彼氏に振られて傷心中の女の子を慰めた結果 作:naonakki
……しくしく
……どうしてこうなったのだろう?
僕は今、某ショッピングモールのエレベーター内にいた。
白い無機質な壁に囲まれたそこは、どこにでもあるような一般的なエレベーターであり、特筆すべき点は何もない。
しかし現在、そのエレベーターは停止し、天井に備え付けれた電灯も消え、代わりに非常灯から照らされる弱々しい光がエレベーター内を照らしていた。
つまり僕は今エレベーターに閉じ込められているというわけだ。
ショッピングモール内の4階にある喫茶店で勉強をしていたら寝落ちし、閉店間際で従業員に起こされ、急いで帰ろうとエレベータに乗ったらこうなったというわけだ。
エレベータ内に備わっていた緊急用の電話でショッピングモールのスタッフの人に連絡をとったところ、軽度のシステムエラーが原因でエレベータが止まっているということらしい。
一応20分もすれば動くようになると聞いているので、今は復旧待ちというわけだ。
つまりエレベータが止まっていることはさして問題ではないのだ。
そう、今僕が陥っている状況に比べればそんなことは些細なことだろう。
理由? それは……
……しくしく
……。
先ほどからずっとエレベーター内に反響し鳴り響いている嗚咽を交えた泣き声にとうとう耐えられなくなった。
我慢の限界だ。
壁を背に体育座りで座り込んでいた僕は、恐る恐るゆっくりと、それまで見ないようにしていた泣き声の発生源に視線を移す。
その視線の先には、非常灯から漏れ出る淡い光に照らされた女の子がいた。
彼女は、僕と同じように体育座りで床に座り込み、顔を自らの膝にうずめ、ずっと泣き続けていた。
暗くて見づらいが、まず目がいくのは腰まで伸びた流れるような黄金色の髪だ。
次に、身に着けている学校の制服から伸びる細くすらっとした手足だ。座っていてもそのスタイルのよさがうかがえる。
さらに補足すると彼女が着ている制服は僕と同じ高校のものだ。
とはいっても彼女はずっと顔を俯かせ泣いているので、誰かまでは分からない。
まあ、髪色とスタイルから誰かは予想がつくが。
……さて、なぜ目の前の女の子がずっと泣き続けているのかだが理由は明白だ。
「……ひ、ひぐっ、ど、どうして急に、別れるだなんて……。」
と、ご丁寧にも悲痛に満ちた独り言がちょくちょく聞こえてくるからだ。
要は彼氏に振られて悲しんでいるのだろう。
少なくともエレベータに閉じ込められていることなど、どうでもいいというくらいには、まいっているらしい。
気持ちは分からないでもないが、この二人きりで閉鎖された空間でずっとこの状況はこちらの精神的にもよくない。めちゃくちゃ気まずい。
なんだかんだ15分はこの感じだし。
本当に早くエレベーター復帰してくれないだろうか?
