シンフォギアにゲッター系女子をinさせてみたかった 作:ぱんそうこう
赤いサイレン、鳴り響く銃声と火薬の焼け付く匂いの中で、私は妹を探していた。
息を切らせて走る、走る、走る。右の惨状から目を背け、左の惨劇には目もくれず。
隠れることなど頭の端から抜けてしまった。今日は聖遺物の適合実験。今回の対象者は妹だから、なんとしてでも探さなくちゃいけない。
長い廊下を走っていると、銃殺された襲撃者が転がっていた。少し離れたところから漂うのは吐瀉物の饐えた臭いとアンモニアの匂い。ここで誰かが粗相をしたのだろうが、同時に彼らに抗った人間がいることも分かった。
———もしかしたら、妹はその人に保護されているのかもしれない。
そう少しだけ安心したその時、頭の後ろに強い痛みが走る。明滅する視界、消えていく意識。聞こえてくるのは複数人の声。
「サルなんぞ連れてきて何になるのやら」
「しかし帝王様のご命令だ。あの方の考えは俺達なんかとは違うのさ」
そして次に目覚めた時。私は妹と数人の子供たちと共に、灼熱の地に連れてこられていた。
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「さて、『人間虐殺研究所』へようこそ。歓迎しよう、盛大にな」
彼女から……敵の装者、ジャンヌから飛び出した単語に全員の表情が凍りつく。この一言で被害者である彼らの惨状の全てに説明がついてしまう。
「お前たちも察しているだろう。ここでは人類をいかに効率良く殺すかの実験をしているのさ。疫病、突然変異、遺伝子疾患、人体改造、あるいは直接の殺害……とにかくなんでもありだ。お前たちが見たあの猿もここで作られたものだが……まあ、これは言うまでもないか」
分かっていた。
あのサルを作った……否、作り変えたのは恐竜帝国であることぐらいは。
けれど現実はもっと残酷で、彼女たちの知らないところで、知らない形で、知らない死に方が山ほど生まれていた。
「何でですか……」
茫然とする調。その口からは絞り出すような、か細い声が漏れるばかり。
それもそうだろう。彼女はずっと恐竜帝国への復讐を想い続けてきた。しかし事ここに及んで、恐竜帝国についた人間が現れたのである。
それもよく見知った者が……自分と同じ、レセプターチルドレンが。
「何で、ジャンヌさんが奴らに手を貸すんですか!ジャンヌさんだって恐竜帝国に奪われたはずッ!しかもそのギアはセレナので、あなたには適性がなかったんじゃあ……!」
「何故かだと?決まっている。お前達を殺すことが私の望みだからだ。……恐竜帝国の技術は凄まじいぞ。彼らが作ったLINKERは、私のような適性のない人間にさえギアを纏う資格を与える、まるで『夢』のような薬だ。F.I.Sが作る不良品とは訳が違う」
「その技術だって、そのギアだって!私たちから奪ったものだって忘れたんですか!?それともあいつらに洗脳でもされて……」
「随分人聞きの悪い。私はただ、人間に愛想が尽きただけだ。私達を使い捨てる奴等、勝手に期待して勝手に失望する奴等、自分達の身が何より可愛い奴等……ああ、皆死ねばいいと思うさ。それに比べればトカゲの方が幾分マシだともな」
「なあ調。さっきから奪われたと言っているが……奪ったのは本当に恐竜帝国だけか?F.I.Sも、フィーネも、米国も!奪ってきたのは皆同じだろう?何故恐竜帝国だけを目の敵にする?」
「話をズラさないでッ!だとしても、皆生きてたッ!どんなに苦しくても、互いに励ましあってた!そのことを知らないとは言わせないッ!他でもない、あなたにだけはッ!」
「そうか。ならばこれ以上の問答は必要あるまい。……お前を殺す」
ジャンヌが地面を強く踏みしめ、短剣を逆手に構えて調の元へ吶喊する。
その足元からは火薬が炸裂したかのような音が爆発し、彼我の距離を一瞬でゼロへと変える。その疾さに、調は苦しげな声を洩らしながら辛うじて受け止めることしかできない。
刃と刃がぶつかり、軋み、赤い火花が散る。しかし調の想定よりもジャンヌは白銀のギアを使いこなしていた。
瞬間、短剣が突如として幾つもの刃に分かたれる。蛇腹剣の形状へと変化した剣は回転刃の軸を絡め取り、刃を挟み込み、そしてその機能を奪い去る。
ギャリギャリと耳障りな音を掻き鳴らし、刃に異物が噛み込まれる。急停止する回転。慣性の法則に従って、がくりと調がその体勢を崩すと、ジャンヌはアームドギアを手放してその胸ぐらをマイクユニットごと掴み上げようとする。
「ウチのモンの知り合いだろうが奴らに手ェ貸すんならぶちのめすだけだッ!」
