「……ふぁ…」
「お帰り、ヒムくん」
差し出されたハクの手を取り、起ち上がったヒムは横に視線を向けた。蠍の異形が自分よりも年下の少年たちに変わった。
「ケンくんとジュウくん、二人とも大丈夫?」
「うん、助けられたよ。
でも、まさか、二人で一体になっているとは思わなかった」
「良かった。じゃあ、次お願いね」
頷くヒムにハクは、にっこりと笑い、自分の背後を指差す。
そこには、体を痙攣させている蝙蝠の異形がいた。
「二人を助けに行ったヒムくんを倒そうとして襲い掛かってきたんだけど、私の毒のこと忘れてたみたいで。
ほら、リカちゃん、うっかりさんだから…」
やれやれと言いたげなハクに、ヒムは困った顔をしつつ、仲間を救うために精神世界に飛び込んだ。
コウの通常の身体能力では、スタッグビートルには敵わない。
攻撃力と防御力は言うまでもなく、速さは勝っているが、ヤツの反応できない速さではない。
超能力を使えば、一つ一つの分野で上回ることができるが、劣る部分で上回った分を帳消しにされてしまう。
加速して連続攻撃をするもスタッグビートルの耐久力を削りきることができない。
手足に力を集中させるもスタッグビートルの間合いの方が広く攻撃が届かない。
幾度となく、スタッグビートルの攻撃で弾き飛ばされる。
(まだ、まだだ……こんなところで、死んでたまるか…)
「まだ立つか…
だが、気力だけで立っているようじゃのぉ」
フラフラなコウにゆっくりと近づいたスタッグビートルが腕を振りかぶり、振り下ろした。
「ッ!?」
途切れ途切れの意識の中、迫りくる剛腕をコウは、本能的に受け止めた。
「ム?」
「ッ!?」
今までならば、その一撃は受け止められても、威力で吹き飛ばされて壁に叩きつけられていた。だが、今の一撃は、吹き飛ばされることなく、その場で受けきっていた。
(今、俺は何をした? あの腕を受け止めようとして、脚を踏ん張り、腕を上げて受け止める態勢を取った……
腕を強化して、ダメージを抑えつつ、脚も強化して踏ん張った?
二か所同時に強化した?)
「まだ、意識がはっきりせんようじゃのぉ!」
再び振るわれる腕を今度は加速して、距離を取ることで避けた。
(俺は、大きな思い違いをしていたんじゃないか? 超能力による身体能力の強化はスイッチのON・OFFによる切り替えじゃなくて、分配なんじゃないか?)
冷静に思考すると、コウの想像は間違っていなかった。
何故なら、加速するために強化しているのはどこか?
速く動くための足、思考を速める為の頭、大気の壁を突破するための全身、これらを強化して初めて加速することができていた。
何故、コウがそのことに気が付かなかったのか? それは、自身の能力を自覚した時、最初に戦った相手が悪かったのだ。
ライノスの強固な装甲を突破するには、一点集中で、それも100%の力を込めなければならなかった。
ぶっつけ本番でそれをやったコウは、無意識のうちに“必要な個所のスイッチ(100%)を入れる。同時押し(割り振り)不可”と思い込んでしまっていた。
できることが分かれば、100%を理解しているコウの順応は、早かった。
スタッグビートルの間合いに踏み込む。
繰り出される攻撃を受け止め、捌く。
「急に、何故!?」
「慣れたのさ。俺が俺自身に」
コウの足が鋭く振り上げられ、振り下ろされた。
その二撃だけで、スタッグビートルの最大の武器である二本の顎を切り落とした。
「な、何いいいっ!?」
「言っただろう。慣れたって、なっ!」
繰り出した拳を掴まれ、スタッグビートルは投げ飛ばされた。
(……まさか、本当に、ワシと戦っているこのわずかな間に、自分の力をものにしたのか?
何という才能……あのお方が守護者に選ぶわけじゃ。が、顎を失ったとはいえ、ワシはまだ、戦える。ならば、戦士として戦うのみ!
確かに、関節は弱い故に顎を落とせた。じゃが、逆に言えば、関節を狙わねば、ワシに攻撃を通せないということ!)
スタッグビートルは、拳を固めて、コウに向かっていく。
コウも、臆すことなく、スタッグビートルに向かっていく。
両者の距離が近づいていく。
お互いがお互いの間合いに、必殺の一撃を逸るには十分な距離。
両者が、攻撃のモーションに入る。
スタッグビートルは、大きく拳を振り上げ、真っ直ぐに振り下ろした。
(こやつの技は蹴り、ならば!)
