彼氏に振られて傷心中の女の子を慰めた結果 作:naonakki
今回少し長めです。
朝礼が始まるまで15分といったこの時間帯。
今登校してきた者、部活の朝練を終えた者、多くの生徒が慌ただしく校内を動き回り、自身が所属するクラスの教室へと向かう中、ここ屋上へと繋がる階段の踊り場は異様なほど静寂に包まれていた。
屋上は、昼休みでこそ人気のスポットではあるもののこの時間帯に屋上に来るもの好きはいない。
そんな屋上へと続く階段の踊り場に二つの人影。
「それで先生、こんな時間に私を呼び出して何の用ですか?」
「あぁ、ごめんね。急なお願いで。」
僕のことを先生と呼んだこの子は、一年生の立花まいかさん。
しっかりとケアの行き届いた光沢のある真っ黒な髪は、両サイドを耳より低い位置で結ったカントリースタイルのツインテールであり、整った顔であるもののどこか鋭利な印象を与える少しだけ吊り上がったその瞳が特徴的だ。
アイロンのかけられた制服を校則通りに着用する彼女は、平均よりも低めの身長であり、思わず守ってあげたくなるような小動物的な可愛らしさがある。
その立花さんはなぜ呼ばれたのかと、見当がつかないようで訝し気にこちらを見つめてくる。
僕が今日立花さんを呼び出した理由は一つだ。
中野さんの学校生活を調べるためだ。中野さんのことを調べるためには同じ学年の女の子に聞くのが一番よいと思ったからだ。
なぜ立花さんかというと、それは僕に一年生で信用のできる知り合いの女の子が立花さん以外いないという情けない理由によるものだ。
「今日呼んだのは、中野ゆりかさんについて聞きたいからなんだ。」
ぽかん、と吊り気味の目を見開き、意外そうに僕を見つめてくる立花さん。
まあ、そういう反応になるよな……。
「……すみません、予想外のことだったので少し戸惑ってしまいました。中野さんというと、あのハーフの綺麗な方ですよね? でもまたどうして? 先生のことですから何か理由があるのでしょうけど。」
だが、ここは聡明で真面目な立花さん。姉ちゃんと違ってふざける様子もなく、真摯な態度でこちらに続きを促してくれる。
本当、立花さんの爪の垢を煎じて姉ちゃんに飲ませたいくらいだよ。
「……まあ、色々あってね。訳を聞くのはできるだけ遠慮してほしいんだけどいいかな?」
姉ちゃんには話してしまったが、訳を全部話すとなると中野さんのプライバシーに関わるので僕がそう聞くと、立花さんは顎に手を当て、少し考える様子を見せた後、
「……そうですね、今週一日多く勉強を見てくれるならばいいですよ。」
「そんなことでいいの? まあこちらとしてはありがたいけど。」
少々S気味な性格の立花さんのことだからもっとキツイ条件を出されるかと思いきや、存外軽い条件であったためほっと胸を撫でおろす。
「私としては凄くありがたいことですよ? それとももっと厳しい条件を出してほしかったのですか?」
「いえ、結構です。」
「……そこまで食い気味に答えられると、厳しい条件を出してやろうと思ってしまいますね。」
「……え。」
獲物を見るような目で、ニヤリとした笑みを浮かべながら見つめてくる立花さんを見て思わず冷や汗が吹きだしてくる。
……余計なことを言ってしまったらしい。
「……冗談ですよ、そこまで怯えられるとショックを受けてしまいます。それで何を聞きたいんですか? 中野さんとは同じクラスですので、ある程度は答えられると思いますよ。」
立花さんはそう言い、素の表情に戻るとそう促してくる。
心臓に悪いのでそう言うことはやめて欲しいものだ。
「えぇとね、では改めて。中野さんが学校生活を楽しんでいそうかどうかを聞きたいんだ。」
「……はぁ、また妙なことを聞きますね? 中野さんと言えば今や学校のアイドル的な存在でしょう? 楽しんでいるかどうかは、火を見るよりも明らかだと思いますが。」
「それがそうでもないみたいなんだよ。確かにうわさだけを信じると楽しんでいるんだろうけどね。」
「そうでもないというのは、本人から聞いたのですか?」
「……まあ、ね。」
少し迷ったものの、そこは正直に答えた。
僕の答えを聞いた立花さんは、「ふむ、なるほど」と言うと、何やら考える様子を見せる。
僕が本人から聞いた、という点については追及してこない。このように立花さんは、相手が追及されたくなさそうなこと察すると必要以上に詮索してこないので、ありがたい。
そして立花さんが顔を上げてくる
「……思い当たるとすれば、女子生徒からの嫉妬でしょうか。」
「嫉妬?」
「ええ、中野さんは入学以降毎日、たくさんの男子生徒に囲まれています。その輪の中には、女子生徒もいますが中野さんが目的というよりは中野さんに寄る男子生徒が目的と言った感じですね。真に中野さんと仲の良い友達はいない、と思います。恐らくですが。」
「……そうだったのか。もしかして虐めとかも?」
「いえ、虐めなどにはつながっていないようです。中野さん自身、非常に謙虚で誰に対してでも優しく接していますからね。でも女子生徒からはどこか距離を置かれているようには見えますね。」
……謙虚で明るい、ね。
誰だそれ?
