彼氏に振られて傷心中の女の子を慰めた結果 作:naonakki
高坂あい
その類まれなる容姿もさることながら、元気が服を着ているような明るく誰かれ構わず接する彼女は、男女隔てなく絶大的な信頼と人気を得ている。
その人気は同学年にとどまらず、1,2年生にも及ぶのだとか。
学習面は残念ながら芳しくなく、テストの度に周りに助けを求める姿は哀れの一言に尽きるが、そんな面も含めて周りから愛されている。
……という風に以前僕のクラス内の友達から聞いた。
僕からしてみたら、見た目はともかく、お節介で少々鬱陶しいくらいのイメージしかないのだが、周りからは姉ちゃんはそのように評価されているらしい。
しかし、その姉ちゃんのおかげで、3年生の先輩方に高坂弟じゃないかと、可愛いがられることもしばしばあるので、そこは感謝している。
……勉強はもう少し頑張ってほしいと思っているが。
まあ、そんなことはどうでもよくて。
その皆から愛されている姉ちゃんが、心の底から怒ったらどうなるか?
こうである。
「そ、それで、高橋先輩が高坂君に殴りかかって――」
運悪く姉ちゃんの目に留まった2年生の女子生徒が涙目になりながら姉ちゃんに、事の経緯を説明する時間が流れていた。ちなみにその子は僕のクラスメイトでそれなりに喋る程度には仲も良い。といっても、クラスメイトの人はみんな基本的に仲はいいけどね。
先ほどまで騒いでいた生徒たちは皆そろって口を閉じ、その場に直立しており、その女子生徒と時折相槌を打つ姉ちゃんの声だけが屋上の空へと吸い込まれていく。
滅多に怒らない人が起こると凄く怖い、これがまさに今起きていた。
人でも殺しかねない表情を浮かべる姉ちゃんに、何かを言い返せる人がいるだろうか?
さらに、今の女子生徒の発言で姉ちゃんが動いた。
「はぁっ!? 殴りかかったぁ!?」
「ひぃっ! で、でもでも、伊達先輩が高坂君を守ったので怪我はありませんでした!」
鬼の形相と化し、迫ってくる姉ちゃんに、必死にそう言葉を投げかける女性生徒が指さす方向にはなぜか正座をさせられ、俯いている伊達さんがいた。
なぜ伊達さんが正座をしているかというと、姉ちゃんが「なんであんたがいるのに、こんなことになってるの?」という尋問から始まり、気づいていたら伊達さんが正座させられていたのだ。意味が分からないと思うが、僕もなぜそうなったのかよく分からなかった。
当然、僕は伊達さんは守ってくれたことを説明しようとしたが、今の姉ちゃんの耳には入らなかった。
伊達さんが僕を高橋先輩の暴力から守ってくれたと聞いた今でさえ、姉ちゃんは「まあ、当然よね」と、あんまりな一言で片づけている。格好良かったのに。
「すみません、本当に。」
こっそり伊達さんの傍に寄った僕はそう謝る。本当に申し訳ないと思う。
「……いいんだよ、ああいうところも含めて俺はあいに惚れているんだよ」
伊達さんは、そんな僕の方にニコリと笑顔を向けてくるとそう答えてくれた。
嘘を言っているわけでなく、本心からそう言っているのだと、その目を見て分かった。
……なんて、できた人なんだ。
そんな伊達さんに僕は感極まって思わず、
