彼氏に振られて傷心中の女の子を慰めた結果 作:naonakki
「私が料理を作ってあげるわ。結構上手なんだから。」
僕の恋バナ?を聞いてすっかり機嫌の直った中野さんは楽し気な様子で「何を作ろうかしら」なんて呟きながら思考に耽っている。
「ねえ、中野さん。……学校は楽しい?」
そんな中野さんに僕は言葉を投げかける。
その瞬間、ピタリとまるで冷水を浴びせられたように動きを止める中野さん。
先ほどの楽し気な表情は見る見る萎れていき、そして僕の方へ濁った碧眼を向けてくる。
「……どうしてそんなこと聞くの?」
重々しい口が開き出てきた言葉には、怒りと悲しみが入り混じっているようだった。先ほどのまでの明るい雰囲気から一変、ピリピリとした緊張が感が室内を包み込む。
……この反応、やはり何か問題を抱えているな。
「別に? ただの世間話だよ。……で、どうなの?」
僕は、中野さんの様子の変化に敢えて気付いていないふりをして、そう問い詰める。
ここで引くわけにはいかない。このまま中野さんが問題を抱えたままでは僕がずっと中野さんに絡まれ続ける可能性があるからだ。
何か問題があるならば、それを解決してやればいい。
……簡単に解決できるような問題だといいけれど。
「……楽しくなんてないわ。はい、これでおしまい。……じゃあ私お昼作ってくるから。」
一方的にそう言って部屋から逃げるように出ていこうとする中野さん。
僕はそんな中野さんの腕を掴み、無理やり引き留める
……なんて、どこかのドラマの主人公たいなことはせずにそのまま見送った。
できるわけがないだろう、僕がそんな真似。
……さて、本人が喋ることを拒否する以上こちらから調べるしかないか。面倒だけど。
原因が学校生活にあることが分かっただけでも成果と考えよう。
ということでもう今日は帰りたいけど……。
そんなことを思いながら、思考を切り替えて、今起きている状況を改めて確認し、まずいことになっていることに気付く。
中野さんお昼ご飯作るって言ってたっけ?
……それは困る。
明日の唯さんとのデートで初めて唯さんの手料理を食べる、ということになっているのだ。
付き合って2ヶ月、念願の彼女の手料理を食べることができるのだ。
その前に別の女の子の手料理を食べるなんて論外だ。
「ちょっと待って、中野さん!」
急いで中野さんの後を追いかけ、部屋を飛び出す、ドタドタと騒がしい音を立てながら階段を駆け下りていく。
中野さんは、階段を降りきったところにいて、僕が慌てて降りてる来る様子を見てギョッとしたように驚いている。
「何よ、うるさいわね!」
「それはごめん。でも……」
その後、中野さんに事情を説明した。先ほど恋バナと称してすべて話したこともあって、正直に包み隠さず全てを話した。
どうせ色々ごねてくるのだろうと思いきや、
「……ふ~ん、じゃあしょうがないわね。」
と、意外にも素直にそう納得してくれた。
中野さんの顔色を窺うも、ほぼ無表情のため、何を考えているかよくわからない。
逆に怖いな……。
そんなことを思いつつも、とにかくも危機が回避できたことに、ほっと胸を撫でおろす。
「じゃあ、外食をしましょうか。」
……休まる暇がないね。そう来たか。
「……解散という選択肢は?」
「私、パスタが食べたいわ。駅前に行ってみたかったお店があるのよ。」
「……わかったよ、でもパスタを食べたら本当に解散だからね。これ以上は唯さんに申し訳ないから。」
流石に一日中付き合うわけもいくまいと、僕が少し強めにそう言うと、中野さんは僕の顔をじっと見つめた後、
「……わかった。」
と、小さな声で呟き、同意を示してくる。
その声は、か細く寂しげであり同情を誘うものであったが、心を鬼にしそれに敢えて反応しない。
「じゃあ、早速行こうか。」
「……うん。」
というわけでパスタ屋に行くことになり、駅前まで徒歩で向かうこととなった。ここから駅前までは歩いてもせいぜい10分ほどになるが、問題が……。
