彼氏に振られて傷心中の女の子を慰めた結果   作:naonakki

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第8話

 「高坂弟……お前、俺の女を誑かしていたのか?」

 

 女子生徒の黄色い叫びと男子生徒の野次が飛び交う中、地の底から鳴り響くような声色で僕にそう問いかけ、詰め寄ってくる高橋。

 今にも殴りかかってきそうな勢いだ。

 

 「……高橋先輩、落ち着いてください。僕は中野さんを誑かしていませんし、そもそも中野さんと知り合ったのは三日前である金曜日の話です。」

 

 何とか誤解を解くため、なるべく穏やかな口調でそう宥めるが

 

 「嘘をつくんじゃない! でなければ、ゆりかが俺の誘いを断るわけがないだろう!」

 

 ……厄介だな。完全に考えることを放棄している様子だ。

 最早、自分が正しいと思っていることが真実と疑っていない様子だ。

 ここで高橋の言葉を聞いた中野さんが、僕の背後から顔だけを出し高橋を睨みつけるように見据えると

 

 「……高坂君は嘘をついてません。後、これまでお付き合いしてきた女の子はどうだったのか知りませんが、誰もかれもが自分の思い通りに動くと思ったら大間違いですよ。」

 

 と、僅かに震える声でもって援護射撃をしてきてくれる。

 フォローしてくれるのはありがたいけど、まずは僕の背後に隠れるのをやめてもらえないだろうか……。周りから見たら僕と中野さんが既に恋仲にあるように見えるじゃないか。

 後、高橋にさえ敬語なのに僕に対してはタメ口とはこれいかに。

 

 「お前ら……連携して俺を陥れようとしているな? この卑怯者どもめがぁ!」

 

 中野さんの言葉に、とうとう高橋は我慢の限界が来たのか、そう叫ぶや否や僕に殴りかかってくる。

 運動部のエースとして活躍する高橋が、その鍛え上げられた足で踏み込んでくるが、運動部でもない僕はそれに反応できるはずもない。

 僕を殴れる射程圏内にあっという間に入ってきた高橋はそのまま腕を振り上げてくる。

 女子生徒から悲鳴が聞こえる中、僕は無意識的に、背中から顔を出していた中野さんに万が一にも被害が及ばないように、高橋に背中を見せるようにして中野さんを抱きしめる体勢をとり、目を瞑る。

 大事なことだから繰り返すが、本当に無意識だった。

 

 ガッ!

 

 鈍い音が鳴り響くがこちらに衝撃はない。

 そっと目を開き、高橋の方へ視線を戻すと

 

 「ひろ、ナイスガッツだったぜ? 争いごとを嫌うお前が飛び出していった姿、しかとこの目に焼き付けさせてもらったぜ。それでこそ、あいの弟だ。」

 

 そこには、高橋の拳を自身が広げた手の平でしっかりと受け止める伊達さんの姿があった。伊達さんは、高橋を見据えたままそんな言葉を僕に投げかけてくれる。

 伊達さんは「……さて」と続ける。

 

 「……健太。正直俺には何が起きているのか分からないが、暴力はだめだろ? 一度落ち着いたらどうだ?」

 「かいと……。ちっ、うるさい、これは俺と高坂弟の問題だ! 横から入ってくるんじゃない!」

 「おっと。冷静な時の健太ならともかく、今の荒れた状態の健太にやられるほど俺もヤワじゃないぜ?」

 「……ちっ。」

 

 高橋は止めに入った伊達さんを振り払おうとするも、そうはさせない伊達さん。

 高橋はしばらく抵抗をしていたようだが、遂に諦めたのかその拳を下ろした。

 伊達さんはそんな高橋を見ると

 

 「健太、横から入ったことは謝るよ。でも、やっぱり人間話し合いが大切だぜ?」

 

 と、いつものように笑顔を浮かべて、明るい口調でそう言う伊達さんのおかげで周りもほっと安堵の息をついている。

 高橋は、そんな伊達さんのことを恨めし気に見つめるも、再び殴りかかってくる様子は見せない。

 ……伊達さん、格好良すぎるだろ。こりゃ姉ちゃんも惚れるわけだ。

 しみじみそう思いつつ、伊達さんの逞しい背中を見つめる。

 

 しかし、ここで異変が。

 穏やかな空気になったのも束の間、またもやザワザワと騒がしくなりだした。

 しかし、先ほどの恐怖に満ちた悲鳴の類ではない。

 女子生徒の「きゃー、大胆」なんて言う黄色い叫びと男子性から「フー」なんて冷やかすような声が上がってくる。

 そして、そんな周囲の視線が見つめる先には……僕?