「……伊達さん、これからも末永く姉ちゃんをよろしくお願いします。」
と本心からの言葉を投げかけたのだが、伊達さんは、なぜかバツが悪そうに
「……そうだな、末永く……か。」
と、何やら含みを持たせたような答え方をされてしまった。
顔を逸らされてしまったのでその表情は伺えなかったが、そんな歯切れの悪い伊達さんを見るのは初めてだった。
何となく……本当に何となくだが、嫌な予感がした。
そのことを伊達さんに追求しようとしたところで姉ちゃんが高橋に詰め寄っていることが分かり、そちらに意識を刈り取られてしまった。
「……高橋君、今の話は本当なの?」
姉ちゃんは、隅っこの方で不機嫌そうに立っていた高橋にそう問いかける。その声には明確な怒りが含まれていた。気の弱そうな人ならこれだけで失禁するのではないだろうか。しかし、唯一この場で姉ちゃんの圧に押されずいるその高橋の姿には、少しだけ凄いと思ってしまった。
その高橋は、姉ちゃんを鬱陶しそうに一瞥すると
「あぁ? お前の弟が俺の女を奪ってきたんだ。何をされても文句は言えんだろうがよ。」
と強気な態度で、あくまで今回の一件はすべて僕が悪いという主張を変えない。
この答えには、中野さんを含め、ほとんどの生徒が渋い顔を浮かべる。明らかに高橋に対する嫌悪感を表すものだが、当の本人がそれに気づいている様子はない。
まあ、先ほどまでの高橋の言動は明らかに自己中心的で傲慢なものだった。この反応はごく自然なものだろう。
そして姉ちゃんが、この高橋の言葉にキレた。まあ、元からまあまあキレてたけど。
「はぁっ!? 私の尊く可愛い弟が他所の彼女を奪う真似をするわけないでしょうが! 高橋君が中野さんに振られたのは必然でしょう! 色々聞いているんだからね! 彼女がいるのに平気で浮気する、女の子にお金を払わす、すぐに性行為に及ぼうとするとか! あんたと付き合った子はみんな失敗だったって言ってるわよ!」
この姉ちゃんの言葉に高橋は「……な」と初めて狼狽える様子を見せる。
明らかに動揺し、すぐに言い返せなかったことが、周りにもそれが真実だと伝わることになってしまう。まあ、実際に中野さんもそんなことを言っていたしその通りなのだろう。
その結果
「……まじかよ」「……最低」「……幻滅ね」「……女の敵」
と、学年にかかわらず、周りの生徒たちから非難の言葉と、ごみを見るような視線を向けられ、高橋が「……くっ」と焦りのためか額に冷やせを浮かばせている。
高橋は周りをぐるりと見渡し味方がいないことを悟ると、最後に渇望と怒りを混じらせた視線を中野さんに向ける。中野さんはその高橋の視線に一瞬たじろぐも、まっすぐにそれを受け止め、敵意を含めた視線を向け返す。
高橋は数瞬の後、その中野さんから視線を逸らすと「ちっ、どけえ!」と、取り囲んでいた他の生徒たちにそう怒鳴り散らし、無理やり道を作ると、そこからそそくさと校内へと駆け込んでいってしまった。
「今度私の弟に手を出したら、ただじゃおかないからね!」
そんな、高橋の背中に容赦のない姉ちゃんが怒鳴り散らす。一瞬、ビクリと高橋の全身が反応していたのように見えたのは、気のせいだろうか?