やはり、中野さんは学校では猫を被っているようだ。
「……まあ、虐めに繋がっていないならまだよかった。でも男子とは仲良くしているということだよね?」
「……どうですかね。確かに中野さんは誰に対しても愛想よく接しているのでそう見えますね。ただ私から見れば下心丸見えの男子に囲まれて果たして幸せなのかって感じですけどね。」
顔を顰めながらそう言う立花さんの言葉に、中野さんと一緒に町中を歩いたときの記憶が蘇る。常に注目され、男の劣情が見え隠れするあの日のことを。
中野さんは、何ともないように振舞っていた。しかし、だからといってそういった人たちと仲良くできるかどうかはまた別の問題だろう。
僕が、そんなことを考えていると立花さんが「でも」と続ける。
「3年生の高橋先輩と付き合い始めて多少はマシになりましたけどね。誰もが認めるカップルでしたし、言い寄る男子生徒もかなり減り、女子からの嫉妬も減ったように見えます。まあ、あくまでも個人的な見解ですが。」
……なるほど、高橋と付き合ったことは失敗とばかり思っていたけどそんな効果もあったのか。
でも、その高橋と別れてしまったことが校内に広まれば、また元の状態に戻ってしまうのでは?
それに姉ちゃんから聞いていた高橋の厄介な性格ゆえに下手したら前より酷い状況になる可能性も……。
思っていたよりも状況が深刻なことに思わず頭を抱えていると
「私から教えられることはこれくらいですかね。何やらややこしい問題を抱えているようですが、私で力になれることがあればいつでも力になりますので。」
と、心強いことを立花さんが投げかけてくれる。
ちょうど、校内にも朝礼5分前の予鈴が鳴り響く。頃合いだろう。
「ありがとう、助かったよ。それより約束の勉強を見る件だけど、いつにしようか?」
「そうですね、迷惑でなければ今日でいいでしょうか?」
「了解、じゃあいつも通りの時間に行くね。」
「はい。楽しみにしてますね、先生。」
立花さんは柔らかい笑みを浮かべると丁寧にお辞儀し、落ち着いた足取りでその場を去って行った。
……本当にいい後輩だよ。
立花さんの小さくなっていく背中を見ながらしみじみそう思う。
たまに僕をからかってくるのはいただけないけど。
そういえば、立花さんと知り合ってもう3カ月ほどになるのか……。
僕と立花さんの関係性は、家庭教師とその生徒だ。
僕の家庭は、残念ながら世間一般から見れば、あまり裕福でない部類に当てはまってしまう。そのため、他の家庭の様に親からお小遣いをもらうことはできず、お金が欲しいなら自分で稼ぐしかないのだ。
そこで僕は現在、アルバイトとして週に1,2度のペースで家庭教師をしている。
実は僕は結構勉強を頑張っている。学年でも常に5位以内の順位はキープしており、何度か1位の座にもついている。理由は明白でお金がかからない国公立の大学へ行き、さらには大学へ進学後に奨学金補助を受ける為、一定以上の学力は維持するようにしているからだ。
そういった意味では家庭教師というアルバイトはうってつけだった。
立花さんも相当頭がよく、この間の中間テストでも2位という好成績を残している。その立花さんに勉強を教えることは、自身の復習にも繋がるからだ。
通常、高校二年生である僕が高校一年生の後輩の家庭教師をするという構図がおかしい気もするが、これは立花さんの希望だ。というのも立川さん曰く、年の近い人に教えてもらったほうが勉強を教えてもらう上で近い目線で共感できる部分が多いということや、受験に対してどのような対策を練っているか等のリアルな情報を得れるということに利点があるらしい。
凄いと思うのが立花さんの行動力だった。一年生の入学式のその日に、なんと立花さんは直接僕のところに来て家庭教師になってくれと依頼してきたのだ。なんでも一番成績が良い先輩に直接依頼する方が手っ取り早いということらしい。僕が直近のテストで1位をとった時だった為、それを知った立花さんは僕のところに来たらしかった。
二年生である僕の教室まで乗り込んできたものだから、クラス内が軽い騒ぎになったのを今でも覚えているよ。
それまで僕はコンビニのバイトをしていたが、どう考えても家庭教師の方が、僕側にしても学力向上のメリットがあり、それなりの時給も提示してくれたので、二つ返事で承諾した。それ以降、僕は立花さんに先生と呼ばれているというわけだ。