 そこで改めて僕は、自分がどういう状況なのかを見つめなおす。

 

 力強く中野さんを抱きしめる僕。そして耳まで茹蛸のように真っ赤に染め、抵抗することなく僕に抱きしめられている中野さん。

 中野さんの体は、これまでの強気な態度からは想像もできないほど細く今に折れてしまいそうだった。そしてその中野さんから感じるほのかな体温と柔らかさが僕のすべてを優しく包み込んでくる。

 相変わらず、フローラルの良い香りが漂ってくるものの、距離感ゼロなものだから、これまでと比較にならないほどの強烈で麻薬にも思えるようなそれが僕の鼻腔に吸い込まれていく。

 

 そんな今の僕の状況を理解した途端、顔があり得ないほど熱くなるのを感じながら、バッと中野さんから離れる。

 心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響いている。

 中野さんは僕から解放されると、恥ずかしいのか顔の赤さはそのままにずっと俯き、手をもじもじさせている。

 そんな僕と中野さんの様子を見た周囲はさらに盛り上がっていく。高橋でさえ、その雰囲気に押され、何もできず固まっている。

 「あれ……これ、やばいんじゃ?」と、この場で中野さんを除き、唯一、僕に彼女がいることを知っている伊達さんがそう呟いている。

 

 ……ぼ、僕はなんてことを。

 

 咄嗟のことだったとはいえ、またも周りに誤解を与える真似をしてしまった。

 ……ど、どうすればいい。

 脳内で解決策を練ろうとするも、色々なことが起こりすぎて混乱している為か、思考がまとまらない。どうしても先ほど中野さんを抱きしめていた時の温もりや柔らかさの感触がフラッシュバックしてしまう。

 僕がその場でまごまごしていると、周囲から「キスしろ!」「告白しろ!」なんて言葉が投げかけられる始末。

 ……く、このままじゃいけない。とにかく口を開け。誤解を解くんだ。

 今更、誤解を解くことができるかという疑問を頭の片隅で感じつつ、まとまらない思考のまま口を開く

 

 「ち、違うんです! 確かに今の僕の言動を見ていれば、中野さんとその……そういう関係だと勘違いしてしまったかもしれません。けど、僕と中野さんは……そう、ただの友達なんです!」

 

 これまでの人生で一番声を張り上げたんじゃないかというくらいの勢いでそう訴えかけるも、「おいおい、男を見せろよ!」「照れるなよ~」なんていう反応しか返ってこない。

 どうすればいいんだよ。

 しかし、ここで誰かは分からないが、「じゃあ中野さんは高橋君と高坂君のことをどう思っているの?」という言葉が投げかけられた。

 不思議とその言葉はあたりに響き、シンと静まり返り、全員の視線が中野さんに集まる。

 中野さんは、注目されていることに気付くと

 

 「え……えぇと、その私は……」

 

 と、中野さんもかなり頭が混乱していたのか、そう狼狽えるが、少し考える様子を見せると

 

 「とりあえず、もう高橋先輩とのお付き合いは、もう考えられません。」

 「なんだt――」

 

 中野さんが外向きスタイルなのか、妙にしおらしい態度でそう答えるとまたも、高橋が喚きかけるが、それを周囲の「おー」「それでそれで?」「高橋君のことはもうどうでもいいよ」という反応が高橋の入ってくる余地を完全にかき消す。

 

 「そ……それで、その高坂君のことは……その、え、と……。」

 

 と、なぜかここで中野さんは言葉に詰まってしまう。

 大丈夫だ、中野さん。ここで中野さんが僕と同様に友達と言えば万事解決だ。

 そんな僕の想いを込めて中野さんをまっすぐ見つめる。

 中野さんはそんな僕の視線に気づくと恥ずかしそうに、ふいっと視線を逸らした。

 さっきのことで恥ずかしいのは分かるけど、あまり乙女らしい反応をすると周りが勘違いをするのでぜひやめて頂きたい。まあ、抱きしめた僕のせいなんだろうけど。

 ここで、待ちきれなくなったある生徒によって「好きなの?」とシンプルな質問が投げかけられる。

 これに対し中野さんは、元々赤かった顔をさらにボッと顔を赤くしてしまう。

 その中野さんはなぜか僕の方を一瞬チラリと見た。

 そして、一瞬、本当に一瞬だった。周りが気づかないような、ほんの刹那の瞬間。

 

 

 

 中野さんが、妖しく笑ったように見えた。

 

 

 

 ……え、なんだ今の? 見間違い?

 背筋になにか冷たいものが通ったような錯覚を覚える。

 しかし、もう一度中野さんを見るも、その表情は先ほどまでの羞恥に満ちたものであった。

 ……何だか嫌な予感がする。

 やがて中野さんは何か決意をしたように顔を上げ僕の方を見つめてきた。

 その顔は、未だ赤いままであったものの、そこに戸惑いはなかった。

 その雰囲気を周囲も感じ取ったのか一斉に静まり返る。

 夏前だというのにどこか冷たい風が僕たちの間を駆け抜けた。

 そして

 

 

 

 「私は高坂君のことが……好きです!!」

 

 

 

 ……は?