「胸クソ悪いんだよそうやってッ!昔の仲間なら何だって殺すんだッ!」
しかしそこへ竜とクリスの二人が割り込んだ。
咄嗟に飛び退き、アームドギアを拾い上げた彼女は何の感慨もなく呟く。
「ふむ。流石に四対一では分が悪いか……いや、三対一か?ここまで来て役立たずを抱えるとは、不憫なことだ」
彼女の短剣が響を指す。その瞬間、びくりと響の肩が震える。その足はかたかたと震え、その場に立ち尽くしている。
それを見た竜はこめかみをヒクつかせながら怒鳴りつけた。
「おいッ!!!ボサっとしてねえでお前も来いッ!!!話はベッドで聞きゃあいいだろうがッ!」
「いいのか?戦えばここの連中も巻き込まれる。……こんなナリでもこいつらはまだ生きた人間だ。それを殺してでも私と戦うつもりか?」
「てめえは惑わすんじゃねえッ!!!!」
ジャンヌが邪悪に嗤い、挑発しながら蛇腹剣を敢えて並び立つガラスケースに振るう。響に見せつけるためなのだ。己と戦うことの意味を。人としての尊厳を失った彼らに涙し、残悔する優しさを持つからこそ、それは毒となって心を蝕む。
故に竜は怒り狂った。人間だったものを背にし、蛇腹剣を払い、その詭弁を断つ。
「俺はてめえを人間とは思わねえ……トカゲ以下の塵だッ!人の迷いにつけ込んで、手前のやったことの責任を他人になすりつけてッ!許さねえッ!地獄に送ってやるッ!」
だが、それは実行されることはなかった。施設全体に響き渡るしわがれた声。聞き覚えのある、装者にとって忌々しいものだった。
『ふははははははは!威勢が良いようで何よりだ、忌まわしき者よッ!』
虚空に異形の姿が浮かぶ。所々ノイズが走る辺り、本体ではなく立体映像の類なのだろう。装者達がかつて見たその姿を見て、ジャンヌは心底うんざりしたような表情で答えた。
「ああ……帝王サマか。ここにもう用はないと聞いていたが?」
『口が減らぬな。貴様の仕事ぶりをこの帝王自ら見に来てやったと言うに。さて、久しいなシンフォギアの諸君。わしからの贈り物は気に入ったかな?』
「なにが贈り物だクソトカゲッ!こんなことして、タダで済むと思ってんじゃねーぞッ!」
『何を言うか。元より滅ぶのだから、我らに有効活用されただけでもありがたく思わねばなるまい』
「そうやってどこまでも人を見下して……!」
『見下すだけの理由が我らにはあるッ!我らハチュウ人類は貴様らサル共とは全てにおいて生物としての格が違うのだ!』
『我らこそ、人類が生まれるより遥か昔に一大帝国を築きし地球の先住種族なのだからッ!』
ゴールの口から放たれた言葉は、装者たちにとってにわかに信じがたいものだった。その困惑と疑念を他所に、ゴールはさらに語り出す。
『気温の変化により体内の構造が変化する我らハチュウ類にとって地球の環境は生きるのに最適なのだ。故に我らは人類とは比べ物にならぬ程のスピードで進化を遂げたッ!科学、技術、果ては芸術に至るまでッ!』
「下手なペラ回すんじゃねえッ!だったら何だってお前らは地上にいねーんだッ!」
クリスがたまらず反論した。それもそうだろう。もしそうだと言うのなら、相応の痕跡があるはずなのだ。恐竜というからにはジュラ紀から白亜紀にかけてだろうか?しかしてそんなものは聞いたことがない。
まして、それほど高度な文明だと言うのであれば相応の遺構が残っていてもおかしくはない。
そこはゴールにとっても痛いところであったのか、思わず言葉に詰まってしまう。
『ぐぬっ……それはゲッター線のせいじゃ!』
一見苦し紛れにも見えるその言い草。しかしそこにはゴール自身の生の感情が、憎しみが滲み出ていた。そして彼女たちに言い聞かせるように、ハチュウ人類とゲッター線の因縁を語り始める。
『ある時、宇宙からとてつもない大きさの隕石が墜ちてきた……それだけなら良い。我らの軍事力を以てすればその程度路傍の石ころ同然。跡形もなく破壊できる筈だった。だがその隕石が運んできた物は無傷で地上へと落ち、まるでビーコンのように地球へゲッター線を降らせ始めた!』
『この未知なる宇宙線は皮膚の弱い我々には猛毒だった。排除しようにもそれそのものがゲッター線を増幅させ、放出し続ける始末。我らでは近づくことさえままならず、多くの同胞が命を散らせ、生き残った者たちはついに地下深くのマグマ層へと逃れざるを得なかった。またいつか、再び太陽の光と熱を浴びることを夢見て……』
ゴールの視線が遠くなる。
思い返されるのは数多の同胞の死に際だった。
地上奪還を夢見て、己に託して逝った者たちの無念、この手で晴らさでおくべきか!
