手を拝むように合わせたのだ。
「ひぎっ!?」
その次の瞬間、バタフライは左右から何かに挟み込まれた。
「言っただろう、こっから逆転するってさ!」
思うように動かない体を引き摺るように反転させてバタフライと対面したヒムは、ゆっくりと腕を振り上げた。
「これなら逃げられないよな?」
「何を!?」
「名付けてサイキックバリアサンド! んでもって、これでも喰らいやがれ!!」
繰り出されたパンチは、毒の影響で普段の力の何分の一程度の威力しかなかったが、バタフライを弾き飛ばすには十分な威力だった。
「くぅ……まだ、身体が動くうちに…」
鈍い身体を無理やり動かして、ヒムは檻の前まで行くと、四本の腕を使って檻を引き裂いた。
「ハクちゃん、早く出るんだ」
「ヒムくん……」
ハクに向かってヒムは手を伸ばすも、そこで、限界が来て倒れた。
「ヒムくん!?」
倒れたヒムにハクが縋りつくが、ヒムに殴り飛ばされたバタフライがフラフラと近づいてきて、ハクを蹴り飛ばした。
「キャッ」
「ハクちゃん!? やめろっ!」
「何、囚われのお姫様みたいな顔してんのよ! シチジンにサトを殺させた時も、組織に邪魔な人間を殺した時も、あんただって、楽しんでたでしょうが!」
自分を睨むヒムに気が付いたバタフライは、そんなヒムを踏みつけた。
「何? お前がやったんだろうとでも言いたそうね? そうよ、私がやった。でも、私はそいつだし、そいつは私なの。
私は、脳改造で誕生した人格なのは事実。でぇも、何もないところから、私みたいなのが生まれるわけないじゃない。
こいつには、他人を跪かせて支配したい、貶めたい、殺したいって思いがあったのよ」
「……るせぇよ」
「ん? 何か言ったかしら?」
「うるせぇって言ったんだよ! 綺麗な心だけのやつなんているわけないだろう!! どんなやつだって大きい小さいあっても汚い心ってのを持っているんだ!! それを自分の中で抑え込んで、向き合って生きているんだよ!」
ヒムは、動かない体でも精一杯の声を張り上げて怒鳴った。
「うるさいわね!」
「アグッ、イギィッ!?」
ガンガンと苛立たし気に、バタフライの足が何度もヒムに振り下ろされた。
コウは向かってくるバタフライに操られた男たちを次々と倒していった。
「……動きが変わった?」
先ほどまでは、離れれば銃撃。近づけば、警棒やナイフを振り回す。と、単調な動きばかりだった男たちの動きが急に変化し、明らかに連携された動きになっている。
バタフライが、細かな指示を出しているのかと思い、そちらに視線を向けるが、未だ、ヒムと抱き合うような恰好のまま、動く様子が見えない。
「ッチ、こそこそと、そこか!!」
コウが手刀を振り抜くと、何かを斬った感触があった。
「毛? いや、触手か?」
斬ったそれを掴んで何かを確認しようとするも、銃撃に晒され、とっさに加速して敵を倒したが、加速した際の摩擦で、手の中にモノが焼けて塵になってしまった。
「あ、クソッ! まだうまく使えてないな」
まだ、ヒムは帰ってこない。
自分が自分でなくなっていく恐怖、自分なのに自分じゃない別の自分が、大事なものを奪っていく。
閉じ込められた暗闇の中、一縷の光が差した時、少女は立ち上がる。
次回 Double Guardian 第七話「反逆」