シンフォギアにゲッター系女子をinさせてみたかった   作:ぱんそうこう

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遅ればせながら、UA50000突破ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。


当該話の前書きにも書きましたが、設定との齟齬が発生したため本作における早乙女博士の死亡年代が原作一期の15年前から18年前に変更になりました。ご了承ください。


何かが胸で叫んでるのに

あたしは何をやってるんだろう。

フィーネに裏切られて捨てられて、こうして空き家を点々としながら逃げている。幸いノイズどもはここ最近小規模な群れしか出てきていないから、出た分だけブッ倒してやれる。だけど、その度に誰かの炭を目の当たりにして、自分のやったことを突きつけられる。

 

ーーーーーーーこんなはずじゃなかった。あたしがしたかったのはこんなことじゃない。潰すのは戦う力を持った相手だけ。何の関係もない人たちに手出しはしない。そう思っていた。

なのに、現実はまるで逆。まず最初に犠牲になるのは何の力も持たない人たちだ。あたしを狙って差し向けられるノイズに個人を識別することなんか出来ない。あるのはソロモンの杖のコマンドと、人間を殺すという本能めいた生態だけだ。

あたしのやってきたことは無意味で、無価値だった。ただフィーネに騙されて、利用されて、捨てられただけ。これじゃ何のために戦ってきたのか。誰のために力を手に入れたのか。

もう何も分からない。あたしは何がしたかったのか。ただただ自問自答する日々。世界を平和にしたい気持ちに変わりはない。でもあたしが間違っていたとしたら、あたしはこれからどうやって生きていけばいいのだろう。誰かに聞いても答えなんて帰ってこないから、何を聞いても自分に返って来るだけだ。

 

孤独感。

 

寄る辺を全部失って、掴んだものはそれだけだった。

だからだろうか。

 

 

 

 

『俺がしたいのは、君を救い出すことだ。ーーー引き受けた仕事をやり遂げるのは、大人の務めだからな』

 

 

 

前の隠れ家で聞いたあのいけ好かない大人の言葉が甘美に聞こえる。

それだけじゃない、人と人が分かり合えるなんて甘いことばかり抜かす馬鹿。あたしはそんな甘っちょろい理想論なんて嫌いなはずなのに、なんであの手を握りたくなってしまうのか。

 

なんでこんなことばっかり。大人は信用出来ないし、あたしとあいつらは敵同士だ。協力なんか出来るわけがねえ。

 

じゃあなんであたしは、あいつらを見て「羨ましい」なんて思っちまったんだ……?

いいや。分かってる。たぶん、あたしは寂しいんだ。寂しいから、何でもかんでも縋りたくなってるだけ。だけどそれは間違ってる。

今のあたしが持ってるのは、ギアの力と誰かの血で汚れたこの手だけだから。

 

「これでいいんだ。あたしは独りでいい。それで、いいんだよな……」

 

答えてくれる人はもういない。

揺れる自分に言い聞かせながらあたしは今日も逃げている。

フィーネからも、敵からも。

頭の中がぐちゃぐちゃだ。何をすればいいかもわからない。何をするべきかもわからない。なにが正しくて、何が間違っているのか。だからせめて誰も巻き込まないようにと、誰もいない場所を行ったり来たり。なのにどうしてかもっと遠くへ逃げられない。いや、逃げる気になれない。

 

(ホントに、嫌になる。中途半端なあたしが)

 

今日の隠れ家に丁度いいのはーーーーーーあった。町の外れの誰も住んでなさそうな、年季の入った木造のオンボロ道場。

ピッキングなんかもすっかり慣れたもので、鍵穴に拾った針金を突っ込めばあっという間だ。

 

(それにしてもボロっちいなこれ。このドアなんかちょっと弄ったら壊れるんじゃないか?)

