あおいまち、あかいうみ、はいいろのそら 作:タクネモ・シグレ
光源の乏しい、薄暗く細い廊下を、少女が駆け抜けてゆく。
時折、正面からやってくる対向者を上手く躱しながら、ひたすら真っ直ぐに。
どこからともなく、金属の軋む音や風切り音、そして遠くで雷鳴が響く。
どのくらい走っただろうか?
暫くすると、広い空間に出た。
と言っても、その中は複数の大きな物体に占領されている。
丸みを帯びた胴体、薄く長い翼、口を大きく開けたような吸気口・・・それらの周りを様々な格好の人々が慌しく動き回る。
周囲を一見し、素早く状況を確認すると、少女は列の先頭に置いてある航空機に向かい、乗り込む。
手に持っていたヘルメットを着け、手際よく計器をチェックしていく。見た目こそ可憐な少女だが、それなりに出撃を重ねてきた。乗り手はおろか、人員自体、多くはないのだから。
「ドーファン5よりドーファン・リーダー、準備よし。」
風防を閉めつつ、無線に向かって話す。
《了解、ドーファン5。発艦に備えろ。》
無線の先から、男の声で返答があった。
それを聞き、前を見据える。
周囲から人が居なくなり、一瞬だけ静けさが訪れる。
直後、ブザーが鳴ると共に格納庫天井の赤いランプが点灯し、回転する。
正面の巨大な扉がゆっくりと跳ね上がり、光が差し込んでくる。
機体のすぐ後ろでは、シャッターが下り、後ろの機体との間に壁を作る。
《ドーファン・リーダーよりドーファン中隊各機、発艦せよ!》
「了解!ドーファン5、テイク・オフ!」
無線への返答と同時に、スロットルレバーを目一杯前に押し出す。
それでも尚、機体はその場に留まるが、目の前の信号が青に変わると同時に、カタパルトで急加速し、光の中へ放り出される。
そこに広がるのは、一面灰色の空間。
四方を雲に囲まれたその空間は、彼女のいる周囲だけ雲が無い。
後ろには、それまで自身と機体が居た母艦・・・平たい胴体の正面に巨大な格納庫扉を備えた超巨大航空機がゆったりと飛びながら他の機体を射出している。
右を見ると、そびえ立つ雲の壁があり、その中で稲妻が光っている。その光に合わせるように現れる巨大な影。彼女の母艦よりもずっと大きい“影”は、彼女と並走するように飛んでいる。尖った先端から広がる太く長い胴体は、とてもその全体を捉えることはできたものではない。
「雲中の影を視認!“鯨龍型”です!」
その大きさに圧倒されつつも、的確に報告する。
《了解、5。こっちでも確認した。ドーファン・リーダーより各機、編隊を組め!》
隊長機の合図と共に集まってくる航空機たち。そのどれもが銀色に塗装され、その主翼の下にはミサイルを1本ずつ装備している。機種下部には煤にまみれた機銃口が2つ。円筒形の胴体にデルタ翼を備えたその姿は、旧時代の傑作戦闘機を基にしていることが容易に分かる。しかし、両主翼から伸びたブームと、その後端に備えられた水平尾翼など、原型機から並々ならぬ改造を受けていることも、また容易に分かった。
飛行編隊を組み終えた戦闘機たちが“影”への攻撃に備える。ふと、少女が攻撃目標の方を見ると・・・雷光で雲に映し出される“影”が、徐々に短くなっているではないか。
映し出された影が短くなる条件とは何だろう。まずは、影の本体部分の形が変わるとき。今回の場合、これはあり得ないだろう。次に、影を生み出す光源の位置が変わるとき。散発的に発生する雷が映し出しているので、あり得る事なのだが・・・それにしては違和感がある。つまり、残りひとつの可能性・・・。
「・・・まずい。」
物体自体が、向きを変えた時。
「全機、回避行動を・・・」
言いかけた瞬間、片方の目に傷を負った巨大なクジラが大口を開けて雲の中から飛び出してきた。
「ッ!」