まあ目立つのだ。
何がって? 中野さんに決まっているだろう。
道行く人のほとんどから視線を向けられているということがはっきり分かる。はっきり言って不愉快だ。
昨日も目立っていたが、夜ということもあり、人通りは少なかった。しかし今は昼時でしかも駅に近づくにつれ、人通りも多くなってきて向けられる視線の数が比較にならない。
中野さんは、中身は難ありではあるものの、見た目については、絶世の美少女だ。無理もないのかもしれないけど、普段からこんなに注目を浴びていると思うと少し同情してしまう。
「わぁ、お人形さんみたい」「ね~」「いるんだねぇ、ああいう人って」「芸能人みたい」「男の人の方も結構かっこいいね」
酷い時はこんな風に会話が聞こえてくることもある。
まあ、今のような内容ならまだいいのだが
「うわ、すげえ美人」「やりてえな〜」「な、隣歩いてる男が羨ましいぜ」
などという下品なセリフが聞こえてくる時もあるのだ。当人たちは、こちらに聞こえているとは思っていなのだろうけど。
横目で中野さんの様子を確認するも、中野さんは気にした風はなく淡々としていた。
……凄いな。まあ小さい時からずっとこんな風に見られていただろうから慣れているのかもしれないけど。
そしてようやく僕にとっては居心地の悪い移動時間も終わり、ようやくパスタ屋についた。
そこは最近できたお店らしく、落ち着きのある雰囲気の良さそうなところだった。
普段は混んでいることが多いらしいが、今回は運のいいことにすぐに席につくことができた。
「で、何にするの?」
来たかったお店に来れたからなのか明るさを取り戻した中野さんが、うきうきしながらそう尋ねてくる。
……落ち込んだり、明るくなったり忙しいな。
「カルボナーラで。」
「……即答ね。」
パスタはカルボナーラと決まっているだろう。あのクリームがたまらないんだよね。食い気味で答えてしまったせいで、中野さんは若干引いているが、僕は家でもパスタをちょくちょく作る程度には結構パスタが好きなので仕方がない。
正直パスタ屋に行くと聞いた時も密かにテンションが上がってしまったほどだ。
「何? パスタ好きなの?」
「まあね。特にカルボナーラには目がない。」
「……ふふっ、そう。ならよかったわ。」
中野さんは、そんな僕のことを見て何がおかしいのか少し笑った。意図せず漏れてしまったといった自然な笑顔だった。
「……何がおかしいんだよ。」
「別に? ただ、いつも感情を表に出してこないくせにそんな顔もできるんだなって。」
……僕の顔、そんなに変だったのだろうか?
だめだ、好きなものを目の前にするといつも我を忘れてします癖があるんだよな……。ちょっと恥ずかしくなってきた。
「いいだろう、別に。」
「別に何も悪いなんて言ってないじゃない? 可愛かったわよ?」
「……。」
頬杖を尽きながらニマニマしてくる中野さんを見て、羞恥と悔しさがこみ上げてくるが、言い返すことが見つかなかったので、なるべく感情を顔に出さないようにし、黙っておいた。
しかし、中野さんはそんな僕の心中はお見通しといったように、ずっとニヤニヤしながらこちらを見ていた。
その後、届けられた素晴らしい味のカルボナーラを頂いた。ちなみに中野さんもカルボナーラを注文していた。中野さんもカルボナーラが好きだったらしい。ちょっと親近感が湧いてしまった。
他愛もない世間話をしながら食事を進めているとあっという間にパスタを平らげ、お会計の時間となった。
「さて、じゃあおそろそろ行きましょうか。お店も混んできたみたいだし」
「そうだね。」
見ると、確かに店の入り口には何人かのお客さんが待っていた。本当にすんなり席につけたのはラッキーだったらしい。
「今日は付き合ってもらったわけだし、私が全部奢ってあげるわね。」
と、美味しいパスタを食べられたことで上機嫌なのかは知らないけど、中野さんはやや高いテンションでそんなことを言ってきた。
……どうして変なところで律儀なんだ?
