「……もう、やめて」
それはとても静かな声だった。
バタフライがヒムを踏みつける音と、ヒムの呻き声だけだった。空間でハクの声は良く通った。
「何か言ったかしら?」
「ッ!! もう、やめてって言ったの」
バタフライがにらみつける。今までのハクならば、すぐいおびえだしただろう。だが、今のハクは、バタフライをまっすぐに睨み返した。
「ずっと、あなたが怖かった。だって、私よりもずっと強かったから。だから、助けてくれる誰かが来るまで閉じこもって自分を守ってきた。
最悪、あなたが消せるなら、身体を殺されてもいいって思ってた。みんなに酷いことをしたんだから、それが当然の報いだと思うし。
でも、助けてくれる誰かが来た。
あなたを倒して、私は私を取り戻す!」
ハクの背中に白い羽が生え、白い蝶の異形へと変化して、羽をはばたかせた。キラキラと鱗粉が舞う。
「私よりも弱い、あんたが何を吠えたってムダムダ」
「そうでもないよ。私とあなたは、同じ毒を生成する能力がある」
「何を当たり前のことを……まさか!?」
バタフライ(白)の言わんとしていることに気が付いたバタフライ(黒)が、慌てて飛び退こうとするが、それよりも早くヒムの腕がバタフライ(黒)の足を掴んでいた。
「うおりゃああああああっ!!」
そしてそのまま、腕力にものを言わせて、バタフライ(黒)を投げ飛ばした。投げられたバタフライ(黒)は空中で体勢を立て直す。
「なんか、急に動けるようになった!?」
「私が、あいつの毒を中和する毒を撒いたから」
体を起こしたヒムの隣にバタフライ(白)がふわりと降り立った。
「ってことは、もう、あいつの毒を気にしなくていいってことか?」
「限度はあるけどね」
バタフライ(白)の言葉に、仮面の中でヒムは笑った。
「なら…勝ったな!」
「え? 私も加勢するけど、勝利宣言は早くない?」
ヒムに、バタフライ(白)が諌めるように声をかける。
「そうよ。たとえ、毒が効かなくても、あんたは私をとらえられるのかしら? さっきみたいなラッキーはもう起こらないわよ!」
「閃いちゃったんだよね。ちょっとコウの戦い方を参考にさせてもらうけど!」
そう言うと、ヒムはバタフライ(黒)に向かって跳び出した。
当然、ヒラリと躱すバタフライ(黒)だったが、すぐに再び迫ってくるヒムに慌てて再度回避する。
おかしい。躱された後、再び跳びかかってくるまでのタイムラグがあまりにも短すぎる。
バタフライ(黒)の疑問は、目の前で実演されてすぐに解消された。
躱されたヒムは、空中で着地してバタフライ(黒)に跳びかかっていく。
「ッ!? サイコバリアね!? バリアを足場にして!」
「正解!!」
コウが、閉鎖空間でやっていた軌道を、ヒムはサイコバリアを用いてやっている。
しかも、段々とサイコバリアの展開に馴れてきているのか、躱されてからサイコバリアを展開するまでのタイムラグまで短くなってきた。
元々、鱗粉による洗脳や毒殺を得意とし、また、蝶特有のヒラヒラした飛び方で相手に狙いを定めさせない回避能力を持つ。
だが、その反面、直接的な攻撃力や防御力は、常人をはるかに超えているとはいえ、改造人間としては、貧弱だ。
バタフライ(黒)は、回避の合間に毒を放つもバタフライ(白)がそれを中和してしまい、ヒムの攻撃精度が向上していく事で、毒を散布する暇を失い、必死に回避する。
だが、そのあがきも、ついにヒムの鋭い爪が、バタフライ(黒)の左の羽を切り裂いた。
「取った!」
「ひっ!?」
ヒムは、足元にサイコバリアを生み出し、下へ向かって跳躍する。急激な加速にバタフライ(黒)は自身の制御を完全に失った。
ヒムは、自身の足でバタフライ(黒)の頭部を挟み、四本の腕で腕と足を掴み、そのまま、床へと高速で降下する。
「イケええっ!!」
床に叩きつけられたバタフライ(黒)は、ヒムが手足を開放すると、ばたりと倒れ、そのまま光の粒子となってバタフライ(白)に溶け込み、彼女の羽に黒い紋様が浮かび上がった。
「ハ、ハクちゃん、ちょ、大丈夫なの!?」
「うん。私の中にあった、一部が戻ってきただけだから」
人の姿に戻ったハクがにっこりと笑う。
絶世の美少女の笑顔を間近で見せられたヒムは、つい視線を反らしてしまった。