これは、唯さんと付き合う約1カ月ほど前の話になるが、一応年下の女の子に勉強を教えるという構図には変わらないので、今は唯さんの許可も得たうえで引き続き家庭教師をしている。
本当は、唯さんと付き合ったタイミングで家庭教師のバイトを辞めようとしたのだが、自分のせいで好条件のアルバイトをやめてほしくないと唯さんに逆にお願いされたのだ。
僕はそんなことは気にしなくていいと、少し言い争いになったが、唯さんが全く折れる様子がなかったため、結局そのまま今に至っている。
……唯さんの気持ちは凄くありがたいけど、もう少し自分の欲求も出してくれるとこちらとしても嬉しいんだけどね。
唯さんはいつも自分の意見は隠し、僕の意思を尊重する節がある。謙虚なことはいいし、僕としてもそれを非難する気にはなれないけど、どこか距離を感じちゃうときがあるんだよね。
まあ、これからもっと距離を詰めてもらえるように頑張れってことか。
そんなことを思いながら、教室へ向かった。
その後、授業の合間に中野さんの問題についてどうすれば解決すればいいかと考えていたが、解決策としては、中野さんに新しい彼氏さんを作ってもらうくらいしか思いつかなかった。
勿論、問題は山積みだ。
まずは中野さんがストレスを抱えず、何もかもさらけ出すことのできる人のいい彼氏さんである必要がある。そうでないとまた別れることになりかねないからね。
さらには、高橋も含めた男子生徒と女子生徒も皆が中野さんの彼氏として相応しいと認めざるを得ないような人物が望ましい。でないと、未だ中野さんに未練があるであろう高橋や他の男子生徒からの嫉妬や嫌がらせ等で彼氏さんが潰されてしまう恐れがあるからだ。ドラマのように周りの批判を乗り越えて二人の愛を貫いてくれればハッピーエンドだが、現実はそう上手くいかないだろう。
理想はある程度高橋のスペックに近い男子生徒でそれなりに人望がある人物だ。
しかし、そんな人いるのだろうか……。
まあそもそも、今の中野さんは高橋のせいで彼氏という存在そのものに嫌気がさしているような節さえあるが……。
本当に、高橋が良いとまで言わなくても普通の性格をしていれば万事解決だったのに……。
うむむと、昼休みにも自席で頭を抱えていたが埒があかないので気分転換に屋上に行くことにした。
クラス内の仲の良い友人たちにも「難しい顔をしているけどどうした?」「何か悩み事?」と心配されてしまったしね。
僕の周りに集まり雑談をしていた数人の男女の友人に断りを入れ、教室を出て屋上へと向かう。
「あれ、ひろじゃないか!」
僕が屋上へと向かう階段を上っていると、後ろから元気な明るい声をかけられる。
振り返ると、そこには伊達さんがいた。姉ちゃんの彼氏さんだ。
伊達さんは友達数人と行動してたようだが、その人たちに先に教室へ行っておいてくれと伝えている。
短く切り揃えられたスポーツ刈りと日焼けした肌がよく似合う爽やかイケメンという感じだ。
その伊達さんはニカッと眩しい笑顔を浮かべながら僕の元へ寄ってくる。
「どうも、お久しぶりです、伊達さん。」
姉ちゃんの彼氏さんとはいえ、先輩であることに変わりはないので、軽くぺこりと敬語で挨拶を返す。
「そうだな! それより、あいから聞いたぜ? 藤宮さんとうまくいっているらしいじゃないか。昨日も水族館デート楽しんだんだってな?」
「……どうして昨日の今日で伊達さんがそれを知っているんですか? 後、声が大きいですよ、僕が唯さんと付き合っているのは非公開なので。」
そう、なぜか唯さんはあまり周りに付き合っていることを知られたくないらしく秘密のお付き合いをしているのだ。唯さんと付き合っていることを校内で知っているのは、姉ちゃんと伊達さん、後は立花さんと中野さんの4人のみだ。
「あ、そうか悪い悪い。……そういえば、なんで藤宮さんと付き合っているの非公開なんだ? 別にやましいことがあるわけでもないだろう?」
「僕は別にいいんですけどね。唯さんがあまり周りからそういう恋愛に関することを聞かれたくないらしくて。」
「ふ~ん、まあ彼女さんがそう言うなら仕方ないわな~。」
「そういえば、高橋……先輩に何か変わったことありませんでした?」
