彼氏に振られて傷心中の女の子を慰めた結果   作:naonakki

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第3話

 ……うるさい

 

 突如、鳴り響いた電子音に僕の意識が無理やり現実に引き戻される。

 ぼんやりとした頭でその音がスマホから放たれる着信音だと、なんとか理解する。しかし昨日色々あった疲れもあったからなのか、或いは、眠りにつく時間が遅かったためか、僕の意識はまたすぐに夢の世界へと誘われていく。

 そして、しばらくすると着信音が鳴り止んだ。

 こちらが一定時間内に応答しなかったため、自動的に着信が切れたのだろう。

 辺りに静寂が戻り、本格的に僕の意識が途切れようとしたとき、

 再びの着信音。

 

 ……。

 

 流石に起きた。

 重い瞼を持ち上げ、顔を横に向けるとそこには不快な着信音をまき散らしているスマホが目に入った。

 視線をずらし、部屋の壁にかけている時計を見ると、短針が8を少し過ぎている部分を指していた。

 再びスマホに視線を戻す。

 通知画面をよくよく見ると、そこには『中野さん』という文字が表示されていた。

 特に何をすることなく、ぼおっとスマホを見つめているとまた着信が切れた。

 そして、間髪入れず再び鳴り出すスマホ。

 仕方なくスマホを手に取り、画面に表示されている応答マークをタップする。

 

 「……もしもし。」

 

 スマホを耳に当て、寝起きと一発でわかる酷くしゃがれた声で応答する。

 

 「遅いっ!!」

 

 鼓膜が破れた。

 というのは冗談だが寝起きの一発に中野さんの大音量の声は脳内によく響いた。

 そしてこちらが何かを反応する前に矢継ぎ早に言葉が放たれてくる。

 

 「今日8時に私の家って言ったでしょう! 今何時か分かってる? ねえ? というかさっきの感じ、もしかして今起きたの?」

 

 ……朝からこのテンションはきつい。

 僕は、いわゆる低血圧で朝はかなり弱い。

 正直、今も中野さんの言っていることのほとんどが、耳の右から左へと流れていくような感覚だ。

 

 「ちょっと! もしもし? もしも~し! 聞いてる?」

 

 こちらの反応が薄すぎるせいか、中野さんはかなりイラついている様子だ。

 

 「……ごめん、実は今起きた。」

 「それはわかっているわよ!」

 「……そっか、後僕は低血圧なんだ。」

 「……で?」

 

 おっと、中野さんの怒りのボルテージがどんどん上がってきている。これはまずい。

 一応、昨日寝る直前に、8時は早いからせめて昼からにしてほしいとメッセージは送っといたのだが。

 ……まあ、返事は見てないけど、どうせ却下とかいう返事が来ているのだろう。

 でも僕は負けない。土曜日の朝くらいゆっくりしたいというものだ。

 軽く息を吸い、口を開く。

 

 「……お昼からにしてくれない?」

 「却下。すぐに来ないと次学校に行ったとき……」

 

 

 

 後・悔・す・る・わ・よ・?

 

 

 

 そして、通話は切れた。

 

 

 

 

 

 「あれ? ひろが休日のこんな時間に起きてるなんて珍しいね?」

 

 温かなぬくもりを提供してくれていた布団をかなぐり捨てて飛び起きた僕は、そのまま洗面所へ直行し顔を洗っていたのだが、そこへ姉ちゃんがやってきた。

 

 「……まあね、色々あるんだよ。」

 

 タオルで顔を拭きながら姉ちゃんに向きなおる。

 姉ちゃんは僕よりは先に起きていたようだが、まだ起きてからそう時間が経っていないのか、肩の高さで切り揃えられた短めの黒髪は所々がはねており、上下お揃いのダラッとしたゆるめのデザインのスウェット改め寝間着に身を包んでいた。

 こんな姉ちゃんだが、それなりに整った顔とスタイルを持ち、弟の僕から見ても、そこそこモテるんだろうなという感想である。

 実際、これまでちょくちょく告白されていたみたいで、今は同じ3年生のサッカー部の伊達さんという人と付き合っている。その伊達さんとは、姉ちゃんを通じてそれなりに仲良く接してもらっている。誠実そうで裏表のない爽やかイケメンという感じだ。少なくともどこぞのバスケキャプテンよりはできた人間だろう。

