彼氏に振られて傷心中の女の子を慰めた結果 作:naonakki
部屋内に鳴り響く着信音
……唯さんからということは、あのメッセージを見たのだろう。
というのも、流石に唯さんに無言で二度も中野さんの家に来るのはまずいだろうと、事前に
『急にすみません。一年生の後輩の女の子と会うことになりました。事情は明日絶対話しますので。』
という内容で唯さんに取り急ぎメッセージだけ送っていたのだ。
唯さんの同意を得ない一方的な内容だとは分かっていたが、やむを得なかった。本当はせめて電話で事情を話したかったが、昨日は夜遅かったし、今日の朝もそんな時間はなかった。
そして、メッセージの内容を見た唯さんから電話で折り返してきたのだろうと思われる。
……でも、まさかこんなタイミングで折り返してくるなんて。
流石に中野さんも今は、誰から電話が掛かってきたかまでは分かっていないはずだけど、ここで電話に出てしまうと、会話の内容からすぐに彼女から電話が掛かってきたのだと分かるだろう。
そして、僕の彼女がどんな人なのか問われているこの状況でそれが分かった時、中野さんはどんな行動に出るだろうか……。
分からないけど、絶対碌なことにならない。
着信を無視するようで心苦しいが、ここはいったん見送ってすぐに中野さんの邪魔が入らない別の場所で折り返そう。
「……電話出ないの?」
中々電話に出ない僕を訝し気に見つめてくる中野さん。
……まずい、怪しまれてる。
頬に冷や汗が一筋滴る。
「あ、ああ、うん。そこまで急ぎじゃないから後で折り返すよ。」
しかし、中野さんは、そんな僕の不自然な振る舞いを見逃してくれない。
引き下がるどころが、こちらに全身ごとじりじりと詰め寄ってくる。
「……いいじゃない、今出れば。私気にしないわよ?」
「……いや、今はいいや。本当に。」
僕があくまで今は電話に出ない姿勢を見せると中野さんは、何かを確信したのか、僕のスマホを凝視した後
「えいっ!」
「あっ!」
なんと、僕のスマホを取られてしまった。油断も隙もない。
急なことでこちらが戸惑っていると、中野さんは僕のスマホ画面に表示されている文字を確認してくる。
一瞬、ピクリと眉が反応した後、じっと画面を見つめる中野さん。
そして中野さんの中で何か合点がいったのか、こちらに視線を戻してくる。
「……ふ~ん、唯さんね。はい、応答しといたから。」
そう言った中野さんは僕にスマホを返してくる。
慌ててスマホを受け取り画面を見ると、中野さんが言った通り、既に通話が始まっていた。
なんてことをしてくれたんだ。
この中野さんの行動にはかなり腹が立ったが、それをどうこう言うのは後だ。
「もしもし。」
こちらが電話に出ると、スマホ越しにどこか安堵したように息を吞む音が聞こえてくる。
「……あ、出てくれた、よかったあ。ひろ君、もしもし?」
すべてを優しく包み込むような母性に溢れた声が僕の耳をくすぐってくる。
……あぁ、この声を聴くだけで癒される。
先ほどまでの中野さんへの怒りはどこへやら、僕の心が浄化されていく。
「出るの遅れてすみません、唯さん。色々あって……。さっきのメッセージの件ですよね?」
「……うん。ごめんね。メッセージを今見て。私少し心配になっちゃって……。」
不安を交えたような唯さんの声色に僕の心がズキリと痛む。
……それはそうだよな。
僕だって、急に唯さんが別の男と会うなんて聞いた日には居ても立っても居られないだろう。
こうなることは分かっていた。本来は、中野さんの誘いを無理しても断るべきだったのだろうけど……。
そう思いながら、ちらりと目の前にいるはずの中野さんの方へ視線を向ける。
しかし、いつの間にか中野さんが消えていた。
あれ? と思いつつあたりを見渡そうとすると、すぐ隣から濃いフローラルの良い香りが漂ってきた。
……ん? ってうわっ!?
