……それと縣君達をそろそろ高校入学させたいな。
天野遠子は通常の食事の代わりに紙に書かれた文章を食べる少女だった。
普通の食事では味蕾を刺激される事が無い代わりに文章にこそ味を感じる事から原作小説では妖怪と揶揄されていた。それに対して本人が「文学少女だ」と声高に否定するまでが一括りな節もある。
それはさておき、天野遠子は縣と黒部の居なくなった部室で二人の書いた文章をじっくりと読み込んでいた。
黒部の書いた文章は思ったこと、感じた事を素直に書いたものだった。
やはりと言うか縣の事を心底気に入っているらしく淡い恋心の影が見え隠れしている。いや、寧ろ見え、見え、隠れ、位はっきりと見て取れる。ただ、縣の方は素っ気なかったり、ずっと苦しそうな顔をしていて見ていられない時もあると言った旨が書かれており少しビターな風味がする。
「やっぱりこれよ! シロップ漬けにしたさくらんぼ! それにちょっぴりビターなチョコ! まるでそう、喫茶店に出て来るパフェみたいでとっても美味しい〜〜っ!」
思春期特有の甘酸っぱさとほろ苦さの混在するレポートは正に彼女の思惑通りのものだった。おやつを書いてもらうにはピッタリの人選だったと考え表情を弛緩させる。
「残るは縣君の文章ね。一時間近くも掛かっていたし。これは文学少女として期待が膨らむわ!」
ただ一点気がかりなのは彼が文を書いている時の表情だった。
真剣。……いや、鬼気迫っていた。
何が彼を駆り立てていたのかは分からないが何か恐ろしいまでの情熱……凄みのような物が感じられたのだ。
「と、兎に角読んでみましょう」
彼女は気合いを入れると文字列に視点を落とす。
彼が書いていたのは物語だった。タイトルは『The World is Full of Shit』。直訳すると、『世の中クソだな』。そのタイトルに思わず姿勢が固まる。
しかし此処で退いては文学少女の名折れと自分を鼓舞しながら読み始める。
その内容はアダチという刑事の男がある日突然莫大な権力を手にして犯罪に手を染める。そんな話だった。
「アダチさんはお友達に恵まれなかったのね。……ずっと一人で頑張っても報われなくて、ずっと他人が羨ましくて」
アダチは何処にでも居るような普通な人物だった。しかし報われない世に絶望し、権力を手にした瞬間世界に復讐するかのように悪事を起こし始めた。
そのアダチという男の報われなさと悲哀に胸がきゅっと締め付けられる。
特に前半孫に似ているからと「トオルちゃん」と呼んで世話を焼いてくれていた老婆が居るのだが、本物の孫が帰省してくるとアダチの事を「トオルちゃん」では無くただの「刑事さん」と呼び始めた場面は余りにも悲し過ぎた。
それに対して全然悲しく無い風に振る舞うアダチの心情を考えると、思わず涙が出そうになる。
そして最後の場面。
アダチは今まで犯した罪を暴かれた。それは、アダチとはまるで正反対な、友人に恵まれ、数多の才を持ったそんな青年に。
アダチはその青年に対して嘲るように言い放つのだ。
「お友達はどうしたの? 君らの探偵ごっこ最後まで見せてよ。あれすんごいウケんだよねぇ」
「みんな一緒に来ればいいじゃない。力を合わせて悪い奴を倒しにさぁ」
「友情・努力・勝利。君らそういうの大好きでしょう」
「のこのこやってきて説得しようとか考えてる君みたいのが一番腹立たしいよ」
「気持ち悪いんだよ。キミ」
「君はそうやって頼るんだよねぇ絆の力ってやつに!」
「努力とか愛とか希望、それに絆」
「アッハッハ! まるで道徳の教科書みたいだねぇ!」
「薄っぺらいんだよ。じゃあ教えてほしいんだけどさ。絆ってなに?」
「分かってないなぁ。だから君はダメなんだよ」
「信じるなんて言葉はね、人を押しつぶす呪いと同じさぁ」
「他人の心の中なんて分かりっこないでしょう」
「君が信じてるのは、この人はこうあってほしいっていう自分勝手な理想に過ぎないんだよ」
青年が善を説けばアダチは悪を吐き散らし、青年が愛を唱えればアダチは憎を宣う。それはさながら対極、陰と陽だった。
「でもよかったねぇ。君の仲間はきっと君を裏切ることはないよ」
「君らは相手の醜い部分、ダメな部分を見た上で、それでもいいんだよって寛容に受け入れたフリして笑ってる」
「気持ち悪い。他人の醜い部分なんて好きになれるわけねえだろ! バーーカ!」
「傷つきたくないから相手を傷つけないように健気に頑張ってる」
「そういうのをなんて言うか知ってる? 傷のなめ合い!」
「それが君たちの言う絆ってやつの正体さぁ!」
そしてその果てに……アダチは敗北する。
物語はそこで終わっていた。悪者が倒されて正義が勝利するありがちなハッピーエンド。しかし、アダチに一切の救いは与えられない。
彼は牢の中、ただ一人世を憎み続ける。
「渋くて、悲しいけど凄く上手……」
縣の物語は完成されていた。
基本となる「てにをは」は勿論、読点句読点のタイミング。それら全てが中学生とは思えない程巧みに用いられていた。しかし、それが才からでは無く彼自身の努力によるものなのだと天野遠子は察する。
これほど才を憎む文を書き綴る少年が、己の才覚ただそれのみでこの作品を書き上げたとは到底思えなかったのだ。
「それに、この文体……少し井上ミウに似てるわね」
物語の描き方も心象も全くの別物。そのはずなのに彼の作品の何処かが井上ミウに似ているような気がした。いや、寧ろ井上ミウの文体が縣の文体に近いのかもしれない。
「縣君は一体どんな気持ちでこの物語を書き上げたのかしら」
極端な糸目以外は、極々平凡な中学生のように見えた。しかし、その中身は文学少女たる天野遠子の想像をもってしても、見抜く事は出来なかった。彼は一体どんな人物なのだろうか。
ただ一つ分かった事がある。
読み終えた原稿用紙の最初のページに戻り、再びタイトルに視線を落とす。
『The World is Full of Shit』。……『世の中クソだな』。
彼はきっとこの世界を、何よりも憎悪している。
原作突入後はどっちが読みたい?
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主人公を井上君に変更。
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主人公そのまま。
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執筆速度落として良いから両方やって♡