そんなこんなあり、高橋問題は姉ちゃんの登場により、瞬く間に解決してしまった。
あの様子なら、しばらく高橋が僕と中野さんに突っかかってくることはないだろう。
……姉ながら凄いな。怖いけど。ブラコンだけど。
姉ちゃんは、高橋に怒りをぶつけたおかげで少しは溜飲が下がったのか、多少穏やかになった口調で、
「それで? どうしてさっきのキスコールに繋がったの?」
……あー、やっぱりそこも聞くか。
できれば、高橋を撃退してくれたところで、終わりにしてほしかったがそうはいかなかったようだ。
チラリと唯さんの様子を窺うと、唯さんもこの話題には興味があるようで、聞く気満々のようだ。
そして、先ほどまでビビりまくっていた女子生徒も、この話題になった瞬間、流暢にきゃぴきゃぴしながら話始めたではないか。なんでだよ。
「それでその後、高坂君が高橋先輩から守るため、中野さんを力強く抱きしめたんです。」
「……え? それ本当?」
「はい! それはもう力強く……。見ているこっちが恥ずかしくなりそうなくらい……。」
「……。」
女子生徒は、例のシーンを思い出しているのか、その頬に朱を差し、うっとりとした様子を見せている。周りにいる女子生徒も同様の反応を見せている。
一方、姉ちゃんはというと先ほどまで見せていた怒りはすっかり冷め、ここに来て初めて焦ったような表情を浮かべている。
それはそうだろう。隣には唯さんがいて、本当はその唯さんと僕が付き合っているのだから。それを知る姉ちゃんが焦らないわけがなかった。
その姉ちゃんは、恐る恐る唯さんの方へと首を向けていく。
僕にも同様に焦りが襲ってきて、全身から冷や汗が一気に出てくるのを感じる。
……事実とはいえ、何もそんな乙女な反応をしながら言わなくてもいいじゃないか。
ゆっくり……と、唯さんの方へ視線を向ける。
ニコニコニコニコ
そこには、心の底から笑顔を浮かべている、さながら地上に舞い降りた天使……のように見える唯さんがいた。
それは今まで見た中の笑顔の中でも一二を争うというものだ。
普段の僕ならその笑顔に見惚れてしまったのだろうが、この状況だ。
むしろ違和感しかなく、言いようのない恐怖心さえある。
思わず、ゾクリと全身が震えた。
それは、姉ちゃんも同じだったのだろう。
「……そ、それで? 続きはどうなったの?」
早くこの話題を終わらせるべきだと思ったのだろう、続きを促す姉ちゃん。
「は、はい。その後は、中野さんが高坂先輩のことが好きだと……そう伝えたんです。」
「……。」
キャーと一人お花畑の雰囲気を漂わせる女子生徒とは対照的に姉ちゃんの顔は青ざめ始めている。僕もだ。
そして、その女子生徒はあろうことかこんなことを言い出した。
「……確かに無理やりキスを迫ったのは反省ですし、申し訳ないと思っています。でも、本当に高坂君と中野さんはお似合いのカップルだと思います。」
そして、この女子生徒の言葉を皮切りに「本当、お似合いよね」「美男美女で絵になるものね」「まあ、高坂なら中野さんを任せられるよな」「ああ、嫉妬もわかないな、納得できるわ」などなどざわつきだす。
姉ちゃんはそんな周りの様子に「くっ、確かにひろは、イケメンだし、性格もいいから否定できない……」なんて、悔しそうにそう呟いている。何を言っているんだ、姉ちゃんは?
しかし姉ちゃんがそうなった以上、強制的にキスをさせられる流れは無くなったものの、状況的には姉ちゃんが来る直前と何も変わっていない。むしろ唯さんがいる分、悪くなったまである。
結局、中野さんの告白に僕が答えなければならない状況だ。
そして、そんな状況に追い打ちをかけるように
「で、結局高坂君は中野さんのことをどう思っているの?」
この質問に再び周りがシンと静まり返る。中野さんは怯えるように、しかし何かを期待したような視線をこちらに向けてくる。
……本当にどうすればいいんだよ。
そもそも中野さんは一体どういうつもりで、まさか本当に僕のことを……?