 姉ちゃんは、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ近づいてきて

 

 「何々? 唯ちゃんとデートにでも行くの? この間初めて手を繋いだったんだっけ?」

 

 僕の肩に腕を回し、がっちりとホールドし、もう片方の手で僕の頬をぐりぐりしながら、そう言ってくる姉ちゃん。

 ……鬱陶しい。

 初めて唯さんと手を繋げたその日、テンションが上がりきってしまい姉ちゃんにすべてを喋ってしまったことが失敗だった。以来、毎日こうしてからかわれ続ける始末だ。

 

 「違うよ、そうであってほしかったけど。……ちょっと’友達’と遊ぶ約束があってね。」

 

 嘘は言っていないはずだ。

 ……それにしても本当、唯さんとのデートだったらどんなによかったか。

 憂鬱オーラ全開でそう答えた僕に違和感を覚えたのだろう、姉ちゃんが怪訝そうな表情を浮かべてくる。

 

 「……ふ~ん? ’友達’ね~? まさか女の子とか?」

 

 ……なんなんだ姉ちゃん? エスパーなのか?

 いきなり核心的な質問をとばしてくる姉ちゃんに思わず、畏怖の念を抱いてしまう。

 そして、どう答えたものかと黙り、考え込んだのがいけなかった。

 姉ちゃんは僕の反応からビンゴだと確信したのだろう。面白そうなものを見つけたとばかりに僕の肩に回していた腕に力を込め、グイッと期待に満ちた顔を近づけてくる。

 

 「え? え? 本当に女の子なの? 誰なの? ねえねえ? 教えて教えて~? ……というかもしかして浮気?」

 

  ちなみに、この態勢になったら答えるまで絶対に離してくれないので、教える以外の選択肢はない。

 と、普段なら諦めるが中野さんのことを言ったら根掘り葉掘り聞かれるに違いない。中野さんの家に早くいかないと僕が後悔する羽目になる。具体的にどう後悔するのかは知らないけど。まあ、逆にそれが怖いのだが。

 ……ここは徹底抗戦だ。

 

 「……確かに女の子だけど、ちょっと今は急いでるからまた今度にして。後、絶対、浮気じゃないから。」

 

 特に最後の言葉を力強く言い放ち、姉ちゃんの拘束から逃れようとする。

 ……ていうか、気にしないようにしてたけどノーブラでくっついてくるなよな。

 実の姉の自宅内でのだらしなさに呆れながらも、抜け出すため体を捻ったりと力を込め続ける。

 

 しかし、ここで姉ちゃんに耳元でこうゾクリとするような冷ややかな声色で囁かれる。

 

 「話してくれないなら、唯ちゃんにひろが休日の朝から女の子と遊びに行ったって言っちゃうよ~?」

 

 

 

 僕は、昨日からの出来事を1から10まで包み隠さずにすべて話した。

 姉ちゃんは、最初は面白がって話を聞いていたものの、話が進むにつれその表情は困惑を含めたものになっていった。

 その姉の様子を疑問に思いつつも、話を続けた。

 そして僕が話し終わった後、姉ちゃんは困ったように一言

 

 「……ひろ、あんた厄介なことに巻き込まれたね。」 

 「それは間違いない。」

 

 僕はそう間髪入れず同意する。

 昨日からの僕に対する中野さんの言動を見ていればそれは明らかだ。

 しかし、うんうんと頷く僕を見た姉ちゃんは少し笑いながら

 

 「違う違う、ひろが言っているのは中野さんのことでしょ? 私が言っているのは高橋君のことだよ。」

 

 ……高橋君? 誰だそれ? 芸人だろうか?