「この距離ならば、拳の方が!」
スタッグビートルの予想とは裏腹に、コウの選んだ攻撃は、貫手…正確に言えば、貫手突きだった。
クロスカウンターで放たれたソレは、スタッグビートルの胸部の装甲と装甲のわずかな隙真を正確に突き刺さり、心臓を貫いた。
「ふはっ、見、ご…と……」
スタッグビートルの身体から力が抜け、コウに寄りかかるように、力尽きた。
かに思われた次の瞬間、スタッグビートルは、コウの身体に手を回し、締め上げた。
「なッ!? がはああぁっ!!」
相撲の鯖折りと呼ばれる技だった。ただ、相撲のように膝を着かせて終わりに等しない。腰をへし折る、いや、真っ二つにするまで、とまらないだろう。
「このっ、大人しく死ね!!」
コウは、スタッグビートルに突き刺していた腕を振り抜き、身体を斜めに切断した。
「ココデ、サラニ、進化スルカ……」
絞り出すようにスタッグビートルはつぶやくと倒れ、動かなくなった。
「進化? 進化、ねぇ……」
その言葉を自身になじませるようにつぶやきながら、コウは、膝を着いた。
「手持ちのカードを必死になって切っていくのが、進化なら、思いついたようにカードを増やしていくあいつは何だよ? 革命でも起こしてんのか? ん? これは?」
コウは、スタッグビートルの首筋に何か細い糸のような物があることに気が付いて、手を伸ばそうとした時、不意に感じた気配に、コウは振り返った。
「ッ!? おまえは……」
何人も現れる同郷の改造人間たちを、ヒムは精神世界にダイブして救った。
最初に仲間になったハクが、毒を操り、敵の行動を不能にできたこと。次に仲間になったケンとジュウの兄弟が防御力の高さから、精神世界に入って無防備になっていたヒムをハクの毒の射程外からの攻撃から守った。さらにリカの超音波によるソナーによって潜む敵の発見もできた。
「誰か来る!」
リカの声に全員が変身して身構えた。だが、それをヒムが止めた。
「大丈夫。仲間だよ」
部屋の出入り口に現れたのは、コウだった。
その肩には、気絶したイノコが乗っていた。
「コウ! イノコを助けてくれたのか!」
「いや、助けてない」
コウは、イノコを床に下ろすと、どっかりと床に座り、背中を壁に預けた。
「これから、お前が救ってこい」
「……それって、まさか…」
「ああ、こいつ、改造人間だった。しかも、ホエールと同種だ。
少し休ませてもらうぞ。外側の傷は治りやすいが、内側の傷は治りにくくて、な……」
そのまま、崩れ落ちるように横に倒れ、静かに寝息を立て始めた。
コウを知らないリカたちがコウに対して警戒している様子に、ヒムとハクがフォローを入れる。
それからヒムはイノコの精神世界へ旅立った。
ヒムがイノコの精神世界から帰ってくるのと、コウが目覚めるのはほぼ同時だった。
本来の心を取り戻したイノコは、ヒムとコウに土下座した。
「お前の目的…いや、お前が受けていた命令は何だったんだ?」
「……ボクが受けたのは、ヒムの監視だ」
コウの問い掛けにイノコは、チラリとヒムを見てから答えた。
「俺の監視?」
「ヒムを連れ戻せとか、殺せとかじゃなくて、監視しろって言われていた。
飛虫が転校してきてからは、飛虫も監視しろって命令に変わった」
「だから、転校した後、良く話しかけてきたのか」
「うん」
素直にうなずくイノコにコウは、思考を巡らせる。
「おかしいくないか?」
「それはボクも思ってた。飛虫の人間の顔は、全然知られていなかったけど、レジスタンスに寝返った裏切者のバッタの改造人間が組織の施設を破壊して回っている組織内でも有名だったから」
そう言ってイノコがヒムの同郷たちの方に、同意を求めるように視線を向けると、大半がうなずいた。
「だから、飛虫がそのバッタの怪人だってわかった時点で、ボクの方から飛虫の洗脳とか、殺しとかを提案したんだけどすべて却下された。
二人がここに来るって報告しても、同行しろとしか言われなかった。
施設内に入って上司に報告したけれど、何の返答もなかったから、飛虫を殺して功績としてのし上がろうと思ったんだけど、ね。
飛虫、ずっとボクのことを疑っていたんだろう?」
「疑われていないと思ったか? 最初から怪しさしかなかったぞ。
おまえ、洗脳ありきだろう? 俺に洗脳は効かないからな」
潜入任務にはそれなりに自信があったイノコは、がっくりとうなだれた。
「ついでに、どの辺りから怪しいって思ってたのさ?」
「ワシ野郎と戦った頃からだ。化物を見て腰が抜けていたやつが、服のことに気がまわせるかよ。
ついに、その前までは、やたらと話しかけてくるから、気持ち悪いやつだと思ってた」
コウの告白に、イノコは渋い顔になった。
ヒムとコウ、それぞれに襲い来る刺客たち。
強さへの、チカラへの渇望が、高まり、限界を超えた時、彼らの進化は加速する。
次回 Double Guardian 第九話 「発光」