二千年モノの亡霊
パタパタパタパタ
パタパタパタパタ
一定のリズムで刻まれる団扇の音
古男の嗜みが垣間見える古紙が張られた年代物だ。
今日も厄介払いで名ばかりの顕職に甘んじているこの男。
名を崇坊 運(たかまち さだめ)。
約2,000年前にここ日本列島に飛ばされて以来、久しぶりの平穏を満喫して間も無く長過ぎる待ち時間に欠伸が出ていた。
「2,000年…確かに前回は時代が時代だったからハードだったけど、それにしても長いだろう。2,000年以上色々過ごしてみて次のところに飛ばされる事もなく、かと言って酷い目に遭うこともなく、将又ぽっくり死んだり大病にもならない。一体全体何が何だか…。」
「今じゃぁ 崇坊 運 なんて名前で呼ばれて、肩張った軍服に、ピカピカの階級章で上等の椅子に沈んで腐る始末だ…。」
ーーーーー
この男、真名をば 極運坊崇勘 という。自称坊主である。
自身の出生を知らぬ彼は声のみの母から育てられたのちに凡ゆる世紀と時代、世界を半強制的に旅することとなった。
彼はその身に母(創造神と呼ばれる者と考えてよい)が下界に産み落とす際に願った"辛いことがないように"という願望から極めて運が良い。
しかし、結果的に彼はその願いのせいで死ぬことも20歳以上に年老いることもできず、時空と時間に囚われることのない存在となってしまった。
しかし彼は其れらを操ることはできない。
何故なら彼は一つの役割を持たさられており、それはより多くの世界に幸せを広げることだからだ。
この世界での彼はこれまで既にいくつもの世界を完走し、運が良いだけの男ではなく百戦錬磨の漢として成長していたのだ。
…しかし、この世界ではどうやら未だ幸せを与えられずにおり、早くも2,000年以上の月日が経ってしまった様だ。
ーーーーー
ぎし
椅子に肩まで沈み込むと、大佐を示す金の三星が執務室の天井に吊し上げられた豪華な照明の光を反射したのか目にチカチカと不快が走った。
「ちっ…こんなモノ!東京の憲兵司令官だか何だか知らないが、ただでさえ暇なのに管理職と"馬"さえ奪われるとは!作戦課の坊主どもの方がマシだっての!」
コンコンコン!!
苛立ちからか腕を振り上げたところでドアがノックされた。
「…何だ!」
今は人を入れる気分じゃないと思いドア越しに聴いた。
「陸軍省の大谷中佐です!閣下!!本日の号外をご覧になられましたか!!」
「(何で省の者がここに?)読んどらん!入ってくれ!話を聞こう。」
「はっ!失礼します!」
ドアが空いてキビキビと入室してきたのはやはり若い士官だった。
(はぁ…最近は熱心な若い連中が多くて立派なこった。)
(…戦争なんぞするもんじゃない。)
「まぁ、かけろ。」
「ありがとうございます!」
手で椅子を示すとこれまた折り目の入った紙のように素早くストンと収まった。
「ん。それで、号外とは何だ?うちの副官殿は何も言ってなかったぞ。」
憲兵が読まなきゃならん号外なんぞそうそう無い。
あ、俺の場合だが。
少しばかり体を固める様な動作のあと、大谷はゆっくりと話しだした。
「はっ!こちらが本日のちょうど1時間前…午後1時に刷られた号外です。」
「どれ…⁉︎」
「はい。こちらに所属されていた高級将校一名、若手の士官一名が何者かによって惨殺されました。」
「…この文面を見るに、俺がこの仕事を任せられることは分かった。だが、そもそも警察がするもんじゃ無いのかね?あと、どうしてここで陸軍省が出てくるのかな?」
「……一部を省かせていただきますが、陸軍大臣閣下が仰るには、概ねこの案件は軍警察の治安維持能力への重大な挑戦行為であり、同時に憲兵の能力組織機能等の弛み、全憲兵の頂点でおられる東京憲兵本部司令官である貴方の監督不行き届き、そして……。」
「?…そして何だ?まだ大臣からのイチャモンが続くのか?遠慮はしなくて良いぞ、慣れてる。」
「いえ、そう言うわけでは。ただ…」
「だったらなんだ?…まぁゆっくりで良いぞ。俺はお宅らのお陰で暇だからな。ま、これからは忙しくなりそうだが。」
「…鬼、がですね。」
「鬼?角ぉ生えてるやつか?」
「…は、はい。」
「それがぁ、どうしたんだい?」
「食った、と。」
「?何を?」
「…申し訳ありません!これ以上は私にも何とも言い難く!何卒ご勘弁を!」