勿論、年下の女の子に奢らせるなんて男としてのプライドが許さない。
「いいよ、自分の分は自分で出すよ。」
「いいからいいから、その代わり今度また来ましょうね!」
「……だったらなおさら自分で払う。」
「ほらほら、他の人の邪魔だからお店の外にいて。」
といって、ほぼ強制的にお店の外に押し出されてしまった。
後輩に奢られるということになった上に次があるとか……。
僕が項垂れていると、店の中から妙な視線を感じた。僕がウインドガラス越しにそちらへ視線を向けると、テーブルに座っている同い年くらいの4人の女の子のグループがいて、一斉に視線を逸らされた。そしてヒソヒソ話をしだす。
……んん? と訝しげに見ていると、その女の子たちは今度は今まさにレジで会計をしている中野さんを指さし、またヒソヒソ話をしだす。
何を話しているんだ? と思っていると店の中から中野さんが出てきてそちらに意識が奪われ、女の子たちのことはすぐに意識外へといってしまった。
「ふう、美味しかったわね。」
「はい、やっぱり自分の分くらいは払うから。」
そう言って財布からお金を取り出し中野さんに差し出す。
中野さんはそれを見ると、
「いいわよお金は。……というかその財布に付いている犬のキーホルダーは何? そんなの付けてるの?」
中野さんはお金を一瞥すると僕の財布に付けてあるキーホルダーに興味を示してきた。マルチーズをモチーフにしたフワフワとした触感を楽しめる愛嬌のあるキーホルダーだ。
僕が犬が好きだと言ったら、なんと唯さんがプレゼントしてくれたのだ。
’妙な’重量感はあるものの、個人的には結構好きだ。
しかも「何かに付けていつも持ち歩いてくれたら嬉しいな」なんて可愛いことを言ってくれたこともあり、財布に付けているのだ。財布は大体肌身離さず持ってるしね。
「いいだろう? 唯さんがプレゼントしてくれたんだよ。」
「……へぇ。まあいいかどうかはノーコメントだけど。」
と、何やら温かい目で見られてしまった。解せぬ。
でも姉ちゃんにも「いや~、男子でそれはちょっと……」と言われたな、そういえば。やはり解せぬ。
いいじゃないか、可愛い彼女からのプレゼントなんだから。
「まあ、とにかく今日は楽しかったわ。色々高坂君のことも知れたしね。」
と、満面の笑みを浮かべた中野さんのその言葉でその日は解散となった。
何とか最後には満足してくれたようでよかった。
……やっと解放された。
でもカルボナーラは美味しかったな。
そんな感想を抱きつつ、帰路についた。
髪型よし。
服装よし。
財布よし。
携帯よし。
シャワーも浴びた。
今日の予定も完璧に記憶している。
……準備は完璧だ。
中野さんに振り回された次の日、すなわち日曜日であるこの日。
唯さんとのデートだ。
集合は9時だが、僕は低血圧による障害を気合で乗り越え、6時に起きて、入念に準備を行っていた。
服装や髪型についても事前に姉ちゃんに何度も相談したうえで決めた完璧なものになっている。姉ちゃんは服のセンスとかは抜群にいいからいつも助けてもらっているのだ。
逆にどうも僕は服のセンスが抜群に悪いらしく、姉ちゃんから僕が独断で服を買うのを禁止されているほどだ。
……そんなに悪くないと思うけど。
現在の時刻は8時。
今から出発しても8時半には集合場所に着くだろうが、何が起きるか分からないのだからこれくらいの余裕は持っておいていいだろう。
というわけで、集合場所である駅前にやってきた。
昨日もここに来たが、朝早い時間ということもあり、人通りは昨日ほど多くなかった。
そして8時35分という、僕がここに来て5分くらいしてからのことだった
「お~い! ひろ君!」
と、やや遠くから可愛らしい癒しの声が聞こえてきた。
光の速さで声のした方へ振り向くと、唯さんが小走りでこちらに向かっている様子が見えた。
……あぁ、やはり可愛い。というか画になる。
亜麻色の柔らかく艶のある手入れが行き届いた髪は腰の長さまで伸び、唯さんの動きに合わせて上下に揺れ動いている。
長いまつ毛、垂れ気味の目、小さな口はどれもが、完璧な黄金比率を満たしており、高名な芸術家が創り出した芸術作品を彷彿させる。
白を基調としたブラウスにベージュ色のスカートから伸びるか細い腕と足は、透き通るような乳白色の肌で包まれている。
うん、可愛い。
……さあ、最高の一日が始まるぞ。