 

立て付けの悪いドアを、音を立てないように慎重に開けていく。

中に入って、念のため水や電気なんかも出してみるが通っていない。止められたって線は薄いだろう。大体こんな所に人なんか住める訳がない。前までいた古いマンションの一室と比べると質は遥かに劣るけど、まあ背に腹は代えられない。

ぎしぎしと音を立てる床におそるおそる足を踏み出す。住む所はともかく道場の板の間は幸いにも丈夫だったから、その隅っこにうずくまるように座る。ゴミ捨て場で拾ったこれまたボロい布っきれを体に巻いて、壁際に寄りかかりながら、虚空を見つめて考える。

 

ーーーあたしは、こんなところで何をやってるんだろう。

 

 

 

音を立てて扉が空いたのはその数日後。空腹に耐えながら、何も分からない「これから」を考えていた時だったんだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「まさかあたしのこと尾けてきやがったのかッ!」

 

「ふざけんな!お前こそなんで俺の実家に居座ってやがる!」

 

「実家……実家だぁ!?嘘つくんならもうちょっとマシな嘘吐きやがれ!こんなオンボロ家屋に人なんか住める訳ないだろッ!」

 

「人んち勝手に入っといて何様のつもりだッ!その腐れ根性叩き直してやるッ!」

 

「やれるもんならやってみろ暴力女!そう簡単にはやられねえってこと見せてやるッ!」

 

クリスと生身で対峙しながら、竜は目の前の相手について考えていた。

 

(こいつ……確か雪音クリス、だったか。確かオッサンはそう呼んでいた筈だ)

逃亡していたはずのこいつが何故ここにいるのかは分からない。しかしやるべき事は至って単純明快だ。

 

(まずはぶっ飛ばしてから考えればいい。聞くのはその後でも遅くねえ筈だ。ここにいる理由も……あのフィーネとかいうクソ女に従っていた理由も)

 

僅かな睨み合いの後、先に仕掛けたのはクリスだった。彼女がその直情的な性格の如く、拳を振りかぶって真っ直ぐ竜に立ち向かう。竜もそれに反応し、撃ち出される拳を右手で掴むと同時に、床の軋む音に混じって乾いた音が家全体に鳴り響く。

 

(悪くねえパンチだ。腰も入っているし、基本はしっかりしている。あのクソ女もその辺りの訓練はやってたらしいな)

 

竜は内心で口笛を吹いているが、しかしダメージを与えるには威力が足りていない。右手の感触から、響の拳の方がまだ強いかと冷静に分析し、相手の筋力に大まかな当たりをつける。

 

「ぎいっ!?」

「ふんッ!」

 

そしてそのまま腕を勢いよく捻った。突然の痛みに怯んだクリスが呻き声を上げる。

そして一発は一発。受けたからにはお返しの一発をぶち込んでやるべきだと言わんばかりに、捻りを加えた左での突きを頬に捩じ込むように叩き込んだ。

 

「ぶあっ……!」

 

鼻血を吹き、きりもみ回転しながら勢いよく後ろへ吹っ飛んでいくクリス。勢いのままに背中から壁に叩きつけられ、強く咳き込んでいる。

 

「どうしたッ!そんなものじゃ俺の相手には足りねえぜッ!倒したきゃもっと死ぬ気で掛かってきやがれッ!」」

 

「言われ……なくたってェェェ!」

 

鼻血を拭って戦意を高め、前へと出るクリス。

猪突猛進。それだけが今のクリスを表す表現だった。

幾度となくぶつかり合う二人。その中で、竜は次第に違和感を感じ始めていた。

 

(妙だ。こいつーーーーーー弱すぎる)

 

現状は明らかに竜のほうが押している。だが竜の記憶の中の彼女と比べると、格闘のキレが幾分も劣っている。それに竜の中の武闘家としての部分が「物足りない」と文句をつけていた。

 

確かに以前戦った際に彼女はネフシュタンか、あるいは自前のギアを装着していたため、生身で戦っている現況と比べれば一枚も二枚も劣るだろう。また、生身での殴り合いにおいて二人の間に多大な戦力差があることも要因に挙げられるかもしれない。竜も最初はそう思ったが、拳を合わせるごとにそうではないと気付き始めた。

 

思考の海から浮上した竜が改めて倒れ伏したクリスに目を遣れば、鼻と口から血を流しながらもゆっくりとだが立ち上がってきているのが見えた。しかし目に宿る力は先程までと比べて少し弱々しくなっていて、まるで上っ面だけを取り繕っているようでもあった。

 

「どういうことだ」

 

思わずぼそり、と。口から漏れる。

 

(こいつのことは良く知らないが、戦いぶりはもっと隙が無かった筈だ。もっと貪欲に勝ちを狙っていた筈だ。今だって、直ぐにでも立ち上がってきた筈だ。例え聖遺物の補助が無かったとしても)