 

 

 

 中野さんの言った意味を理解できず、情けなく口をポカンと開くことしかできなかった。

 そんな僕の心中とは対照的に、屋上が爆発したように一気に盛り上がる。

 「新しい校内一のカップル誕生だ!」「わぁ、本当にドラマみたい!」「素敵!」などという、祝福の言葉が投げかけられる。

 そして、続いてその周囲にいた人たちが迫ってきて、まるで壁のようになり、僕を押してきたではないか。

 なんだ? といっそう混乱していると、中野さんも同様に背後に回った人たちが壁となり前に押されていることが分かった。

 まるで僕と中野さんを近づけているように。

 ……まさか

 

 「そのままキスしちゃえー!」「そうだそうだー!」

 

 という野次が飛んでくる。やはりそうか!?

 僕は何とか抵抗するが多勢に無勢であり、じりじりと中野さんの元へ押される。

 挙句「キース、キース」なんてキスコールしだす始末。

 伊達さんのみ唯一、「こういうのはよくないぞ」と抵抗してくれているが、こちらも僕同様に多勢に無勢であり、蚊帳の外へ放り投げられてしまった。

 中野さんの方もちらりと様子を見るが、中野さんはまんざらでもなさそうにチラチラとこちらの様子を窺っている。

 ……く、僕が唯さんと付き合っていることは知っているはずなのに何を考えているんだ?

 だめだ、このままでは本当にキスをする流れになってしまう。

 ……やむを得ない。

 唯さんとの約束は破ってしまうが、僕と唯さんが付き合っていることを告白するしかない。

 最早それくらいしかこの場を切り抜ける手段が見つからない。

 ……すみません、唯さん。

 心の中でそう謝罪を述べ、大声を出すため息を吸う

 が、しかしここで

 

 

 

 「こらー!! 何してるの!!」

 

 

 

 と、騒ぎ立てるこの場にも響く大声が駆け抜ける。

 ……今の声は。それはとても馴染があり安心感を与えてくれるものだった。

 何事かと周りにいた人たちは、大声のした方向に視線を移す。

 そしてその存在を認めた人たちは例外なく息を吞むと、ぞろぞろと左右に分かれていく。

 モーゼのようにその間を突き進んできて姿を現したのは、予想通り姉ちゃんだ。

 そしてその横に控えるように立っているのは、なんと唯さんだった。

 その手には、何やらイヤホンがさされた小型のメディアプレイヤー? のようなものを持っている。

 

 「さて、と、この状況は……。」

 

 姉ちゃんは、周囲から向けられる視線には気にも留めず、あたりをぐるりと見渡す。その視線は、まず伊達さんで止まり、次に高橋、中野さんと止まり、最後に僕にきたところでその視線が止まった。

 姉ちゃんは僕の姿を確認すると、すべてを安心させるような穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめてくれる。

 

 ……どうして、姉ちゃんがここに?

 いや、それよりもだ。

 唯さんまでどうして?

 

 僕は、姉ちゃんから視線を逸らし唯さんにシフトさせ、見つめる。

 しかし、唯さんはこちらを見つめていなかった。その視線の先には中野さんがいた。

 

 その唯さんの瞳は、どこまでも冷たく感情を感じさせないものだった。

 

 しかし、唯さんはこちらの視線に気づくと、ニコリといつもの優しい笑顔を向けてくれる。

 ……なんだ、今の唯さんの目は?

 色々なことが起きすぎて幻覚でも見たのか?

 思わずそんなことを思ってしまうほど、先ほどの唯さんの姿が信じられなかった。

 でも、さっきの感じ、どこかで……。

 ……そうだ、昨日のデートの時にも同じような雰囲気を漂わせていた。

 あの時は僕が唯さんを怒らせたからだと思っていたけど……。

 先ほどの唯さんの視線の意味が分からず胸中がザワザワしているところに姉ちゃんが僕の元へゆっくりと歩み寄ってくると、

 

 「大丈夫ひろ? 酷いことされてない?」

 「え……、あ、あぁ、ギリギリ何とか。」

 

 咄嗟に僕がそう答えると、姉ちゃんはにっこり微笑むと、「そっか、ギリギリ……ね。」と、呟く。

 その様子を見て、しまったと思うが、時すでに遅し。

 姉ちゃんは、相変わらず笑顔を浮かべているが額には血管が浮かび、目も笑っていないことが分かる。

 その姉ちゃんは、改めて周囲に視線を移すと

 

 「じゃあ……私の可愛い弟をおもちゃにして遊んでいた皆に、何が起きていたか説明してもらおうかな? かいとも含めて、ね。」

 

 と、地獄から鳴り響くような声色でそう言葉を投げかける。

 周囲を取り囲んでいた生徒と何も悪いことをしていない伊達さんは一斉にその表情を青白く染めていく。

 

 

 

 言い忘れたが、姉ちゃんは結構なブラコンだ

 

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