……しくしく
……仕方がない、声をかけてみよう。
もしかしたら、彼女も人と会話をすれば多少は気がまぎれるとかあるかもしれない。
そんな割と軽い気持ちで僕はその女の子に声をかけた。
「……あの、大丈夫ですか?」
僕が声をかけると、女の子はピクッと反応し、鳴き声が鳴り止む。
瞬間、シンとした沈黙が辺りを支配する。
急に静かになったことで、否応もなく緊張してしまう。
そんな中、女の子がその顔をゆっくりとこちらに向けてくる。
ゴクリと唾を飲み込み、静かにその様子を見守る。
そしてとうとう女の子の目と僕の目があってしまった。
暗がりであったが、不思議と目の前の女の子の姿は明瞭に見えた。
大きくパッチリとした澄みきった蒼い目、日本人離れした彫りの深い顔の造形美は、さながら絵画作品から出てきたモデルのようであった。
しかしその綺麗な顔は今尚溢れ出ている涙により、顔はくちゃくちゃになっており、目も充血してしまっている。
彼女のことは知っている。というより予想通りの人物だった。
名前は、中野ゆりかさん。
同じ学校の一つ下の後輩だ。
その中野さんは暮らしはずっと日本らしいが、母親がどこの国かは忘れたが外国の方であり、所謂ハーフなのだ。
そしてその類まれなる容姿もさることながら、男女隔てなく愛想よく接するその抜群のコミュニケーション能力により、入学早々学内でも話題の中心となっていた有名人だ。
当然、学校中の男子は中野さんに夢中になった。
毎日、告白の嵐であり、誰が中野さんと付き合うのかと毎日話題になっていたほどだ。
そして中野さんが最終的に彼氏に選んだのはバスケ部の主将の人だったはずだ(名前は忘れた)。イケメン、スポーツ万能、頭脳明晰といったどこかの主人公ですかというくらいの完璧人間だったはずだ。
というわけで誰もが認める美男美女のカップルとして、有名になったのだ。
そしてそのカップルは順風満帆であり、幸せの絶頂にいた、ということになっていたはずだが……。
どうも、そうではなかったらしい。
向こうは、潤んだ目をこちらに向けていた。
彼女が何かを期待しているように見えたのは、果たして僕の自意識過剰だろうか?
どちらにせよ、この状況ではこちらがなにか喋らなくては。
そうは思うが気の利いたセリフが思いつかない。
しかし、このまま黙っているわけにもいかない。
脳をフル回転させひねり出した言葉が
「あの……、大丈夫?」
だ。いや本当、一生懸命頑張ったことは評価してほしい。
しかし、傷心中の中野さんはそんな言葉でも胸に来るものがあったのか、それまで以上の涙をボロボロと流しながら
「う、うわああんん!! わ、私、彼氏に振られちゃったのおぉ!!」
突如、決壊したダムのようにむせび泣く中野さんを見て、思わずこう思ってしまった。
……うわぁ、面倒くさそう、と。
他の男ならば、メンタルが弱っている今の中野さんを見て、優しく慰め、あわよくば自分が次の彼氏に、なんて思う輩がいるかもしれない。
確かに中野さんは可愛いと思う。
しかし僕には既に’凄く’可愛い彼女がいるのだ。
つまり他の男子と違って、僕には中野さんのことは最初から眼中にないわけだ。
もちろん、中野さんが実は仲の良い友達や身内であったならば色々力になれるように頑張るだろうが、僕たちは完全に他人同士だ。
そして他人の別れ話ほど面倒くさいものもそうないだろう。
……でも、そうも言ってられないよな。
目の前で、わんわんと泣く中野さんを見て、遠い目をしながらそう思う。
それに流石にこの状況で中野さんに冷たくあしらうのは人としてどうかと思う。
「……あの、よければ話くらいは聞くよ?」
というわけで、そう提案する僕。
まあ、これも人助けだと思おう。困ったときはお互い様というやつだ。
「……うぅ、ほ、本当、にぃ?」
中野さんは、まるで地獄で仏に会ったかのように、潤んだ瞳でこちらを見つめ、嗚咽を交えながら、そう確認してくる。
不覚にも少し可愛いなんて思ってしまった。
それを誤魔化すよようにわざとらしく咳ばらいをして口を開く。
「本当だy」
本当だよ、と僕が答えようとしたとき、急にエレベータ内に明るい光が戻り、ガコンという音と共にエレベータが再び動き出した。
どうやら、復旧したようだ。やった。
僕が立ち上がると、中野さんも続くように立ち上がった。
せっかくエレベータが動いたというのに、中野さんの顔は心なしか落ち込んでいるように見えた。気のせいだろうか?