 

「どうした!てめえの力はそんなもんかッ!簡単にはやられねえんじゃなかったのかッ!ええ!?」

 

「舐めんじゃ……ねえッ!あたしは、まだ、ピンピンしてるぞッ……!」

 

拳が熱い。なのに心が冷え切っている。これほど燃えない戦いは生まれて初めてだった。

 

「ぐっ……」

 

殴り合いは続いている。竜は倒すことよりも、殴り合いを通じてクリスの異変を知ることを優先し始めた。

一方のクリスはそんな事はつゆ知らず、生身ではまともに竜と殴り合うのは分が悪いと考え、ギアを纏ってやり返してくる。が、動きに精彩を欠いており明らかに不調だった。両手に構えたボウガンのエネルギー弾を闇雲にばら撒くように放っているが、竜の体捌きを捉える事が出来ず、全て足元に突き刺さるか両手両足で叩き割られるかしてやはり当てられない。

 

「クソ……なんで当たらねえッ!」

 

苛立ちと共に、引き金を引く指に力がこもる。カチカチと引き金を引く音がクリスの耳にいやに残り、その度に焦りが胸を支配する。

 

(何でだ……こいつは生身であたしはギアを使ってるんだぞッ!?なのに、何であたしの方が押されているッ!)

 

スペックでは勝っている筈の相手にこうも押されている。この事実が、クリスにさらなる火器の使用を決断させた。アームドギアのボウガンをさらに殺傷力の高いガトリングに変形させ、さらに弾幕の密度を高める。

生身相手にギアを使って、しかも殺傷力の高いアームドギアまで使ってしまっているが、このまま出し惜しみをして勝てる相手じゃない。それに比較的狭いこの空間では大型のガトリングは取り回しが効きにくいが、その分弾幕を濃くすれば近づかれることはない。そう思っての立ち回りであったが。

 

「うおおおおおおッ!舐めんじゃねえええええええッ!」

 

壁づたいに走って銃弾を躱し、同時に助走をつけて柱を蹴る事で勢いよく弾幕の中へ飛び込んだ。胸の前で両腕を交差させ、腕の筋肉に力を込めることで負傷を最低限の箇所に抑え、懐へと肉薄する。

 

「嘘だろッ!?なんつー無理やらかすんだよッ!」

 

「無理を通して道理を蹴っ飛ばすッ!こんなもんで俺を止められるかああああああッ!」

 

銃弾に恐怖を覚える素振りすらない竜の姿に、逆にクリスが恐怖を感じる。かつて内戦地にいて、後にフィーネの元で訓練を積んだクリスはそういった武器に対する理解は少なくとも竜よりは深い。故に銃弾の飛ぶスピードに人間が対応出来ないことも、その恐怖もとても良く理解している。

だからこそ、少しでも当たれば蜂の巣になって死ぬというのに弾幕の中へ躊躇いなく突っ込んだ竜の神経が理解できない。

 

「狂ってやがる……!」

 

半ば恐慌状態になりながら、震える指で引き金を絞る。しかし引き金を引き切る前にガトリングは手刀で払い除けられ、返す刀で頭を掴まれ力任せに体をぶん投げられた。

 

「何をそんなに腑抜けてやがる!その程度で俺を倒そうなんざ百年早えッ!」

 

「腑抜けだとぉ!?」

 

直感的にその表現を口にした時、竜は全てが腑に落ちる感覚を得た。

クリスの戦いぶりへの違和感、今までと比べて弱々しくなった目、前へ一歩踏み出そうとする気概の欠如……ノイズと戦う戦士としての竜にとって、ノイズ災害を知り、ノイズへの怒りを抱く竜にしてみれば、それは逆鱗に触れるに等しいことでもあった。

 

「そうだッ!ヌルすぎるんだよ……!弱すぎるんだよッ!今のお前はッ!なんでそこまで腑抜けていられるんだッ!自分が何しでかしたか分かってんのかッ!」

 

仰向けに倒れたクリスのアゴを強く掴み、あと少しで触れそうなほどに顔を近づけて凄む。

今も尚、己の未熟故に死んだ佐々木達人の死に様は竜の胸に強く焼き付いている。二年前のライブの地獄は今でも鮮明に思い出せる。故に、竜にしてみれば弱い己とノイズを操る聖遺物ーーーソロモンの杖ーーーは存在自体が許しがたいものである。

前者はともかく、後者は今やクリスの手を離れ、フィーネの手元にある。そして元の持ち主だったクリスはフィーネに捨てられ、そのフィーネはノイズを戦力として活用し、何も知らない人間の命と生活を脅かしている。

だというのに。それを知っておきながら。

 

(何でてめえはそんな腑抜けた姿を晒して平気でいられるんだッ!!!)

