破界僧〜鬼滅の世紀〜   作:ヤン・デ・レェ

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四話じゃなくて合計五話分割になり申した。


一緒 弍

一緒 暗澹

 

 

 

 

 

今までの百年と少し余で男に頼まれたことと言えば大概が若者と女子供の為に彼らの苦痛の元や悪縁やらを切る手助けに纏わることだった。

 

その度に何かと苦労をしてきたのに懲りないあたりを見ると、相当な物好きであり奇特な御人好しなのがよく分かるな、と青年は心中でクスリと笑った。

 

目の前の男は本当に変わり者だ。

 

青年は一人幼き日々の出逢いを思い出した。

 

出逢いの端緒となったのは大病を患ったことだった。

 

色狂いの父親とそれに呆れて心を病んでいく母親。

 

実子を神輿に担ぎて飯を食うなど碌なことではないが、愛はなくとも商売道具である俺に死なれては流石に困るらしかった。

 

珍しく恭しく自らの世話をしてみせる不道徳な両親に思うことは別段なかったが、強いて言うことは信者に神の子が病などとは言えるはずもないのだろうと他人事のように考えていた。

 

まさか病にかかるなど想像もしていなかった。

 

だが落胆もなかった。単に数日前まで壮健だったに過ぎない。

 

あっという間に病は体を蝕んだ。

 

誰かが言った。

 

「橡の髪色は喪服の色と同じだ」と。

 

施術をしても医師の多くは口々に命定だと言い、札やら御守りを勧めるくらいであった。

 

毎日のように訪れては特に何も施さない、施しようがないと匙を投げる医者のうちの誰かだったかもしれない。

 

だが、その言葉を聞いてからというもの俗な本質を溢れさせた両親は俺の病のことを特上等の演技を以て信者連中に打ち明けた。

 

信心深い大人たちは愚かにも自身に降りかかる大病を厄災の肩代わりだと宣いだした。

 

時は明和の頃、人々の信心深さは折々に襲いくる疫の役によりいよいよ深まる時代。

 

小児の命定に災厄だ何だと騒ぐのは身内の斜な大人たちくらいである。

 

御江戸の将軍様も似たような病で死んだと聞く。

 

将軍が死ぬのだ、神の子の神輿如きには荷が重い。

 

彼らは以前にも増して祈り入れ上げるが、だからと言って何が変わるということもなかった。

 

慇懃に持て囃される日々に感情も印象深い出来事はない。

 

闘病の期間は一週間、二週間と延びていく。

 

両親が齷齪と医者探しに奔走する様は滑稽だった。

 

虚しい快が息苦しい胸中で騒めいた。

 

体を横にして来る日も肉体の苦痛からくる不快に顔を歪めることを除けば何処までも静寂な時間であった。

 

ひどく空虚であった。もはや快不快すら無くなったさながら暗黒に一人漂流しているようだ。

 

珍しく心中に残念の情が生まれた。

 

闘病から一月余、一人の男が目の前に現れた。

 

いや、正しくは招かれたのだが死の淵に立つ青年からしたら久しぶりに強く快を感じた不思議な存在が突然に現れたと言う方が都合良かった。

 

この男は過ぎた好色が祟って湿(黴毒)の病を患った少年の父親を内密に診たことのある僧医であったが、それは少年の知るところではなかった。

 

故に少年が男を知らずとも、男は診察の度々に周りから神輿に担がれては色のない笑顔を貼り付ける少年の歪を見抜いていた。

 

同時にその環境原因たる周囲の不甲斐なさもよく知るところであった。

 

男は明らかに少年の両親への軽蔑を露わにしていたが、まもなく彼らを追い出し襖を閉めると布団の上の重病人に向き直った。

 

男は前掛けのような白い服を法衣の上からきているようだった。

 

男は先ず水で手を手首まで清めると懐から布に包まれた細長い芯の通った何かを取り出し側に置いた。

 

次に、顔からは血の気が失せ、元来の輝き陰る虹の瞳を擁する少年の頭に手を置くとゆっくりと、しかし明確に語りかけた。

 

「俺の名は崇勘という。見ての通り坊主をしている。何時もは放浪の旅と称してのらりくらりしているのだが、こう見えて俺は腕のいい医者でもあるんだ。…これから君にはある液体を飲んで欲しい。これが謂わば俺の評判の素、もとい秘薬なんだ。飲みにくいかもしれんがどうか飲んでくれ。一滴でも喉を通ってくれれば必ず君は良くなる。」

 

そう言い切ると彼は先程取り出して置いた細長いものを包んでいた布を外し、その布で虚を瞳に映す少年の両眼を覆った。

 

目を塞がれた少年はふと考えた。

 

このまま死んでみるのはどうか、と。

 

快不快などない故に特に思うことはないが、何処となく漠然と生命活動を継続させることへの面倒臭さが鼻についたのだ。

 

大病とは日頃垣間見えぬ己との対話を否が応にも勧めてくるものらしかった。

 

自身の死が何を引き起こすのか、遅ばせながらも心中に浮上した無垢な好奇心は一層この実験を魅力的に飾りつけた。

 

死を前にしても恐ろしいという感情は生まれなかった。

 

極楽などないのだから。

 

だから、声を振り絞り坊主の医者に言ってやる。

 

「……ぃ……ぃ……なおさっ………な…くて…いぃ……」

 

姿は見えなくとも男の姿が止まったのが分かった。

 

「……ぃ…き…て…ぃ…ても……つまら……なぃ……めんど…さぃ………た…のし…なぃ……うつ…くし…も…なぃ…」

 

神の子云々という戯言に付き合ってきた、幼くも天賦の頭脳に恵まれた少年は両親をはじめとした人間全てを既に見下すように考えていた。

 

見下すというよりは救えない存在と言った方が彼の無機質な心情にはあうかやもしれない。

 

たとえ優れた頭脳をもっていても、特異な髪や眼の色で持て囃されても、神の声も聞こえなければ神の存在を信じたこともない。

 

その疑心の感はこの死の淵にあって彼の心中に完成していた。

 

救いはない。神はいない。

 

目の前に座す坊主も神主も両親や信者の愚か者どもに同じであろう。

 

諦めたか、驚いたか、さぁ坊主なら本当の救いとやらを下さいな。

 

小馬鹿にするように無理やり顔面の筋肉を総動員して口角を上げて見せた。

 

感情もなく、愛されることもなく、存在の本質を認められず求められず、柔和な鉄仮面で心身を覆ってきた、大人の都合で祭り上げられ神の子を演じざるを得なかった、無感情な彼の、否、何も知ろうとされずに人の狂態に育まれてきた歪な少年は、彼も気付かぬうちにその真性を狂わされていたのではなかろうか。

 

皮肉にも死の淵に彼が言い放った言葉は本来あるはずだった彼の真の胸底を言い表した。

 

真実を寄越せと、救いを寄越せと。

 

それを最後に少年は布の下に潜む瞳を閉じた。

 

 

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中々手強いよね。
ナチュラルサイコを相手に江戸中後期の崇勘はどうでるのか。
十二時頃にもう一話投稿します。
分割が一話分増えたのでね。
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