そのまま、エレベータは目的の1階まで下りていき、ポーンという到着音と共に扉が開いた。
エレベータの扉の外にはこのショッピングモールの責任者らしい人と数人のスタッフがいて、こちらが無事だとわかるとすごい勢いで謝罪をされた。
お詫びに1万円相当の商品券をもらったので個人的にはむしろ感謝したいくらいだった。
……大変だな、ショッピングモールの責任者というのも。
閉店時間を過ぎていることもあり、普段大勢の人で賑わうショッピングモール内に人影はなかった。ただ、僕たちへの配慮なのか電気だけはついていた。
外へと続く出口はエレベータから出てすぐのところにあり、僕は静まり返ったショッピングモール内をスタッフの人の先導で出口に向かっていた。
後ろからぴったりと中野さんもついてきた。
その間、特に会話はなかった。
スタッフの人も、僕と中野さんの様子を見て何を思ったのか声をかけてくることはなかった。
そんなこんなあり、僕はようやくショッピングモールの外へと出ることができた。
時刻は21時半を回っている。親には遅くなるとスマホで連絡をいれているとはいえ、早く帰らないといけない。
そう思い、今日初めて喋った関係とはいえ、流石に無言で立ち去るのも失礼だと思い、中野さんに「じゃあ」と短く挨拶を投げ、そのまま帰路についた。
しかし
……ぎゅっ
と、僕の着ている制服のブレザーの袖を弱々しく握り、引き留めてくる存在が。
それが何かは振り返らなくても分かった。
「……私の話、聞いてくれるって言った。」
ゆっくりと振り返る。
もちろん、そこにいたのは中野さんだ。
相変わらず涙声であるものの、少しむっとしたようにそう言う中野さんは、僕を逃がす気はないらしい。
「……そのつもりだったけど、エレベータの外に出られたし、もっと気の知れた友達とかに聞いてもらった方がいいんじゃない?」
僕がそう言うと、なぜか中野さんは傷ついたような表情を浮かべた。
……何かまずいことを言っただろうか?
しかし、こちらが結論を出す前に、中野さんは表情を切り替え、こちらを責めるようにすこし睨みつけてきて、
「……嘘ついたの?」
「……いや、そうじゃないけど。」
「……なら、いいよね?」
お願い、と潤んだ目で訴えるようにこちらを見つめながらそう言ってくる中野さん。
今日初めて言葉を交わした程度の僕にここまで食いついてくるなんて……。
なぜここまで僕にこだわるんだ?
中野さんにならもっと仲の良い友達がいるだろうに。
しかし僕も話を聞くといった手前、ここで断るのは申し訳ない。
とはいえ、夜遅いのも事実だ。やはり断ろう。
ここは、やんわりと……。
「……でも、もうこんな時間だし、下手したら警察に補導とかされるかもしれないよ?」
「……じゃあ、私の家に来たらいい。」
……ん?
今、なんて言った?
『私の家に来たらいい』?
……どうしてそうなるんだ?
予想外の返しに一瞬思考が追い付かなくなる。
中野さんが冗談を言っているようには見えない。
「ほら、いこ。」
僕が、固まっていると中野さんはこちらに寄ってきて腕を強引に引っ張て来て歩き出そうとする。
中野さんからフローラルの香りが漂ってきて僕の鼻腔ををくすぐってくる。
そこで、僕の硬直が解けた。
「ちょ、ちょっと待って! 僕たちは男女で今日会話したばかりの関係だ。それなのに、いきなり家に行くだなんておかしいよ。家の人もこんな時間に人が来たら迷惑だろうし。」
僕にしては大きな声でそう言うと中野さんはピタリと止まり、顔を俯かせ、震える声で小さく呟いた。
「……家には誰もいない。……それに私には相談できるような友達もいない。」
「……え?」
その時の中野さんは、とても小さく、今にも壊れてしまいそうな儚い存在に見えた。顔は見えないが、とても悲しい顔をしていたに違いない。
……それにしても今の言葉はどういう意味なんだ?
僕はどうすればいいのか分からなくなり、その場で突っ立ていると、中野さんは顔を上げてくる。
その顔は僕が予想していたよりもずっと、悲しげで見ているこちらが押しつぶされそうなほどだった。
そこに中野さんから一言
「……迷惑、だった?」
僕は親にさらに遅くなるとだけ、連絡しておいた。