 

「何って……」

 

「分からねえか!?だったら分かるように言ってやるよッ!あの聖遺物で一体何人ぶっ殺してきたんだ!?あぁ!?」

 

ひゅ、と息を呑む音がクリスの喉から聞こえてきた。その様子を見て、竜は小さく鼻を鳴らす。

 

「人がノイズで殺される瞬間を見たことはあんのか!?あの絶望しきった顔を、あの死にたくねえって叫びを聞いたことはあんのか!?あったらあんなもん使う気になんざなれるわけねえよなァ!?なのに……なのに!何でそうやって腑抜けてられんだよッ!その負けん気は上っ面だけかッ!?ああん!?」

 

アゴを掴んでいた手を放し、力任せに突き飛ばす。尻もちをついて無意識なのか、怯えたような目を向けられた竜はさらに神経を苛立たせ、激情を露にする。

 

「今のきさまは飼い主に捨てられた只の子犬だッ!敵にも値しねえ……野良犬にもなれやしねえ半端者だッ!テメェでテメェのケツも拭けないグズだッ!」

「悔しいか!?碌にテメェの事情も知らねえような奴に好き放題言われて悔しくねえのか!?悔しかったら何とか言ってみろッ!どうなんだ!?ええ!?」

 

「…………んな」

 

「ああ?何だって?」

 

「……ふざけんな」

 

「聞こえねえなァ!言いたいことがあるならもっとハッキリ言いやがれッ!」

 

「ふざけんなって言ってんのが聞こえねえのかクソ野郎ッッッッッ!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

クリスが立ち上がる。ゆっくりと、ゆっくりと。まるで眠りから覚めるように。

 

「ああ分かってるよッ!分かってるさッ!あたしが何をしでかしたかぐらいは、お前に言われなくたってなッ!」

 

クリスの顔が歪む。それはまさしく、彼女の懺悔だった。

 

「あたしが壊したんだッ!あの街並みもッ!あそこに住んでいた人たちもッ!みんなあたしが……あたしの歌のせいでッ!!」

「こんなはずじゃなかったんだッ!こんなことになるなんて思ってなかったんだッ!もうわかんねえよッ!何が正しくて、何が間違ってるのかなんてッ!あたしはどうやって世界を平和にすればいいんだよッ!」

 

綺麗な銀糸の髪を振り乱して慟哭する。その願いは切実さに溢れ、竜は「マジ」でやっていることだと容易く理解できた。

故に沸騰した頭を一度ゆっくり冷やしながらあくまで冷静にあらんとする。

 

「そいつがお前の戦う理由かよ」

 

「ああそうだッ!戦争なんかクソ喰らえだッ!パパとママが殺されて、あたしも長いこと地獄を見たッ!あたしだけじゃねえ、あそこにいた沢山の子どもが同じ地獄を味わったッ!」

「隣にいた奴が連れてかれて、そのまま帰って来なくなったのを見たことはあんのか!?女衒に連れてかれて、裸で帰ってきた奴が心を壊して口も聞けなくなったのを見たことは!?あるわけねえよなあ!?この平和な国でのうのうと生きてきたヤツがよおッ!」

「だからあたしは戦争を無くすんだッ!あんなモノはもう二度と見たくねえし、見せたくもねえからなッ!歌で世界を平和にするだあ?んな叶いもしねえ夢なんぞの為に命を捧げるなんて馬鹿げてるッ!そんなことより、戦争したがってる奴と力を持ってる奴を片っ端からぶっ潰した方がよっぽど現実的だッ!」

 

「俺はそのために何人ぶっ殺すつもりだって聞いてんだよッ!勿論お前が殺るつもりのクズどもじゃねえぜ、お前が見てきた『地獄』の犠牲になる奴をどれだけ作るつもりだッ!」

 