香りが漂ってきた方へ視線を向けるといつの間に中野さんが移動してきたのか、僕のすぐ隣にやってきており、自身の耳を僕のスマホの裏側にピタリとくっつけていたのだ。電話に集中していて気付かなかった。
目的は言わずもがな。僕と唯さんがどんな会話をしているか聞き取るためだろう。
会話を聞かれるのも嫌だけど、問題はもっと別。距離が近すぎるのだ。僕と中野さんの間には薄いスマホ分の距離感しか空いていないわけで、近いのなんの。中野さんの吐息がうっすら聞こえてくる始末。否応なく緊張感が僕の全身を襲う。
のけ反って何とか距離を取ろうとするも、中野さんはこちらが距離をとってもすぐに詰めてくる。
……くっ、ここでこれ以上抵抗したら逆に中野さんに厄介なことをされる気がする。
仕方ない、ここはこのまま通話続行だ。中野さんの存在は忘れろ。
「……本当にすみません。明日会った時に詳しい事情はすべて話しますので。」
「ううん、こっちこそ電話なんかしてごめんね? ひろ君のことだから、困っている人の手助けをしているんだろうなとは思ったんだけど。……その、もしかして私捨てられちゃうじゃないかって考えだしたら怖くなっちゃって。」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか! 僕は唯さんのことが大好きですよ!」
「え、……そ、そう。う、うん。ありがとう。」
……はっ。
うっかり、本当のことをそのままドスレートに伝えてしまった。
羞恥のあまり、顔が熱くなっていくのを感じる。恐らく僕の顔は今真っ赤だろう。
しかしこちら側だけでなく唯さんも、嬉しそうにはしてくれているものの恥ずかしそうに、「うぅ~」なんて言っている。可愛い。
唯さんの可愛い反応が見れたことでこちらの羞恥心などどこかへ飛んでいき、心に余裕が戻ってくる。
「というわけで今事情を話してもいいんですけど、直接会って話した方がいいと思うので、明日にまた話しますね?」
「……え? う、うん。分かった。じゃあ明日のデート、楽しみしてるね!」
「はい! 僕も楽しみです!」
「うん、だから今日は気兼ねなく中野さんの力になってあげてね?」
「……ははは、なんとか善処します。」
締まらないセリフと共に幸せな唯さんとの会話が終わった。
……はぁ、やっぱり僕の彼女は最高だ。
こんな僕の愚行にも寛大な心でもって許してくれるんだから。
それどころか中野さんの心配までするなんて……。
どこまでできた人間なのだろうか。
僕が、幸せの余韻に浸っていると、突然
……ふぅっ
「うわぁっ!」
突然耳に息を吹きかけられ、全身に電流が流れたような感覚に陥る。
もちろん、犯人は中野さんだ。
「何するんだよ!」
流石の僕も驚いてしまい、大声でそう怒鳴ってしまう。
しかし、中野さんはそんな僕の様子をつまらなさそうに一瞥すると、
「……別に。ただ、なんとなくむかついたから。」
「なんだよそれ……。」
中野さんは息を吹きかけた後、元の位置まで戻り昨日見たように体育座りで不貞腐れていた。
……もしかして、目の前で順調なカップルの姿を見せつけられたからそうなっているのだろうか?
まあ、自分が失恋したばかりだからその気持ちは分からないでもないけど、自分から無理やり電話に出させたくせにそれはないだろう。
しかしそんな正論をぶつけても中野さんの機嫌は直らないだろう、むしろ悪くなるまである。
……さて、どうしたものか。まったく相変わらず面倒だなあ。
そう思っていると意外にも中野さんから口を開いてくる
「……ちゃんと彼女さんに私と会うこと伝えてたんだね? 私の名前も言ってたし。……私の元彼とは大違いね。」
「まあ、そうだけど。流石に高橋と一緒にはしないでほし……ん?」
あれ?
今の中野さんの言葉である違和感に気づく。
そうだ、確かに唯さんはさっきの電話で「中野さんの力になってあげて」と言っていた。
……でも僕、唯さんに
今日、『中野さん』に会うということを伝えてたっけ?