まして眼前に在るは仇敵、宿敵、怨敵なれば!恐竜帝国の総力を以て倒さぬ限り、恐竜帝国の繁栄などあり得ぬ!
『だが!このゲッター線の光を恩恵とした者もいた!それがサルであり、貴様ら人間なのだ!貴様らこそ我らの不在の間に地上を空き巣同然に掠め取った悪であり、侵略者であるッ!』
そして竜に向けて真っ直ぐに指をさすと、糾弾するように告げた。
『ここまで言えば貴様らとて察したろう。我らハチュウ人類の文明を滅ぼした災厄こそ、貴様が纏うもの!宙の彼方より来たりし侵略者『ゲッター』なのだ!!!』
「宇宙から来た聖遺物……だとォッ!?」
『そして我らは取り戻すのだッ!かつての栄光を、同胞たちが夢見た太陽の光をッ!何億年にも及ぶ雌伏に報いる為にもなッ!!!』
両手を広げ、空を仰ぐゴール。彼は望む。ハチュウ人類の再興を。太陽をその手に掴むことを。
降り注ぐゲッター線に耐えられる身体を得るまでにどれほどの時が経っただろうか。どれほどの同胞が生命を落としたか。死因はそれだけではない。暗い灼熱のマグマ層での過酷な生活と、その中でのストレス。それらもまたハチュウ人類の敵であり、それに打ち克つにはやはり地上での自由を得る他にない。同時に、それだけが死者に報いる方法でもある。
故に人類よ、息絶えろ。
ゲッター線に適合し、その恩恵を被った異端。人類を滅ぼし、この星を太古の時代へと回帰させる。それを以て恐竜帝国復活の篝火とするのだ———!
「だったら……」
ここで、響がようやく動いた。ゴールの、恐竜帝国の動機は聞いた。それは彼女が最も聞きたかったことだった。
何のための虐殺か。何のための殺戮か。その果てに、恐竜帝国は何を望むのか。それがようやく分かった。
彼らには何の落ち度もなかった。何の非も無かった。にも関わらず、突然理不尽に居場所を奪われた。故にそれを取り戻す。散っていった者達の為に。それは彼女も理解できる。———理不尽に居場所を奪われる苦しみを彼女はよく知っている。
しかし。否、だからこそ。
「だったら!なんでこんな事をするんですかッ!皆生きてたのにッ!明日の予定も、明後日のやりたいこともいっぱいあった!地上に帰りたいだけなら、何も、何もこんなに人を死なせなくたっていいでしょうッ!?なんで、なんでこんな非道いことが出来るんですかッ!?」
涙を流して響が叫ぶ。こんなものは人の死に方ではないと。やり方は他にあるはずだと。———何故共存の道を探らない、と。
そしてクリスも気付く。きっとここが最後のチャンス。心の裡の冷たい部分は無駄だろうと首を横に振っているが、しかし問いかけることにこそ意味があると言うのなら。それはきっと、今を除けば二度とは来ない。
「っ!そうだッ!大体、今はそれどころじゃないって分かってんのかよッ!月が落っこちたらお前らだってお陀仏なんだぞッ!」
『何、落ちる?月が、か?』
ゴールが何を言っているのか分からない、と言うように一瞬呆ける。
そして、まるで口の中で噛み砕くように呟くと全て理解したのか、大声で笑い出した。
『クッ、クククク……はははははははははは!!!!』
『月の、月の落下だと!?そんなもの、
響の表情が凍りつく。
知らないと言ってくれれば、まだ耐えられた。だが事もあろうに。
恐竜帝国の首魁は、この悲劇の元凶は、知っていながらあえて放置している——!