冷静さは数分と保たなかった。願いに間違いはないだろう。だが、手段が気に食わなかった。正確には手段が正しいかどうかではなく、自分でも本当に正しいのか疑っているような方法でやろうとしている、その迷いこそが気に食わなかったのだった。

同時に、これが腑抜けていた原因だと竜は勘で悟った。迷いは拳を鈍らせる……そのことを竜は文字通り体感していたからだ。

 

「それは……ッ!」

 

「テメェ自身でも理解してなかったんだ、言えるわけねえよなッ!だからあの女は言ったんだよッ!『お前のやり方は火種を一つ潰して新しい火種を二個三個バラまくだけだ』ってなッ!」

 

「ならほかにどういうやり方があるって言うんだよッ!お前も大人なんだろ!?だったらそれぐらい見せてみろよッ!」

 

竜の否定にクリスがムキになって言い返す。しかし竜の答えはクリスが思っていたものの遥か斜め下だった。

 

「んなもん俺が知るかッ!」

 

「はぁ!?てめえで言っといてそれかよッ!大人はいつもそうだよなッ!何も出来ねえ癖に、余計なことしかしない癖に!いつもいつも偉そうにしやがってッ!」

 

互いに頭突きの要領で額と額を強く叩きつけるように突き合わせ、相手を睨みつけ合う。額が触れ合っている箇所からは鏡合わせのように血が流れ落ちていた。

 

「ハッ。大人がそんなに嫌いか」

 

「嫌いだねッ!いつも無能で、いつも自分勝手で、いつだって余計なことしかしないッ!子どもの言うことなんか一個も聞いちゃくれない癖に自分の言うことを聞かないと分かればすぐ力で従わせようとするッ!信じられるもんかッ!お前も同類だろうがッ!」

 

「そいつは否定しねえよ。ガキの頃から人をブン殴ることだけ考えてきたんだ、今更『マトモ』になろうなんて高望みも良いところだぜ」

「だがな、それでも超えちゃならねえラインってモンは弁えてるぜ。いくら借金踏み倒そうが、店で幾らツケを溜めようが、俺は何も知らねえ奴を利用したり、人死にを『仕方ない』で済ますような真似は絶対にしねえ。それだけは死んでも曲げねえ」

 

竜は常に強さを求め、自分より強い者を求め、誰よりも強くなることだけを望んだ父親の背中を思い出していた。物心着いた頃から酒浸りで、自分に虐待めいた修行を課す父親。家事もやらない、近所づきあいだってありゃしない。学校の参観日にも来ないわ、店でツケを連発するわ、終いにはヤクザから金を借りた挙句その事務所に自分を連れて殴り込み、その借金全部踏み倒すようなロクデナシ。それでも強さに対しては、空手に対しては誰よりも真摯で、誰よりも真っ直ぐだった。それこそ他の空手がトロフィー目当てのダンスに見えるくらいには。

それを知るからこそ、竜はあの父親を武の師として尊敬したのである。たとえどれだけ私生活がダメであっても。

 

「そうやって他人の生き方を見てガキってのは育つんだ。そして自分だけの一本芯の通った生き方を決めるもんさ。……お前に、そういう奴はいなかったのか?」

 

ま、居たところでその様子じゃあ受け入れられねえだろうがな、と話を完結させる。そしてより強く睨んでくるクリスの視線を悠々と受け流しながらさらに続けて口を開いた。

 

「俺は他のお優しい連中とは違う。だから優しく慰めるような真似はしねえ。出来る事と言やあイヤイヤ言ってるだけの臆病なガキのケツを蹴り上げてやることぐらいってもんよ」

 

「あたしが臆病なガキだって言いたいのか……!」

 

「フィーネにお礼参りの一つもしないで人の実家に隠れてガタガタ震えてる奴を、それ以外にどう言えって言うんだよッ!」

 

「!」

 

「フィーネへのお礼参り」……自分を捨てたことへの報復、あるいは、自分を騙して利用していたことの報復。それを思っていなかったと言えば、嘘になる。

けれど、フィーネのことはまだ信じていたかった。目的はどうあれ、大人を信用できなかった自分を連れ出してくれたのがフィーネだったし、理不尽に抗う力をくれたのもフィーネだ。右も左も分からない自分に教育を施したのも、力を使いこなす訓練をつけたのも、自分の両親の次に長く同じ時間を過ごしたのも、紛うことなくフィーネだったから。