唯さんには『後輩の女の子』と会うとしか伝えていなかったはずだけど……。
中野さんがいくら校内で有名といっても、唯さんにとっては学年も違う他人になるだろうから、敢えてそう伝えていたのだ。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない。」
……まあいいか。電話の最中で僕がポロリと言ったのだろう。気にすることでもない。
それより今は、目の前の中野さんに意識を向けるべきだ。
中野さんは相変わらず、不機嫌なオーラを帯びつつも僕に話しかけてくる
「唯さんって3年生の藤宮唯さんだよね?」
「そうだけど、知っているの?」
「うん、そりゃあね。3年生の女子の中ではトップクラスで可愛いってそこそこ有名じゃない。」
「トップクラスじゃなくてトップだけどね。」
「……あ~はいはい。」
僕が力強く主張するも、面倒くさそうにあしらわれる僕。
……今更だけど、僕、一応中野さんの先輩だよね? なぜここまで舐められなくてはいけないのか。
僕が静かに怒りを感じていると、中野さんは何かを考えるような仕草を見せた後、妙なことを言いだした。
「……う~ん、藤宮さんとは中学の時も一緒だったけど、その時、藤宮さん絡みで何か事件があったような……。」
「なんだよ、事件って? アイドルにスカウトされたとそんなんじゃないの?」
「う~ん……、思い出せないわね。」
……僕の意見は無視ですか。まあいいけど。どうせ大したことでもないだろうしね。
それにしても僕は唯さんとは中学は一緒じゃなかったらちょっぴり中野さんが羨ましく思える。
中学生から一緒だったら、その時に告白していたのに。
「……まあいいわ。それにしても明日デートらしいわね?」
「……まあ。」
「ふ~ん……。で、どこに行くの?」
「どこでもいいだろう。」
「で、どこに行くの?」
「……水族館に行くんだよ。」
「ふ~ん。……水族館、ね。午前中から?」
「……そうだけど。」
「ふ~ん、そう。」
しっかりと記憶に刻み付けるようにそう返事をする中野さん。もはや何がしたいのか謎だ。
すると中野さんはいったんは満足したのか、こちらを改めて見つめてきて
「さて、じゃあ恋バナの続きを聞かしてもらおうかしら。」
「……はいはい、もう抵抗するのはあきらめたよ。何が聞きたいの?」
「いい心がけね。じゃあ……」
にやりと妖しく笑みをこぼした中野さんを見て、僕は先ほどの発言を後悔した。
「……もういい?」
二日連続でゲッソリした僕は、中野さんにそう問いかける。
あれから1時間以上、告白からデート内容に至るまで根掘り葉掘り喋らされた僕は、既に瀕死状態である。
まさか、姉ちゃん以外にここまで僕の恋愛事情を喋ることになるとは。
「そうね、面白かったわよ? お疲れ様。」
淡々と帰ってきた中野さんの言葉に僕の中の力が一気に抜けていく。
……やっと終わった。
と、思っていたのだが。
「じゃあ、今から何して遊ぶ? あ、でもその前にランチの時間ね。」
僕の中で何かが崩れて落ちていく。
……終わりじゃなかったのか。遊びって。
ここで、僕の中に昨日から感じていた疑問がまた再浮上してきた。
中野さんは僕なんかに構わず他の友達と遊べばいいのだ、会って二日目の僕に拘る必要はないはずなのだ。
つまり、中野さんが僕に拘る理由が何かあるはずなのだ。
しかし、昨日中野さんが漏らした言葉、『相談できるような友達がいない』これが気になっていた。
校内での噂だけを信じるなら中野さんは両の指で数えきれないほどの多くの友達がいるはずなのだ。
しかし現実はそうなっているようには見えない。
中野さんは十中八九、何かを悩みを抱えていることは明白だった。
……少し踏み込んでみるか。
じゃないと僕の平穏な日々も帰ってこなさそうだしね。