「そ、そう言われたってなぁ。俺の仕事な訳だもんよ、何なんだ?そりゃ一体?」
「私も此方に出向く直前に見つけたのです!」
「出向く時って…何の経緯があって?」
「ッ全て!全て正直にお話しします。…本省は実は昨日中に既に遺体を収容していたのです。」
「…続けろ。」
「ゴクッ…収容した時間が日の出の約1時間前です。現場近くを通った吉原も近くその帰りだったものと思われますが、その通行人が鉄の様な匂いがした為近くの警官を呼び、二つのご遺体が発見されたそうです。」
「…それで。」
「はい。それで、発見当時の遺体の状況は損壊が酷く、特に若手の士官は上体の半分が損失していたとの報告があります。そして、警官一人の手では追えないと言うことで近辺一帯を管轄する警察署と消防署から応援が急行、簡易的な遺体の検死と身元の不明を行ったところ、検死は何かによって"齧り取られた"ような傷跡である、ということと服装からどちらも軍人であることが判明したとのことです。」
「…それが全貌か?」
「…その後が、問題です。ここからは表沙汰にできない情報でありますので口外は何卒慎まれるように。」
「わかった…。」
「…その後です。遺体は最初、近くの大病院へ収容されるはずだったのですが、途中で不可解なことが頻発したため移動できず、偶然近くの繁華街の料亭から出てきた本省の軍属に頼ったところ彼は省の上司に連絡、ここに来て我々が動くことになりました。」
「不可解なこと?」
「はい。「赤い眼が追ってくる。」と証言したそうです。」
「…そうか。それで、その後は?」
「はい。本省は憲兵二人の惨殺という爆弾に深夜から慌てて大臣まで呼び出しての状況把握、陛下への説明、臣民への説明に関する検閲を始めました。現地への急行は近衛連隊を無理やり動かしました。」
「よく動かせたな…。いや、それよりどうして当事者たる俺のとこに連絡が来なかったんだ?」
「省の老中達が貴方へ頼るのを嫌がったそうです。」
「なるほどな!俺は省と参本とは如何にも反りが合わん。昔からな。軍は奴らの安楽のためにあるわけじゃ無いってことを奴さんらは理解しとらん!」
「私は何も聞いておりません。…近衛連隊から10人程が急行、実働しまして、急ぎ陸軍病院に搬送、更に急いでカルテを作ってもらい、正式に検死を行い、そして安置所に仏を入れたとのことです。」
「しかし、ここからが本当の問題です。急行した10人も、10人揃って赤い眼を見たと証言するのです。更に、…これは大変言いにくいのですが、検死の結果死因は強靭な顎で肉だけでなく骨ごと喰われた事による失血死。食害による喰われた跡には似ているが熊ともまた違うというのです。」
「長くなりましたがこれで、最後になります。新聞に掲載許可を出すために検閲担当の部署へ向かう事になりまして、そこで周辺住民からの聞き取りの結果をまとめたものが偶々目に入りました。そこには「鬼に喰われた」そう書いてありました。そして、遺体を安置所に収容した翌日に収容されていた病院から二名の遺体と夜勤で非常勤だった看護婦一名、同じく夜勤で非常勤の薬剤師一名が失踪致しました。」
「お前さんは…。思ったわけだ。」
コクリ
「…は…ッ…ッはい。」
「鬼が本当に食ったんじゃ無いか、と。そして、その鬼が失踪した夜勤の看護婦と薬剤師なんじゃないか、と。」
「……はい。」
「まぁ、それは憶測の域を出ていないわな。単に次の被害者かもしれん。」
「…私としましては、其れ等をぼやかした上で単なる重要案件として捜査の統括を行うように辞令をお伝えに来たわけです。」
「なるほどなぁ。…よし。ご苦労。帰って良いぞ。良い話を聞いた。」
「…私は…応援しております。私は陸軍省の前は閣下と同じ騎兵畠でしたから。…日清日露でのご活躍は正に英雄です。」
「…何と言うこともないよ…長く生きすぎただけだ。」
「それでは。陸軍省大谷中佐退室いたします!!」
「気をつけて帰れよ。」
バタン。
「1,000年ちょっと前のヤツとか……まさかなぁ?」
いやーストック切れたんだけど、どーにか間に合いました。
歴史ifみたいなものを書いていると思われるかもしれませんが、私的には歴史ifとは考えて書いておりません。
コレはコレという世界線で考えて気楽に読んでいただければ幸いです。