……たとえ偽りだったとしても、たとえ利用するために情を植え付けるためだったとしても、雪音クリスはフィーネとの生活にある種の温かさを見出していた。だから命を狙われている今でもなお迷っていたのだろう。「本当にフィーネと敵対してもいいのか」と。「本当にこれでいいのか」と。

言葉に詰まるクリスを見て、竜は図星を突いたと思いさらに言葉を続けていく。

 

「分かってんならここで腐ってる場合じゃねえだろッ!自分がしでかした事を理解してるんなら、悪いと思ってるんなら!テメェでケジメをつけるのが筋ってモンだろうがッ!」

 

「だけど……今更どうすればいいんだよッ!どうやって償えばいいんだよ……!」

 

「戦う以外に何があるってんだッ!ノイズ共をぶん殴って、黒幕もぶん殴って、あの聖遺物はぶっ壊すッ!それが俺の流儀だッ!」

「もしケジメもつけねえで逃げてみろ、俺が地の果てまで追い詰めてぶっ殺してやるッ!うおおおおおおおッ!」

 

「うわあああああああああああああっ!!」

 

顔を離し、赤いマイクユニットを引っ掴んで力任せに頭から床に叩きつける。クリスの上半身は板の間を突き破り、頭だけが床に突き刺さった人間のオブジェが一個出来上がった。

 

「さあ立ちやがれッ!立って戦えッ!大人()を否定したいんだろうがァッ!」

 

闘争心のままに竜がクリスを促す。

クリスの反応は先ほどまでと違って早かった。肘を直角にして腕を立て、力を入れて頭を引き抜き、頭を振って木屑を払うと、流れる血を拭って竜を睨みつけた。

 

「いっでぇ……。くそっ、お前みたいなのにここまで言われるなんて、あたしも焼きが回っちまったか」

 

「要は他人に飢えてただけだろうが。うだうだ言いながら、心のどっかで『そう』言って欲しかっただけのめんどくせえひねくれたガキだ」

 

どこぞの誰かにそっくりだぜと心底呆れたと言わんばかりに吐き捨てた。

 

「うっせえ。ろくでなしの大人に言われたくねえよ」

 

同様に、クリスも心の底から嫌そうに吐き捨てる。

 

「心底認めたくないけど、お前の言う通りだよ。フィーネとの決着はあたしがつけなきゃいけない。だけどな、お前の言う通りにすんのも癪だ。あたしはあたしのやり方でケジメつけてやる」

 

そしてそう言い終えた直後、アームドギアを拳銃の形に展開して闘争心を剥き出しにした。

 

「それはそれとしてよくも好き勝手言ってくれやがったな!むかっ腹が立って仕方がねえッ!」

 

「−−−−−−−−−だったら、ケリをつけようじゃねえか。お前も、あれで決着だなんて思っちゃいねえよな?」

 

「あれ」ーーー竜が言った事をクリスは直ぐに理解できた。

初めて交戦したあの夜は、殆どクリスの勝利に近かったのを竜が絶唱で無理やりひっくり返して無かったことにした。

二度目の交戦の時は、殆ど竜が勝っていたところに邪魔が入ったためノーカン。故にまだ二人の決着はついておらず、仮にこの二戦を勘定に入れても一勝一敗、やはり決定的な決着はついていない。

 

「当たり前だッ!ちょおっと調子が悪かっただけであたしが弱いって勘違いされちゃ困るからなッ!」

 

「……へっ。そうでなきゃ面白くねえッ!」

 

道場の板の間の上で再び二人が激突する。

ギアを持たない竜に対し、クリスもこれまでの経験から一切の油断なく仕留めるために出し惜しみせずに火力を叩きつけることが必要だと感じた。

そう。だから。こうして腰の装甲からミサイルを乱射しても問題ないのである。

 

「てめ、チャカだけじゃなくミサイルまで持ち出しやがったかッ!」

 

「お前に手加減もクソもいらねえことはよお〜〜〜く分かったからなッ!あたしの全力で叩き潰してやるッ!」

 

「上等だッ!流家相伝の実戦空手の恐ろしさ、たっぷり味わわせてやるぜッ!」

 

「「お前は俺/あたしがぶっ飛ばすッ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「あーあー派手にやっちまった。ま、いい修行にはなったか」