 心当たりがなさ過ぎて、ポカンとした表情を浮かべていると姉ちゃんが呆れた表情を浮かべてくる。

 

 「あんたねぇ……、中野さんのことを振った張本人のことよ。バスケ部のキャプテンもやってるし、見た目はイケメンだからそこそこ有名だと思うけど。」

  

 ああ、そういえばそんな名前だった気がする。忘れてたよ。

 というより、3年生の姉ちゃんでも1年生の中野さんのことを知っていたんだな。まあ校内で知らない人はいないか。

 

 「その高橋君だけど、あまり性格がよくないんだよね。私、高橋君とは同じクラスだから分かるんだけど、プライドが高い上にねちっこいというか器が小さいというかさ……。高橋君が、中野さんのことをこれっきりで完全に縁を切るとは思えないんだよね。高橋君、中野さんにベタ惚れだったしね。」

 「……ちょっと待って。なんでベタ惚れなのに、高橋さんは中野さんのことを振ったんだ?」

 「だから高橋君は器が小さいのよ。ホテルに行くのを断られてプライドが傷ついたから、カッとなってって感じだと思うよ。」

 

 ……なんだそれ? そんな馬鹿みたいな人が本当にいるのだろうか?

 にわかには信じがたいが、昨日、中野さんからも高橋さんがいかに酷い人かというのは、嫌というほど聞いた。恐らく本当なのだろう。

 中野さんも男運がないな……、やはり人間中身も重要ということなのだろう。

 その点、僕の彼女は中身も見た目も完璧なのだから、神様は不公平だと思う。

 

 「というわけで、中野さんと関りを持っていたら、ひろまで高橋君に目を付けられちゃうよってこと。」

 

 なるほど、それで厄介といったのか。

 まあ確かに厄介なのかもしれないけど……

 

 「それは分かったけど、今はとにかく早く中野さんのとこに行かないと。それこそ厄介なことになるんだよ……。」

 

 高橋さん……いや、高橋が何をしてくるかなんてこと、今はどうでもいい。

 とにかく急いで中野さんの家に向かわなければならない。

 まずは目の前の危機を避けるべきだ。

 ……って、もう9時をすぎているじゃないか!?

 スマホで時間を確認すると、すでに中野さんから電話があってから1時間ほどが経過していた。姉ちゃんと長く喋りすぎた。

 僕が時間を確認した途端に慌てだしたのを見て、姉ちゃんは可笑しそうに笑いだした。

 

 「ひろのそういうマイペースなところ、お姉ちゃん大好きだよ!」 

 「……どこがマイペースなんだよ。完全に中野さんペースじゃないか。後、抱き着いてくるな。」

 

 おもむろに抱き着いてきた姉ちゃんをなんとか引きはがそうとするが、姉ちゃんは自分からすっと離れていく。

 そして戸惑う僕の顔を覗き込むと、ニコッと満面の笑みを浮かべて

 

 「……まあ、ひろに何か酷いことしようものなら、私が黙ってないから安心しなさい!」

 

 なんて、頼もしいことを言ってくれた。

 ……これだから、姉ちゃんのことは憎めないんだよな。ずるいと思う。

 そしてようやく姉ちゃんは満足したのか、洗面所から出ていく。

 しかし、姉ちゃんは洗面所から後一歩のところで立ち止まり、こちらを振り返ってくる。

 その姉ちゃんの表情は、先ほどまでとは違う少し真剣なものだった。

 なんだ? と思っているとそこへ姉ちゃんから一言

 

 「……最後に、あまり中野さんに優しくしないようにね? あんたには唯ちゃんがいるんだからね。」

 

 そう言うと、「あ~ぁ、もっと軽くて弄りがいがある話が聞けるって期待してたのにな~」なんてぼやきながら去っていった。

 

 ……どういうことなんだ? 

 少し考えてみたものの、結局姉ちゃんの言葉の意味は分からなかった。

 

 ……と、そんなことより早く行かなければ。

 僕は再び準備に取り掛かった。

 

 

 

 

  

 「……何してたの? ……今10時だけど?」

  

 急ぎ、中野さんの家にやってきた僕を出迎えてくれたのは、絶対零度の表情を浮かべる中野さんだった。

 これはいけない。怒りのあまり中野さんの眉間に皺が寄ってしまっている。

 ここは少し冗談でも交えて場を明るくしよう。 

 

 「ほら? 男の子は朝の準備に時間がかかるんだよ、はは。」

 「は?」

 「……。」

 

 だめか。慣れないことはするものじゃないね。

 まあいいか。

 この最悪の雰囲気だ。もしかしたら、『もう帰って』とか言ってくれるかもしれない。それはそれでラッキーだ。

 僕が心の中でそんなことを考えていると、中野さんは何かをあきらめたように長い溜息をついた後、 

 