姉ちゃんに忠告された高橋の危険性も多少気にしていたので、折角なのでそう聞いてみた。
「ん? 健太のことか? ……そういえば彼女がどうのこうの言ってたような気がするけど。でもひろ、健太と面識あったっけ?」
「いえ、別に面識はないんですけど、ちょっと。」
「そうか? まあいいけど。」
彼女のこと、つまり中野さんのことをどうのこうの言ってたのか……。
伊達さんの口ぶりからそれなりに高橋とは仲が良さそうだが、詳細までは知らないようだ。
……まずいな。何をするつもりか知らないけど、中野さんが面倒毎に巻き込まれたら僕がまた中野さんに振り回される可能性があるじゃないか。
とはいえ、対策があるわけでもない。やはりここは気分転換に屋上へ行こう。
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ僕は屋上へ行って外の空気を吸おうと思うので。」
「お、なら俺も行こうかな。久しぶりに彼女の弟ともコミュニケーションをとらないとだしな!」
ということで、二人で最近行ったデートスポットでどこがよかったなどと、雑談をしながら屋上へと向かっていく。
伊達さんは裏表のないさばさばした性格で、変に勘ぐったりしない真っすぐな思考回路の持ち主であり、僕のことも凄く可愛がってくれるので僕も伊達さんにはかなり信頼をよしている。なにより唯さんのことを相談できる唯一の同性であるということもかなり大きい。
あっという間に屋上の扉の前に到着し、厚めの鉄製の扉を開いていく。
太陽光が視界いっぱいに入り、一瞬目を細め、すぐに目をゆっくりと開いていく。
そこには、既に僕達以外にもそれなりの生徒達がいて、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。おしゃべりに夢中になる女子生徒達、ふざけ合っている男子生徒達、それらから発せられる声が空気に溶けていくこの空間は平穏そのものだった。
僕たちが適当な場所を探すため、歩いていると突如、穏やかな雰囲気を切り裂く、荒々しい声が聞こえた。
「はぁ!? もう恋人には戻れないってどういうことだよ!!」
屋上にいた生徒たちが一斉に何事かと、その声の発生源に視線を移す。
先ほどまで鳴り響いていた声は止み、シンと静寂が屋上を支配する。
僕と伊達さんも同様にその発生源に目を向ける。
そこには
「だから私は、もう先輩とはお付き合いできませんと言いました!」
なんと、今日一日中僕の思考の中心であった中野さんであった。
学校の制服に身を包む中野さんはある男子生徒に迫られていた。
昨日もそうだけど、中野さんはよく絡まれてるなぁ……。
嘆息しながらもその様子をしっかりと観察する。
中野さんに迫っている男子生徒は、しっかりセットされた髪型に端正な顔立ち、スタイルもよく男の僕から見てもイケメンだと言わざるを得ない。恐らく高橋だろう。
状況から見て、復縁を迫った高橋を中野さんが拒絶しているのだろう。
……高橋、本当に中野さんのことを諦めていなかったのか。姉ちゃんの言う通りじゃないか。
その高橋は、中野さんからはっきりと拒絶されたことを理解すると、その顔を怒りで赤く染め、
「……このっ! 調子に乗るなよ! この前のデートのことは忘れてやるって言っているのに!」
「ふざけないで! 体目的の人となんて付き合えないって言っているのよ!」
この二人の言い争いを聞いた生徒たちがザワザワと騒ぎ出した。
それはそうだろう、校内一の美男美女が言い争っているこの状況を気にするなというほうが無理だ。伊達さんも「おいおい、凄いことになってるな……」なんて漏らしている。
「うるさいっ! お前は黙って俺の言うことを聞いていればいいんだ!」
乱暴な言葉を吐きながら、高橋は中野さんの肩を強引に掴み出す。
結構な力で掴まれているのか、苦悶の表情を浮かべる中野さんは「ちょ、痛い……」と、目尻に涙を浮かばしている。腐っても高橋は運動部だ。高橋の力に中野さんがあらがえるはずもない。
周囲も「ちょっと、先生呼んだ方がいいんじゃないの?」と焦りの声が出てきた。
しかし、どう見ても今の高橋は怒りによって半分理性を失っている。
果たして先生を呼びに行っている時間があるだろうか?