 

クリスは結局、ギアを纏ったまま逃げ去っていった。

柱や壁は打撃痕や切り傷、弾痕、しまいにはクリスが逃げる時にミサイルで開けた穴が嵐の後のような光景を現出させており、竜は頭を掻きながら「二課で修理費持ってくれねえかなあ」などと考えている。

かく言う竜自身も無事とは言えない。体の至る所に火傷や銃創ができ、少なくない血が流れている。常人ならとっくに病院送りになっているだろう。

 

「−−−−−−で、そろそろ出てきたらどうだ?オッサン。盗み聞きとはアンタらしくもねえ」

 

「……気付いていたのか」

 

竜が態と強く声を張る。すると、クリスが開けた穴から弦十郎が姿を現した。

 

「当たり前だ。アンタの気配はもう感じ慣れてんだよ」

 

「フ……そうだったな。しかし、生身でギアを相手にするとはまた無茶をする。これではまた病室に逆戻りになるぞ」

 

「オッサンにだけは言われたくねえよ。あれぐらい相手出来なきゃ、オッサンもあのジジイだって超えられねえだろうからな。それに、これぐらいの傷はどうってことねえ。俺の頑丈さはアンタもよく知ってんだろ?」

 

「それもそうだが……後ですぐに病院に行くぞ。それなりに血を流しているんだ、無理はするべきではないだろう。……しかし、君も随分大人らしい事を言うようになったじゃないか。俺は嬉しいぞ」

 

「茶化すなよ。俺はンな柄じゃねえ。あいつが腑抜けて無様晒してるのが気に食わなかっただけだ」

 

「それでも本能的にああ言えるのもまた、一つの才能だとは思うがな」

 

「御託は良い。で、何だ?あいつに用があったんじゃないのか?」

 

弦十郎の眉尻が下がる。そして次に言葉を発した時、弦十郎の声は真剣さを増していた。

 

「ああ……全てお見通しというわけか。その通りだ。俺は彼女を……雪音クリスくんを救うために動いている」

 

「んな事だろうと思ったぜ。つくづくああいうのには甘いよなぁオッサンはよ」

 

「甘いのは性分だからな。今更どうこうする気も無い。それに、彼女を救うのは俺が受けた役目だ。最後までやり遂げることこそ……」

 

「大人の務め、だろ?分かってる。そうなったら梃子でも譲らねえってこともな」

 

大人の務め、竜は昔から何度も聞いていた台詞だ。父親が生きていた頃、自分に何かと世話を焼く様子が妙にむず痒かったり鬱陶しかったりした竜が「何故」と尋ねた時、弦十郎が答えたのがそれだった。

尤も、あの頃は「親父と比べて随分人間が出来てんなあ」としか思わなかったが。

 

「あいつのことはオッサンとか響の奴の方が適任だろうよ。第一、俺にあんな柄でもねえ説教なんかさせんじゃねえや」

 

「……俺が情けないばかりに、面目ない」

 

「オッサンを責めてるわけじゃねえ。ただ……あのフィーネとか言うクソアマには改めて一泡吹かせてやりたくはなったな」

 

「そのことだが、敵は近いうちに大規模な行動に出ると俺たちは予測した。それに備え、数日の内に君の出撃禁止の処分を解く。丁度いい機会だ、今のうちに伝えておく」

 

「へへ……やっとか。待ちくたびれたぜ」

 

「君が命令違反をしなければもう少し早く復帰できたんだがな?堪え性が無いのはあまり褒められたものではないぞ」

 

「うげえ。お、お小言は要らねえんだよ。んな事より早く二課まで行くぞ!あともうちょっとで何か掴めそうな気がするんだッ!」

 

「その前に病院だ!少し前に言ったことを無かったことにするな!」

 

竜が綺麗なフォームで走って逃げる。その後ろ姿を見ながら、弦十郎は過去に思いを馳せていた。それは彼女が幼い頃。彼女の父親が生きていた頃。彼女が自分の屋敷でよく父親を挑発しては追い回されていたことを。

 

「まったく……どれだけ成長しても、そういう無鉄砲なところは変わらんのだな、君は」

 

そう呟くと、竜の背中を捉えるべく全力で走っていくのだった。

 

 

 




思ったより早く書けた…

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