その場に居た全員が、息を呑み、凍り付き、自らの死期を悟った。
大口は戦闘機の編隊を正面から飲み込んだ。少女の乗るドーファン5は編隊の左端に位置していたため、飲み込まれこそされなかったが、右主翼が根こそぎ食われてしまった。衝撃で頭が風防に勢いよく叩きつけられる。片側の主翼を失った機体はバランスを崩し、錐揉みしながら高度を下げていく。
飛行小隊を飲み込んだ大口は、そのまま彼らの母艦の右主翼に噛み付き、引き千切る。片方の揚力を失った巨大な航空機は各所から火災を発生させながら大きく傾いて墜ちてゆく。
錐揉みする機体で、朦朧とする意識の中、少女はその景色を見た。
少女が墜落してゆく機体の中で意識を失った後も、クジラは巨大航空機に襲い掛かる。右主翼の破孔から放り出されてしまった人間を、その大きな口で飲み込みながら機体の胴体部分に狙いをつける。さながら、狩りをするかのように。
西暦という時代は、まさに人類の天下だった。僅か数千年という時間の中で自らの技術力を発展させ、地上の殆どを制した。しかし、その陰で起きていた変化に誰も気づかなかった。2031年、川田教授ら世界の著名な爬虫類学者によって構成されたチームが、驚くべき発表を行った。ミャンマーにおいて新種のトカゲを発見したのだ。それだけなら驚きは無いのだが、このトカゲが人類による環境汚染下で生活するのに適した構造を獲得していることが、世界を驚愕させた。それは、このまま進化が進めば、いずれ彼らが人類に代わって生態系の頂点に立つだろうとの見解を示した。
これによって、人々は自らの行いを正す・・・かに思われたが、結論から言うと全くの逆効果だった。もし彼ら新たな支配者候補が本当に地球を支配してしまったら、その責任を都市開発を推進し環境を破壊してきた大国に問う勢力が現れるのではないか。そのような懸念が先進国から上がり、同種の根絶を目的とした国際軍事行動にまで発展してしまった。その最中でのいざこざによって第三次世界大戦が勃発。同戦争は最終的に核で核を洗う終末戦争へと発展した。唯一の救いと言えるのは、最初の核攻撃で各国首脳部が壊滅したこと、その結果次の核攻撃を行うことができなくなり、なし崩し的に戦争が終結したことくらいだろう。
しかし、その間にも生命の進化は止まらなかった。核兵器の放射能の影響で進化のスピードを異常に速めた種が存在したのだ。世界各地で空想されてきた翼の生えたトカゲ・・・龍という種の誕生の瞬間であり、その最初の存在たる源龍4型の誕生である。以降、その翼で世界各地に広まった源龍は様々な進化を遂げた。
人々は彼ら龍を黒龍、赤龍、白龍といった色と、飛行に適するよう前脚が退化し二足歩行となった2型、四足歩行のまま進化した4型、掴む・握るといった使い方のできる発達した腕を持つ3型といった形によって分類していった。と同時に、核で汚染された地域から逃げるように人々は旅を始めた。その中で、航空技術と航海技術が大きく発展していくのは必然だったのかもしれない。
かくして人類は、世界を支配した龍たちの中を掻い潜り、細々と生き残っていくこととなる。
人はこの時代を、『新白亜』と呼んだ。
意識を失った少女を乗せたまま錐揉みする航空機。そのモニターに突然、プログラムが映し出される。
直後、風防が機体から切り離され、少女は座席ごと宙に放り出された。暫くすると、座席からパラシュートが展開される。どうやら自動脱出装置のようだ。少女と座席はそのまま、眼下の大地にゆっくりと落ちてゆく。
彼女の名はミレイナ・ハサリン。たった今、全てを失った1人の少女にして、後に「人類生存の要」と呼ばれることとなる人間である。
今のところ、このまま助けてくれる人が居ないと、落下地点にいる黒龍4型に食われそうではあるが。