その間に中野さんが無事な保証があるだろうか?
そこまで考えた時には体が動いていた。
「……あ~、その辺にしたほうがいいですよ。高橋先輩。」
気付けば僕は、高橋と中野さんの元へ走り寄り、そう声をかけていた。
極力、中野さんには関わりたくなかったが、流石に泣きそうになっている女の子を前に無視を決めるほど僕も腐ってはいない。一応、友達でもあるらしいからね。
衝動的な行動だったとはいえ、僕はそこそこ冷静だった。
姉ちゃんから事前に高橋の危険性を、そして伊達さんからも先ほど高橋についての情報を入手していたこともあり、こんな事態になるかもと予測できたことも大きかったかもしれない。まあこんなに早く事が起きるとは思わなかったけど。
ここは高橋にこの場で騒ぎを大きくしても誰も得しないですよと忠告してやればいい。
高橋は半分理性を失っているが、逆に言えば半分は理性がある。
一応、高橋も賢いはずなので冷静に刺激しないように誘導すればその矛先を収めてくれるだろう。
根本的な解決にはならないだろうが、先延ばしにして解決のための策を練る時間を稼ぐことはできるはずだ。
そんな考えの元での行動だった。
「あぁ!? 誰だお前は!」
鬱陶しそうにこちらを振り向き、怒りを隠すこともなく叫んでくる高橋。
はっきり言って怖いが、ここで引き下がるわけにはいかない。
中野さんも僕の存在を確認するが、いつもの強気な姿勢はなく、今にも崩れそうな表情を浮かべ助けてとばかりに揺れる瞳でこちらを見つめてくる。
……そんな目で見てくるなよ。
「僕は、二年生の高坂ひろと言います。何やら言い争いをしているようでしたので事情を聞こうかと。」
「……高坂? あぁ、高坂の弟か。今こっちは忙しいんだ。ほっとけ!」
向こうが僕のことを知っていたのは意外だったが、今はそんなことどうでもいい。
……さて、ここからどう高橋を説得していくか。
僕が、どうすれば平和的にこの場を収められるか思考を働かせている時だった。
……ぎゅ
僕に気を取られて高橋の手が緩んだのだろう。中野さんは高橋に掴まれていた手を振りほどき、僕の元へ駆け寄ってきて高橋から隠れるように僕の背へ回り込み、儚げに俯き、いつかのように僕の制服の袖をそっと掴んできた。
僕は高橋に視線を向けていたし、思考に集中していたこともあり、袖を掴まれるまで中野さんの行動に気付かなかった。
……ナニシテルノ、ナカノサン?
その構図はまるで僕が、酷い振る舞いを続けてきた元彼から悲劇のヒロインを守るという、正義感に満ちたどこかのイケメン主人公のようだ。
漫画だったらこのまま高橋を撃退して、主人公とヒロインが結ばれてチャンチャンだが、当然そんな訳にはいかない。
「……おい、てめえ。これは、どういうことだ?」
当たり前と言えば当たり前だが、こんな光景を見せられた高橋はあらぬ誤解を受け、半分あった理性もどこかへ飛ばす勢いで怒りに顔を包み、こちらに迫ってくる。
……ちょ、これはまずい! 何とか誤解を解かないと。
「これはごか――」
『きゃー!! 修羅場よ!!』
『一人の女の子を奪い合うなんてまるで恋愛ドラマじゃない!』
『しかも高坂君っていえば、高橋先輩にも引けを取らないイケメンよね! イケメン二人が争うなんて、熱すぎるわ!』
『高坂君に彼女がいないのはおかしいって思ってたけど……こういうことだったのね!』
『そういえば、私この前の休日に中野さんと高坂君が二人で駅前のパスタ屋で楽しくデートをしているところを見たわ!』
『私も町中を二人で歩いているところを見たわ! 凄く絵になっていたし、いい雰囲気だったわ!』
などと、僕の声は辺りにいた女子生徒の黄色い叫びにかき消された。
男子生徒も面白いことが始まったとばかりにわらわらと集まってきた。
これを聞いた高橋は、完全にぷっちん。今にも殺すと言わんばかりに殺気に満ちた目でこちらを睨みつけてくる。
……どうしてこうなったのだろう?