「な、ならよかった。じゃあ、戻ろっか……って、どうやって戻ればいいんだ!?」
「大丈夫」
そう言ってハクが手をかざすと扉が現れた。
「へ? ハクちゃん、何やったの?」
「ここは、私の世界だもん。出口ぐらい簡単に作れるわ」
早速、ヒムが扉の方へ向かおうとすると、ハクがヒムの手を掴んだ。
「ハクちゃん?」
「ヒムくん、助けに来てくれてありがとう!」
「うん!」
ヒムは、扉をくぐった。
「……ぁ、うわああっ!? イってえええっ!!」
ヒムが目を覚まして周囲を見回すと、医務室のような場所で寝かされていた。しかもすぐ隣にはハクの姿があった。
すぐそばにあるハクの顔に驚いて、飛び退いてベッドから落ちて、悲鳴を上げた。
「うるせぇよ」
「あがっ!? コウ、いきなり叩くなよ!」
「叩いてねぇよ。殴ったんだよ」
「なお、悪いわ!!」
ヒムが振り返ると、マスクを脱いで、面倒くさいというのを隠そうともしない顔でコウが、立っていた。
「ン……ンン…」
ヒムに遅れてハクも目を覚ました。
「ハクちゃん、大丈わぁっ!? こ、コウ、何すんだ!?」
目を覚ましたハクに、声をかけようとしたヒムの首にコウの腕が巻き付き、強引に後ろを向かせられた。
文句を言うヒムを無視して、コウは手に持っていた袋を後ろを向いたままハクに差し出した。
「落ち着け。それと、これ服だから着てくれ」
「え? あ……」
「え? きゃぁっ!? あ、ありがとうございます!」
コウの言葉で、ハクが裸だったことを思い出した。
背後でごそごそという服を着る音を聞きつつ、コウに手を引かれて隣の部屋に移った。
「……上手くいったみたいだな」
「ああっ! コウが、やり方を見つけてくれたおかげだ」
「いや、あの女の能力は超能力じゃなかった。俺の言っていた方法なんて使ってない。おまえが、自分で考えて自分で何とかした結果だ」
「それでも、コウのおかげであることには違いないよ。ありがとな!」
「……」
コウからの返事はなかったが、ヒムは気にしなかった。
少しして大きめのYシャツ、ベルトで無理やりウェストを合わせて裾をまくったズボンを穿いたハクが隣の部屋から現れた。
「あ、あのぉ……下着とかなかったの?」
「すまん。探したけどなかった。誰が穿いたかわからない男物ならあったけど……」
「あ、うん、それはちょっと…」
恥かしそうに聞くハクに、コウは頭を下げた。
(え? 下着とかなかった? ってことは今のハクちゃんはっ!?)
思わず、ヒムはハクの身体に視線を向ける。それに気が付いたコウの肘が、ヒムの脇腹にめり込んだ。
「ゲフッ!?」
「時と場合を考えろ」
「ヒムくんのエッチ……」
コウは椅子に、ヒムとハクは寄り添うようにベッドに座った。
「いくつか聞きたいことがある」
「はい」
「まず、この村は何なんだ?」
コウの質問に、ハクは一息おいて答えた。
「ここは、改造人間を作り出すための材料を生み出し、育てる為の牧場の一つ。
そして、改造人間を作り出す研究所でもある」
「はっ、産み育てて加工までしてんのかよ」
「おい、言い方!」
「他になんと言えと?」
身も蓋もない言い方をするコウをヒムが注意するが、効果は見られない。
「あ、そう言えば、俺の爺ちゃんが裏切者で、父さんが逃亡者ってどういうこと?」
「ヒムくんのお父さんは、ヒムくんに手を出さないことを条件に、組織に協力していたの。役目は、適性の高い子供を集めること。
でも、ヒムくんは博士の求めるガーディアンの適性があったらしくて、組織は約束を破ってヒムくんを改造したの。
それで、ヒムくんのお父さんは、第三者の協力を受けてヒムくんを連れて逃げたわ。
そして、お爺さんは、それを黙認した裏切者として処刑された……おじいさんの家がそのまま残っているのは、裏切者がどうなるのかを忘れさせないためだって」
「妙に詳しいな」
「組織の連中が、教えていたから。逃げたら、裏切ったらどうなるかって」
「でも、先に約束を破ったのは組織だろ」
「博士は、組織の幹部だから、その決定の前には、そんな約束なんて何の意味もないの」
コウは考えるそぶりを見せてから、切り出した。
「その博士って言うのは、ここにいるのか?」