『所詮はサル共か。未だにその程度で右往左往しているとはお笑いよの。我らは既に月への防備を固め、被害の試算さえ終わらせておる。落下したところで、マグマ層の恐竜帝国に一切の揺るぎは無しッ!』
「だったら尚更!こんな事する必要なんかないッ!」
『愚かな事をッ!貴様ら人間は我らが留守の庭に沸いた害虫なのだッ!害虫は駆除あるのみッ!その為のメカザウルス!その為のソロモンの杖ッ!だというのに贋作を掴ませるとは姑息な手を使いおってッ!』
響は本当に言葉を失った。
帝王ゴールは、月が落ちれば多くの人死にが出ると分かっていて、それでもなお人を殺して回っている。そこに復讐心のような背景はない。ただただ、それが当然であるかのように考え、実行に移している。
彼女は自分の信念が揺らぐのを感じた。手を繋ぐ事を諦めないこと。そして胸の歌を信じること。しかしこの邪悪を前に、それは無理ではないかと、本気でそう考えかけた。
そして響が足元が崩れ落ちていくような感覚を味わっている最中に、話は竜を中心に進んでいく。ゴールの身勝手な主張に本気でキレている竜を。
「ふざけんなッ!俺たちは虫ケラじゃねえッ!」
『ならばこれが最後通告である。選ぶがいい。降伏しソロモンの杖を差し出すか、さもなくば死かッ!』
「選べだぁ?違うねッ!選ぶのはてめえらだッ!シッポ巻いて地下に帰るか、俺に殺されるかッ!好きな方を選びやがれッ!」
『……フン。どうやら無駄なようだ。ならば帰還せよジャンヌ。貴様の役目はまた後日。その時、奴等を改めて殺してやればよい』
首を掻き切るジェスチャーを向ける竜を見て、ゴールは吐き捨てるように指令を下す。そして身を翻すと、映していた立体映像の揺らぎはそのまま跡形もなく消え失せた。
後に残ったのは敵味方に分かれた装者達のみ。剣呑な空気が満ちる中、最初に沈黙を破ったのはジャンヌだった。
ため息一つゆっくり吐くと、皮肉げに笑って引き揚げの準備にかかる。
「結局お前達をおちょくりに来ただけらしいな。帝王サマも余程暇らしい」
「逃すと思うか?てめえに聞くことは山程あるんだぜ」
「だとして、どうする?私が何の用意もなくお前達とお喋りに興じていたと思っていたのか?……あと3分後にこの基地は人工太陽と化し、北海道全域を焼き尽くす。阻止したければこの施設のどこかにある電源を落とさなければならない」
「太陽ッ……!?どこまで卑劣なやり方に手を染める気ですかッ!」
「なんとでも言え。……選ぶといい。私一人の身柄か、北海道に住む人間全ての命か。……脅しだと思うなよ?奴等なら本気でやりかねないことくらいお前達なら分かっているはずだ。おまけに私は電源の場所などハナから知らされていないんでな。精々必死になって探すことだ」
「この野郎……!」
竜が殺意を向けながら、歯噛みして思考を回す。
ジャンヌの言うことがどこまで本当でどこまでがブラフなのか。全てが事実であった時、生まれる死人の数は計り知れない。
もはや迷っていられる時間は無かった。
「……クソがッ!さっさと行って止めるぞッ!」
「ジャンヌさんは!?」
「業腹だが見逃すしかねえよ……!あいつを野放しに出来ねえが、この基地だって放っておけねえ。この借りは熨斗つけて百倍返しにしてやる……!」
結論を述べると。
電源そのものはそれなりに余裕を持って見つかった。
しかしそれは基地の自爆スイッチも兼ねていたことを彼女達は知らなかった。
崩れていく基地。助けを求める声。次々と爆発していく施設。
囚われた人々を彼女達は誰一人として救えなかった。
例え彼らを救えたとして、現代の医療では彼等を救うことはできない。それならば死ねたことはある種幸運だったのかもしれない。
隼人は今回の件についてそう締め括った。それは彼なりの慰めだったのかもしれないが、だからとてそのまま受け取るには彼女達は地獄を見過ぎた。
響はようやく寮の自室に帰って来れた。
室内に入れば、すぐに未来が迎えてくれる。その安心感がひび割れた心に深く染み渡っていく。
とても、とても長い任務だった。
……同時に、とても心をすり減らす任務でもあった。
「おかえり、響」
未来にそう言われて、響はとうとう決壊した。
彼女の胸に飛び込み、言葉にならない声で泣きじゃくり、救えなかった苦しみと分かり合えない悲しみ、そして犠牲者たちから感じた痛みを涙に乗せて吐き出していく。時折込み上げる吐き気を堪えながら。
未来は初めこそ驚いたが、すぐに彼女を抱きしめると頭を撫でながら優しく語りかけていく。
「大丈夫。大丈夫だよ響。そうだ、ご飯、出来てるから一緒に食べよ?」
「ごめん。今日ね、食欲……ないんだ」
そう言って彼女はベッドに入っていった。
少しして、彼女は深い眠りについた。しかし未来がその寝顔を見たときには、その寝顔は苦悶に満ちており、明らかに魘されていた。
「響……」
あり得ないことだ。響が「食欲がない」などと。
未来が思うに。
響はまた傷ついて帰ってきたに違いない。それも、今までにないような深い心の傷を負って。もしかすれば、それは以前に受けていた迫害と同じかそれ以上か。
なら、もっと響を支えてあげたい。
出来ることなら、響の隣で戦えるのならどれだけいいだろう。
例えそれが茨の道だとしても。