いや、まさかね……。
やはり、ここは唯さんと付き合っていることを公表するべきか。
どう対応するべきか思案しているところに、鈴のように透明な声が響く。
「もう昼休みも終わるし、高坂君も急で困っているだろうから、返事は放課後まで待ってもらったらどうかな?」
唯さんの言葉だった。
慌てて唯さんの方へ視線を向けると、唯さんはにっこりと微笑みを返してくれた。
いつもの柔らかい笑みだった。
「……そうですね。放課後にしてもらえるとありがたいです。」
唯さんの意図は分かりかねたが、何か目的があってのことだろうと、そう承諾しておく。
周りも「うわっ、本当だ。後3分で昼休みが終わる!」「まじか!」「返事は放課後か~」「絶対、見届けるからね~」といった感じで、慌てて周りにいた生徒たちが自分たちの教室へと向かいだす。
その騒がしくなった状況で唯さんがこちらへ近づいてきて、そっと耳打ちをしてきた。
「……私に考えがあるから後で少しだけ話そうね。」
とのことだった。
勿論、断る理由もなかったので、こくりと頷き、その場を後にした。
去り際に見た中野さんは、ずっとこちらを見つめていた。
その表情は、切なげで不安で思わず守ってあげたくなるものだった。
ずっと見ていると、こちらがおかしくなりそうだったので、すぐに視線を逸らし自分の教室へと急いだ。
放課後、僕と中野さんは再び、屋上へとやってきていた。
周りには、昼休みとは匹敵にならないほどのギャラリーが控えていた。その数は100人以上はいると見た。
どうも、昼休みの一連の流れを聞いた生徒たちが集まってきたらしい。
その生徒たちは、僕たち二人を取り囲むように陣形を形成しており、中心にできた円形の空間に僕と中野さんが向かい合っていた。
中野さんは、もじもじと緊張と不安に包まれている様子を見せていた。まさに恋する乙女の姿だった。
……唯さん曰くこれは『演技』らしいが、恐れ入るよ中野さん。女優を目指せるんじゃないか?
そんな感想を抱きつつ、僕はその中野さんへ優しく柔らかい口調で話しかける。
「じゃあ、中野さん。昼休みの告白の返事をするよ。」
「う……うん。」
……唯さん、これでいいんですよね。
心の中でそう呟き、一瞬天を見上げた後、中野さんをじっと見つめる。
中野さんは、頬を赤く染め、その潤んだ目で僕を見つめ返してくる。
そして
「中野さん、告白ありがとう。こんな僕でよければよろしくお願いします。」
その瞬間、校内に新たなカップルが誕生した
……あぁ、イライラする。
あまりのストレスに今すぐ髪をかきむしり、何か物にでもあたってしまいそうにな衝動にかられてしまう。
イヤホンから聞こえてくる男女の楽し気な会話を聞いていると、ストレスが際限なく溜まっていくのを感じた。
こちらが指示したこととはいえ、聞いていて気持ちの良いものではない。
しかし、ひろ君のあの女を救うという目的を達成するにはこうするしかなかった。
中野ゆりか、この女が現れてからずっと狂いっぱなしだ。
立花まいかも、こちらを舐めている上に何を考えているか分からない相当に目障りな存在だが、中野ゆりかの存在はそれをも上回る。
付きまとうだけに飽き足らず、まさか告白してくるなんて。
何を考えているのだろうか、あの女は?
頭がおかしいとしか考えられない。
ひろ君の優しさを勘違いして、哀れな女。
……ひろ君は私の彼氏なのにね?
でも、これであの女を救うというひろ君の目的は達成された。
もうひろ君があの女のことで罪悪感に苛まれることはない。
頭の中で、自分の愛する人を思い浮かべる。
その瞬間、さきほどまでのストレスが嘘のようにどこかへいき、幸せな感情で満たされる。思わず頬が緩んでしまうのが分かる。
あぁ……ひろ君。大好き。
ひろ君のためなら、私はなんだってする。
ひろ君のことはすべて知りたい。
ひろ君のことを独り占めしたい。
ひろ君の喜ぶ顔が見たい。
ひろ君のお世話をしたい。
ひろ君に私だけを見てもらいたい。
ひろ君が悲しんいるのならば、それを慰めてあげたい。
ひろ君がけがをしたならば私が看病をしてあげたい。
ひろ君が悩むならそれを解決してあげたい。
ひろ君ともっと一緒にいたい。
ひろ君と体を交らわせたい。
ひろ君のために死ねるならば、喜んで死ねる。
……もう、中学生の時のような思いはしたくない。
ひろ君……私の運命の人であり、王子様のような存在。
好き……好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
ひろ君も私のこと好きなんだよね?
だから、そんな私たちの愛を邪魔する存在は……
『排除』
すべきだよね?