「え? ええ、たぶん」
「そいつのいる場所を教えろ。殺しに行く」
「ちょ、ちょっと待て! そんなことよりも、他のみんなを助ける方が先だろう! それにイノコのことも探さないと!!」
「他のみんな? そいつみたいに全員を救うとでもいうつもりか? 一度うまくいったからって、調子に乗るなよ」
ヒムに冷たく言い放つコウに、ハクが待ったをかけた。
「もしかしたら救えるかもしれない。
私の教育係だった改造人間の人が言っていたわ。20歳を過ぎれば、苦悩もなくなるって。
たぶん、今の私とは逆に、脳改造で作られた人格に今までの人格が取り込まれるってことだと思う」
「そういえば、人格形成の未熟な未成年の方が、改造するのに適していると書いてある資料があったな」
そうつぶやいた時、突然、二本の角が壁を破壊して現れ、コウを挟んだ。
「ぐおおっ!?」
即座に変身したコウは、角を掴んで、押し広げようとするも、角の挟む力の強さもコウの力に負けつ劣らずであった。
角は、コウをぶんぶんと振り回して投げ飛ばした。
投げられたコウにヒムとハクが駆け寄ろうとするも、コウに手で制された。逆の手にはいつのまにかマスクを持っていた。
破壊された壁から、黒光りする装甲をまとった巨体の異形が現れた。先ほど角だと思っていたのは、顔の横から前に生えた大顎だった。
「おい、女」
「お、女!? それって私の事!?」
「こいつは?」
名前ではなく、女呼ばわりされたハクが、怒りの表情を浮かべるも、コウはヘルメットを装着して敵から視線を放さずに問う。
その問いの意味を理解したハクは、小さく息を吐いて心を落ち着かせる。
「スタッグビートル。ベテラン中のベテランよ」
「ベテランか……
王白! その女連れて先に行け! こいつは、俺がやる」
「でも、みんなで戦った方が「効率の問題だ。先に行け!」 わかったよ! すぐに追いつけよ!」
ヒムは、ハクの手を取り、スタッグビートルがいるのとは反対の壁を変身してぶち破ると、走り出した。
「このワシを一人で相手にするか」
「ああ、あいつらはいても邪魔だ」
加速したコウの拳がスタッグビートルの腹に叩き込まれる。
「ッ!?」
「その程度の力で、よく大口をたたけたものよ」
まるで生身の身体で分厚い鉄の壁を叩いたかのような感触に驚愕するコウに、スタッグビートルの丸太のような腕が振り下ろされる。
とっさに後ろに飛んで躱すも、待ち構えていた大顎が迫る。
「チィっ!」
両腕を強化して大顎を受け止める。
「あれだけの力しかないかと思ったら。ワシの鋏を受け止める力がある……よくわからん奴だのぉ。
だが、その状態でこれは受けられんだろう?」
再び、大きく振りかぶった拳が迫る。
コウは身をかがめて大顎から脱して後ろに転がって距離を取ろうとするも、スタッグビートルの脚が迫る。
ブレイクダンスをするかのように身体を捻り、迫る脚に強化した回し蹴りを叩き込んで狙いをそらす。
そして今度こそ、距離を取った。
「フムフム、なるほどのぉ」
何かを納得したスタッグビートルは、その巨体からは想像できない速さでコウに襲い掛かる。
「舐めるな!」
コウはそれに対して、加速せずに拳に力を貯めて、自分からもスタッグビートルへと駆ける。繰り出される大顎の下をくぐって懐に潜り込む。
「甘いわっ!」
だが、その動きを読んでいたスタッグビートルの裏拳が、コウに叩き込まれた。
「ぐおっ!!」
ギリギリのところでガードしたが、コウは吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。壁が崩れてコウの上に降り注いだ。
「目にもとまらぬ早さ動けたかと思えば、速いが、把握できなくはないくらいの速さしか出さぬ。ワシに力負けせぬ力があるのかと思えば、簡単に吹き飛ぶ。ちぐはぐだのぉ」
瓦礫を押しのけてコウが姿を現した。
「ほほぉ、あれだけ派手に飛んで、すぐに動けるとは、耐久力が……違うな、回復力が高いのか」
肩で息をしているコウを見据えてスタッグビートルはつぶやいた。
手に入れた力でも、敵わない。
それで、戦士は立ち上がる。
物事を正しく認識した時、コウは真の力を得る。
次回 Double Guardian 第八話「誤認」