 「……まあいいわ。はい、どうぞ?」

 

 と、意外にもあっさり許してくれて家の中へ招いてくる。

 もっと色々面倒なことをされると思っていただけに拍子抜けだ。

 

 「意外とすぐ許してくれるんだね?」

 「意外って何よ。ていうか許さないほうがいいの?」

 「いや、そんなことはないけど。」

 

 見ると、中野さんの不機嫌オーラは今はほとんどなくなり、逆にこれからのことが楽しみだと言わんばかりにご機嫌オーラが出ているようにも見えた。

 そんなに楽しみだったのだろうか?

 ……こんなに簡単に許してもらえるならもっとゆっくり来ればよかった。

 なんてことを考えながら、渋々中野さんの後に続く。

 

 ……それにしても、中野さんの恰好、少し気合が入っているように見えるのは気のせいだろうか?

 季節感にあった白を基調とした可愛いらしいシャツの上に薄いピンク色のカーディガンをはおり、下には紺色のスカートを身に着けていた。その姿は非常に本人に似合っており、街中を歩けば注目の的だろうというものだった。

 ……まあ、唯さんの次くらいには可愛いんじゃないだろうか。

 そんな感想を抱きつつ、玄関に入る瞬間、ちらりとガレージに目を向ける。

 今日もそこは空で両親はいないようだった。

 

 「両親は結構忙しいの?」

 

 気になったので聞いてみた。

 

 「……うん。パパはお医者さんで、ママは弁護士の仕事でここ最近はずっと家に帰ってないんだ。」

 

 自分の部屋に向かいながら、そう答える中野さんの声は凄く寂しそうだった。

 なるほど、医者に弁護士か。お金持ちそうですこと……。

 しかし、家に誰もいないというのは寂しいだろうな。

 うちも両親共に毎日残業で遅く帰ってくるが、姉ちゃんがいるので正直寂しさはあまり感じたことはない。

 僕は、「そっか」と返すことしかできなかった。

 

 少し気まずい空気のまま、中野さんの部屋に到着し、中に入っていく。相変わらず、良い香りが立ち込める中、中野さんは昨日と同様に部屋の中央付近に腰を下ろした。僕も昨日座った場所と同じところに腰を下ろす。

 

 「……それで何をするの?」

 

 気まずい空気を払いのける目的もあって、そう問いかける。 

 というか、純粋に今日何をするつもりで僕を呼んだのかも気になったこともある。

 しかし、ここで予想外の返答。

 

 「う~ん、そうねぇ。なら高坂君の彼女のことを教えてよ?」

 「え……嫌だけど?」

 「拒否権はないわよ。」

 

 なんなんだ急に?

 なぜ、朝に呼び出されて彼女のことを中野さんに喋らなくてはいけないんだ。

 何がしたいんだ?

 中野さんは意地悪そうな笑みを浮かべて、なんとしても聞いてやると言わんばかりだ。

 

 「いいじゃない、恋バナってやつよ。昨日は私の恋バナを聞いたでしょう? 今度はそっちの番よ。」

 

 ……昨日聞いた恋バナって、もしかして高橋に対する不満のことですかね。

 あれ、恋バナっていうのだろうか?

 

 「とにかく嫌だ。絶対。」

 

 僕が断固拒否の姿勢を見ると、中野さんは、むっとした表情を浮かべ、こちらに詰め寄ろうとしてくる。

 何をされても絶対に喋らない。

 そんな強い意志を持つと同時に僕のスマホが鳴った。

 この音は、今日の朝にも聞いた着信音を知らせるものだ。

 

 急に室内に鳴り響いた音によって、中野さんも動きを止めてこちらを見つめている。

 ……よかった、誰か知らないけどナイスタイミングだ。

 このままでは、中野さんに詰め寄られるところだった。

 僕は、スマホをポケットから取り出し、表示画面を確認する。

 

 そして、僕の思考、動きがすべて止まる。

 

 

 

 ……前言撤回、バッドタイミングだ。

 

 

 

 スマホの画面には、『唯さん』と表示されていた。

 

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